表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/29

024『就業写真』

 蒼華の勇者・御手洗みつばを、スピオーネルの地で弔った。

 雨上がりに咲き誇る白いハブランサスをレイン自身が藍に染めた。眠るみつばをその華で埋め尽くしていく。

 マテは泣かない。

 キシリルとハスエーとカルメンを含める6人がかりで置かれる黒檀の棺が、砂の流れるままに墓穴へと降りていく。

「その肉、その礎を遺して往く者よ。まことにあれる幸いの空にこそ、本当の安らぎがありたもう」

 急ぎ取り寄せた祭事のローブを完全に着すカテルジナが、眩い銀メイスに聖球を吊るして、中のヒノキ香を厳かに振っていく。

 静かに泣くレインから立つ喪装のオーラット2世が、ラングバルク皇帝の権威たる魔導杖を、どん、どんと2度突く。

 三白眼を堪え精悍を保って、沈む棺を見届けた。

 マテは最後まで泣かなかった。

――ミツバの死は、マテ・ユリスにとってそれだけ大きい。

 ……それ以上に、宮廷仕えで日々研ぎ澄まされていく勘の虫が、背筋をぞぞぞと這いずり回っていた。


 異常は1カ月半で、なにより物量で現れた。

 半年毎、ハルボーマブゼの転移陣経由で献上される西南部からの年貢量が、いつもに比してほとんど0だ。

 そして、それまで拒否していたスピオーネル領の年貢が前年総量の5倍を叩き出す。

 それも内容の大半は、見事な金細工から実用の鋳鉄調理道具、それに新造された銀のロングソードや立派なランスまでも。

「厳命して催促しているのですが、スピオーネル辺境伯を含め、南西部各貴族領からの回答がゼロです。文は定型のまま書かれていて把握できませんし、こちらの使者も帰ってこない」

 カインへの報告最中も、みつばという類友なきキシリルの胃がより痛む。

 それはカインも同じで、みつばを送ってからは鬱ぎ込むレインとまともに会話にならない。

「意味がわからん。謀叛のつもりなら使者の塩漬け首でなく、なんで税と年貢を立派に届け続けるんだよ。だいたい比率からしておかしいだろうが」

 ……とても歪みきった希望と可能性が生まれているのに、2人とも発言はしまいとどうにか口内に押し込んでいた。

 みつばの死となんら関連性を見いだせないものの、否定するにも具材があまりに揃いすぎている。

「調査しますか?」

「ミイラ取りになんなよ」

 ほとんど小躍りのキシリルに通りがかりのハスエーがドン引きするも、アルカドラク王国のゼレガ王配が駆けつけていると矢継ぎする。

 カインとして応じたほうが都合良いだろうとゼレガを自室に先んじて通させ、定例の午後謁見を先んじた。

 ポフ・テルセスタン商会代表の青年商人ディリーバが、浅黒い砂漠民の面を上げる。

「畏れながらお尋ね申し上げます」

 ……完全に焦燥しきって、目立たないが深い隈をつくっている。

「今やハルボーマブゼは泡沫景気の色を帯びるにしても異常であり、特に屑物を含めるすべての金属価格が暴騰し、取扱商会のみならず、家々の蝶番までもが高利の投機対象となる始末にございます。このままではオーラ帝国とアルカドラク王国のそれぞれの商人同盟により、領主達の死守する農具の買収なり、このラングバルクを弱体化させるための取引談合が起こりかねません。斬首を覚悟の上、単刀直入にお尋ねします。これは陛下の策ですか?」

「いや違うに決まってるだろ」

 調査前にもたらされた実態に、オーラット帝を忘れた素のカインがとても焦る。

 気を取り直してオーラット帝を演じると同時に、『謁見間の二重施錠』と『影の口述筆記』、それに近衛2番隊長のハンドサインで『騎士の指名』がなされていく。

「どうなってんだい」

 ひとまずディリーバを生きて帰した直後には、魔族美女とTSした激昂のゼレガだ。

「貴様が勇者を唆したのかクソガキがぁあああああ」

 頭1.3個分は高身長とはいえ女の細腕で、カインの首根っこを怒りのまま掴んで宙に吊るす。

 マテとカルメンがどうにか落ち着かせると、息切れ美女ゼレガが写真の数々を突きつける。

「あ」

 ちぎり取る写真をカインとカルメンが凝視する横で、的中のマテがすっかり宇宙の猫となった。

「陛下、これって……」

「うむ」

 カインが1枚目をより観察する。

――写っているのは墓地だ。

 ミツバを埋葬したスピオーネルの戦士墓地。

 夜ではなく夕……いや、草に露がついてるから朝だろう。

 デカデンティア信仰に由来する金の死装飾を首から提げる、老若男女の土泥まみれ余所行き服の出で立ちに腐――、

 ……が、前倣え横揃えで並ぼうと、兵隊の体幹で小走りしていく様子。

「陛下、次をめくっても?」

――次の2枚目はなお意味不明だ。

 ゾンビの集団が揃いきって激しい屈伸を繰り返している。あまりに速いのか念写も追いつかず残像になってしまっている。

 基本的に全員が後ろ姿だが、監督役なのか何体か木剣を不良担いで練り歩いている。

 その眼はゾンビとは真逆で爛々と輝いて、それでいて何か一つを狂信しているような禍々しい光を宿している。

「陛下ぁああぁぁああああ」

――カルメンがとうとう折れる3枚目。

 絵の中だけでも30体以上のゾンビが、それぞれペアで対面して一礼を相互に練習している様子だ。

 作法があるのか45度で切られた半円の板を持ち出す監督ゾンビが、角度の足りないゾンビを激しく叱責しているような姿が……。

「おい」

 そうしてカインとて宇宙の猫となり、マテと衛星軌道上でランデブーを果たした4枚目。

 右足だけを右斜前に出す『休め』の姿勢で観閲を受けるゾンビ達の中に、明らかな生者が襲われないそのままで雑じっている。

 そうして木剣を手にした3体のゾンビと、さらに後ろに聖王教国兵やスピオネール兵の爛々瞳を従える御手洗みつばの、花びらまみれのゾンビ娘姿が――。

「いやいや、これ念写式の写真だろう」

「そ、そうですよ。陛下の言うとおりで、だったら違うかも」

「しかし、これを撮影するアルカドラクの密偵が、ミツバ殿の顔をそれだと知っているものでしょうか」

 恐い顔のカインとマテが、無自覚カルメンをぺちぺちはたく。

――キシリルを呼び戻そうにも、珍しすぎるほど小躍りしながら転移陣を使い、もうハルボーマブゼへ行った後。

 ならもう生還はないものとして、カインは諦めた。

 レインにみつばの今を伝えると、鬱ぎの代わりに決心に美貌が締まる。


 亡きキシリルの代わりにドン引きハスエーとケルディナールを組み込んで、ゼレガ王配と雑多な椅子を揃えたのだった。

 葉巻の端を鬼歯で千切り、魔法で火をつけたチンピラ美女ゼレガが、ドンとばかりにブチギレている。

「今は聖王教団実効支配にあるヴェルクリス王国産の密輸金塊を原資に、金属の業転買いを各商会にもちかけて荒稼ぎだ。それにもっと品目を広げようとしてやがる」

 ケルディナールのフィンチ眼鏡が、眉間の歪みでカランと落ちた。

「失礼」

 老人の鉄仮面をまだ守るが、中身は動揺しているようだ。

「しかも行儀のよろしいことに、人夫役割のゾンビでも並の商人より口達者でな、お世辞も現場交渉もうまいとよ」

「それ、本当にゾンビなのですか?」

「腐ってるからゾンビには違いねえけどよ……俺もな、あんなのゾンビだと認めたくねえ」

 メイドのマテの訝しみにゼレガが中年おっさんのため息をすると、アルカドラク王国冒険者ギルド本部のお触れを広げた。

 『ゾンビ種族冒険者による低級クエスト受注停止と今後の取引お断り』『低級クエストの月毎受注数制限について』が、でかでかと見出しされている。

「ドラガゲントの都じゃ今、働きゾンビに食い扶持を取られた低位冒険者どもが盗みや無銭飲食の暴動ぶりで……とても牢が追いつかん」

「ゾンビって自発的に労働するのか?」

 宇宙猫になっていくマテの怪訝に、ゼレガとて理解不能の怖い魔族美女顔で応じる。

「稼ぎまくってより食べ物を買ったり流通の溢れから得たほうが余っ程効率的だと覚えたらしい。そのために身なりも立派だぞ」

「ミツバのやつ……」

「なにしろ札あるごろつきや有力者まで幹部に招いて、自分らを殺した教団兵や司祭まで襲い返して、生かして取り込んで商人化のために洗脳してやがる」

「ミツバのやつぅうううううう」

 三白眼の血走るカインがとうとうテーブルに突っ伏す。

「勇者ソノダが無自覚トンチキだとは様々聞いているが、ミツバまでそうならなくていいだろッー!!!」

 掻きむしるカインの灰髪頭に、いくつか白髪が飛び出るのを、ふいに戻れたマテが見つけ、ついほくそ笑む。

「ところでゼレガのおじき。テサ・スピオーネル伯について情報あんのか?」

「何も聞かんが、スピオーネルじゃ平和的で平等で民主的な自治会議が発足したと、……ゾンビどもが触れ撒いている」

「その会議、全員が賛成するだけのゾンビだろうがい」

 カインの激しいツッコミに、唾がかかるケルディナールが淡々と眼鏡のレンズを拭いていく。

 挙手のハスエーが、対応について具申する。

「テサ・スピオーネル伯が禁忌術を行使し謀叛を企んだとして、帝国軍で鎮圧しましょう」

「駄目だ。スピオーネルに軍を差し向ければアルカドラク侵攻の気配もありと俺も形式的には受け取らなきゃならん。それに聖王教団まで刺激されたら、今度は八百長できねえぞ」

 腕を組むゼレガは、もう大柄の壮年男に戻っていた。

 しかしハスエーはより食いつく。

「そのような事態に至る誤解も生みますが強引にそうでもしないと、1ヶ月半でここまでの事態ですよ。それにスピオーネル伯や生存している民の安否にも関わります。アルカドラクとて本件は重篤のはず」

「しかしゼレガ王配の仰る通りでもある。ハスエー卿、ハルボーマブゼをはじめとする西南領を、隣国アルカドラクを、一点の正しさのために、ただの瓦礫と屍山に還すおつもりか」

 そうしてケルディナールがハスエーの強硬を細断し、ハスエーは沈黙し座した。

「実際根拠もねえんだよハスエー」

 うなだれてカインが続く。

「なにせ代々スピオーネル領そのもの、帝国に服するのは名目だけで、実態は貨幣発行も許されたほとんど自治独立状態なんだ。それが周知されていて、その周辺が働くゾンビで冒されてるってなったらさ……」

「慈愛の人こそが神を誇らせると説く聖王の思うつぼと?」

 思わず立ち上がるハスエーの語気の強いパリィに、カインは淡泊に事実で薙ぎ払う。

「ヴェルクリス王国の密輸金がゾンビの原資って話なら聖王教団は自爆する側だ。それよりオーラ帝国のハゲオヤジが高笑いだぞ」

 宇宙猫マテの給仕により、各人へ熱い緑茶と、まだ余りあるシガン名物そばサブレが提供される。

 椅子前足を浮かせて安楽するカインは、飽きるそばサブレを齧りつつ、これまでずっと黙っているレインへ目を向けた。

「おいレイン、そのな」

 カインが迷う間に、レインは決心していた。

 何も言わない。

 ただふさふさ金髪をポニーテールにまとめ上げると、ドレスのスカートに忍ばせたミスリル蒼銀のナックルダスターを両手にはめる。

 力強く両拳同士を合わせると、きーんと、澄み切ったミスリルの跳ねる金属の打音を確す。

「おいこら、どうするかぐらい言い残して行け!!」

「もう御託は聞き飽きた。そんな複雑の利害より、今のミツバが、どれほど憐れな存在と堕ちてしまったか。私は耐えられない」

 10の先の、0を繰り返した完全の先の、完璧の壁の先に、もっとも近く、またレインの見解に匹敵以上にたどり着いていたのが、御手洗みつばだった。

「0の繰り返しから今度こそ放ってやる。ミツバよ、もうすぐだ」

「ちょっと待てよ。せめて準備してから」

「もう待たん」

 すっかり借猫のカルメンを引きずってベランダに出、履いていたヒールを脱いで左手に揃える。

「え、ちょと、レイン妃? レイン様?? レイン殿??? レインさ~ん????」

 レインの側仕えたる可憐の女騎士カルメン・ザルアに、拒否権はない。

 身体強化魔法で最大バフをかけた自身の脚で、ほとんど空中を西へ跳躍していったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ