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023『異世界かれすすき』

 スピオーネルに向ける議題は、オーラ帝国エギズ帝王による念写式写真の欠陥を悪用した情報工作だけではない。

「してスピオーネル伯、予備を超えるこの余剰をして、なぜ年貢として我に差し出さぬ?」

 キシリルが連れてブライク王らを退室させた後、提出資料をすべて読解するカインはオーラット帝として冷酷に徹した。

 カイン同様、代替わりから3年もしないテサ・スピオーネルなる妙齢辺境伯を、まずは取るつもりのない年貢の要求で推し測る。

「陛下。既に税が十分に取られております。帝国の課す税の上に陛下に対する年貢を起きますと、御威光が単に傷がつくばかりかと」

「我の威光を毀損せず、ただ成すことがそちの役目だが?」

 オーラット帝は冷たくも、テサはこれに恐れない。

「申し上げます。私テサ・スピオーネルはこの辺境を代々治める辺境伯として、かねてより広い自治を賜ってございます。それに一度は下賜された特権を、時の皇帝のたまの気や政のみで取り上げることこそ、避けられぬ毀損にございます」

「わかっている。しかし時が課す不文の掟とてあるものだ」

 テサはこれを恐れない。

「不文は不文にございます。それに、『利のないものには無理』の一言なのでございます。その無理を我が辺境に課すというのであれば……」

「ふむ……、心配してたがオツムは大丈夫そうだな」

「……何のことでしょう??」

――自城の城壁に磔になっていたこと、まだ誰も教えていないのか。

「帝のいちいちを粗探しするほど、そちはただの野暮か、それとも真に謀叛を企てる者なのか?」

「失礼いたしました」

 オーラット帝の化けをほとんど解いたカインとして、このテサに実際の疑問を投げかける。

「で、実際なんでこんな軽い税なんだ。これじゃかえって領内の有力者が納得しないで地盤固めにもなりやしないし、領民や商人に対する人気取りか?」

――スピオーネルの事情を鑑みても、もう2公ほど割を加えないとやっていけないし、その程度なら飢えることなく耐えられるはずだ。

「それも一つございます。しかしそれ以上に、生産能率を上げるためにもございます」

「理に適うのを認めるが、それはちくちくと様子見で黒字を勘定できて、領内に税の還付が行き届いてなおの話だ」

 実際、カインの目にする資料ですら、現実として深刻が浮き出て然るべき問題が大きく露出していた。

「すべてを鑑みても、その策はひどく偏っている。つまり税は充足せず、しかも適切に使われているようには見えてこない。しかもだ。貯めるためでなく、商取引無税や駅宿場や街道の拡充に巨額を投じている。出入りする商人のおべっかに騙されてないだろうな」

 予めに用意した言い訳ではなく、自分が理解して納得したうえで、テサは答える。

「一見の未充は、我が領ではもう成立しえない栄光だけの古い木彫の産業や、あがりを決める真の怠け者に対して、その保護を打ち切ったからにございます」

「それはずいぶんな乱暴と受け取るが、理由は」

 テサは続ける。

「もちろん、単なる見せしめではございません。彼らのそれまでの功労や忠義を考えても、私とて心苦しくは思い存じます」

「申せ」

 相槌を受けるテサは、毅然と続ける。

「彼らを哀れんで保護を前提とすれば、このスピオーネル辺境に必要な力をすべて失う結果にございます。なにより保護を与えるにしても、どのようにしたって生きるに足りず、だからといつまでも、未練ばかりで死ぬことも許されないのは、あまりに酷」

 得心のテサであっても、そこから先の毅然は保てなかった。

「…私から提案し、皆を説得して、失う者達への謝罪と弁明を行い、この辺境を支える者らすべての合意を経ての判断にございます」

「引導を渡したってことか」

「畏れながら」

 テサは、自治領スピオーネルが置かれる実情を、毅然を戻してカインに告げた。

「我がスピオーネル辺境伯領は、帝国に属しておりながら、独立も同等の自治権を得ているが故の悲劇がこれであり、ただし、ひたすらに立ち向かうべき栄光でもあるのでございます。ですので何卒、領地の召し上げを考えておられるのであれば」

 テサの銀瞳は真摯で、誠実だ。

「わかったわかった。そこまで肝入りなら手出ししねえ。だが俺は俺なりに苦言を呈すぞ」

「慎み、受け止める所存にございます」

 そんな彼女の前で、息を吸い上げると、オーラット帝として一気に啖呵した。

「その切り捨て殺す者達とて貴賤なき『臣民』だ。このような税策を、政としては必要でも、道理としては認めない」

 さらにカインとして畳み掛ける。

「それにな、どんな事情でもこの怨みは、悪徳に対するそれと変わらない感情として芽吹くだろう。だとすりゃ周囲はあんただけを贄に出して、火の中に吊すまでだろうな」

 こうして締める。見開く銀瞳の横に、脂汗を一筋落としていく。

 咳払いするカインは次の議題として、南の国境から日々侵犯する聖王教団なりその敗残の状況を確認していくのだった。


――勇者の世の輝きはどこぞ、既に活易を魅入出せぬ。

「騎士カルマ、とくと見果てよ。この異界に導きなし。異界の王は死せる生業に血を与えるばかり、その臓に命の脈動はなし」

 馬車を駆る蛮勇男ぞ、黒油塗りの街道にベヒモスの鉄蹄を刻み込む。

 負傷の騎士カルマは決死に否するも、蛮勇男の言が変わることなく、魔へ堕ちゆくラングバルクを羨望す。

「屍の世を生きゆくはどちらも同じか。あるいは生きるふりこそ、どの世の変わらぬ理か」

 手綱を繰りて、市場の眼前に馬車を止めん。

 蛮勇男ぞ、腕に刻まれる褪せた色墨を爪で毟し、僅かの銭をカルマに託す。

「異界の騎士よ。このどちらに望みを絶す。はたして魔こそが命を絶つものか、ただ生きるふりすら疲れ果てた屍がただ手折れる様こそただ真か。日頃の商いただ一つをとっても、我にはわからぬ」


 ほのかに暖かく、少し湿る、南方スピオーネルのそよ風と、午後に傾く強い日差し。

 窓辺のレインが墨をつけたばかりの羽ペンを置くと、書きかけの原稿を脇に除ける。

「だいたいカルメンの好みではないし、市井に回覧させるにも重すぎる。何よりこれでは書き手の正体を勘ぐられる……。やはり適当に剣を交わさせ有耶無耶にするのが頃合いだろうが、うーむ……ケンケーやジエータイとの大立ち回りも毎度では飽きるな」

――3人と一緒に出掛けなかったことに対して金髪ふさふさをしょげて、今の自分を後悔する。

 レインは背もたれを鳴らして腕をぐっと伸ばしていく。

「結局、私のやることはただの真似事だ。かのブドー先生や、他のニッポンの書き手ならどう描くのか、『すまほ』から得られる端の端ではわからない」

 レインの向ける視線の先が遠すぎる……。

 しかし代償で得られた何ら邪魔のない今の暇と、みつばから日頃得る知の刺激によって欲を抑えなかった。

 羽ペンの渇く先がもう丸いのに気づいて、引き出しのペーパーナイフで適度に削っている時に、まだ会議しているはずのテサ・スピオーネルが駆け込んだ。

 昨晩までのおっとりふわふわはどこへやら、太い銀三つ編みを床に垂らして深く跪くと、一報する。

「申し訳ございませぬ!!」と繰り返す。

 本来は軟かいその声は硬く鋭くて、自らの極刑を直感している。

 そんな悲痛のテサを受けてもレインは、何があったのかまだ理解しなかった。


 闇か、あるいは光の中に、御手洗みつばがぽつんと立っていた。

 右を振り向いても右でなし、左を向いても左でなし。

 上も下もよくわからない。

 浮いているのか地に着いているのか、はたまた落ちていくのかもわからない。

 マテがポイ捨てしたはずのくたびれリクルートスーツを着ているが、体はまだ湯に浸かる熱さそのままだ。

 ということは、これは夢だろうか。

「お~い」

 挙動不審のみつばの四方八方で、誰かの影が手を招いている。

 声に聞き覚えがある。このガラガラで、現場焼けしているが透りの良い男の人の声は――。

「利南先輩!?」

「いえ、あっしは違いますぜ」

 サーモグラフな猫背男の影が否定するも、にたつく声といい飄々ぶりといい、同僚の利南エリマネにしか捉えられない。

「ところで東蛮生まれの可愛いお嬢さん。あっしの姿がちゃんと見えないうち、引き返すのがいいと思いますよ?」

「引き返す? ああ、これ夢ですもんね。さっさと起きないと――」

 ストレス性の金縛りと明晰夢には慣れきり、対処だって我流で取得している。

 その場で目をカッと見開いて、腹筋からこれまでで一番の怒りを発する。

「畝部東町店でのヘルプ休憩中に鈴鹿若松の新店の工事立会を突然言われて出来るかアホンダラッー!!!!」

 渾身のヒロイン怒声と同時に、手足をひどくばたつかせたのだった。

「あれ?」

 いつもならこれでボロアパートの隣人おばあさんがフライパンで壁乱打を起こすか、会社なら監視カメラが異常を撮って外の警備員が駆けつけている。

――まさかと思うが、運転中に居眠りした挙句、エアバッグの中に埋もれて死にかけている?

 ……いやここ異世界だし。転生じゃなくて転移だし。

 だいたい貸与の社用車は車検切れで、急ぎ自腹で検査に出して手元にないし。

 きっと現実では隣のレインがびっくりして飛び起きている。

 今はそこら中にぶつかっていても、そのうち騒がしいと私に噛みついてくるはず。

「あ、あのーお嬢さん??」

 虹色サーモグラフィーはあきらかドン引きだ。

「すみませんすみません」

 みつばはちくちく平謝る。

「いつもならこれで起きれるし、仮に起きなくても周りが『うるさい』って起こすんですけど。今日はなんかおかしくて」

「そいつはそうだろう。だってお嬢さんあんたさ――――


 露天風呂のそびえる崖の下。

 一番に駆けつけたカテルジナだったが、もはやブライクに諭されて、静かに治癒魔法を止める。

 崩れ落ちるレインに、カインが寄り添う。

 湯浴み姿のままのカルメンは石像に、マテはただ、端に見つめるだけ。

 キシリルが辺りを一通り見渡して、この不慮を確かめる。

 それから、機械の顔を露わのまま、搬送のための馬車を、テサに対して願うのだった。

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