リアルインスタンス
「あのさぁ」
コンビニにて、品出しをしていた将一に唐突に話しかける人物がいた。見ればこの間、将一に雑誌のありかを聞いてきた少女であった。
将一はすかさず、入口横にある雑誌コーナーから一つの雑誌を取り出し、少女に渡した。
「VRGAMES……ですよね?」
「え……あ、ありがと」
将一のその素早い行為に少女は面食らい、目の前に差し出されたVRGEMSをそのまま受け取る。そしてレジで会計を済ましコンビニを後にした。帰り際、ずっと将一の事を見つめていたが、当の将一は品出しに必死で少女の視線には気付くことはなかった。
(あのコンビニ店員……なんかアイツに似てる)
女子高生、三神阿利紗はこの頃機嫌がよかった。
「阿利紗ー、なんかいいことあった?あんたがそんな顔するの珍しいじゃん」
学校でも同級生に指摘されるほどである。自分では意識していないが、ブレオンの事を思い出すと顔がほころんでいるらしい……。事実、阿利紗はブレオンにダイヴするのが待ち遠しくて仕方がない。なぜなら、新しくタンククラスの友人が出来たからだ。阿利紗はブレオン内ではフレンドを数人しか持っていない。その友人のタンクにもフレンドはまだ飛ばしておらず、阿利紗が勝手に自分のなかで友人扱いしているだけである。最も、当の友人は阿利紗の事を「師匠」と呼んでいるのだが……。
将一がレジ打ちをしていると、中村美玖がいつものように出勤してきた。そそくさとレジに立ち、慣れた手つきで釣銭を計算している。横に立つ将一が美玖に声を掛ける。
「あのさぁ、カンストしてメインクエストも終わっちゃったんだけど……つぎ何やればいいの?」
「生産職に手を付けるとかどうです?ブレオンはクラフティングとかギャザリングもできますよ」
ブレオンはバトルコンテンツの優秀さが取り沙汰されるが、他のVRMMORPGと同じように生産コンテンツを遊ぶこともできる。ブレオンでプレイヤーが生産できるアイテムは装備品、薬品や食事などの戦闘に必要な消費アイテム、ハウジングに必要な家具、建材など多岐に渡る。その一つ一つを材料を組み合わせ制作していく。
ギャザリングもまた同様で、生産に必要な木材や鉱石、食事の材料となる魚や食肉などを採集することが出来る。
ギャザリングで採集したものをクラフティングで使用する、そして出来上がったアイテムを商品として販売する、このサイクルがブレオンの経済の基本である。また、アイテムの売買はプレイヤーはもとより、NPCもプレイヤーが出店しているアイテムを購入するために、クラフィテイングを主にプレイしているプレイヤーは相場を読む能力も必要になってくる。
美玖は将一が興味を示すかどうかわからなかったが、生産職であれば美玖も一通り触ってはいたのでアドバイスすることが出来た。
「生産職かぁ、どんなのがあるんだろう?あ……いらっしゃいませー」
将一のバイト時間が終わりに差し掛かった頃、美玖が将一に声を掛ける
「もう終わりですよね?わたしもそろそろ終わりなんで、ちょっと付き合ってもらえません?」
美玖の申し出に将一は驚いた。
(こ……これはもしや……?いやまさか、こんなおっさんに……?)
将一は年甲斐もなく何かを期待していた……が、それはすぐに勘違いであったとわかる。
「あ、勘違いしないでくださいね?ブレオンの事ですから」
「あ、はい」
先にバイトが終わった将一は、あとから行くという美玖が指定した居酒屋へ向かう。居酒屋があるという繁華街へはコンビニのそばにある駅から電車で二駅のところにある。15分ほど電車に揺られたのち、電車から降りるとホームは会社帰りの人や買い物帰りの人でいっぱいだった。まさに帰宅ラッシュで、ホームの階段を降りると市街地の中心である為か、すれ違う人が多くなってきた。将一はその流れに沿って繁華街へと向かった。
美玖に教えられた居酒屋に着くと、紺色の暖簾をくぐり店内へ入る。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「2人なんですけど……連れは後から来るんで」
「2名様ご案内ー!」
店員に案内されたテーブル席に座り、出されたお通しをつつきながら美玖が来るのを待つ。かれこれ20分ほど待ったか……、美玖が居酒屋に現れた。
「ごめんなさい、待ちました?」
「いや、それほどは…」
美玖が椅子へ座ってテーブルを見ると、置かれていたジョッキの中のビールはすでに半分無くなっていた。将一は美玖に、あれからカンストした事、メインクエストを終わらせて年甲斐もなく感動して泣いてしまったこと、メインクラスの次にレベルを上げるクラスで悩んでいる事などを身振り手振りを加え饒舌に伝えた。美玖はにこにこしながらそれを聞いていたが、将一が発した名前に顔を一瞬曇らせる。
「あぁそうだ、あれから師匠……あ、いやアリスさんにタンクの色んな事を教わってるんだ、彼女凄いよ……」
「へぇ」
「俺がさ、STの練習がしたいって言ったら付き合ってくれてさ。何十回もheroicボスだっけ?あれのMTやってくれたんだ」
将一はアリスとの特訓を美玖に報告する。それを聞いた美玖は怪訝に思ったが、それを顔に出すことは無かった。
(ふぅん、けっこう仲いいんだ……)
美玖は将一の話を遮り、今日の目的を果たすために将一に詰め寄った。上半身がテーブルの上に被さり手は将一の口を塞ぐような仕草になった。
「ストップ、蒼馬さん……あの、エンドコンテンツって……興味ありません?」
「エンドコンテンツ……ってだいぶ前に美玖ちゃんが言ってたやつだっけ?」
「そうです、ちょうど次のバージョン1.4が来たらそのエンドコンテンツが実装されるんです、蒼馬さん一緒に攻略しませんか?」
「美玖ちゃんと?2人で?」
「いえ、わたしが入ってるレイドチームです。みんなそういうのを『固定』って呼んでますけど……よければ蒼馬さんもその固定で一緒に攻略しませんか……って」
酒のせいだろうか?美玖は将一をじっと見つめる。均衡のとれた顔立ちに、非常に大きな茶色い瞳が将一の顔に迫る。
美玖が獲物を捕らえた蜘蛛のように将一に顔を近づけた、さながら将一は糸で絡めとられた状態の獲物である。こうなってはもう、美玖の話を聞くしかなかった。




