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016『唖然と整合のデイタイム』

 ハスエーが今取り掛かるのは、司法大臣が疑義した死刑囚――毒殺魔アザン・ゲモンの、新たに露呈した罪と動機に対する取り調べだった。

「貴族殺しの疑いか」

 登庁したばかりで鞄を開けるキシリルが、今朝作ったばかりのフルーツサンドイッチの籠を、早出したハスエーの机へと置く。

 写真機の欠陥を把握以来、これを切り崩し工作にして暗躍するオーラ帝国の諸対応に付きっきりのキシリルを見、ハスエーは取り留めもなく切り出した。

「アザンがフストレル男爵家の下男をしていた5年前に死した男爵夫人について、当時の治癒師や周辺の証言が彼奴の手口のままだったという話です」

「確かめようはあるのか?」

 執務の準備をしながら、キシリルは聞き返す。

 白パンに木苺の甘汁の染みを味わい、ハスエーは渋い顔だ。

「ただただ、我が父上の意向でしょう。しかしこうして手続に乗った以上は、宰相の役目として取り調べなければならない。ただ、どう転んだって彼奴の処遇そのものに関わらないです」

 皇帝派筆頭のノブラ大公の政治に、キシリルは薄らと嫌悪を浮かべた。

「確実の事実を把握し適切管理するのが我らの務め。都合の良い勝手な処理を、まったくの外野が都合良くやってくれては困る」

「わかっています」

 帝都からチェルベッカは馬車で半日だ、午後には到着して現地司法と打ち合わせ後、翌日に取り調べを行う。

 規則に従い、雁字搦めに拘束された毒殺魔を、尋問する宰相ハスエーと、ハスエーがその場で選ぶ末端牢兵の3者のみが尋問室に入る。

 聞けば案の定、毒殺魔が関わったとは認め難い不整合の数々……。

 ハスエーは深くため息して「あんたの不戦勝だ」と、元は村鍛冶だった嫌味の毒殺魔を見果てた。

「でも、金属をそこそこ嗜んだあっしなりに、わかることと言いましたら、あー聞いてくれます?」

「言ってみろ」

 無駄口だと牢兵が殴る寸前、ハスエーが呆れ気味にも制止した。

「男爵夫人のそれは、確かに毒殺に見えないこともないでしょう。ただ夫人は緑色をよく好んでいたんで、それじゃないんですかね」

 ハスエーが書類をめくって、改葬時に写した検視写真の数々から、ドレスを確認する。

――普通は故人が好んだ色を弔いに選ぶものだ。案の定、夫人のそれは、朽ちかけて黒ずんでも、元はエメラルドグリーン。

「そういえば、3年ぐらい前ですか。緑色が流行り始めた頃に、連続毒殺を働いたって仕立て屋の女がいましたよね。確か、捕まる前にギルド側で成敗してしまった」

 ハスエーがノートを広げて、持ち帰る確認事項を列挙していく。

「なぜ緑色と死因が関係する?」

「さあ、学のねえもんでそこまでは。ただ、その因果を知っていそうで、がめつい仕立て屋なり染物師よりも嬉々として説明する娘なら、ここの死刑囚にいるのは、知っていますぜ」

――この毒殺魔は相変わらず卑しい。しかし……。

「貴様の司法取引にはならんぞ」

「理解してますさ。それにあっしでなくても、牢番に問い合わせるのが早いでしょう」

 貴族殺しの嫌疑について毒殺魔の犯行は、ノブラ大公の意向がどうだろうと、ハスエーが宰相であるからには留保としかしなかった。


 毒殺魔を牢に戻させるついでと、ハスエーは毒殺魔の言う娘を連れてくるように命じる。

 やがて牢兵は、気色悪い怪物と扱うように、早々とその死刑囚を連れてくる。

――魔力封じの枷をされつつ、自分の体重の半分近い鉄球を持っている、魔血混じりの鮮やかな紫髪の、13ほどの小さな少女……。

「貴様の名は、……名は?」

 少女は答えない。

 連れてきた牢兵が「答えろ」と首の鎖をもって、垂れる頭を強引にあげさせる。

――鮮血のような赤瞳の純潔なるも虚ろの限りは、自分を尋問か拷問しようとする相手を、認識しているようには感じられない。

「毒殺魔風情が、やはり当てつけにからかったか」

 ハスエーが憤りを口にすると、刹那として少女が口を開いたのだった。

「向かいに閉じ込められていたおじさんのこと? おじさん、村で鍛冶をするのに、鉄の錆を洗い落とす酸の液から作るのだけど、その時に残る白い結晶を謝肉祭の飲み物に混ぜたんだって。その白い結晶はお肌に触れるだけでもすぐに手足がしびれたり、お腹の中でドラゴンが暴れてげーげー止まらなかったり、まわりがお化けにみえちゃったりして怖くなって、ひどいと息もできないのだけど、でもなんでおじさんだけがそうならないのって、初めて知ったときからずっと思ってて、たまたま太陽さんの光がおじさんの指を照らしてくれたからわかったけれど、紺青の絵の具を口にして結晶の毒をなくして、そのまま厠で出し切っていたんだ。おじさん、たまたまそうだと知っていて、私に説明されてはじめてわかったようだけど、結局、おじさんに絵を描く興味を与えてくださった神の奇跡なのか、それとも偶然の偶然の偶然の偶然が重なりすぎて必然として起こったただの些細なのか、でもそれなら、なんで牢屋にいるのかって、ずっと考えているの。でもこれ答えの出しようがないから、嫌い」

 あまりの脈絡のなさと発言の深度に、ハスエーは圧倒された。

 しかし調書の下敷きにしていた毒殺魔のファイルをすぐ、千切るように確かめる。

 そして……なぜこの毒殺魔だけが村で生き残っていたのかは、当時の曖昧な推測によって、適当が記載されているまでだった。

 宰相への無礼として牢兵が行おうとした虐待を、ハスエーは一喝した。

 態度を改め、この少女へ気さくに話しかける。

 少女はか弱い声なのに、ハスエーの問う『緑のドレス』に対する回答だって、凄まじく雪崩だ。

「お兄さん、緑のドレスを誰かに贈るの? 大事な人ならやめたほうがいいよ。都で流行る鮮やかな緑は余った銅を使った化合結晶と砒素石を混ぜ合わせた染料で、雨とかに湿気ってカビと雑ざると毒の瘴気を出して、ヒ素の毒を盛られたときと同じように苦しんじゃうし、それに冬場で暖炉を焚いていると、すぐに真っ黒になっちゃって、見栄えだってとても悪くなるから、私だったら赤を選ぶけど、でもお師匠様は赤が似合わないっていっつも言っていたな。でも紫はあまり好きじゃない。だからね、お兄さん、好きな人に贈り物をするなら、驚かせるよりちゃんと前もって聞いといたほうがいいんだよ?」

「ああ、わかったわかった。機会に恵まれたならそうさせてもらうよ」

 親の七光りなのに真面目が過ぎて空気が読めないと、見合い以外では日々フラれっぱなしのハスエーには耳が痛かった。

「ところでセレッタ、君はどこからこのような知見を?」

――このセレッタなる少女の、一番の謎はそこだ。

 少女は戸惑いもなく雪崩する。

「お師匠と一緒に新しい謎と新しい発見を日々探し求めていたの。燃えるような赤いキノコを私が食べたときには流石にお師匠様が慌てて治癒魔法をかけてくれて怒られちゃったけど。森の中のリスさんやキツネさんの死んじゃった手足を小さな雷でピクピク動かして決まった合図できめ細かく動きが決まるのを見つけたり、それが人やエルフでも同じってわかったり、ゴブリンさんは群れの長を話し合いで決めることのほうが多くて教えあうことを見つけたり、オークさんだって見た目が恐いだけでお師匠みたいなオークもいるってわかったから、ゴブリンさんと仲良くしてねってお話したり、でもお話してたら麓にやってきた聖王の人達が森に火をつけて焼いちゃった。最初はね、オークに拐われたどこかの村の子どもなのだろうって言ってたけど、違うってわかったら、モンスターを操る吸血鬼って言われて、剣を振り回すからリバルゲンタの砂漠まで逃げたんだけど、匿ってくれた商人の人がたまたま商品が足りないからって私を檻に入れちゃった。ラングバルクのお国に入ったときに大きな農場で働けって言われて、そこで牛さんのお世話をしていたの。農家の人ってすごいんだね。ご主人様が優しくて教えてくれたんだけど、牛さんには4つの胃袋があって、中で食べ物を燃える瘴気に変えるんだって」

「う、うーむ。ありがとう」

 話を聞いてくれたと満足の少女は、その赤瞳でハスエーをよく認識している。

 話の6割近くを飲み込めなかったハスエーは、「もう少し丁重に扱え」と牢兵に苦言と、千切ったノートで命令書を書いて厳格に虐待禁止を命じる。

 執務用のメモ帳に『緊急、死刑囚17番セレッタ・バープルスト、執行猶予および調書作成再手配。皇帝陛下へ報告必要有』と書き記した。


 チェルベッカ魔法大学の図書館に、この世界における人体各部の理解と、視野原理と知覚の研究を調べるみつばがある。

 しかし司書と研究員の厳選する一通りをレインの翻訳で概した結果、「やっぱりファンタジー」とその拙さを評価し、途中の書を籠に戻して終えたのだった。

「何でもかんでも、治癒魔法とエリクサーで治る。それでなくとも薬草で治す世が故の弊害だ」

 つまらなそうなレインが補足する。

「それでも、そんな高尚高値に頼れぬと決起づくか、一攫千金を魅入る平民の逸れ者が解明しようと頑張ってはいるようだが。だいたいは手筈を整えない故に捕まる。考えてみれば、40年前に異界からもたらされた、『かんぽぅ』なる薬の革新ぐらいしか、私は知らぬ」

「RPGなりで知ってはいるけど、エリクサーってそんなに万能なの?」

 みつばの疑問に、もたれる椅子から姿勢を起こしてレインは答える。

「万能とはされておるが、私には疑問しかない。巷に流れる品が低品質とされるのもあるやもだが、そもそも老化まで止める作用はない。本当に万能ならそのような衰えとて癒やしてしまうものだろう。あと治癒魔法はそもそも、人の備える治癒の力を促進させているだけだ。人のそれが尽きたなら、それまでで終わる」

 籠に戻した中から、該当文献を再び開いて、みつばは呪文の効果を示す写真を見る。

「治癒魔法って、短時間なら切断部も元通りくっつくってあるけれど。それが本当ならすごいと思うけどな」

「しかしそれ以上のものではない」

 レインは続ける。

「現に人というのは、ある日突然倒れてしまい、息はしていても伏したままということ、みつばの世界でもあるだろう。我が父レギンもそうして衰弱し崩れてしまった。それで治癒魔法は効かぬし、まして悪魔憑きにも効かぬ」

「悪魔憑き?」

「自らはわかっていても、止められぬ悪徳の行いという矛盾をたまに起こすものだろう」

「たまに?」

 3週間前、予定調和の八百長の大破壊を思い出すみつばが見つめるため、賢い駄犬はバツを悪くした。

「最近になって薬草を煎じたお茶である程度落ち着くことは知られたが、それで根本的に治るわけではない」

「そうでしょうね。私の世界でだって、精神医学はやっと具体的な有効を見出し始めたばかりだしね」

 みつばの一息を待って、レインは切り出した。

「それでミツバ、こうして目の構造から統べるための脳みその仕掛けの調べもままならぬ中で、どうやって写真機の改正に至るのだ?」

 みつばが感じていた不足はそこだった。

 シガンの捕虜虐待について写真の捏造可能性を明確に出来たとはいえそれは政治の問題。

 むしろ方式の欠陥が発覚し、無策のまま大騒ぎになるほうが問題だ。

「頭の中で無意識にしてしまっている視覚の処理整理を、写真機側の無整理なパターン処理に移行する必要がある。だからまず、脳内で行われている処理と、写真機接触部の受信内容について詳細把握しないと、はじまらない」

 中庭に昼食を用意し終えたマテが、『こわい』という感情をジト睨の奥に潜めつつ、2人に休憩を迫る。

 冷徹を極めるみつばのそれが、中古スライムのくたびれにふいと戻った。

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