015『はかり違い』
少女は戦災の浮浪で、魔族の血の入る紫髪を、幼少からたびたび疎まれた。
それでも、紫のおさげを撫でてくれるお師匠がいた。
少女がお師匠と呼ぶエルフに匿われて、一緒に食べたり、一緒に採ったり、一緒に悶絶したり、気分の高ぶりすぎで暴れすぎたり。
ある日その人自身が材料へと願って、少女は師匠を継いで、森の動物やモンスターを相手にただ探求を続けて、観察と記録を続けた。
「おら、さっさと歩け」
少女のいる森は焼かれてしまい、聖王教団により吸血鬼と名指しされて浄化されかけた。
逃げ仰せた砂漠で奴隷狩りに捕まって、買われた先で探求の続きを試みたら、誤解の上にとうとう監獄にいれられて。
「死刑囚17番、セレッタ・バープルスト!!」
どこから調べをつけたのか。チェルベッカ監獄の牢番が、格子の向こうで少女を呼ぶ。
「ねえねえ牢番さん。向こうの牢の美しい、あの聖女のような娘さんは、いったい何をしたのかな~?」
村を全滅させた毒殺魔が、鉄枷を鳴らして巡回の牢番へ尋ねる。
「聖女なのは見かけだけだ」
気色悪い声のその毒殺魔に牢番が吐き捨てる。それでも「魔女だそうだ」と続ける。
「へえ、魔女ですかい。しかし、バープルストという魔女門を聞いたことがない」
「当然だな。あれは魔女や賢者に憧れてなり損なった、ただの怪物だ。セレッタ・バープルストという名は、ガリナディナ神殿の記録で辿って知れた本名さ」
「かい、ぶつ」
「そうだ」
牢番は続ける。
「死刑判決も、埋葬したばかりをさっそく掘り出していたからさ。それも副葬品の目当てじゃなく、中身のほうを引きずり出して、隠れ家に持ち帰りやがった」
牢番は気分を悪くして、口元を抑えてその先を言い淀んだ。
「へー」
毒殺魔が、改めて少女を観察した。
聖女と評されたように、少女はまるで、世のすべてを透かす赤い瞳で、どこも見てはいなかった。
「なあ、セレッタちゃぁーん?? おじさんと、ちょっとばかしお話しようや」
あるとき、暇の毒殺魔が少女に呼びかけると、少女は応答どころか、この毒殺魔を質問攻めにした。
「おじさんの使った錆溶かしを作った残り滓って、どのぐらいの紺青の絵の具を食べると、その毒を体外に出せる計算だった?」
毒殺魔が理解に苦しみ唖然とするところに、気づいた牢番が駆けつけて、禁忌を犯したこの少女をすぐに連れ出す。
「いたい、いたい」
少女は窓一つない懲罰房へ、壁の枷に吊るされた。
「あーあ、せっかく、蜘蛛さんの目に写ってる世界を、欠けなく完璧に統べる仕掛けを見つけかけたのに」
毒殺魔と牢番の2人に邪魔をされたと感じる少女は、汚れた地下水の滴る闇の中で、その術を組み立てられないかとよく思案した。
みつばから各専門へ出された質問の答えは、帝都郊外の練兵場に各立場が列席し、実演の形で行われた。
ラングバルク帝国が誇るチェルベッカ魔法大学の筆頭魔導師が、太古に編み出された写真魔法を記録のままに唱えて、複雑な手順で印画まで行う。
比較として、ポフ・テルセスタン商会の最新モデルと推奨の印画紙を同じ条件で撮影すると、一目瞭然だった。
「やっぱり。古い撮影魔法のほうは、眼球に写る像を直接印画している」
みつばから渡されてレインと老所長が見、次にカインとキシリルへ渡って確認され、あとに列席の権威達が、目と眼鏡をよく凝らしていく。
魔法陣から拾い上げる撮影魔法の写真は、3D写真を素人が考えて失敗したような、焦点以外の左右の境界がぐちゃぐちゃに混ざり、外縁も歪んだ状態だ。
だが『全部』を捉えきっている。
一方で現在主流の写真機はというと、確かに鮮明かつ一見は歪みなく克明にすべて記録するも、撮影者が気づかない杭打ちを完全に消してしまっている。
「ミツバさん、たった1週間でよくやってくれた」
オーラット帝の演技をすっかり忘れて、カイン本人として感嘆を発言している。
「私は不可解に気がついただけですよ。調べてお膳立てまで持っていったのは帝国の皆さんです」
「いや、これは間違いなく、ミツバの功績だ」
みつばの謙遜を、キシリルが断じて撤回させた。
「まだ足りないですけど。少なくともシガン捕虜について、信憑性に疑義ありと明確にしたつもりです。あとの政治を任せて大丈夫ですか?」
愛知電機大学院、戦前の創基以来の才女、ナノ工学の第一人者だった御手洗みつばが踏み込めるのは、技術者としてのここまでだった。
「すごいぞミツバ、ただの中古スライムではなかったのだな」
「いや、中古スライムなんだけどね」
抱きつくレインの「中古スライム」発言が切替スイッチで、すっかり元通りのくたびれみつばに変わる。
しかも1週間分の重疲労が一気にやってきて、その場でバタンキューと倒れてしまった。
マテとカルメンを断って、レイン自身が割と小柄なみつばを背負う。
「カイン。私もくたくただ。今日はミツバと共に下がらせてもらうぞ」
「おう、おつかれだレイン」
レインはバフ魔法の強化脚で、そのまま西塔に直撃したのだった。
「マテとカルメンも、その間のミツバの様子については、あとで聞かせてもらうが、ひとまず下がってくれ。ご苦労だった」
「はっ」
カインは戻る自分の居室にキシリルを入れて、書斎の黒壇にサンダル履きの両足をどかりと組んだ。
「エギズ帝の腹づもりを、どう思う?」
「ただの言いがかりか、自爆としか思えませんね」
「だよな。ミツバの証明は今の写真技術そのものの欠陥であって、何もオーラ帝国が避けられるわけじゃねえ。だから狙いはもっと浅いところだ」
手癖のままタバコに咥えてしまったキシリルだが、カイルが頷いたのでそのまま火をつけた。
「スピオーネル辺境伯に不明瞭な情報をもって揺さぶるのが本命ですか?」
「だとは思う。だが、なにせ15年間もほぼほぼ交流なくて、どこまでやるのか腹がわからねえ。材料からしてもまだ足りなくてな、何もわからん」
「オーラ帝国については、より厳戒します」
「そうしてくれ。俺だって、あとあとにゃあんな合戦へ巻き込んだのは悪いとは思ってるが、だからってエリクサー渡す以上の倍返しは認められん」
ノックが入り、執事がマテとカルメンを通していく。
「1週間のお守り、改めてご苦労だった」
オーラット帝とカインとの折半めいて態度で、彼女達を労う。
「その間のミツバの様子を聞かせてもらいたい」
吸い殻を押しつけるキシリルが、やや隈の鋭い眼で流すものだから、大事以上の感覚に理解できないカルメンが動揺している。
代わってマテが、帝国研究所に詰め続けていた時のみつばとレインの一通りを報告した。
「……そいつはすげえな」
「勇者に選ばれるだけの素質ではあるのか」
カインとキシリルはすっかりポカンだ。
それだけ普段が中古スライムと思えないほど、みつばは豹変したのだ。
きつく眉を尖らせるマテは、ジト睨を解いたところで、本来の攻撃性がより際立つだけだった。
「マテ・ユリス。引き続き、ミツバとレインの身辺警護を頼む。騎士カルメンも警戒を厳とせよ。今回ばかりは俺も冗談では済ませられない」
「御意」
三者は傅く前で、カインは窓の外の南空の、その先のオーラ帝国を見透かそうと躍起だった。
ポフ・テルセスタン商会が聖王教団経由で入手したオーラ帝国・シェーリンク商会の参入商品たる新形式の写真機――レンズのついた大柄な木箱と、遮光瓶に入る専用溶液をゼラチンで塗りたくるガラス板と、それを用いたテルセスタン総帥の孫娘の写真を、会合参加の各人が手にして確認する。
結論として、ラングバルク写真ギルドは皆、ただただ鼻で嗤う。
「このような低能の滑稽な品、画の美しさをより尊ぶ、このラングバルクの市場では何の勝負にならぬだろう」
そう蔑みと哀れみをよく込める。
「しかし、なにゆえこのような写真機を、南の黄金商人どもは強く推しているのか」
「これならむしろ、我がラングバルクの写真産業の、オーラ帝国参入のチャンスではないのかな?」
同様に入手できた従来・念写方式の写真とて、オーラ帝国のそれはラングバルクの何歩も遅れている。
しかしポフ・テルセスタン代表、これらを手配した青年ディリーバ一人が、具体的な点を挙げられないだけで、彼らの嘲笑に懐疑的だ。
「いやいやディリーバ殿、いくらなんでもこれでは脅威にはならぬ」
「酷いものだよ、君の従妹がこんなにもピンボケしてしまっている」
「しかも白と黒だけとは。なんと味気ないことか」
各代表が野次るなかで、ディリーバは強く主張する。
「今現在の我が方の用途と、今の流行の体質を見ればその結論でしょうが。しかしいくらなんでも、シェーリンク商会やオーラ側のギルドとて、我が方の写真を分析しているはず。事情を理解しないわけがありませんぞ」
「しかしだねディリーバ君、仮に君の言うように何か産業用途にするとして、いったい何に使うのだね?」
「このような写りでは、図面の写しや写本の代わりにはなりえませんな」
写真をはじめ、精密道具を扱う最大手のハルテラ商会の代表が、同席しているラングバルク銀行の頭取へと、よくゴマをすった。
「皆、私が手に入れたこのオーラ新式写真機は、形式ばかり目新しく、今のところは謎に満ちています。なにより低性能で、一見は勝負にならない。しかし、現にシェーリンク商会が、これをもってリッサ荒野からこれより北上する。その意味はよく考えていただきたい」
ディリーバはそう締めくくると、議題は帝国各行政への製品性能基準と、納入商会の選定へ移っていった。




