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013『見合って見合って』

 これから行う登用面接に際して、キシリルは5名分の履歴書にざっと目を通していた。

 布紙の官用履歴書には写真魔法呪符が直接付され、人事官が直接『視写』した各人の顔が印画されている。

「キシリル様、何か不備が?」

「いや、ハスエー。それはないんだがな」

 糊とアイロンがよく利いた履歴書を振り分け積み上げるキシリルは、昨今の技術進歩とその不信について、個人的な愚痴をハスエーに漏らした。

「私自身がこうした履歴書で扱われたことが一度もないからわからぬがな。たかが『絵の顔』で、人となりを垣間見る時代というのは、末恐ろしいなとな」

「そうですか? 書類と実物と、すぐに照合できて良いではありませんか」

「ハスエーにはわからぬかもな。それだけ私が年寄りという話かも知れぬが。それに『あの件』にも思うところがある」

「オーラ帝国が突きつけてきたシガン捕虜虐待の証拠の写真、ですか?」

 ……キシリルとハスエーは当然だが、報告した先のカインだって顔をしかめる案件だ。

「今は無視できる程度だが、それでも次からが厄介だ。ラングバルクの巷では今、写真の開発で湧いておるのだろう?」

「はい。それにリッサ荒野を越える空中交易路の初外交便で、オーラのシェーリンク商会が参入を希望する旨、受け取っております。断絶の15年間で、向こうは向こうで革新があったとのこと。ラングバルクの各大手やギルドからは、参入反対の陳情を受けております」

 キシリルはオールバックのアホ毛を均すように両手を櫛にして背筋を伸ばすと、ハスエーがベルを鳴らし、メイドに茶を要求した。

「頭の痛い話だ。なにより厄介なのは、信頼性の高まるほど、巧妙に混入する欺瞞を、人の目ではまったく見抜けぬという点だ」

 オールバックの櫛解きを途中でやめ、指に力を込めて頭をほぐしていくキシリルは、大げさに背伸びをして大口であくびもした。

「技術が伸びるのはゆくゆく生活水準の向上に繋がり良いことだが、どこまで信頼するか、安全に扱えるかという点がおざなりになりがちなのがな」

 中年メイドが汲んだ紅茶に、気を利かせるハスエーがブランデーをわずかに垂らす。

 キシリルのやつれ美貌が、面接を捌く前でだいぶ解けてしまった。

「そうそう。写真といえばキシリル様。父上から言付けの返答を得るよう仰せつかっているのですが」

「ああ、見合い写真の催促か? 私は画家を頼むから、しばし待たれよと伝えてくれないか?」

「それが我が父上、ポフ・テルセスタン商会と取引を始めたようで、それでポフ・テルセスタンの写真で写すようにと強く……」

 そう言い、ハスエーは写真魔道具――キング版が入る程度の板のような箱と油紙に包まれる印画紙を、自身の鞄から取り出したのだった。

「まったく、君のお父上にも困ったものだ」

 書類や綴りを一通りどかす。さっさと済ませたいとばかり、机に座るキシリルは髪を櫛し、簡単にポーズをとった。

 板の接面を額に当てて画角を得るのに屈むハスエーは、キシリルを凝視して念じる。

 3秒もしないで印画紙を取り出しペラペラ乾かすと、やや逆光気味のキシリルが、特に隈を浮かべてやつれはてる現実を写してしまった。

「だから写真は嫌なんだ。こうまでみすぼらしく、現実をありありと写してしまう……」

 苦笑のハスエーから受け取る写真をチリチリ破ってしまうと、キシリルはどけていた一式を元に戻す。

「いつもの爺さんが暇そうなら、ちゃちゃちゃと描いてもらうよ。そのほうが出来が望ましい」

 半刻後の面接に対応することとし、ブランデーの酔いのだけ、意識を強めて臨むこととした。


「使い方としてはインスタントカメラか」

 レインがお忍びで手に入れていた写真機は、カメラとは言い難い、レンズのないただの飾り箱だった。

「日光写真? でもピンホールだってないし……」

 手に取ったみつばは、外面のロックを外して中身を観察する。

――印画紙を皺なく扱うためのピン留め以外は見当たらず。

 何かしらの機構はあるようだが、分解しようにも、ネジ止め一つ見当たらないブラックボックスだ。

「これだと原理がファンタジーだから、私じゃわからない。だいたいこれ、どうやって使うの?」

 カメラにしては大柄で薄い箱形状のそれを、みつばが自分の知るそれで構える。

 しかし、これにはシャッターやファインダーすらない。

「うむ。ミツバの世界のそれとは、まったく違うのだな?」

 降参したみつばが写真機と称する箱をレインに返す。

 箱の革面を額に当てるレインは特に馬鹿にするわけでもなく、だがみつばのことをよく凝視した。

「何しているの?」

「動くなミツバ」

 3秒程。写真機を額から剥がしたレインが、箱のロックを外して印画紙をペラペラ乾かす。

「へぇー、よく写ってる」

 写真は鮮やかに、ボブカットみつばの黄黒ボヘミアンドレス姿を程よい可愛さでとらえた。

「でも隈はちゃんとついてる」

「思ったほどはやつれておらぬだろう。『はくあいすぅぱぁ』の毒が抜けた証拠だ」

「そう?」

 レインの言葉と写真をついつい疑う。みつばは化粧台の銅鏡をよく拭い、自身の鏡写しと、写真とを比較する。

 みつばは特に、撫ぜる自分の隈と、それを写し返す鏡と、写真のそれと、それからドレスの様子を、くまなく見比べる。

「ねえレインさん」

「どうした。……ミツバ?」

 みつばの声色に、レインははっと気がつき、その表情にも驚いた。

 まつげの長い吊り目にいつもの虚無の淀みがなく、元来ある貫くような真剣の意思を持っている。

「無茶を言うつもりはないんだけど、お願い事、聞いてくれる?」

 様子を見に、ブランチを持って戻ってきたマテは、レインの硬直と、みつばの変貌を見、「こわい」と直感した。


 面接者を全員一括で不合格としたキシリルは、これで珍しく仕事が片付く。

 そこで、庭にて薔薇をスケッチしていた宮廷画家の老人に頼んで、今はデッサンされるために座り固まっていた。

「見合いの似顔絵に、今どき写真を使わぬなど、キシリル様は古い考えをお持ちじゃな」

「悪いことか?」

「いやいや、この老いぼれ画家にはありがたい話ですぞ。キシリル様のように旧来を信頼するお客がある限り、当分はお役御免もなさそうですじゃ」

「それも、いつまでの話かな。別に、そなたの絵は格別ゆえ、お客はむしろ、希少価値をもって求めると思うがな」

「かっかっか。これでも60年ずっと、市井のギルドにあった頃よりずっと一筋ですじゃ。たとえ宮廷から暇を出されても、そう簡単には折れませぬゆえ」

 老人画家の冗談に、キシリルもほころんでにやけている。

「それはそうと、お相手は誰ですかな?」

「老いたくせに、そういうゴシップが好きなのか?」

「それでこそ、宮廷画家ゆえでしてな」

 老人画家はかっかと笑う。

 キシリルは相変わらずにやけながらも、口元にやや苦みを漂わせた。

「適当なところだとカルメン・ザルアだ。なし崩しとはいえほとんど気の知れる娘だからな。しかし、今回の見合いにはその名はないし、私の出自ではおそらくダクムン殿の遺志で拒否されるであろう。マテ・ユリスだって怒る」

「そうでありましょう。それに何せあの娘、近衛7番を任されて、まだ日も浅いですからな。傷をつけないためとはいえすぐ婿入れとは、可哀想なことですじゃ」

 老人画家は1カ月前に描いたカルメンのデッサンを片手間に開いて、その凛々しい無垢を見つめる。

「すると、まあ、ノブラ大公の勧めるまま、皇帝派の有力貴族アステリオ公爵家の令嬢になるのだろうか……」

 キシリルの顔が曇っていく。

 眉がぴくつくほど、かの貴族社会がどれほど血の結束によるものかを、生涯使い潰される立場としてよく想像してしまう。

「ひとつ、老人として、勧める相手がおりますぞ」

「ミツバ・ミタライか?」

「おや、考えてはおりましたか」

 デッサンの木炭筆を止めて、老人画家はキシリルの思慮顔をよく見つめた。

「考えたには考えたさ。しかし引き止めるためにそうしようにも、あの者はここに誘われて日が浅すぎる。あの娘そのものの地盤を固めてやらなければ、なにせ私も突き崩されかねないからな」

 老人画家は頭を下げ、よくかしこまった。

「老人の浅慮、何しろ政はよく知らないゆえに、お許しくださいませ」

「いや、良いのだ。実際、時機尚早という話なだけなんだ」

 そうして執務室で似顔絵を描かせていたところに、隠し扉からタートルネック姿のカインが現れた。

「あ、そのままでいい。なあキシリル、ちと聞きたいことがあってよ」

 三白眼を瞬きのたびにひょいひょい踊らせるカインは、だらしなく頭を掻きながら、キシリルに尋ねる。

「ミツバさんのやつ、レインとマテちゃんを連れて、研究所へ出張ったようなんだが、例の件で何か頼んだのか?」

 キシリルに覚えなく、特に言い淀むこともなく否定する。

「何も頼みごとはしていません。陛下の意思と同じで、私としてもミツバには、まだ休息が必要だと判断しております」

「うーんそうか。わかった、邪魔して悪いなキシリル」

 軽薄のカインは、傅く老人画家の茶請けからそばサブレをひとつまみし、パリッと噛み千切る。

 ぬるくなったポットを見つけて注ぎ口から直接茶をがぶっと飲み干すと、隠し扉を開いて戻ろうとした。

「陛下、またレイン妃が無茶振りを? しかし陛下の把握なく、そのように動くとは」

 念のために、キシリルは確認する。

「いや。午後の謁見への通りがけに、ちらっと見かけたんだがな。レインの無茶振りにしては、ミツバちゃんも何か真剣そのものだったからよ。それにマテちゃんもなんか変だったしで、確かめたかっただけだ」

 閉じかけの隠し扉を再度開くと、カインはついでとキシリルに告げる。

「ブライク兄貴に伝書鳩送って、今しがた返ってきたんだけどさ。例の虐待された捕虜ってのが誰か、向こうでもわかってないぜ」

 キシリルが傅き、カインはついでと続ける。

「スピオーネル辺境伯にはオーラ帝国の工作だとくれぐれも伝えるけど、こりゃシガン戦役での功労を口実に独立を認める形で先んじてパージしねえと、やばいかもな」

 ガゴンと音を立てて、隠し扉は元の漆喰壁に戻ったのだった。

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