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019『エロイカより絵虚を込めて』

 ドラートの東、大河を背にするオーラ帝国軍の練兵場では、エギズ帝直々に見る中で、天幕と土嚢で覆い隠したテストが行われている。

 青ダブレットを纏うコウスケ・ウラキ老人自ら、208発目を発射したところで、精巧に模造されたマウザーC96自動拳銃のチャージングハンドルが戻らなくなった。

「何が問題だ?」

 頭の禿げから顎髭へと撫ぜる指を移して、報告前にエギズが繰り出す。

「削り出し各部の強度や加工精度は達成されています。しかし、特にリコイルスプリングは材質から致命的です。それに実包の装薬の燃え方だって安定していない」

 帝王エギズに臆することなく、ウラキはこれが現実として白日させる。

「異界の知恵が一見はいくらあろうとも、それを成すための前提が圧倒的に足らぬ、ということか」

「そういうことです」

 得心したエギズは、拳銃を鍵箱に戻したウラキを称える。

「先の写真機を使う悠久の工作も、その見計らいといい、わざと劣った印画手法を狂信者連中伝てに渡すみかけの愚といい、大変に見事であった。取り残された異界の将でありながら、よくぞここまで」

「取り残されたとは心外ですな」

 ウラキは続ける。

「自分の意思でこの地に残ったまでのこと。陛下が憂うような悲劇にはございません」

 エギズの本気の労いに対して皺だらけの齢70は若い子息と遜色なく、黒の強い自分の髪を撫でながらよく照れた。

 ただしこうは苦言する。

「勇者召喚は園田黒男とエルダ・エスカルドが地球でもとんちきの限りだったからこそ禁止になったんです。それがいったい……シガンのそば頭どもは何を考えたんだか」

――御手洗みつばという完全な民間人女性が、勇者として40年来に召喚されてしまった。

 浦木康介は、特に蒼華シガンを加護するフィーリア神へ怒りがやまない。

「何も考えてはおらぬだろう。ラングバルクの小僧もそうだし、魔界とてそうだ。北にある国々を我が物とするのは、あまりにも容易い話やもしれぬ」

「陛下、それはあまりにも慢心です。どのように阿呆でも国を治める者達です。後手に回された屈辱をもって賢くなるものですよ」

「賢くなる前に、腐らせてしまえば元もあるまい? だいたい、ウラキがそう唆したではないか」

 エギズは笑う。オーラの帝王の世界を覇さんとするその高笑う。

「ああ、だからエギズさん。俺はあんたについていくことにした」

 素に戻るウラキの黒瞳が輝いている。

――こんな高揚を、日本で味わうことなど、ままならない。

「ずいぶんな世辞だな。ウラキにしてはと褒めてやる」

 スタンドへ横付けされた馬車にエギズの高身が乗り込んで、3頭立てに手綱が打たれると練兵場を去っていった。


 自分の庭を侵されるデギニア司法大臣が、セレッタの勅命恩赦を『狂犬のつがいが病気の子犬を拾う気まぐれ』として認めない。

 そうしてカインとレインが繰り出したのは、死刑基準および恩赦規定の改定につき死刑囚684名の調書再作成と、財産毀損を重点に問う再審命令だった。

 キシリルとハスエーの髪の抜けは激しいものの、その必要と正当性を一番に認めて、駄犬への暴言と愚痴に走ることはなく、デギニアも唸りながら従うしかなかった。

 セレッタ・バープルストは恩赦1号として仮釈放され、チェルベッカ監獄からそのままチェルベッカ魔法大学の講堂に通された。

 舞台右翼の学長席で白髭をたくわえる国一番の魔導師の隣に、リボンタイをしてブレザーを着る初老のケルディナール帝国研究所長が座って、それぞれ書き物を支度している。

 ガタイが収まらないからと立つミネルの屈強な異世界女戦士や古傷だらけの将軍や重鎮貴族らが聴講席の隅に並ぶのを、「ありがちな深夜の異世界アニメ」と、みつばは喩えてしまった。

 エスコートするカルメンが暗に椅子を勧めるのを理解せず、きょとんと立つだけの紫髪の少女に、学長室に集まる魔法各学の権威から、ミネルに代表される帝国軍人、ディリーバが連れてきた各商会開発責任者の、評価の定まらない視線が集中した。

 歌劇場構造の講堂に響き渡るみつばの張り声が、議題提示とセレッタの紹介を概略する。

 その場が監獄牢から大学講堂に変貌したところで、セレッタの雪崩は何ら変わることはない。

 みつばの補正を時々受けて脱線を防ぎながら、セレッタは念写式写真について視覚野の工程から隙間なくつぶさに考察を説明していく。

 写真ギルドの各開発責任者の魔導師にとっては、実用化30年を経る中での改良がどのように欠陥を促進させて、社会において写真の需要内容がどこまで変質して広がってしまったかを証明される形になった。

 商人ディリーバにとっても、隣のハルテラ商会の代表にとっても、少女の無垢弁は恥じるほど実態だった。

 老齢ばかりの権威達は商人のそれなど気に留めず、かつて燃える学徒の頃のように、書き込んでいくノートのページを増やしながら、セレッタの考察に整合と疑問を注釈する。

 見張るようにミネルら軍人達は顔を見合わせて、ひとまずは「頭でっかちを守らなければ、国が滅ぶ」との見解に揃ったようだ。

 マテ・ユリスとしても一旦は分類したミツバの『世界を破壊する知の魔としての危険』を、『ベラドンナの毒』程度までの危険性に落ち着かせることにした。

「疲れた」

 マテの隣席で、レインが中古スライムと化している。

 ……分類においてレインを『ミツバと同調する地獄の狼』の評価まで至っていたところを、『駄犬あるいはミツバと同類のスライム』にまで落とす。

 取り越し苦労で済んだ本事態を締めるように、「私もです」とマテはぼやいて目を閉じたのだった。


2章完

2章まで、おつかれさまでした|巴・ω・)地獄絵図

3章はもうちょっとかかるので、のんびりお待ちください。

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