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025『我が糧が商いに富みて』

 アルカドラク王国から銀龍の山を越え、リバルゲンタ砂漠を経て至る。

 西方交易で古くから栄えるハルボーマブゼは、人口100万のラングバルク帝都に匹敵する大陸随一の大都市だ。


 ギルド体制だった職人街はたった1カ月で、本格的な工場分業体制の準備がなされていく。

 最初にやってきたゾンビの徒党は「スピオーネルから応援だ」と言って、その風貌だけで各工房やギルドを制圧する。

 しかし人を襲う代わり、怖がる職人に強制して、いつものように物を作らせる。

 作業工程を観察し記録し、徹底的な問答でより突き詰め、弟子入りと称して居座った。

 そうして簡単な作業から、奴らはじりじりと侵食していく。

 

 はじめは世俗的な若者が、とうとう堅物の親方まで折れて、日銭の一工員となってゾンビの組むシフト制に組み込まれていく。

 商人もその意欲や腐敗に関係ない。ただ「腐っているが使える頭脳」として受けいれるその日から、商会の強大化が約束された。

 ゾンビと生者が一列に並んで、公衆浴場へ行進していく。

 中には代々の家業なのに、浴槽の並びを変え、裏通りに接する壁をぶち抜いてまで、一方通行の導線を作る賢い風呂屋がある。

 行列から入湯料を取りつつ、本来はハネ品のヘチマスポンジと小さな石鹸片を脱衣袋と一緒に売るだけで、たった2週間で半年分を儲けていた。


 大通りの往来を分離しようと早くも建設の決まる、レンガの高架と運河水路の同時建設の片隅で、長く吟遊する老人が、力強くフィドルを鳴らす。

 隣でエルフの美しい女が、下町好みの歌声だ。

 ゾンビも人も、この往来では区別のつかない。

 ただし、銅貨一つも投げ込まれないで無視される古い吟遊詩人は、祝祭めいてよく歌う。


商いの声よ誠にと

黄金の印が世にあらん

求めの声よ強欲と

黄金の富みに果て続け


黄金に登れ 黄金に昇れ

神々の世に 高みあれ

黄金に躍れ 黄金に惑え

我が糧が 商いに富みて


 リバルゲンタ湾に沿って大きく曲がるカリガリ北街道の宿場・スピオーネルに入るためには、一旦はハルボーマブゼに至る必要がある。

 さすがのレインもスピオーネルのある4000m級の台地を、その強化脚の一発では登りきれない。

「あ、あのー」

 銀軽装を脱いだだけの明らか場違いなカルメン・ザルアが、やっと自分と同じ世界の2人を見つけて訊ねた。

 老人とエルフ女は互いに顔を見合わせて、老人のほうが「なんだね」と、手に取る裏返しの帽子を示しながら渋々応対する。

 そこでレインがへそくるラングバルク大銀貨を1枚を惜しげなく入れてしまうと、老人もエルフ女も饒舌だった。

「1月前かな」

「正確には39日前じゃ」

「ハルボーマブゼのご領主様が他の周辺領主や大商会の旦那達と一緒にさ、あの新たなスピオーネルの、辺境伯と言わず何だっけ?」

「知事じゃよ」

「そう、『チジ』。その知事って名乗るゾンビと、黒髪の可愛らしいゾンビ娘と一緒に演説打ったのさ。あーなんてったっけ」

「『王道楽土をいざ示し、ハルボーマブゼの威光を天に得よ』」

「そうそう。で、なんでか知らんけど、2週間ぐらいでこの有様さ。この橋なんてさ、あそこらへんのアパートを全部解体してまで作ってんのさ」

「そんな材料で保つわけがないんじゃがなー」

 カルメン・ザルアはもう猫となって、今は誰もいない衛星軌道上で、地上に残る自分の身体を探している。

「金や鉄が随分な儲けになると聞いているが、まことか?」

「それはもう古い話じゃ」

「古いって2日前の話でしょ」

「この町では既に過去の話じゃよ」

「どういうことだ。ならなぜ暴走が止まっていない」

 レインの見渡す辺り一面は、ゾンビも人間もまれにエルフもダークエルフもドワーフも等しく、建設作業を急ピッチだ。

「どこか取引所になっている酒場が発端で、極端な値崩れを起こしての」

「そうそう、この前まで威張ってたのが昨日は結構発狂してたな」

「じゃが昨日から今度は織物と花の種に移ったみたいじゃな」

「あ、だから花売りの娘があちこちで毟られてたの? かっわいそーに」

 レインも宇宙に行きかけるの気がついた老人が、これが結論と短くまとめた。

「結局、一文無しで身ぐるみもない生者が多く出ておるが、結局儲ける人間はより儲け、知らぬ人間がまた寄ってきて焚べておるぞい。なにせゾンビの働き者どもは疲れを知らぬし、飯さえ食えるなら儲けようとかの私欲が薄いようじゃからな」

「しかしそれでこうなるのか??」

「現にこうなっちゃってるんだよ。あたしもそこそこは長生きしているけど、こんなの初めてさ」

 飾り立てる緑髪を櫛と掻いてから、エルフ女が呆れ果てていた。

「なにせ作るばかりで物が余っているのを、商人のだいぶ上が話し合って、次に流行らせる品目をなんだと決めてるだとか、その噂で酒場はもちきりさね」

「そうか。ありがとう。理屈はまだわからんが、事情はよくわかった」

「で、お姫さん。この『王道楽土』とやら、どう思う?」

「答えるまでもあるまい」

 有益分だと大銀貨を2枚入れるレイン、そそくさとカルメンが一礼して去っていく後ろ。

 また誰も聞かれない祝祭詩を、取り残された吟遊詩人の老人とエルフ女が楽しそうに繰り広げている。


働き蜂は蜜に死なん

富める蜂に蜜は足らん

いざ死ぬために働きて

生きるために死なん


黄金に登れ 黄金に昇れ

神々の世に 高みあれ

黄金に躍れ 黄金に惑え

我が糧が 商いに富みて


 キシリルが転移し、レインがカルメンを連れてすっ飛んでから一昼夜を経た。

 なぜか無効化されていた転移陣を、カインの強大な魔力でまた解き放つ。

「へ、陛下!?」

 転移陣のある棟を警備する騎士達が慌てて跪く。

 カインの三白眼はオーラット帝としても冷酷を極め、カインとしても髪が逆立つほど憤怒の限りだ。

 後ろにアルカドラク王配ゼレガの隆々な男姿と、帝国研究所のケルディナール所長と、メイドのマテが険しい顔で続く。

「なぜ転移陣が封じられている」

 狼狽する白銀鎧の胸元に魔導杖の先を当て、指先ほどだった闇球がどんどん大きくなっていく。

「わ、我々は、ハルボーマブゼ宮の守備を、げげげげ厳命されているだけでありまして」

「誰が命じた」

「陛下の勅命として下令がなされております!! ギャックレー様もよく確認されており……ですので本当にわからない!!」

 カイゼル髭の騎士長が泡吹いて悶絶する。

 土気色でその場で跪いたままの一人を、40年ぶりの戦斧を宙から取り出す壮年ゼレガが、激怒を極めて美女化していく。

「主君の名前使って勝手をやる忠臣なんぞ聞いたことがねえ。そのギャックレーって不逞野郎のとこに案内しろ」

 昨晩から施錠されっぱなしの黒檀の重扉を、騎士長が訝しむ隙もなく、怒り任せにゼレガが蹴破る。

 スティレットを構えるマテが吶喊する。カインが命じると、何もわからないハルボー宮の騎士達が雪崩込んだ。

 後背から取り押さえた書類まみれのフロックコートの男が、マテの赤髪を掴んで振り落とす。

「報告がない命令命令違反違反いはんいはんいはんだめだめだめだめだめ許されない許されないゆるされない陛下陛下」

 絢爛なフロックコートと裏腹に、本来は肥満気味の、今ではすっかり痩せきった執政官のフレイメル・ギャックレー。

 無能とは称されるが気配りができ、よく温厚だからこそ任命した。

 しかしそんな面影も、狂気めいた生を爛々と輝かせる瞳が打ち消している。

 食欲よりルーチン逸脱に対する怒りでカインを襲うも、その前にゼレガが戦斧を平に当てて殴り飛ばし、沈んだところを騎士が捕縛した。

「なんで帝都に知らせなかった」

 騎士達の中に混ざる『影』の一人を睨みつける。

「ギャックレー卿の異変は昨日からの話です。しかし今の陛下のお怒りからして……転移した使者は今いずこに?」

「誰が首謀だ」

 カインの声色は極限だ。

「不明です。しかし宮廷内、ことハルボー宮ではありえません。密偵からはまだ報告なし」

「キシリルは?」

「まずはミタライミツバを確認したいと、帰るまでに調査するようを我々に命じて、ずいぶんと機嫌よくスピオーネルへ立ちました」

 カインの激怒がいきなり溶けたので、血圧の乱高下のあまりその場でふらついた。

「ガラになく、はしゃぎ過ぎだろうがあの馬鹿」

 しかしカインは、ギャックレーの異状が起こるタイミングが気になった。

――これは腹心たるキシリルが、つまり俺が直に動いたもんで、慢心の相手が泡を食いやがったな。

「その時にはまだ異状を見なかったんだな」

「そのとおりです。キシリル様のご到着から、まるで劇の背景が一気に外れたように……」

「そうか」

 左親指を唇に当て、その場でカインが考え込む前に。

「陛下、この謀叛人、いかが致しましょう」

 気絶したギャックレーの頬を靴先でけちけち蹴って確かめるマテが、カインに処遇を聞く。

「どう考えたって黒幕じゃねえよ。思いっきり利用されまくった残骸だろうが」

 ……事の理解を単純化させたいマテが、嫌なジト睨を向けてくる。

「拘束し、医者に診せて、別命するまで騎士に見張らせろ。俺も後でよく診る」

 カインが呆れながら命じると、騎士らに担がれるボロボロギャックレーが、そのまま連れて行かれた。


「こんにちは~御手洗みつばさん。とってもファンタジーなゾンビライフはお楽しみですか~?」

 焼き菓子の匂いが薫ってくる。

 虹色サーモグラフィーな利南先輩から振り向くと、見るからに魔女の影をした緑色が呑気そうだ。

「えと、ぞ、ぞんび??」

「ええー、地球で大人気を超える不動の題材、テレビゲームや映画のあのゾンビぃ~」

「え、えー」

 みつばの理解不能を、この緑蛍光は更に上書きしていく。

「私もエルダちゃんの使いっ走りで呼ばれじゃなくて遊びに行った時に、園田君のお家で暇つぶしでやらせてもらったんですけどー、地球のゾンビってとてもロジカルで、ちゃんと理由を持って蠢いているのがすごいですねー」

 少し低めの、ふわふわ陽気のトーンを崩さず、緑はそのまま、不詳の空間を練り歩く。

「……その様子だと、あれが本能なんですね」

 突然、マジレストーンのドン引きになった。

 さすがに諸々と聞き捨てならない数々に、みつばが恐る恐る質問する。

「えと、つまり私の体、ゾンビとして蘇ったわけですか? でも私、こうやってあなたと話しているし、意識がないままゾンビの私は何をして――」

 想像がつき、最悪の想像にめまいがして倒れかけたところを、手を引っ張って留める魔女の緑が否定する。

「いえー。そ、それはないのですけど。私としても想定外の想定外で、むしろ安全なのか別の危険なのか測ることもままならず」

「???」

 魔女が提案する。

「体の回復もお早いみたいですしー、テストで一度意識を接続しますね~。まだ痛いかもしれませんが、モルヒネとかこの世界にはないので勘弁してくださ~い」

 そして、よくわからない臨死空間から突然重力と感触が戻ってきた。

 鉛の重さと骨から突き刺さる激痛に、みつばは思わず崩れてしまう。

「えりあまねぇえじゃあさま、どうなされたのですかぁああぁあ?」

 昭和の体育教師のように木剣を肩に担いだ小綺麗農夫姿のゾンビ――というには、ボロ肌が剥がれてピカピカツヤツヤの肌が露出した謎の存在が、みつばを担いで立ち上がらせる。

「えと、あなたはゾンビさん?」

「ぞんびぃぃ???」

 お互いにハテママークがぽんぽんぽんぽん浮かんでくるところに、冠の意匠をサーコートにつける騎士ゾンビが、直立不動でみつばの前に立った。

「ほぉおこくいたしまずぅうう、ほんじつにゅうしゃじんいんにじゅううはちめい、けついんなしぃいいいい」

 さらに別の司祭ゾンビが、さっきとは別の、槍を担ぐ龍の意匠をつける騎士ゾンビも。

「はるぼぉうまぶぜしてんよりほうこぉおく。らいんばるくこうていへいか、はるぼぉうきゅうにごとうちゃくぅうううううう」

「こんしゅううりあげもくひょーーーーー、りばるげんたしてんみたつうううう、どらがげんとしてんぷらすよんぱーせんとでとうたつうううううう」


「えと、えと……私、なにやってました??」

 回復しかけのみつばが理解するまで、魔女リーン・エスカルドは、もちまえの無責任でほったらかすことにした。

 この場に説明できる人間はなし。

 清潔な身なりのゾンビはいっぱい。

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