表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/33

027『私は屍体』

 ハルボーマブゼ宮の北館、厳重な留置も可能な貴賓の3階一室に、異形めくフレイメル・ギャックレーが寝かせられている。

 出てきた医者と魔導師が、カインに傅く。

「数日前からのひどい飢えでも職務を全うし、キシリル様を見、より使命感を持って抑えつけていた様子」

「肉体は確かに生ける屍ですが、食べ続ける限りは精神も安定し、落ち着いております」

「それで、会話はできそうか?」

「締め上げるのは今は難しいかと……」

「対話が可能かと聞いている」

 メイド姿のマテと、ハルボー宮に仕える騎士を4名と影とで、ベッドを囲む。

 両足から腰にかけて厳重に拘束されるギャックレーは、大量に用意される食べ物を手掴みで、もぐもぐもぐもぐ食べ続けている。

「ギャックレー」

 皮のままの未熟バナナ、焼いただけの牛肉。

 騎士が掴んで強引に向かせようとするのを手平で制止する。

「おーい、ギャックレー」

「んあ? あー、……カイン様?」

 ゾンビには違いないが、以前に戻りつつあるギャックレーだ。

 膨らんでいく風船腹は、食事を休むたびに萎んでいく。

「お久しゅうございます。カイン様。あーいえ、今はオーラット陛下ですな。はははは」

 指腹に残る脂を舐めてから、次の食べ物に手をつけていく。

「そうだぞ、戴冠だって2年前の話だ」

 カインは素にけらけら笑って、それでも、狼狽える騎士と影に配慮しろとばかり告げる。

「俺もいつまでもガキじゃねえんだからさ、一応は皇帝として扱ってくれねえか?」

「わははは。それはそれは、このような姿もお見苦しいところでご無礼を、すみませぬなぁ陛下」

 あんまり変わってないとカインは内心ぼやくも、どうでもよくはあった。

「今回はしゃあねえよ。でも、なんでこうなったか。特にさ、キンタンっての飲み始めたの、とどのつまりダイエットなんだろ?」

「バレましたか」

「それ以外にこんな怪しいの選ぶかよ」

 ギャックレーは食べ続けるもので、運び込まれた大盛りは、もう半分になっていた。

「最近は娘にも豚だと罵られ気味でしてなぁ。使用人の中でも古い仕えの婆さんに、市井の痩せ薬で良いのを頼んだのです」

「飲み始めたのは?」

「だいたい2カ月前ですか。聖王教団の侵犯や密輸商人が激しくなり、スピオーネルではゾンビの発生がひどくなった頃合いですな」

 少し休むのか仰向けに戻ると、ギャックレーは続ける。

「最初はほどほどで良かったのですが、1月前のハルボーマブゼ総督とスピオーネル新知事との共同採択で町の再開発が狂気じみたでしょう。働き者のゾンビ達のせいで食料品の価格だって暴騰したもので、その対応で食事がままならず、私の痩せとて激しくなっていき、我慢の限界のところにキシリル様の来訪でしてな」

「なんで転移陣を閉めさせたんだ?」

「陛下の勅命が受け取ったからにほかなりませんよ。理由は書かれておりませんでしたが、使者の言うところでは疫病と聞き及びましてな」

「その勅命はどこにある? この騒ぎになったし、全員で家探ししたがなかったぞ」

 ギャックレーは怪訝な太りゾンビ顔を隠せない。

「執務室の金庫にないのなら、おかしいですな……あれは確かに陛下の封蝋でしたし、魔力の波長とて合いましたから偽造ではありませんぞ」

「信用しないわけじゃねえけど、お前が嘘言うこともできるよな?」

「照合したという履歴が、ルーペには残っているはずです。確認していただきたい」

「そうまで言えるなら嘘じゃねえだろうしなぁ……」

――だいたい、キシリル来訪の土壇場で転移陣を閉める間抜けだ。ギャックレーの持ち歩くルーペまで細工するような頭はねえ。

「処分は、覚悟しております」

「そうだな。さすがにこいつはでかすぎる」

「はっ」


 医者と魔導師と入れ替わる形でカインとマテだけが皇帝居間に入ると、ケルディナールに経済学を指南される少女セレッタ・バープルストが到着していた。

「あのねあのね、皇帝陛下、商いをするのにお金がそこまでなくても信用で倍にする手段の限界ってどれぐらいかなって計算を――」

「後にしてくれ。お前の興味の話はいちいち長過ぎる」

 ご機嫌模様からぷくーと不機嫌に頬を膨らせるセレッタは、カインの問いにその溜めた息をさっさと解放した。

「ゾンビさんってアンデッドの一種で殺された死者の魂が迷ってお墓から出てくるってお師匠も言ってたんだけど、実は違うんだって私は思うんだ。だってそうなるゾンビさんの共通の特徴で、南にあるリッサなんかの森林を切り開いて間もない開拓村に住んでいる人ばかりが、盗賊とかに襲われてそうなるでしょ。確かに帝都とかでもたまに出るってカルメンお姉ちゃんもマテお姉ちゃんも言うんだけど、そういう人達の共通点も、リッサとかの新しい開拓村から脱走した人なんだよ。スピオーネルって元々木工を生業にしていたのが、聖王教団地域の炭需要が急激にあがったせいで乱伐されたから温泉を使う保養地に生業を変えたって言うし、呪いなのか虫さんの寄生なのかはわからないけどそれでじゃないのかなって」

 セレッタの息継ぎを突いてカインが挟み込む。

「セレッタも報告を読んだとは思うが、だったらなんでこのハルボーマブゼなりスピオーネルのゾンビが人を襲わない代わり、無駄な働き者ぶりで社会を食いまくっているんだ。あいつらそんな頭良かったか?」

 もっともな疑問がそこだった。

「ギャックレーの症状がまさにゾンビなんだが何もかもがおかしいんだよ。食べさせて落ち着かせればちゃんと会話はできるしさ、それになんとなくだが、徐々に治っているような気もするんだ」

 しかしセレッタにも、わからないものはわからない。

「ギャックレーさんのその理由はまだわかんないし、だいたいゾンビさんだって色々いるみたいだから一概に答えがでないよ。とり憑いている精霊さんがどうとかって話なら、答えが出ないから嫌いだけど、でも私もそうは思わないから、なんでなのかは考えてみる」

 ケルディナールにセレッタのお守りと資料提供を命じると、老体を面倒そうに何度か揺らしてから、仏頂面で承諾した。

 影には消えた使者達の捜索を命じる。

 喫煙を終えた壮年ゼレガを加えてマテとカインの3人が、伝令用の早馬に跨った。

 カイゼル中年騎士長の率いる10騎の騎士を後ろに連れる。先頭するマテにすぐ後ろのカインが叫んだ。

「レインのことだ。ミツバを眠らせるのにカルメン引きずってスピオーネルに強行しているはずだ! さっさと追いつかねえとカルメンがボロキレだぞ!!」

「カルメンのやつ、いちいちどこまでも哀れなもんだな」

 ぼやくマテのジト睨の浮かぶところに、ミツバとカルメンの星が夕暮れ一番に輝いていた。


 狂都ハルボーマブゼから南下するカリガリ北街道の筋など一切無視して、米畑の蒔かれる軟土を踏みつけてレインは跳んでいく。

 リバルゲンタ湾の縁に広がる、そんなマブゼ平野を時速200kmでざっと16分。

 夕暮れに対して銀龍の吠えが轟いたアルカドラク山地の碧が、山脈ほどの壁に変貌する。

 スピオーネル領に入る最初のカルチス村で振り落とされたカルメンが遭遇するのは、溢れるゾンビの群れではなく、帝国兵から逃げ切れずに横転した馬車の数々だった。

 カルメンは持っている私物のダガーの、ザルア家の銀クローバーを指し示す。

 田舎者とばかりに直立不動となった帝国兵から事情を聞いていく。

 横転する密輸馬車の中身は、焼き印なき木箱の中身たる何かの濃縮液と、巧妙な二重底には金塊の山だった。

「ハルボーマブゼを中心に流行っているキンタンって万能薬の原料ですよ。ご法度なんですが市井に持て囃されていますね」

 恐れ慄く帝国兵の中でも無精な隊長が、たとえ高位でもヒヨッコにしか見えないカルメン・ザルアを、馬鹿にはしないが愛玩動物ぐらい軽薄に扱う風だ。

「ご法度……麻薬になるものも入るのですか?」

「いえね、こいつはトゥーレ商会の通報を受けておりまして、ようは盗品だったり密造品なんですよ」

「密造って……、そんなに人気なのですか?」

 カルメンの怪訝に、無精はよく頷く。

「そらもう。気付けに疲労快方に体力増進、何だったら痩せ薬にも傷薬にも病気の薬にも美容にも良いしで、下手な薬草使うより効くし安いってんで、どこもご法度品とわかって商品を扱うほど、持て囃されてますよ」

 そう無精が説明し、不動のままの部下に命じて、ひとまず村の街道上から横転大破した馬車達を除かせていく。

「ところでザルア伯爵、ここだけの話なんですがね」

 無精は眉を尖らせて、カルメンに耳打ちする。

「たまに捕らえる密輸人から聞いてまとめるところ、どうもトゥーレ商会を含む南の商人連合が火をつけて回ってるようで……そこんところ、中央ではどう思ってるかと。ザルアのお力で、お伺い立ててもらえませんか」

「だいじょうううう、ほうごくいだじまずぅ。ほばぐのおとこがにげまずだああああああああ」

「申し訳ない。では、よろしく頼んます、騎士カルメン・ザルア」

 妙な帝国兵に呼ばれた無精が、ちゃきちゃきと帯するショートソードを押さえて小走りしていった。


 ベランダ窓もカーテンも締め切るテサ・スピオーネル会長を、ゾンビ執事ベリオールはかつてのお嬢様を思い出しつつ、心配しながら玄米をばりばり食している。

「かいちょーさ、ま、ふさぎ込ンで、どうなされた?」

 配食係となった聖王教団兵ゾンビがベリオールに尋ねると、メイド長のゾンビが生前癖で口を挟む。

「みナみの麓の、かつて生い茂ル遠きサペリの森を、なツかしまれておおおられ??」

「せいおーーーーー教団が、すべてを斬って炭にした」

「ユるせない。許せない」

「すまぬ、すまぬ」

 食堂中の糾弾から教団兵ゾンビ一人のただ平謝りに対して、ベリオールは真新しい皮膚の出るゾンビ顔を横に振る。

「チがう、と思う。もっと、こう、さみしそう」

「なか、ま? ほほほほしい?」

 教団兵ゾンビの問いに、臣下ゾンビ達が次々寄って相談事になった。

「ししかし、かいちょーさま、は、我らに、なら、ない。かいちょ、さ、ま、は、こうき、なお方。はたらかせ、て。なら、ない」

「おじょーさま、の、頃、子犬を、抱かれて、おられた。思い出す。大きな犬、大きくなった子犬、はしゃぐうううううう」

「さみしい、わかる。子犬、しんだ、だいぶ前に、お嬢様、悲しそうだった」

「ベリおーる様、ひとつ可愛らしいお犬を、献上してみては、いいいいかがでしょうか?」

「しか、し、スピオおおおおネルにもはや、動物も、家畜の山羊と、ひひひつじ、ぐラいで、牧羊、けけけけんも、育てるのに、ない」

 使用人の山集りに挿して人間姿のスピオーネル兵が、ベリオールへ報告する。

「ワー、うる、フの、おんな、の、子?」

 ベリオールが再度確認する。

「高貴な姫君に擬態しておりますが、その女はさながら人狼の暴れっぷりでして。やっと捕獲して肉を与えても蹴って返し、しょうがないので人間の食事を与えたところ、これも妙な饒舌のわがままっぷりです。それで、とにかくテサ様との会見を求めています」

 そうしてベリオールが確認するのに兵の馬に相乗して冒険者ギルドの裏に入ると、罠檻の中で大人しくしている土埃まみれの金狼レインが、丸くなって眠っている。

「お、き、ろ」

 ゾンビ化して間もない腐れた冒険者が自前のショートソードの鍔で鉄格子をカーンと殴った。

 びりびりと背筋を電撃に震わせるレインが、水槽の魚のようにどったんばったんと暴れまくる。

「りっりっりりんんっごごご、じゅううううす、いかがで、すかな?」

 ベリオールが「どーどー」と、特産のアップルジュースを檻内に置き、落ち着かせようと試みる。

「お前、テサの執事か?」

「はぁああああい、テサ、かい、ちょーさまの秘書をして、おおおりまする」

「なら話は早い。テサに会わせろ。用向きは一つ『ミツバを返せ、さもなくば斬首』」

 レインの冷血美貌の琥珀瞳は、金狼に違わない凄まじい怒りの形相を露わにしていた。

 顧客による重篤クレームと分類するベリオールと人間のスピオーネル兵によるやり取りは少し長い。

 ずずずと果肉で濁り気味のジュースをストローで啜るレインが、それはもう退屈そうだ。

 マテのような呆れのジト睨を、ぞんぞんぞんぞんと屯う腐れの一団へ向け続ける――。

「少し、お待ちください」

 まずはその場の一同が、檻のレインに対して45度の一礼を果たす。

 特に冒険者ゾンビは、他のゾンビや人間の白い目のせいで土下座をさせられる。

 ベリオールは来客待遇を命じた。そうしてまず懸案を、本社へ持ち帰っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ