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017『異端と屍にそびえて、頂きへ足らず』

 昼食するみつばとレインをよそにカルメンが、部下達の配置を周って異常なしを確認していく。

「蒼華の勇者と聞いて及びますが、可愛らしい女性ですね」

 草色のオーバーチュニックに仕込み槍を手にする黄金髪の女騎士が、相方のおさげへふいと漏らす。

「しかし、あのレイン妃がお認めになるほどの方なのだそうですよ」

「それはさぞや、異界で名のある女傑か、……凄まじい破綻の姫君、なのでしょうか」

「き、きっと、きっとミネル殿下に匹敵する武才をお持ちなのでしょう。お、お手合わせを願いしたいところですわ」

――みつばの背筋に悪寒が走るのを、マテとレインがはっきりと確認する。

「何か異状が?」

 皇妃の玩具もとい隊マスコットもとい隊長のカルメンが戻ってきたので、ペアの女騎士が直立を正す。

「いえ。大学職員にも事前に通知し、許可されない部外者は中庭におりません」

「うむ。引き続き、立ち入りについて正当の理由を申すなら、私を呼んで許可を得るように」

「はっ」

 気まずい感触を後背に受けながらも、カルメンは巡回に戻る。

 中庭中心のあずま屋の昼食風景を遠目で眺めて、漠然の不安を思ってしまう。

「どんどん、ミツバ殿が、遠のいていくな……」

 そんなたそがれを長くは続けさせてもらえず、西棟側を担っていた別のペアの一方がカルメンを呼んだ。

「ハスエー卿ではありませんか。なにゆえここを?」

 カルメンに屈託の一つもないが、ハスエーとしては父の嫌うザルア家の、それも現当主伯爵である近衛7番隊長が相手と、躊躇気味だった。

 それでも機会として踏み込まなければならない……ハスエーは用向きを述べる。

「執務の帰りにて偶然寄ったのですが、いると聞きつけまして、ミツバ様にどうしてもお目通りしたく」

 ハスエーの心持ちを特に汲み取らないで気さくのカルメンが、あずま屋のダイニングで支度するマテへ耳打ちする。

 マテは涼しげに無言の頷きをもって、ハスエーの同席を許したのだった。


――ザルア伯爵はもちろん、かの暴虐レイン妃に、マテ・ユリスに、そして勇者ミツバ……。

 高位なのは当然で容姿としても麗しい、この女性しかいないあずま屋の席に、19歳のハスエーは諸々と慣れない。

「えと、はじめましてですよね? 私なんかに、何の用なのでしょうか……?」

 おっかなびっくりが過ぎてちくちくの社畜挙動に戻っているみつばを見るレインが、無言の左腕強化魔法をハスエーに見せつけた。

 ハスエーは一周回って執務の延長だとキシリルに倣い、用向きありきに突き込むこととした。

「そんな女の子が?」

――13歳の女の子が、差別と迫害と奴隷売買の末に、死刑囚として収監されていることにはショックだ。

 しかしそれよりも、一見は性格の歪みに見える数え切れない実地と観察と、それ以上に推察の強い精度と繰り返しの考察がここまで至りきった点に、みつばはあまりにも驚きを隠せない。

 ハスエーは、そのセレッタなる少女の解説した内容の確認を異界知識から取りたかったが、みつばは「私は専門じゃないので」と、ハチの尾針を収めてよく断ったのだった。

 しかしみつばは、こうも続ける。

「私の世界は、この女の子のような殉教の数々と、名もない屍山の上に発展した血の歴史があります。それがこの世界で起こると気がつかれたのなら、私としては、なかったことにはしてほしくありません」

 若輩のハスエー、マテも、カルメンも、みつばの言葉に口を閉ざすしかない。

 レインがもっとも『0の下の屍山』に気がついて、冷血など生ぬるいほど青ざめていた。

「女の子のその知見については、ハスエー様の権威をもって検証し公正に判断してください。私として責任をもって言えることは、そこまでです」

 冷める緑茶をぐっと飲み、みつばは言葉を終えたのだった。

「その者とミツバを引き合わせてはくれないか」

 沈黙と蒼白を破してレインは、ハスエーにほとんど命令している。

――駄犬のわがままではない。

「ミツバ、どうせ手詰まりのところ、死刑囚だろうが独力だろうが知恵のある者が偶然見えたのだ。訊ねる価値はあると思うが、どうか」

 振り返るレインに、両手を組んでため息つくみつばが観念する。

「……それはそう。念写式の抜本的な改正は、どうしたって生物学の、脳神経の、視覚科学の、伝達内容と処理構造の専門が必要。その子が感覚から一通り体系させて説明してくれるかも知れない」

「先日の証明から、打開策まで引き続き考えておられたのですか……?」

――キシリル様も皇帝陛下も、捏造欠陥を知った時点で、もはやオーラ帝国への政治対応に拮抗する緊張を強いられるばかりだと言うのに。

 ハスエーが恥じるその横で、カルメンは動揺するばかりだ。

 マテは、今回ばかりは宇宙を泳ぐことなく、ただみつばとレインを『危険』と再分類するだけだった。


 ハスエーは先んじて帝都へ帰し、1日で溜まったメモの数々を、屋敷の自机で夜通し整理する。

 まずは翌朝一番にセレッタ・バープルストの処刑執行猶予と調書の再作成を司法大臣へ文書で命じて、ひとまず間に合ったと息をついた。

 そうして時間だった。施錠をよく確認し壁に符丁を叩く。

 その隠し扉から黒い棘々のカインが、軽々でも演技でもなく現れる。

「テルセスタンの代表商人との謁見を前に、腹痛めて一人で唸ってることにしてっからな。キシリルも粘っちゃいるが、あまり時間はとれねえぜ」

 書架用の脚立を引っ張ってきて、ハスエーの机に横付けするとどかりと座る。

 ハスエーは昨日の数々をすべて報告し夜通しで仕上げた整理図解を見せると、カインは頷いて、よく唸った。

「ミツバさん、こんなところまで踏み込んだの?」

 現行の写真機の抜本改正とは……よほど斜め上だったが、それでもカインは事態終息の折の保険以上には捉えなかった。

「しかし死刑囚にそんなのがいるとは世の中面白えな。なんて名前だい」

「セレッタ・バープルストという、13歳ほどの娘です。聖女のような無垢と不相応の幼気があり、なにより話す言葉がまったく人に向かっていない」

――対話したのはわずか四半刻だが、おそらくその認識以上に、凄惨な経緯が遇っての『あれ』なのだろう。

「そのセレッタっての、何やったんだ?」

 取り寄せた内容と照らし合わせたハスエーは答える。

「墓荒らしの上、埋葬されていた死者を冒涜の限り尽くした咎とのこと。ただ執行猶予と調書の再作成を、今しがた司法大臣に命じたところです」

 ハスエーの緊急措置に、カインは眉をひそめた。

「てめえの色目と忖度でやったと思われねえようにしろよ。デギニアは一応皇帝派だが、自分の庭は我が物だと短絡な頭をしてやがる。俺でも手を焼くならノブラの倅の言うことなんてもっとだからな」

「心得ております」

 一通り済ませると、カインはさっさと隠し扉の向こうだが、忘れたようにカインは叫びぼやく。

「どいつもこいつも真面目が過ぎるんだ。世の中そんな、かっちりとは動いてくれねえぞ。動いてくれねえから結局は俺みたいな奴に裁量が集中して、だからいつまでも働き続けなならんのだ」


 謁見に出座したオーラット帝の尊大な態度による許可で、ディリーバ・ポフ・テルセスタンは面をあげる。

 西方の属リバルゲンタの出らしく、日焼けとは違う浅黒い肌にやぎ髭を整える青年商人だ。

 シガン王国から輸入を検討されている『そば』の関税について、テルセスタン商会が取りまとめる穀物ギルドとしての賛同と、港町ハストレイにおけるギルド協同のサイロ建設の人的支援を、棘々少年オーラット帝に要請した。

 訴えのために揃えられるギルド側の一通りを読むオーラット帝は「1月待て」と一旦留保し、中身のカインとしてついでだからと、このほど国交の回復するオーラ帝国について、どう見えているかを偉そうに、もっともらしく訊ねた。

「ラングバルクの臣下たる各ギルドや大手商会の一同、むしろ好機と受け止めております。南の黄金商人のもたらす物々は、15年の断絶があったが故か、取るに足らぬと、判断しております」

 ディリーバはこの危機に対する団体としての見解を、もっともらしく飾り立てることはしないが、危機を煽ることはこの場では絶対に許されなかった。

 しかしカインは、化けるオーラット帝としても、そんなゴマすりを認めなかった。

「真実を申せ。でなければ斬首だ」

 冷血の演技に、冷酷と残虐の深紅をより加えていく。

 ディリーバは先の発言を撤回することはない。

「総意は先ほど申したとおりにございます。しかし私個人としては、たとえば写真機ひとつにとっても、その安易な判断に懸念を感じております」

「深く、申してみよ」

 オーラット帝の残酷のまま、中身のカインが横のキシリルと目を合わせる。

 謁見間に至るすべての扉が、密かに、二重に施錠された。

 正規の筆記とは別に控える謁見間裏の影達が、ディリーバの一字一句と、所作の何一つも逃さない。

 謁見間に並ぶ近衛4番の隊長騎士が、仕留めることになる左前列3番目の騎士を指して見る。

 指名の中年騎士は、帯剣するロングソードの手触りや冷たさを、まだ触れない右手によく感じた。

 ディリーバは気づかないまま、懸念を告げる。

「リバルゲンタの我が支店より聖王教団経由で入手しましたオーラ帝国シェーリンク商会の新方式写真機ですが、これは魔力の一切を問わない、筐体そのものにレンズ目をつけて、扱いの慎重を要する錬金化合と工程によって像を作り出す品にございます。ですがこれは、我がリバルゲンタの写真技術とはわけが違うほど低品質甚だしく、正直に申しますと、なぜこのような品を南の御用シェーリンクが大々的に取り扱うのか、理解しがたいの一言にございます」

「なぜ懸念に思う?」

「写真ギルドにおける楽観は、ラングバルクにおける写真の需要が、人物や風景の似姿の鮮やかさありきが故にございます。しかしこの新式写真機は、その鮮やかさなど全く考慮していません。考慮していないということは、全くの別意図があってしかるべきなのです」

「その新式写真機とやら、オーラの民にはどう珍重されているのか」

「それが、わからないのでございます。新式写真機がシェーリンクより発売がされたのは、シガン戦役の直後にございます。オーラ西方を支配している聖王教団とてその評価をしかね、ただ、東のエギズ帝王の謀り事に違いないと」

 シェーリンク商会の新式写真機の献上を命じると、ディリーバは無事、謁見間を出ることができた。


 その夜、定例の夜伽により、カインはオーラット帝として、レインの寝室に閉じ込められる。

 用意されていた媚薬入りの茶菓子をさっさと水槽の金魚にくれてやり、カインはさっさとベッドへ沈んだ。

「馬鹿レイン。破戒するにしたって、俺への事後報告はきっちりやれと、あれほど言っただろうが」

 天窓の星空を眺める横のレインに、仰向けカインは苦情する。

「では何を報告すればよかったのか?」

 レインは恍けていているようで、本当にわかっていない。

 腹を立てるカインがかっと見開き、声をより荒くなる。

「降下猟兵を出張らせる時に、こっちの世情を詳細に聞かれたはずだ。その聞かれた内容についてだ」

「あー」

「あーじゃねえよ。それだけでスピオーネル辺境伯の禿が、皮までなくなって髑髏になっちまうぞ」

「キシリルもか?」

「俺だって禿ちまう」

 カインは完全に呆れた。レインの枕とシーツを引きずって、もう自分の独占にしてしまう。

「レイン、やりたいことあんなら、ちゃんと筋を通してやれよ。わかっていてもいちいち突然だと、誰もついていけねえぞ」

「すまなかった」

「もういい。お前だって明日からミツバさんともっと大変だろう。例の死刑囚にサシて話すんだろうが。さっさと寝ろ」

 くたびれるカインより真っ先に、レインはすーすー寝息を立ててしまった。

「こいつ……、本っ当に犬だな」

 カインはレインの額を軽く撫でてから、重たくなる瞼を瞑った。

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