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021『さくいおんの雨』

――ラングバルクの郷里より、越えた里の数で表すのはもはや生ぬるい。

 勇者の国センダイの剣ぞ求める帝国騎士カルマが異界に現す。

 騎士は北へ、北へ。

 侵害の徒と見て襲い来るチバとイバラキのケンケー族を蹴散らして、その沼畑の地を一直に歩んでいく。

 もはや世界を超えた旅をまたもや害す、異の覇王ジエータイによるトマホークミサイルは、亡き王より命を賜る騎士の道先を雨あられと崩していく。

 そうして幾度となく、志をくじけるカルマには、たびたび叱る仮面の友があった。

「カルマよ、なぜ挫ける」

「おおシャルーよ、これで挫けず何となろうか」

「カルマよ、我らが求めは未だ果てなり。魔に啄まれしラングバルクの地ぞ救うが異界の剣の使命。彼らぞ知らぬなら、ならば剣を抜くため、行くしかあるまいに」

 シャルーのまとう白の仮面に、朝の露がひとつ滴っていく。

「友よ、我がただ心の弱きばかりだった。すまぬ、ありがとう」

 若く、なんと美しき、騎士の繋がりを超える友情かな。

 挫けるカルマが再び立ち上がると、オーアライの港から出ゆるベヒモス馬車の群れへ共に手をあげる。

「強大なる異界の商い人よ。我らは銀鷹ラングバルクの騎士なりて、さあセンダイの、イズミパークタウンへ連れていきたもう」


「なにこれ」

 凄まじい既視感と勘違いと具体的に想像のつく行政的な取り扱いに、御手洗みつばの頭がくらくらしていく。

 壮大な騎士譚を称する、銃刀法および不法入国の異世界人によるヒッチハイク旅に、恍惚と憧憬を抱く可憐のカルメン・ザルアが、赤茶瞳をよく潤ませながらページを捲り、音読が感極まった。

 ……これを著したレイン=ハヴェーノなる破戒の権化にして駄犬の魔姫は、馬車の乗り心地を嫌がり自らの強化脚で先に行ってしまったので、この場にはいない。

 ついでに言えば、今のカルメンは休暇も同然で、騎士姿ではなく最新流行の白ブラウスにニッカポッカ姿だ。

 騎士としての帯剣も、護身用途の鍔元ばかり傷んだショートソードしか携えない。

 携帯ポットからぬるい緑茶をカップに注いで自分が先に口にする地味メイド姿のマテは、ぱりぱりとそばサブレを齧ってつまらなそうだ。

 カルメンがレインの作にとうとうのめり込み、黙読へ移行してしまった。

 入境を控えて薄黄色のブリオーに着替えたみつばも、キシリルにもらったラングバルクの国語教本を開いて、馬車の道揺れで時折振れる。

 行儀悪く足を不良組むスケバン・マテの側扉が叩かれる。

「まもなくスピオーネル領境」

 岩のように厳ついコルトラータ騎士隊長ドネクルが、巨大な栗毛馬に跨り、重装気味の白銀鎧を小走りのたびにガシガシ鳴らす。

 マテは応じて「おいカルメン、ミツバもだ、そろそろ止めろ」と本を閉じさせようとした時に、カルメンが極まりすぎて唐突に叫んだ。

「謀ったなシャルー!!!! よくもカルマを囮にして裏切り者ッーーーーーー!!!!!」

 その無垢の焦茶ドタマを平手でどつくマテだった。

 正気に戻るカルメンが「何事か」と馬車の内外をキョロキョロ見渡す。

 オフとはいえ、貴族の位高く、しかも華麗で可憐なこの女騎士に対し、自分の幼い娘と同一視してしまうドネクルが、みつばと偶然一緒に「ふっ」と噴いたのだった。


 御手洗みつばが召喚されて、2カ月と半分というところ。

 諸々の兼ね合いにより一行は、リバルゲンタ砂漠に近い西都ハルボーマブゼまでは転移陣を使い、そこからは馬車にて、南東のスピオーネル辺境伯領に向かっている。

 女子の乗るロイアルな4頭立ての後ろに、旅客とも荷馬車ともつかない6頭立ての大型黒馬車がいくつも連なっている。

 大量の騎士と連れる猟犬によって護衛される似た1台の中で、連日の激務の果てにキシリルが死にかけている。

 タートルネック姿のカインが三白眼を尖らせる。

「やっと休めるかもと思って、先んじて一気に片付けるからだ」

 キシリルとて、遠慮なしに苛立ちを隠さない。

「陛下、ノブラ大公をどうにか出来ないのですか?」

 カインも、帝都に残る子息のハスエーすらも、ノブラ大公のもたらす構造腐敗には腹を立てている。

「あの立場と出てくるだろう罪状のそれらで斬首以外の適当な手段ねえのがひどいし、実際それを無自覚にわかってやがるから、より性質が悪い。なによりあのオヤジ、自分の『身』だけで政治が回ることにも自覚ねえからな」

「せめてダクムン卿が存命であれば……」

「仮に生きていても、あれこそ伯爵位を意固地にして生き長らえてきた死者だ。それに、そういう気遣いだけはノブラもできる。……俺だって、生けるダクムンにそんな無茶をさせられるかい」

 カーテンをめくりながらカインが険しく眉間を皺立ち、そばサブレをばりばり貪るとジュースをがぶっと飲んでしまう。

「それはそれとしてだ」

 カインの三白眼から険しさは解けるも、結局冗談をめかせるほどの情緒はない。ただし、

「以前から独立風潮に湧いていて、エギズの工作にあってもなお、辺境伯があれの報告を怠らずしたところみると、今回は思ったより楽観できそうだぞ」

 起き上がるキシリルに、安堵のため息を吹かすカインが、馬車窓を開けて指を指す。

「あれは?」

 キシリルが隈目を凝らす。

 陽が高く見えるが、もう黄昏刻。

 岩場ばかりの急斜面。刈り終えて2毛目を撒こうとする棚の米畑の中に、四つん這いだったり立ち尽くす『人形』達だ。

 土まみれの、飾られた余所行き姿で、男とたまに女らしいのも、ふらふらと群れている。

「ここ数年はなかったって話だが。最近は敗残の聖王教団兵に襲われた領民が、ああして弔いから蘇ってるそうだ」

 よく瞼を擦るキシリルがその報告書を探そうと、馬車の薄闇の中を探す。

「セレッタを連れないで正解でしたね」

「どっちの意味でだよ」

 三白眼を笑むカインが悪戯っぽく、キシリルの赤茶アホ毛を報告書ではたいたのだった。


 スピオーネル辺境伯の居城に一行が着くと、崩壊した中庭のロータリーでは、先んじて到着していたレインが、蒼華シガン・フィーリア神殿のカテルジナ神官長と一大決戦にもつれ込んでいた。

 白フードのはがれて青髪サイドテールを魔で浮かすカテルジナ・フォーロ・ドルトイルが、殺意に見開く暗瞳をまさに憎悪の赤と燃やして、まばゆい銀メイスへ唱えている。

 止められぬ若きシガン王は同齢の女辺境伯と共に、早々に城壁の内へとめり込み沈んでいる。

「なにこれ」

 呆れるみつばの隣のカルメンとキシリルは、一瞬で真っ白の灰塊だ。

 王や辺境伯を守るべきシガン騎士もスピオーネル兵達も、もう外縁で観戦するしかない。

 カインがほざく。

「その年増、頭上ががら空きだぞ」

「ババアに聞こえる!!」

「へいへい」

 カテルジナの周囲をぐるぐる廻っている光球の数々が、横回転に前後左右斜め軸まで加わり複雑に軌道した、自らの頭上の隙を埋めていく。

「カイン」

「わりいわりい」

 守りを固めるカテルジナが精神統一をかけた。分厚い白ローブが浮き、胸元の金細工をりんと鳴らす。

 解放されゆく魔力の絶大で、輝きの白が詠唱の彼女を包み込む。

「神光よ、その頂きにあって四素を総べ、融かして一つの罰となれ。『セラトロン』!!」

「『スコール』!!」

 ほとんど無詠唱のレインが繰り出す左手の水球が空中で弾けて、ツンと鼻につく降りはじめの雨になる。

 遅れてきつすぎるアンモニア臭が、雨粒と一緒に土砂と降り落ちた。

「おのれ、おのれ、おのれえええええええ!!!!!!」

 セラトロンの純潔を穢されたカテルジナが、よりヒステリックに濡れ吼える。

 纏っていた光球群によるドローン攻撃へとすかさず転じて、物量ありきの雑な照準と同時に、礫ほどの光球を次々生み出していく。 

「城ごと辺境伯領がなくなりますよ」

 壁に埋まって白目を剥く気絶のブライク王に対し、日頃のお礼とそばサブレの今後のお断りを同時に済ませたマテが、濡れる身に日傘を代わりに差した。

 そうして「止めろや」とばかり、スケバン語気でカインに振り返る。

 カインは面倒だ。しかしブライク王の隣で磔け埋まっている女領主の憐れを一瞥し、キャラのテンプレにしたって深い深い溜息をついたのだった。

 装飾と魔道具と暗器を兼ねる碧ダイヤモンドの指輪が、オーラットの血がゆえの強大な魔力によく輝くと、感付いたカテルジナが一瞬だけ恐れ慄いてから撃たれるレインの左アッパーカットで空中を躍ったのだった。


 そんな奇天烈格闘リングで、ただ置物のみつばだった。

 しかしカルメンのブラウスの異変にさっそく気がつく。

「まさか」と自分のブリオーも見たみつばが、リザルトな勝利ポーズのレインに向けて「レイン!!!」と猛抗議を繰り返す。

 みつばの妙な態度にカインとキシリルが駆け寄るも、みつばは「見るな!!!」と赤面で叫んだ。

 そしてジト睨のマテだけに、切実な助けを求めている。

「あ……」

 マテはスケバン態度を一旦放棄して馬車に駆け込むと、毛布を手繰って持ち出す。

 奮発した流行りのブラウスも、繊細なシルクの式典ブリオーも、アルカリ雨で溶け、すっかり台無しだった。

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