30.【津田香奈枝(ニュータウン住民)の証言】
こんにちは、今日はどうも。
「丘の家」に昔住んでた人を調べてるって三宅さんから聞いて。私もお話できることがありそうだったんで、連絡させてもらいました。
……はい、三宅さんとは猫つながりです。
母が飼ってた猫のことでお世話になって、そのまま交流が続いてる感じですね。
ええ、私もここの育ちで。出戻りですけど。
それで……私が知ってるのは「丘の家」に最初に住んでた、都築さんのことです。
私、息子の都築直也くんと小学校で同じクラスで、少し交流もあったんです。低学年の時だけですけど。
都築くん、私と同じクラスだった1、2年生の頃は多少は学校に来てて。出席番号が隣だった私が、休んでた日のプリントとか届ける係だったんです。ほら、小学校の頃って結構出席番号でペア組まされたりしたでしょう?だから、たまに学校に来てる時なんかもペアになることが多くて。
低学年ってまだ幼稚園児に毛が生えたようなものだから、あんまり男子女子で分かれるとかもまだなくて、結構気が合ったんですよ。当時流行ってた漫画で同じキャラが好きだったりとか。それがきっかけでちょくちょく喋ったんです。都築くん、お母さんがそういうの好きじゃなかったので、あまり買い与えられないみたいでしたけど。
病気のお子さん?……ああ、三宅さんがそう言ってたんですね。
たぶん、それは都築くん……直也くんのことじゃないですよ。病気の弟がいるって言ってたから、その子のことなんだと思います。
直也くん、『自分ばかり学校に行ってると、ずっと家にいなきゃならない弟が可哀想だから』って言ってました。『だからあんまり学校に行けないんだ』って。今思うとおかしいですけどね。だって、下の子が病気だからって上の子を小学校にも行かせないとか、普通の親はしないと思いません?
でも、当時は子供で、そんなおかしさも分からなかったから「そういうものなんだ」って思ってました。
3年生からはクラスも違ったからよく知らないんですけど、どうも小4になる頃には全く学校に来なくなってたみたいです。不登校って言葉とか、フリースクールなんかが社会に出てくる前のことだから、都築君、本当に家から出る機会がなくなっちゃったんじゃないかな。
プリントを届けてた低学年のとき、『しょうがないんだ』って言ってたのを覚えてます。『俺ばっかり学校に行ったり、友達と遊んでたら弟が可哀想だから』『お母さんが悲しむから』って。遊び盛りの、7歳とか8歳の男の子がですよ。言っちゃ悪いけど、あのおうちはちょっと……普通じゃなかったと思います。大人になった今だから分かることだけど。
……ええ。直也くん自身は、特に病気とかも無かったと思います。子供の頃の記憶ですから、正確には分からないですけれど。
あとは……一度だけ、もしかしたら都築くんだったかも、って人を見たことがあります。
私が実家を離れて地方に出るちょっと前のことだったんですが。
隣町の駅ですれ違った人が彼に似ていて、とっさに「都築くん?」って声が出ちゃったんです。そしたらすごく驚いた顔で振り返って、そのまま逃げるように立ち去って行って。
……ええ。2000年代に入ってからですね。最後に会ってからもう十年くらい経ってて、顔なんか子供の頃と全然変わっちゃってただろうから、分かるはずないんですけどね。自分でも不思議なくらい、とっさに名前が出たんですよ。都築くん一家が夜逃げしたのは知ってて、どこか気持ちが引っかかってたっていうのもあるだろうし……都築くん家みたいな匂いがしたからかな。
え?……ああ、はい。プリントを届けに行ってるとき、いつも独特の甘い匂いがしたんです、都築くんのおうち。
『これはお母さんの浄化のお香なんだ』『弟の病気にいいんだ』って言ってて。
都築くんのお母さん、自然派というか、ちょっとスピリチュアルめいたものにハマってたって後で聞いたから、その関係のものだったのかもしれないです。
"匂い"って、五感の中で一番長く記憶に残るらしいんですよ。というか、その匂いを嗅いだシチュエーションや場面と結び付けて記憶されやすいとか。
だからかな。その人とすれ違ったとき、若い男の人なのに女性的な甘ったるい匂いがして……とっさに、都築くんの名前が出ちゃったんだと思います。




