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026『労働者K』

 今やテサ・スピオーネル辺境伯は、大半がゾンビ化した領民や、一見はまだ無事な臣下からも、『会長様』と敬われている。

「おはよう、ござい、ま、す。かい、ちょー、さま」

「会長様ではなく、テサね。ベリオール」

「てさすぴおおおおおおねる、か、い、ちょー、さま」

 しんがりとなってテサを逃がそうとした執事ベリオールこそが、今の彼女を一番に持ち上げている。

「そう。……とても、淋しいわね」

 ボロボロの手で差し出されるこぼしまくりのセントジョーンズワートティーで、頻繁に気を落ち着かせる。

 渡される業績報告書と自治会議答弁を一読するふりをしていく。

――自身が手掛けるものではない。

 どのように流そうとしても、紙々の数字は、目を背けたくなるほどの狂気で彩られている。

 今やこのスピオーネルが制する大陸西部の大商都ハルボーマブゼは当然のこと。

 その中核でまとまる各属領だって、もはや死相まで見えるほどの暴走ぶり……。

「りば、るげん、たしてん、みたつ、どら、が、げんと、してん、ぷらす、よん、ぱーせん、と」

――過剰なまでの生産を今更止めようものなら、土地の死が確実だ。

 それでも、形ばかりの裁量で出来た抵抗は、皇帝に対する年貢を、このスピオーネルに集約させることだ。

 この手続だけは頑としてテサが行い、ゾンビ達の自動承認を得ると、監視の中で転移まで見届けた。

 これまで年貢を拒んできたスピオーネルが、本来出せる米以外の献上を莫大に行えば、いくらなんでも陛下が疑うだろう。

「実際、オーラット帝はハルボーマブゼに到着あそばされましたよ。ひとまず、気づかれて良かったですね」

――今はベリオールを下がらせている。

 ぎょっとするテサが、執務室のベランダへ振り向く。

 橙を基調とする魔族の女性、ヤドリギの巻き付くトネリコの魔導杖を横乗りする薄幸の魔女。

 テサよりきつくウェーブのかかる鮮やかな紫の、あまりにも長くきれいな髪。

「ご心配なく。『永起のリーン』もこの『栄虐』も、あなたの抵抗を邪魔をしなければならない決まりを持ちません」

 『栄虐』の二つ名を戴く強大の魔女フォルタ・エスカルドは、省力ゆえの陰気声で、身構えるテサを落ち着かせようと試みる。

 しかしテサの限界を感じ取ると、「ブランチ中に失礼しました。ごゆるりと」と、低テンションのまま飛んでしまった。


 フォルタ・エスカルドには、同じエスカルド門の先輩たる『永起』の安請け合いからの請負として、面倒な作業と管理を押し付けられていた。

「1担当につき1380体は多すぎるでしょ。それにこれから繊細な仕事に移行するだろうし、だったら手先の震えない人間を使うことになるはず」

 魔界の認める大魔女が人間の生業に詳しいわけがなく、結局は現場のゾンビ達に任せるしかない。

 しかしゾンビの限界は知っているし、彼らが完治していく推移を鑑みても問題が山積だった。

――研究実験がてらに良いと思ったけれど、これリーン先輩がアルカドラクの大商人を抱き込んだアコギなバイトだしなぁ……。

 フォルタは肩まで落として最大級のため息を重ねていくと、訓練施設へ降り立つ。

 ここは代々から戦士墓地だった。

 それが今や――社員育成のためのブートキャンプと化している。

「ほいしょ」「ほいしょ」「ほいしょ」「ほいしょ」

「いらっしゃいませ!」「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ!!!」「いらっしゃいませ!」

 100人ほどの生死も所属も問わない新入社員達が、激しい屈伸や一礼を繰り返している。

「で、なんで意識戻ってるの? 自力??」

 総じて首をかしげている監督達の中心で、正気を取り戻しているみつばゾンビを見つける。

「すみません。あなたは管理の方ですよね。私、なにをやらかしましたか??」

 フォルタは面倒で答えるつもりがなく、代わりに清書を終えた分の観察メモを渡してしまう。

「全部リーン先輩のあこぎがいけない。なぜエスカルドを得る魔女とあろうものが、こんな商人にゴマするお金稼ぎを」

 そうして咎の全責任を、甘党過ぎる先輩魔女に押しつけた。

 唖然のみつばゾンビと別れると、礼拝堂で寝泊まりしている非番から、美男の台無しなくたびれを引っ張り出す。

「あんた、頭良さそうだし今から労務管理ね。現場の作業者が事故起こさないように気を配って」

「は、はぁ……」

 3日前に迷い込んだキシリルは、波乱する29年の人生で、この程度ではもう驚かないが、よくもわからない。


 木剣持ちの屈強な監督ゾンビに連れられて、テサは『本社』の定期巡回を行っていく。

 栄光の頃のまま絢爛を維持した舞踏間は、金糸に赤い羽毛の分厚い絨毯の上に、大量の机が並べられて忙しい。

 大股早足で、ずかずかと往来していく爛々ゾンビと人間達をなんとかかわしていき、無配慮の監督ゾンビの後ろを歩いた。

「承認」「次、ハルボーマブゼ第441工事、派遣31名」「承認」「次、ハルボーマブゼ第442工事、派遣15名」「承認」

 死後のキャリアでそこにある裁定者達が印とサインを繰り返す。

――その姿は生前の所属のままだが、もはや服の模様程度の違いで、事業には関係ない。

「次、ハルボーマブゼ第443工事、派遣20名」「キシリル労務係より、不適との異議」「差し戻し、次」

――キシリル……。

 ラングバルク東方のサバラッキ漁民にありがちな名前。

 ただし、よく知る名。

 監督ゾンビの誘導から外れたテサは、死体で活気づく大オフィスの中から、『キシリル』の顔を見つけた。

――まさか……、

 テサは間違いであってほしいと強く願った。

「所属と番号と姓名を述べなさい!!」

 1月で覚えるゾンビとの対話方法を、迫真の限りにぶつけた。

「はい、会長様!! ハルボー特派部労務係社員番号444番キシリル・エスティファールですッ!!!」

「キシリル様!!?」

 労働者キシリルのあまりの過労姿に、テサは自らが謀叛人だと確定させた。

「決算の期限まで、あとにじゅうはちじじじじかん、目標数字が、遅れて、いるので、社員、たち、に、フル、操業を――」

「キシリル様は社員ではありません!!! それに、誰が、誰がその期限を決めました!?」

 テサが監督ゾンビに掴みかかる。この拒否反応はもう本能だ。

 オフィスが静まる。

 飾りの会長だろうと無言で諭していく、白い目の数々――、

 かつての忠臣も領民も、敵たる聖王教団兵も聖王司祭も、スピオーネル騎士や帝国兵までも。

 おのおのの肉体の生死を問わず、爛々の狂気をテサへと突き刺していく。

「テ、サ、お嬢、さ、ま」

「あなたは……!?」

 キシリルの後ろからよろよろと現れる。

――直近の政で切り捨てた、頑固な木彫の老親方だ。

 使い込んだ革ポーチに差し込まれる細工用の細いノミの数々が、錆びのひとつなく入念に手入れされている。

「てさ、お嬢さ、ま。ご領主、様。お恨み、もうし、あげ、ま。おお俺の、いき、がい、かえし、て」

 テサの顔に血の気は、もうない。

 作業から逸脱する老木彫師に筆を持てと、テサを解いた監督ゾンビが吠えている。

「期限の、おくれ、は、ゆるされ、ない。わ、れ、我らは、は、えああああある、スピオおおネルの、未来、の、た、めに。売上のぜぜぜ絶対と、おおおお客さまへ、信用、と、信頼は、ぜったああああい」

 事務作業に戻っていく老残骸に、ノミで刺されたわけではない。

「未来の、ため、未来を、作る、ために、未来に、つなげ、る、ために、今を、乗り越え、今を、犠牲し、今を今を今をいざ、燃えて」

 ただ、人智を超えた。


 ハルボーマブゼ宮の執務室で、ギャックレー執政官の関わる記録すべてを調べていく。

「すごい量ですね」

「そりゃあ帝都もでかいがな。このハルボーは大陸西方そのものの重要交易拠点で、さすがの親父もここを直接統べる気は起きなかったようだ」

「それは本当に助かりましたね」

 マテとケルディナールが手分けして整理済みの分類から日付ごと関係ごとに、カインはその最新から拾って読み込んでいく。

 他国王配という身分を弁えるゼレガが、勝手に部屋を出ていく。

 入ったバスルームで、フロックコートを脱いで、顔をよく洗い込む。

「おい。せめて厠ぐらい独りにさせてくれや」

 40年前のチンピラ気風がすっかり戻る『暴斧のゼレガ』が、荒くれ者の殺意をわずかな穴に突き抜かす。

「申し訳ございません」

 壁が返答する。

「いや、あんたらはちゃんと仕事してんだ。あのクソガキ小僧といい肝心な時には立派だよ。で、こうして喋るってことは俺は信頼されてるとみている」

「畏れ多いお言葉です」

 壁が見えない一礼に折れる。

「じゃ、俺も答えるからよ。こっちからも聞かせてくれねえか」

「では1つ、率直に」

 一瞬静まると、紙音をわずかに立てる壁が質問を繰り出す。

「ギャックレー卿が愛飲していたカンポー薬『キンタン』について、アルカドラク王配として、聞き及ぶことを」

「あー、健康長寿を謳ってる怪しいのが、新薬許可を求めていたな」

 ゼレガは頭を掻いて、1年前の謁見時の御高説を思い出す。

「その扱いはどうされました」

「アルカドラクの定めではともかく、このカンポーっての考えた異界での扱いを思えばありゃアウトだった」

「では却下されたのですか?」

 言質をとりたく壁が食い入って確かめる。

 ゼレガは友人の問いに答えるような気さくを崩さず、しかし確定させた。

「薬屋の言い分を認めず却下したぞ。ただ、あくまで書類不備の扱いに留めて、開発禁止まではしてないが」

「わかりました。では、ゼレガ王配、その点で質問は?」

「飲んでたってこたぁ、袖の下とかねえのか?」

 壁は、賄賂については明瞭に否定する。

「『キンタン』の入手経路は、単に街の薬局で使用人が気配りで買ってきたのを気に召したまでです。その老婆も、薦められただけで関与はなし」

「そりゃカイン小僧にとって、楽な勝負じゃねえな」

 壁ごしに並んで背を預け、刻みタバコに火をつけるゼレガは、すぅと煙管を咥えた。

「もう1つ、この『キンタン』なる新薬、アルカドラク王室には誰が申請しました?」

「トゥーレ商会だ。自由都市ティーバートから聖王騒ぎで疎開してきてる、オーラ人の手広い商いだな」

「トゥーレ商会について、我がラングバルクでは情報を持ち合わせておりません」

 壁はわざと言い淀む。

 空気を読まされるのを嫌うゼレガは一瞬だけ眉を尖らせたが、すぐに軟した。

「情報提供しろと?」

「そう受け取っていただけると」

「わかった。だがこれは女王アリシアの判がねえと出来ねえ相談だし、全容はこっちも掴めてねえ。まあ、まずは俺を無事に、気分よく帰せや」

「畏まりました。お手洗い中に失礼いたしました」

 壁は安堵し、立ち去ったようだった。

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