サブクエスト
──海洋国家ロムダール──
ヴレインディア大陸は地図で言うところの南側に「ヴァズロード砂漠」という広大な砂漠が広がっており、その先は「南紅洋」と呼ばれる海洋へと続いている。砂漠から大海への境い目には巨大な湾が広がり、湾を囲む左右の突き出た陸地のちょうど真ん中にロムダールの「海都ヴァヤマン」と呼ばれる都市が鎮座していた。
将一ことソーマは、いつものように仕事を終えたあとログインし、拠点とするレクテナントからこのロムダールへ足を延ばしていた。
ソーマはすでにメインクエストの過程でレクテナント、エレデイア、ロムダールの三都市の主要な転送門へのアクセスを終えており、この三都市及び、三都市周辺の街ならばいつでもリプレースにより瞬時に移動することが出来た。
転送門……とはヴレインディア各地に存在する一種のワープゲートのようなものである。転送門自体は非常に大きな、5メートルほどはあろうかという金属でできた文字通りの門で、使用者が行きたい場所を思い浮かべ、門へ手をかざすと瞬時に使用者を目的地にある別の転送門の前に転送する。だいたいは都市やその周辺の街に設置されているが、なかにはヴレインディアに点在する遺跡にも置かれていることがある。
転送門は一度「転魂」とよばれる手順を踏まねばならず、これを行っていない転送門へは移動できない仕組みになっている。よってまだ転魂を行っていない転送門がある街だった場合、そこへは徒歩で向かうか、馬車や乗用生物などの移動手段を使うしかない。
「暑さはコンフィグでカットしてるけど……それでもこの景色と喧騒は、見てるだけで暑さが伝わってくるな」
ソーマはロムダールの首都であるヴァヤマンに来ていた。薄い土色をした四角い建物が針の山のように湾を埋め尽くすほど密集しており、その中心部にはイスラム建築のような宮殿が押し込められるようにそびえていた。ソーマがここへ来た目的はとある「サブクエスト」の為である。
「とりあえず、ヴァヤマンで目的のNPCを探すか……」
ブレオンではメインクエストの他にサブクエストが多数用意されている。メインクエスト報酬としての経験値やゴルダなどは当たり前であるが、メインクエストを完了すると再度受け直して報酬を得ることは出来ない。そこで同様に経験値やゴルダを得るためにサブクエストを受注し、サブクラスのレベル上げや金策に用立てるのである。
冒険者ギルドで斡旋されるデイリークエストなども広義ではこのサブクエストに含まれる。ブレオンのようなクエストで導線を作り、クエストを順番にこなしていくことで、運営がプレイヤーをその導線通りに進めさせてプレイヤーのゲーム進行をある程度支配する、これを「クエストドリブン形式」という。
VRMMORPGの多くは所謂「サンドボックス形式」とよばれる、運営がフィールドやシステムなどの「遊び場」は用意したので、あとはプレイヤー自身に遊び方を探してもらうというプレイスタイルをとっていた。
このクエストドリブン方式とサンドボックス方式、どちらも一長一短あり、どちらがMMORPGとして理想であるかは長年議論されているが、いまだに決着はついていない。サンドボックス方式を採用している他社のVRMMORPGで成功を収めているタイトルはいくつかあるし、クエストドリブン方式を採用したタイトルもブレオン以外にも数作存在し、それらは今でもサービスが続いている。
――海都ヴァヤマン――
ソーマは、街の中心にある円形広場に設置された転送門から四方に伸びる通りを西に歩いていた。マップを確認してクエストマーカーが表示された方向へ行けば目的のクエストNPCが居るはずである。ヴァヤマンの街は海側から見ると、大陸側になだらかに傾斜した地形になっており、その傾斜を登るように家屋が段々に並んでいる。
そして傾斜を上へ辿るように目で追っていくと、途中に巨大なイスラム建築のような宮殿が配置されているのが見える。その宮殿らしき建物が、このヴァヤマンの政治の中心であるザッハール宮殿であった。
(もうすぐだな、この路地を入っていけばいいのか…)
ソーマは西の通りから家々の隙間を縫うように張り巡らされた細い路地のひとつに入っていく。
すると路地の途中にある木で出来た腰掛に、頭から深緑色の頭巾を被った男性らしきNPCが座っていた。頭上にはクエスト対象を表す逆三角形のマーカーが浮かんでいた。ソーマがその人物に近づくと、そのNPCは立ち上がり――
「あんたかい?魔術師ギルドの使いってのは……。レクテナントからこのヴァヤマンまでご苦労なこった……」
NPCの男性からソーマが目的のプレイヤーであると認識し話を続ける。
「ま、こっちも仕事なんでね。はいよ、こいつが禁制の“セレネーの目玉”さ。こんなのを使うなんざ、どんなヤバイ品なんだろうなぁ……、おっと余計な詮索だったな」
そう吐き捨てると、ソーマへクエストアイテムを渡しNPCの男性はいずこかへ去っていった。これでひとまずここでのクエストは達成された。クエストが更新されたアナウンスが目の前に出てきたので、ソーマが羊皮紙のようなクエストジャーナルをとり出し確認すると、次の目的地とクエスト内容が表示されていた。
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《病は気から》
アイテム探索
推奨レベル 36
ロムダールでアイテム商フレイドルから「セレネーの目玉」を手に入れることが出来た。
これで指定されたアイテムは全部揃った。
さっそくこれをレクテナントの魔導師ギルドへ持って帰ろう。
経験値 104,000
報酬 40,000ゴルダ
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「またレクテナントに戻るのか……」
ソーマはクエスト内容がただのお使いであることに呆れていたが、このようなサブクエストは何もプレイヤーへの報酬へのインセンティブというワケではない。経験値やゴルダこそ報酬として用意されているが、これらをもっと効率に稼ぐ方法はブレオンの中ではいくらでもある。サブクエストはあくまでも世界観を広げる目的で世界中にばらまかれているに過ぎない。
気が向いたときにサブクエストで語られるちょっとしたストーリーを追う……。モノの数十分で終える事が出来、尚且つバラエティに富んだ物語が用意されているのでそれを楽しみにしているプレイヤーも多い。
ただし中にはひどく長い、それでいてクエストツリーが多いサブクエストも存在する。ソーマが今進行中のサブクエストがまさにそれであった。
ソーマはレクテナントへ戻る前に、せっかっくなのでヴァヤマンのマーケットに寄ってみることにした。
「今朝揚がったばかりのサウスパーチだ!まだ目が光ってるよ」
「そこの冒険者さん、回復薬安くしとくよ!寄ってって」
「グレン鋼で仕上げた半月剣だ、そこのあんちゃん買ってかないか!?」
マーケットではNPCが色々な食材や武器防具、薬品や生産に使う素材などが露店で売っていた。NPCからでしか購入できないものは無論のこと、都市によって品ぞろえが違う。なので、出先で今後必要になるであろうアイテムはとりあえず買っておく……というのが冒険者の基本であった。
「そういや、ロムダール岩塩はここでしか売ってなかったっけ……」
そう呟きつつソーマは露天商たちの声が響く中、露店を物色していく。このような露店が連なった通りにはかならず食事を振る舞う屋台があるので、ソーマは少し食事をしていくことにした。ソーマはブレオン内での食事を密かな楽しみとしていた……。
ブレオンでも食事ができる……なぜかブレオンでは“空腹感”が感覚として存在してる。最もVR空間内ではさすがに味までは再現できないが、食べるという行為は可能なので一応の食欲は満たされるプレイヤーは多い。
また、食事をすれば少ないながらも経験値が貰え(多くても50程度)、その食事に設定されているBuff効果がつく。食事をして得られる経験値はクエストやインスタンスダンジョンをクリアして貰えるよりは遥かに少ないので、ブレオンにおいて“食べる”……という行為は、ほぼバフ効果とゲーム内での「食欲」という欲求を満たすだけのシステムになっていた。
ソーマはさきほど露店で買っておいた……現実で言う、肉まんのような食べ物を頬張りながら他の露店で必要なアイテムを買い揃えてゆく。
◆グレン鋼×40
◆ロムダール岩塩×200
グレン鋼は鍛冶スキルを上げるために使うソードグリップ用に、ロムダール岩塩は調理スキルを上げるために必要であった。どれもここ、ヴァヤマンでしか売ってなかったためクエストで寄ったついでにこれらを購入した。一通りマーケットの露店で買い物を済ませたソーマはリプレースでレクテナントへ戻ることにした。
──商業都市レクテナント──
大陸中央部に広がる草原地帯に位置する商業国家。大きさはさまざまだが、およそ20ほどの街が点在し、冒険者の最初の拠点となるグライユの街もその都市国家の中に含まれる。そのうちのひとつが都市国家の名前の由来にもなっているレクテナントである。
レクテナントは都市国家の中でも一番大きく、また別名「魔導の街」と呼ばれるほど魔導に関しての施設が多い。レクテナントには大陸有数の魔導師ギルドが存在し、今回ソーマが受けたサブクエストもこのレクテナントの魔導師ギルドから依頼がきていた。
魔導師ギルドはレクテナントの市街からはなれた郊外の林の中にあった。魔導師ギルドの入り口までくると、鉄格子のような門が勝手に開く……。クエストを受けるために訪れた時もそうであったが、相変わらず不気味であった。ギルドの敷地内へ入り、そのまま病院のような佇まいを見せる建物の玄関まで進む。玄関にある扉を開け中へ入ると、ギルドの人間らしい紫のローブ姿の魔導師が長い廊下を背に立っていた。
「ようこそ、お待ちしておりました。“セレネーの目玉”はお持ちのようですね……。では、どうぞこちらへ……」
そのNPCらしき魔導師に案内され、廊下を進んだ先にある部屋に通される。壁には薬品らしき物が入った瓶や謎の道具が据え置かれた棚があり、ここで何かの研究をしているようだ。魔導師ギルドの女性NPCはソーマからこれまでクエストで集めたアイテムを受け取る。
「ヒッヒッヒ……よくもまぁ、ありがとうございます。ではこちらも報酬を……」
ソーマは報酬を受け取ると、すぐさまその女性NPCへ質問した。ブレオンのNPCは重要度に関わらず、他のプレイヤーとのやりとりを学習しAIのディープランニングにより、ほとんど現実の人間と遜色ない受け答えが出来る。
「今まで集めてきたアイテムがかなりヤバイ品だってのを聞いたんだが、禁制品まで集めさせて何を作ろうっていうんだ?」
「冒険者様には関わりのないこと……これは、わたくしどもの研究には必要な魔導素材なのです……ヒヒヒ」
薄気味悪い笑い声が研究室木霊する。
「……お知りにならない方がよいこともございます。では、わたくしはこれで……」
女性NPCはソーマを残し研究室を後にした。
「おい……だからそれで何を作るんだよ!」
ソーマは一人研究室で叫んだが、それに応える者は誰もいなかった。
「マジかよ……」
<<Congratulations!>>
ファンファーレと共にクエスト完了を告げる文字が目の前に出た。
一連のクエストはここで終了してしまい、結局集めたアイテムで魔術師ギルドが何を作るのかはわからず仕舞いだった。