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002『レイン、まて! おすわり!!』

――召喚20分で、世界観とかの説明の真っ最中に、暇つぶし相手としてラスボスに拐われるという暴挙がされたわけだけど。

「すまほの力を取り戻すには『じゅーでん』という儀式が必要なそうで、私が触れるその時が残された最期だったみたいだ」

――現代へ戻るとか前に、かつての身内に総じて『穀潰し』扱いされるこの子の躾が一体どうなっているのか。

 ……まずはラングバルク帝なる飼い主に、小一時間ほど問い詰めたかった。

「読みかけがたくさん入っているのだ。ミツバよ、どうにかならないか?」

 みつばの頭痛などまったく他所に、この駄犬は古いスマホを私に掲げて、金髪のふさ尻尾をふりふり振っている。

「異世界だし、電気ないですよね? ……いや概念なり技術が前の召喚者から伝わっていて奇跡的に発電機があったとしても、適正規格や、その中でも出力や電圧とかだって守らないと壊れますよ」

「やはりか……。ただただ魔力や雷の痺れを板の蓄えに注ぎ込めば良いわけでないと、カインも匙投げたしな」

――端子口が焦げているところをみると、これは中身から焼け焦げているに違いない。

「あの、何でもかんでも多少の魔法とほとんど拳で解決する高貴な姫の活劇、続きを読みたかったのだがの……」

 ほとんど駄目ゴールデンレトリバーなこの狂犬姫をやっと剥がす。

 ……左手首のチープなデジタル腕時計が、開店から4時間という大遅刻という事実を叩きつけてきた。

「何のお役に立てずすみません。これ以上始末書を増やしたくないので、帰りますね」

 実家から通えない微妙な遠距離のために借りたボロ1Kよりよほど広い、豪華寝室の重厚な扉をわずかに開けて身を出す。

「あ」

 居間に控えるあどけないメイドが気がつくと、「キシリル様!!」と叫んで廊下へ出ていく。

――これ、面倒なことになる。

 響き渡る廊下を必死に駆けつけた宝塚のような美男と可憐な女騎士が、スティレットを構えるあどけないメイドを加えて寝室の扉へ背水されるみつばを前にした。

 反対の扉がバンッと開いてレインが堂々と出てくる。

「客のミツバだ。私を討つために兄ブライクが召喚した。見ての通りの中古スライムで多分害はない」

 そんな一言で、みつばから引く3人をひれ伏せさせる。

「ちゅ、中古スライム……」

 たった10分で本質を見抜かれた社畜みつばが、とろとろの感触を感じた。

「その者について、殿下が即時謁見に現れるようにとの命です」

 紫基調の肋骨服を纏う宝塚美男キシリルが、やや早口目にレインに伝える。

「そうか。ミツバの世話はカインに任せよう。私の大事な客人だから丁重に扱えよ」

 ドレス袖をひらひら振ってから、レインは扉を静かに閉めようとしたとき、瞬発したキシリルが悪質訪問販売さながらのドアストッパーで靴をねじ込み、ぎりぎりと攻防されるところに女騎士とメイドが掴んでレインを引きずり出した。

「おいこら穀潰し。説明責任ぐらい果たさんか」

「そんなもの、このミツバの言で十分だろう」

「十分なわけねえだろうが。貴様の大暴れによって、帝国中の国境が要らぬ戒厳体制敷くはめだ。この始末どうしてくれる……!!」

 華麗な女騎士が悲痛があまり涙を浮かべて喚くところに、握ったリードを千切らんほど震えるキシリルが上塗りする。

 ……血圧限界を感じると、強引に深呼吸を繰り返して冷静へ近づけると、キシリルはどうにか文句を言えた。

「無能事なかれアホ勤勉だけが取り柄のあなたのお兄様とは違って、真っ当な周辺国がまた我らが狂犬していると恐れて全軍の動員かけたんですよ。いい加減後始末を考えて弁えてください」

 血統だけは立派な駄犬を叱る異世界の同類に唖然とするみつばに、スティレットをスカート裏に戻したあどけないメイドが「ミツバ様。申し上げにくいのですが」と耳打ちしてから衣装部屋へ。

 みつばが戸惑って硬直している間に、道具を携えて次々加わっていく他のメイド達。

 洗顔化粧とボヘミアンなゆったりドレスへの着せ替えを同時進行だ。

 そのあどけないメイドが、くたびれリクルートスーツを探って暗器なり貴重品なりを確認してから、あとはゴミとばかりに窓外の別メイドに投げてしまった。



 真っ赤な絨毯が地平線まで続く、等間隔に鎧が飾られる荘厳の廊下を歩んでいく。

「あの、私、本当に知らないんです」

「わかっている。だから罰さぬし今は問わない。今はそれより謁見だ」

 御手洗みつばは、異世界物のテンプレを浅くしか知らないし、だから比較をできるわけではない。

 それでもラングバルク帝国なる絶対悪にふさわしい、赤暗色が禍々しくみえてしまう巨大な謁見間に圧倒されてしまう。

――強大に畏れると、自分のその後だって想像して怖れてしまう。

 冷血の妃に戻るレインを謁見間の控え侍従に引き継いだキシリルと目が合って、耳打ちされる。

「陛下の御前である。異界の客人とはいえ無礼は許されぬぞ」

 みつばをエスコートする可憐の女騎士だって先程の涙はどこへやら、まさしく帝国騎士として誇りを胸に秘めるような堂々だった。

 急の謁見で集まる宮廷仕えの貴族はまばらだ。

 しかし、異様な目でみつばを一瞥しては、視線をすぐ高背の玉座に戻していく。

 すでに静寂なのに、厳粛を求めてファンファーレが鳴り響く。

「ラングバルク帝国皇帝オーラット2世、ご出座!!」

 華麗の女騎士がみつばの腰を静かに叩くので、みつばも反射で皆と一緒にかしずく。

 ゆっくりと絨毯を踏みつける足音が聞こえる……。

「勇者ミタライミツバ。面をあげ」

 嫌味ったらしくも堂々な呼び声に、ほとんどバネの瞬発でみつばは見上げる。

 玉座には、魔王めいた黒マントのまま傲慢と足を組んで、それはもう禍々しく冷酷な三白眼に尖りまくりの黒王冠を頂いた少年皇帝が、妃として冷血に佇むレインを控え、ふんぞり返って絶対の威圧を放っていた。



 レインの私室に戻されてからしばらく。

「いやーごっくろーさん。あの場だからどうしたって演じてないと示しがつかないわけでさー、いやいやすまないねーミツバさーん」

 隠し扉から現れるひょうきんな三白眼が、17の年相応に戯けてひょいひょいよく跳ねる。

 横ではお役目を終えて金髪の後ろを雑に縛り上げたレインが、無駄な上品作法でティーカップを傾けている。

 カインを一瞥するとすぐに視線を戻して、メイドが用意したポテチ山へタバスコをぺちぺちかけた。

「おいレイン! 俺の分まで辛くすんじゃねえよ!!」

「辛さこそが真の正義。それだけ私のものになるのだから」

「正義じゃねえ、横取りってんだよ!!」

 取っ組み合いになっている。

「えと。すみません、いい加減帰してほしいんですけど」

 挙手のみつばが、プライベートモードのオーラット2世ことタートルネック姿のカインに求める。

「いやミツバさんや、謁見の場でも言ったでしょう?」

 まだ諦めてないのかとばかりに咳払いするカインが同じ内容を砕かしたうえで通告する。

「一応の立場としてミツバさんは、こいつを魔王判定して討とうとした勇者つまり暗殺者で、シガンの堅物兄貴に対する脅迫のための捕虜なの。だから、かーえーせーなーい」

 玉座の時とはまったく態度が異なるが、嫌味の効いた少年声はまったく変わらない。

「そちらではなく、直接、元の日本へです。指定できるのならハクアイスーパー春日井店までお願いしたいのですが」

「そんな借り馬車じゃねえんだから便利なワガママ聞けるかい。だいたい召喚された場所からでしか元には帰れないから、どのみちしたってしばらく無理無理、諦めな」

 ひらひらと手平を横に粗雑振るカインが、ティーカップをずずずと啜る。

「困りますっ!!」

「困りますって……まー文句は俺でなくさ、ブライク兄貴に言ってくんね??」

 気が気でないみつばの猛抗議は、馬耳の風とばかりにレインを素通りしていく。

「デリカのパートが来るまでに寿司マシンの修理から刺身の解凍から生鮮の配送チェックから全部やらなきゃならなかったのに、今頃お店大騒ぎですよっ!! それに今日は春日井店だけでなくて小牧と北名古屋の店舗でも打ち合わせあったし。バイヤーさんから頂いた卸動向をチェックして棚配分を考えたり帳簿の整合性をつけてから掃除だってパートが足りないから私がやらなきゃ」

「いつ休んでんの??」

 信じられないという見開きから「こいつ駄目人間だ」と見定め終えた三白眼が、無事なポテチをバリバリ貪る。

 立ち上がるみつばが、啖呵を切って席を立つ。

「悪いですけどっ。あなた達のような高貴な方々には、お店における私の役割がどれだけ必要かわかってくださらないようなので。自力で帰らせてもらいま」

 鈍い音と汚い音が混ざって、鳩尾に一発入ったみつばはそのまま昏倒してしまった。

 バフ魔法の薄いオーラを纏わせる左拳を振り払い、乱れる金髪を首で振って梳したレインが通告する。

「明日には宮殿内の移動を許させるし、そこまで働きたいなら私が役目を与える。明日から小話相手だ。わかったらまず寝ろ」

「聞こえてねえよ。てか追い打ちになっちまってるよ。かっわいそーに」

 頬杖つくカインがベルを鳴らし、レイン側のあどけないメイドを呼び立てた。

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