トッテルミシュア合国国境戦 1
ザッザッと継続的に足音が響く。
周囲は森で覆われていて、視界が悪い。
しかしこの広い森を通らなければかなりの遠回りになってしまう。
現在地はトッテルミシュア合国の国境を跨いで間もない辺り。
グループには俺、莉依ちゃん、結城さん、ニース、ミーティア、ディーネ、人間達とネコネ族達がいる。
人間は元は三十三人いたが、現在は半数以下になり、ネコネ族もかなりの人数が減っている。
二ヶ月前、俺達はネコネ族の集落で、竜族達と苛烈な戦いを繰り広げた。
その戦いのせいで、同胞達を亡くしたのだ。
百人近くいた人数が今は半数の五十程度。
男達の数がかなり減っており、老人子供女性が七割程度だ。
戦いとなれば男が先んじて死ぬのはどの世界でも同じということ。
生い茂った木々の間を俺達はひたすらに歩いた。
隊列は俺が先頭になっている。
本当は最後尾にいた方が全体が見渡せるので、指揮が取りやすい。
しかし、やはり先頭は全員を率いるという立場であるから、かなりのプレッシャーがある。
そのため、俺が先頭に立つことになった。
俺の後ろには莉依ちゃん、結城さん、ミーティアが並び、人間組が続く。
その後方にネコネ族達が並んで、最後尾にはニースとディーネを配置してある。
ネコネ族の中でも腕利きなのはニースとディーネである。
俺自身も彼女達を信頼しているので、この隊列になった。
集落を出て三ヶ月。
重い荷物を背負い、歩きづめだった。
竜族にあまり襲われなかったのは幸いだった。
比較的、視界が悪い場所を通り、警戒しつつ進んでいたおかげだろう。
それにネコネ族の変装魔術も役にたった。
ただ常に効果があるわけじゃないので、遠目に竜族がいる場合、変装魔術をかけて移動するくらいしかできない。
そのような理由から進行速度が遅い。
三ヶ月経過してもまだトッテルミシュアに入ったばかりなのはそれが理由だ。
それに俺達以外の人達は体力に余裕がない。
歩き慣れてはいる方だろうが、追手がいる中、精神的な疲労も強いだろう。
この世界に来て、現地の人達の立場を理解した。
どれだけ過酷な状況なのか。
心が疲弊しているのか。
みんな希望を失っていた。
だが。
「よし、もう少しで森を出るぞ。みんなあと少し、がんばろう」
俺が振り向きながら言うと、全員が顔を上げて、笑顔を見せた。
「ここを出れば、トッテルミシュア合国軍が防衛にあたっている領地に入る。
そこまで行けば、少しは安全なはずだ」
「み、みなさん、く、日下部さんの言うとおりです。が、がんばり、ましゅ……」
莉依ちゃんは言葉を噛んでしまい、即座に顔を赤くした。
話せるようになって三ヶ月経っているが、まだ慣れないらしい。
恥ずかしさから俯いてしまったが、彼女の気持ちは全員に伝わっただろう。
「あ、ああ! みんな頑張ろうぜ!」
「そうね。あと少しだもの」
「僕ね、まだ歩けるよ!」
みんな前向きな発言をして、奮起している。
以前とは違う。
もうあの時のみんなではないのだ。
絶望の中で生活し、心が摩耗していた。
そんな日々を乗り越えて、全員が前を向き歩いている。
集落での戦いで、全員が変わったのだ。
俺もだ。
独りよがりで、荒んでいた。
でも今は全員を守る、助ける、そういう思いが強い。
人とネコネ族との確執もない。
俺達はあの時、あの瞬間から仲間になったのだ。
過去の軋轢は忘れてはいない。
だが引きずってもいない。
あの時のことを教訓として、俺達は前に進んでいる。
誰かが疲労で歩けなくなれば、誰かが助ける。
そんな関係性だ。
俺は歩きつつ、肩口に振り返る。
俺の後方にいる莉依ちゃんが、俺が振り返ったことに気づくと、視線を合わせてきた。
俺の視線を真っ向から受け止めて、小首をかしげる。
ニコッと笑ったので、俺も笑顔を返した。
あれ、なんだ。
この何とも言えない、心が温かくなるような感覚は。
表異世界の莉依ちゃん、この世界、裏異世界の莉依ちゃん。
二人は同一人物ではない。
でも同じ、莉依ちゃんだ。
目の前にいる莉依ちゃんは髪を短くしているが、顔立ちは莉依ちゃんだ。
当たり前だけど。
性格もちょっと違う。
表異世界の莉依ちゃんは大人で頼りがいがあるが子供っぽいところがある。
裏異世界の莉依ちゃんは子供な印象が強いし、やや弱気だけど、芯は強い。
共に心根は同じで、真っ直ぐな性格をしている。
やっぱり莉依ちゃんなんだ、と思うことは多々ある。
けれど別人なのだ。
俺は頭を振った。
あまり深く考えると、どつぼにはまりそうだし、やめよう。
ふと、莉依ちゃんから視線を移すと、ミーティアと結城さんと目があった。
「ねね、リーダー。そろそろ休憩しない? 森が途切れたら、休憩しにくいしさ」
ミーティアはまだ元気みたいだ。
褐色肌の少女。
表異世界で、よく俺にちょっかいをかけていた少女。
あちらでは俺が王様で、この子は国民だったわけだけど。
他にも子供たちがいたけど、この世界では存在しないんだろうか。
なぜかこの娘、いつも足を露出する恰好をしている。
まだ幼いが、明らかに女性特有の曲線と柔らかさを主張している。
しかしあまり見ると、色々と言われるので我慢した。
「あたしも賛成かな。みんなまだ元気だけど、今の内に休みたいし」
結城さんがミーティアに同意した。
彼女は身体を動かすのが得意らしく、まだ体力には余裕がある。
しかし休憩は体力だけでなく、精神的な疲弊も回復してくれる。
こんな状況だ。
結城さんとミーティアの言う通り、休憩は良い判断だろう。
「そうだな。そうするか」
俺はゆっくりと速度を緩めた。
突然止まると、後方の人達が危険だからだ。
足を止め、振り返ると、後方にいるニースに向かって手を上げた。
するとニースもこちらに手を振ってくれた。
彼女は背が低いため、ぴょんぴょんと飛んでいる。
普段は硬い口調だけど、こういう瞬間の仕草がなんとも愛らしい。
「ここで休憩だ。みんなゆっくり休んでくれ」
もう少しでトッテルミシュアの領地に本格的に入ることができるということがあってか、みんなの表情は明るい。
早く移動したいと思っている人もいるだろうが、ミーティアの言う通り、森を出てから休めるとは限らない。
それにかなりの時間、歩いている。
みんな慣れてきてはいるが、それでも体力は無尽蔵ではない。
思い思いに休憩を始める中、俺は後方へと移動する。
「あ、私も行きます」
「わたしも行くよー」
莉依ちゃんとミーティアも俺に続いた。
俺は全員の様子をつぶさに確認する。
表情、身体の調子、仕草。
問題ないかどうか。
森の中には、野生動物も存在する。
魔物がいなくとも、危険な生物もいるのだ。
毒を持つ動物もいる。
それに病気に罹っている可能性もある。
早めに処置したり対処すればどうにかなる場合もある。
状況を確認しておくに越したことはない。
幸いにも、誰も病気や怪我をした様子はない。
不調な人もいないので、問題はなさそうだった。
最後尾にいるニースとディーネの下へ到着すると、俺は口を開いた。
「問題なさそうだな」
「そうだな。この三二ヶ月、気持ち悪いくらいに順調だ」
「ですにゃ。ほんとっ、今までが嘘のように順調ですにゃっ!
これもクサカベっちのおかげですにゃー」
「またそれか。勘弁してくれ」
事あるごとに、ディーネだけでなくみんな、俺のおかげだと感謝してくる。
嬉しいという思いがなくはないが、あまり言われると反応に困る。
俺は困ったように笑うと、視線を逸らした。
「にゃははっ! 申し訳ないですにゃ! でも、やっぱりそう思うんですにゃ。
クサカベっちがいないと、ウチ達も、人間達もここにはいなかったですしにゃ」
みんなの視線が俺に集まる。
ああ、この感じ。
本当にどうしたらいいかわからなくなる。
俺は強引に話題を変えることにした。
「そ、それはそれとして、一応、現在地を確認したい。
これまでの順路を見返してみよう」
「ふむ、そうだな。大体は合っているだろうが、確認は必要だ。地図を開こう」
ニースは鞄から地図を開いた。
羊皮紙に描かれたこの世界の地図は、かなり大雑把だ。
しかしある程度の地理は把握できる。
「まず、わたし達の集落がここ。エシュト皇国中央からやや南東寄りに位置している。
この場所から北東に行けば皇都があるわけだ。わたし達は皇都に配置しているだろう竜族軍を嫌い、北側から回り込んで、エシュト皇国の西にあるケセルに到達した」
ニースは集落の位置からすーっと北東へと指を滑らせた。
皇都を避けるようにぐるっと回り込み、ケセルの国境へと至る。
「この時点で二ヵ月弱が経過した。
大勢での移動に加え、竜族の警戒もあり、進行速度が遅かったという理由からだな。
ある程度、進行すればみんなも慣れたのか、進行が早まったが。
ケセル国境、やや北側に至った我々は渓谷を抜けて、北にあるトッテルミシュアの国境へ向かった。
五国中央に存在する名もなき高山付近には竜族の本拠地があるらしく、近寄れない。
そのためエシュト皇国からトッテルミシュアに至るまでにはケセルの渓谷を通るか、オーガスとレイラシャを通って行くしかない。
オーガス経由だとかなりの距離を歩くことになるので、ケセルの渓谷を経由した」
ケセル国境沿いには渓谷が存在し、真っ直ぐトッテルミシュアに行くことは不可能だった。
俺達はケセルの渓谷を超えるしかなく、かなりの時間をかけて道を進んだ。
ニースはケセル国境沿いに指を動かし、そのままトッテルミシュアの国境沿いへ到達させた。
「運よく、竜族に遭遇することもなくトッテルミシュア国境沿いの大森林へ到着。
一ヶ月近くを費やして、わたし達は現在地まで来た、というわけだな。
トッテルミシュアの大森林を超えれば合国軍が比較的に哨戒している領地に入る……はずだ」
「あくまで数年前の話、だったな」
「そうだ。今現在、どうなっているかまでは知らん。
さすがにトッテルミシュアやレイラシャが滅亡しているとは思えないが」
ありえないわけではない、と言っているようでもあった。
だが大森林を抜ければ、トッテルミシュアの領地に入ることは間違いない。
他の国は壊滅状態で、人間の存在さえほとんどない。
そんな状態では、トッテルミシュアに身を寄せるしかない。
しかしここまで移動するには、相当な苦難を強いられるし、危険だ。
だから人間もネコネ族も移動ができなかった。
自分で言うのもなんだが、俺がいたから決断できたという面もあると思う。
戦えるとはいっても、ネコネ族達だけでは竜族が十数体襲ってきただけで、かなり苦戦するだろう。
みんなの期待を感じる。
そしてその思いは重荷ではない。
むしろ俺の発奮剤になっている。
「とにかく、この森を超えて、トッテルミシュアの中央都市である、コルへ向かうことがわたし達の目的だ。
人が集まればそれだけ物資や兵力も集まるからな」
そしてそれが唯一の希望でもある。
俺だけならばなんとかなるが、みんなはそうはいかない。
俺一人でどうにかできることにも限界がある。
ならば安全に生活できる場所が必要だ。
それがトッテルミシュアであればいいのだが。
「以前のトッテルミシュアでは、一千万の人口がいた。
しかし数年前には数十万程度に減少したらしい。今はもっと減っているだろう。
兵数も十二万だったが……今は不明だ。
魔術に関しての文化が盛んで、魔術兵が最も多い国だったのだが、今はどうなっているか」
不安はある。だが希望を求めて俺達はここまでやってきた。
今さら後戻りはできない。
もしかしたらこの国も滅亡しているかもしれない。
そんな不安と戦いながらも、みんな足を動かしている。
俺が項垂れることはできない。
何があっても、俺は諦めてはいけない。
そうすればきっとみんなの力になるはずだ。
「ありがとう、ニース。再確認できた」
「ああ、気にするな。言葉に出すことは大事だ。自覚も促せるし、目的を明確にできるからな」
俺達は頷き合った。
この世界は、不幸で蔓延している。
みんなが希望を失い、絶望する。
でもそんな中でも、希望を持とうとしている人もいる。
それが今の俺達だ。
俺は絶対に諦めない。
俺は絶対に見捨てない。
戦う。抗う。そうやって生きて。
そして。
竜神を倒し、俺は表異世界へ戻るのだ。
その時、俺は。
……いや、やめておこう。
「それじゃ、みんな休憩してくれ。しばらくしたら出発する」
「ああ、そうさせてもらおう」
「にゃ。じゃあ、ごろごろしてますにゃ!」
「はーい。ほんじゃ、わたしも横になろっと」
「じゃあ、私も休憩しますね」
みんなが思い思いに休み始めた。
その中で結城さんだけが、柔軟運動をしながら言った。
「んー、あたしはちょっと周り見てくるよ。何かいるかもしれないし」
「そうか。あんまり無理しないでくれよ」
「あはは、大丈夫。あたしにできることはしたいんだ。
ほら、あたし運動は得意だしさ。こういうのに向いてるから」
結城さんは身体能力向上の力を持っている。
そのためかなりの膂力を維持できるが、最も向いているのは移動である。
つまり偵察だ。
個人の戦闘能力も高く、仮に敵と遭遇しても撃退、もしくは逃亡が可能。
俺は身体能力だけで見れば、結城さんに劣る。
「んじゃ、いってきまっす。ついでの先の状況も見てくるから」
「気を付けてな」
「わかってるって」
結城さんは軽く手を上げると、瞬時に森の中に入っていった。
俺は彼女の背中を見送ると、そのまま腰を下ろして休憩に入った。
それから十分後。
「た、大変だよ! 日下部君! 領地内に竜族がいる!」
慌てた様子の結城さんが叫ぶと、俺達の中に喧騒が生まれた。
俺は結城さんの下へ移動して、すぐに問いかける。
「竜族が? 合国の兵はいないのか?」
「い、いない! 兵隊さん、一人もいないよ!
そ、それより、竜族が! 人を襲って」
「敵と人の数は?」
「て、敵は五十。人は百人くらい! バラバラに逃げてる!」
そこまで聞くと、俺は瞬時に後方に振り返る。
「結城さん、ディーネ、それとネコネ族第一小隊は俺と共に来てくれ。
小隊は班単位で行動、散開しつつ、逃げている人達を護衛。
そのまま一ヶ所に集めてくれ。
ただしこの場所へ誘導はするな。別の場所へ移動するように。
結城さんとディーネは竜族を確固撃破。ただし無理はしない。かく乱できれば十分だ」
「うん、任せて!」
「にゃはっ、ウチの華麗な技を見せてやりますにゃ!」
この二人は機動力があり、個人の戦闘能力も高い。
視野は狭いが、その分、個人での活躍は十分期待できる。
結城さんの戦闘能力はディーネに劣るけど、移動力はかなり上回る。
撃破は難しいだろうが、場をかき乱すことは可能だろう。
「第二小隊、第三小隊は待機して、他の人達を警護。
莉依ちゃんとミーティア、それとニースも待機だ」
「は、はい!」
「わ、わかったよ」
「任せろ」
三人の声に、俺は大きく頷いた。
「助けるぞ!」
俺が言うと、全員が呼応した。
誰も反対しない。誰もが助けようとしている。
赤の他人。だが同じ人間であり、亜人である人達を。
俺は移動隊を率いて、森を出た。
心は熱く、頭は冷えていた。




