トッテルミシュア合国国境戦 2
走る。大剣の重みを感じないほどに、軽快に足は動いた。
恐らくは迷いがないからだ。
意志は明確、目的は真っ直ぐ。
憂いもなく、俺はただ己の意思を貫くのみ。
結城さんとディーネが俺と並行して走る。
後方にはネコネ族の第一小隊が。
人数は十人。
班は五人ごとに分かれている。
かなり小規模だが、複数で行動するということが重要だ。
戦闘力が低くとも複数で連携をとれば多岐に渡る行動が可能になる。
ネコネ族達は他の人間に比べてかなりの修練を積んでいるため、個々の能力も高い。
表異世界では特殊な魔術だけに特化した亜人だったが、この世界では違う。
「あそこ!」
走り始めて数分。
森を抜けた瞬間のことだった。
結城さんが叫びながら前方を指差す。
先には数十人の人達を追う、龍族達の姿が見えた。
事前情報通り、人は百、竜族は五十程度か。
どれも下級の竜族。飛翔するタイプや大型はいない。
これなら問題ない。
「作戦通りに! 各自行動開始しろ! 無理はするな、死んだら元も子もないからな!」
「了解!」
「了解ですにゃ!」
全員が散開する。
俺達はそれなりの修練を積んでいるし、何より経験がある。
それぞれの役割を達成するために行動を始めた。
結城さんとディーネは竜族の左右から挟撃。
ネコネ族の小隊は五人ずつの班ごとに行動しつつ、逃げる人間達の方へ。
俺は竜族の正面に回った。
速度は俺達の方が断然上。
追いつくのも容易だ。
「い、いやだぁ! た、助けてくれぇ!」
「こ、こないで!」
人間達が叫びながら必死に走っている。
戦える人間はいないようだ。
どこかの村から逃げてきたのだろうか。
数秒の後に、俺は竜族の正面に移動した。
俺が遮るように立ち止まる。
しかし竜族達は速度を緩める様子はない。
正しい判断だ。
相手は単独。
ならば数で押しつぶせばいい。
相手が俺でなければ、それは間違いではなかった。
先頭の竜族が俺に向けて剣を振り下ろした。
当然、俺は回避する。
同時に、大剣を振るう。
豪風と共に払われた鉄塊が、数体の竜族の切断した。
空中に浮かび、ぐるぐると回転しつつ、竜族だったものは地面に落ちる。
同時に、生きている竜族達は速度を緩めて、俺を囲うように隊列を組んだ。
よし、これで人間達の安全は確保できたも同然だ。
奴らは俺を脅威と認識した。
「ギャギャッ! ニンゲン、コロセ! コロベブブゥッ!?」
興奮した様子で叫んだ竜族だったが、言い終わる前に、頭蓋を歪ませた。
横からの攻撃。それは結城さんが行ったものだった。
不意を突いた膝蹴りが、竜族の顔面に直撃したのだ。
かなりの速度が出ていたのだろう。
竜族は吹き飛び、地面を滑るとぴくぴくと痙攣した。
最初に出会った時に比べ、結城さんもかなり強くなっている。
それは彼女が多くの戦いを乗り越えたことの証でもあった。
「よっし!」
結城さんが気合い一閃、気迫を見せると、竜族達の怒りは更に増長する。
目を血走らせ、結城さんと俺を睨む竜族だったが、その場に、更に参加者が増える。
一体の竜族が地面に伏したその背後から現れたのはディーネだった。
俺を取り囲む竜族。
しかし左右からは結城さんとディーネが挟撃を開始している。
こっちは三人、相手は五十体。
しかし。
負ける要素はなかった。
「やってやりますにゃ!」
気勢と共にディーネが舞う。
同時に剣戟が聞こえだす。
結城さんも俊敏に動き、周囲の竜族との戦闘を開始。
彼女は素手だ。さすがに倒すのは骨が折れるだろうが、異常なほどの機動力で翻弄しつつ、戦っている。
「コロセ、コロセ、コロセ、コロセ!」
殺意の合唱が俺達に向けられる。
俺は不意に身体を傾けて、大剣を払った。
宙に舞う、四肢。
血飛沫の中で、竜族達は俺に向かい飛び掛かってきた。
「コロセェェーーー!」
俺は冷静さを保ちつつ、その場から跳躍。
回避しつつ、竜族達の隙間に身体を滑り込ませる。
常に移動しつつ、回避と同時に剣を振る。
敵が多数の場合、立ち止まると不利だ。
移動しつつの攻撃が有効。
それを知っていた俺は、常に動き、剣を振った。
相手は雑魚だ。
ものの数分で殲滅した。
ラクシーンの部隊に比べて、なんて脆弱なのか。
相手の数が少なかったのも幸いした。
いつもこうだといいんだけど。
「片付いた、みたいだね」
「ふみゅ、思ったよりも弱かったですにゃ」
「俺達が強くなってるんだろ」
三ヶ月の旅で、ほとんど竜族と戦わなかったが、集落での戦いでかなりの経験値を得た。
そして全員が、生きる、戦うという覚悟を持つこともできた。
だからこそ、強くあれるのだろう。
もちろん、相手が弱かったからという理由も大きいが。
振り返ると、ネコネ族の小隊に守られている人間達が怯えた様子でおろおろとしていた。
近づいて、口を開く。
「もう安心だ。竜族は倒した」
俺の言葉を受けて、人間達は安堵の表情を浮かべた。
単純に助けてくれた、と理解できたのだろう。
涙ながらに、或いは家族や恋人と抱き合いながら頭を何度も下げた。
「あ、あ、ありがとう、ございます」
「ありがとう。ありがとう、本当にありがとう」
「いや、偶然遭遇しただけだ。感謝しないでいい」
疲弊しているのが見て取れる。
手足は傷だらけだし、服はボロボロ。
荷物も少なく、みんな顔色が悪い。
痩せ細っている人間も少なくないし、明らかに不調な様子だった。
「一先ず、森へ。そっちに俺達の仲間がいる。
竜族は同胞の血のにおいを嗅ぎつける。離れた方がいいからな」
「は、はい」
不安げな様子だ。
こんなご時世だ。助けられたとはいえ、信用できるはずもない。
しかし彼等は戸惑いながらも俺達についてきた。
他に選択肢はない、というところか。
森へ戻ると、莉依ちゃん達が心配した様子で出迎えてくれた。
「お、お帰りなさい。無事でしたか?」
「ああ、大丈夫。けど、怪我をしている連中がいるみたいだ。
悪いけど、治してやってくれるか?」
「ええ、もちろんです」
莉依ちゃんは即座に頷いて、助けた人間達の下へ移動した。
かなり疲弊しているらしく、森の中に集まると、彼等はその場に座り込んでしまう。
警戒していないわけではないだろうが、限界だったのだろう。
精神的にも肉体的にも。
「この集団のリーダーはいるか?」
「わ、私が……」
手を上げたのは痩せ細った老人だった。
白髪で頼りげのない風貌だが、目には理性的な光が灯っている。
彼は俺の前に来ると、頭を下げる。
「た、助けて頂いてありがとうございます」
「いや、さっきも言ったけど、偶然だから。気にしないでほしい」
俺はあえて、敬語を使わなかった。
礼節よりも、今は威厳を示す時だと思ったからだ。
立場を明確にした方がいいこともある。
少なくとも現状ではそうだと思った。
「事情を聞いても?」
「は、はい……我々はケセルの村の住人です。
深い森の中にある村で、昨今まで竜族から逃れながら生活していました。
ですが、最近竜族達の数が増え、追いやられたのです。
……ケセル国内で住まうには限界でした」
「だからトッテルミシュアに移動しようと?」
「はい。他に方法はなかったのです。
故郷に留まり確実に殺されるか、トッテルミシュアに移動し、僅かな希望にかけるか。
その二択しかなかったのです。何度も追われ、多くの村人を失い、ようやくここまで来たのですが……」
彼等は満身創痍だった。ケセルの村からここまで来れたのは奇跡的なことかもしれない。
「あなた方がいなければ、全滅していたでしょう。
本当にありがとうございます。お伺いしたいのですが、あなた方もコルへ?」
「ああ、俺達も他国の人間だ。エシュト皇国から、トッテルミシュアに入国した」
「同じ境遇のようですね……助けて頂いておいて、図々しいとは思いますが。
わ、我々も同行させてもらえませんでしょうか」
見るに、彼等には護衛するような人間はいない。
老人はほとんどおらず、若者が数人、後は女性か子供。
これでは旅も困難だろう。
俺としては彼等の同行を断りたくはない。
だが、すでに俺達の人数は五十人程度いる。
半数近くは兵として戦えるが、それでも数十人を守るのも大変だ。
戦えない人間を増やせば、戦う人間の負担が大きくなる。
現状であっても、状況によってはかなり厳しい。
それなのに、はっきり言えば足手まといな彼等の同行を許せば、被害が広がる可能性もあるのだ。
五十人くらいなら、まだ大丈夫だろうか。
俺は思案しつつ、ニースの顔を見た。
「クサカベに任せる。わたし達は従うだけだ。
おまえがいなければここまで来ることさえできなかったのだから」
全員が俺の顔を見て、頷いた。
不安そうにしている人もいたが、それでも俺に意見する人はいなかった。
それは妥協ではない。
俺への期待と信頼だ。
ここで彼等を見捨てるなんてことをすれば、きっと彼等は殺される。
仲間達を救うために、何かを犠牲にしなければならないこともあるだろう。
だが、彼等を助ける力があるのは俺達だけだ。
戦えない、足手まといだからという理由で見捨てていいものか。
俺は胸中で葛藤した。
そして結論を出す。
「はっきり言って、今の状況ではあんた達を守るのは難しい」
落胆の声がそこかしこで生まれた。
しかし誰も、俺に意見しない。
俺の仲間達は、複雑な心境だろう。
自分達を優先してくれた方が生存率は高まる。
でも誰かを見捨てることになる。
その胸中が見え隠れしていた。
そして、助けた人達の顔は強い絶望が浮かんでいた。
すでに限界が近いことが見て取れる。
そんな中、俺は言葉を続けた。
「難しいけど、同行を拒否しようとは思わない。
ただし、あくまで同行を許可するだけだ。
今の仲間達を優先して守るから、あんた達を助けられないこともあるかもしれない。
だけど、できるだけ助ける。それでいいなら同行するといい」
これが俺の出した答えだ。
集落から共にここまできた人達を優先する。
思い入れが強いわけではないが、やはり長い間共に行動している人達を優先すべきだろう。
全員が平等の立場ではいられない。
いつか、誰かを見捨て、誰かを救う場面が来るかもしれない。
だが、それは今ではない。
だったらできるだけ人を救うという選択も間違いではないはずだ。
俺の答えを聞くと、村長を初めとした人達が、涙を流しながら頭を垂れた。
「ありが……とう……ありがとう……ご……ざい……ます……」
村長は泣き崩れつつ、俺の手を握り、何度も感謝の言葉を紡いだ。
俺は困ったように表情を崩しつつ、莉依ちゃんを見た。
彼女は優しい笑みを浮かべて、俺を見ていた。
その視線も、なんだか気まずくて、俺は視線を落とした。




