トッテルミシュア合国防衛戦 1
「――ね、ねぇ、リーダー」
困惑気味のミーティアが後から声をかけてきた。
俺は正面を向いたまま、言う。
「なんだ」
「う、うんとね、その、い、いいのかなって」
明らかに戸惑っている。隣にいる莉依ちゃんも同じような感じだ。
ちなみに俺も同じだ。
正直、どうしようと内心思っている。
しかしそれを表情には出さない。
そんなことをすればみんなが不安になるからだ。
原因は明白だった。
「……大丈夫だ。もうすぐだしな」
「そ、そっか。そだよね」
ミーティアには問題ないという姿勢を見せたが、俺は恐る恐る肩口に振り返った。
疲労を顔に張り付かせた人達が俺の後ろに続いている。
集落を出た人数は大体五十人。
その後、トッテルミシュアの大森林付近で助けた人達が五十人。
そして現在の集団の数は――五百人だ。
理由を簡単に説明しよう。
大森林を出て、トッテルミシュアの領地に足を踏み入れた俺達は中央都市であるコルへ向かうために、草原を進んだ。
領地内では合国軍が哨戒、あるいは防衛していると思ったが、誰もいなかった。
恐らく前線を下げて、限定地域内で防衛している状況なのだろう。
そんな状況だからか、領地内で、何度か竜族の姿を目撃した。
偵察部隊らしく、部隊員達は下級ばかりで殲滅は容易だった。
問題は、竜族だけではなかったことだ。
竜族に襲われていた人達が多くいたのだ。
見過ごすわけにもいかず、助けた。
そしてその場に置いておけず、同行を許した。
そうやって人数が膨らみ、現在に至っている。
トッテルミシュア内ではまだ合国軍を見ていない。
無数の死体は確認している。
兵士の死体も。
だが生きている兵士や、国民と遭遇していない。
助けたのは人間は全員が他国の出だったからだ。
人間だけでなく、亜人もいた。
しかし人間と亜人の間に妙な軋轢はなく、同じように過ごしている。
竜族の存在が、互いの溝を埋めたのだろうか。
皮肉なことだと思った。
話を戻そう。
そういった理由から俺達は大所帯になってしまった。
中には戦える人もいたので、多少は戦力を強化できているが、それでも百人程度。
しかも四割は民兵だ。ネコネ族達と比べるとかなり劣る。
それでも戦えないよりはマシだけど。
人数の増加によって、不安になるのもわかる。
現にミーティアだけでなく、集落から行動を共にしている人達も狼狽えている。
不満があるというより、こんなに人が多くなって、何かあった時大丈夫だろうかと思っている感じだろう。
しかし人が多いということは、それだけ何かあった時に対処できるということでもある。
メリットデメリットがあるだろう。
……今のところデメリットの方が大きそうだけど。
しかし見捨てるわけにもいかない。
それにコルまでそう遠くはない。
あくまで同行しているという状況だし、重く考えなくてもいいかもしれない。
もちろん、彼等を守るという思いはあるので、敵が現れたらできる限りのことはするが。
トッテルミシュアに入って一週間ほど経過している。
もうすぐコルが見えてもおかしくはないが。
半ば消えてしまった道を抜ける。
坂となっており、先が見えない。
しかし地図上ではこの先辺りにコルがあるはずだ。
俺は逸る気持ちを抑え、一歩一歩と地を踏みしめ。
そして、丘へ至った。
「な、んだ、これ」
「こ、こんな、ことって」
俺と莉依ちゃんは情景に言葉を失った。
後方から来たみんなも横に並び、丘から下を見下ろす。
手前、そこには無数の防策が並んでいる。
その周辺にはまた無数の兵士や竜族の死体。
殺されても、殺してもそのままにしているのかと思ったが、そうではないらしい。
死体は新しく腐っていない。
つまりこの戦いは終わって間もないということ。
しかし生存している竜族の姿は見えない。
恐らくは一時的な戦いだったのだろう。
合国軍らしき兵士が死体を集めて燃やしていた。
疫病対策らしい。
数キロ同じ情景が伸びているが、その先に高めの防壁があった。
その更に先には黒い塊が蠢いている。
よく見ると、それは人だった。
俺達と同じような恰好をした人達が、集まっている。
他国から、或いは別の場所から移動してきた人たち、か?
彼等の前には強固な街の防壁がそびえ立っている。
あれがコル。
予想よりも城塞のような印象が強い。
規模はかなりのもので、簡単には破壊されないだろう。
しかしそれは敵ではない人にも効力を発揮している。
異常な光景。
予想はしていた。
全世界から、一ヶ所に人が集まればどうなるか。
必ず、あぶれる者が出る。
しかし、それを知っても、俺達に選択肢はない。
ここまで来たのだ。
近づく以外に手段を持ち合わせていなかった。
「……行こう」
呟くように言うと、俺は歩き出した。
大丈夫。
合国軍がこれだけいるのだ。
ならば竜族の攻撃からは守られる可能性は高い。
少なくとも、そういう心配は必要なくなったのだ。
しかし……恐らくは誰もが想像していたはずだ。
安全で、比較的満たされた生活を。
それが叶えられないのではないか、そう思っている。
俺だけでなく、ほぼ全員が思っているだろう。
俺はみんなに振り返る。
明らかに、今までよりも落胆しており、気力を失い始めている。
まだ結論を出すには早いが、現実がそれを許さない。
明確な答えはなくとも。
俺は戦場から逸れて、回り道をしてコルへと向かった。
途中、兵士達と目が合うが、何も言われない。
慣れている、ということか。
彼等にとっては、俺達は難民。
その他大勢と同じ、ということか。
近づくと、人の多さに目が眩む。
なんて数だ。
数万人はいるんじゃないだろうか。
その大半は城壁近くに座り込み、項垂れている。
彼等はここに住んでいるのか。
野営と言えない程にお粗末な状況だ。
ただ地面に毛布を敷いているだけ。
食事もまともに摂っていないのか、元気がないし、顔色が悪い。
ここから戦場は近い。
戦いが始まれば、かなり危険だ。
流れ矢や魔術が届く可能性もあるし、竜族がここまで到達することもあり得るだろう。
そうなれば彼等は殺される。
それでも中へ入れていないということは。
嫌な予感が胸中を占める中、俺は城門に向かい伸びている列に並んだ。
最後尾にいる人に声をかける。
「すみません、この列は入場のための列ですか?」
「あ? さあな。俺も来たばかりだしよくわからねぇけど、多分そうだと思うぜ」
「そうですか。ありがとうございます」
他の人の顔を見ても、良くわかっていない様子だった。
親切な説明があるわけもない、か。
それに日本に比べてかなり列の順番が無茶苦茶だ。
割り込む連中もいるし、列も汚い。
諍いが頻繁に起こっている様子だった。
戦争中なのだ。
誰もかれも余裕がない。
代表として、俺だけが並べばいいのだろうか。
いや、何があるかわからないし、一応全員で並ぶべきだろう。
二度手間になれば時間がかかる。
そうなるくらいなら、最初から並んだ方がいい。
「ミーティア、ニースや他のみんなに、全員で並ぶように言ってくれ。
それと問題を起こすなって伝えてくれ。中に入りにくくなるかもしれない」
「えーと、おっけぇ!」
本当にいいのかどうか不安だったが、まあ、大丈夫だろう。
いや大丈夫じゃないか。
「問題起こすな。きちんと並べ。はい、復唱」
「問題起こすな! きちんと並べ! はい、復唱!」
最後はいらんと言おうと思ったけど、余計なことを言うと、また記憶違いをしそうだ。
俺は頭を抱えつつ、小さくうなずいた。
「……それでいい、行ってくれ」
「あい! 任せてよ、リーダー!」
ミーティアは元気一杯に言うと、後方へ行きながら大きな声で言った。
「問題起こすな! きちんと並べ! はい、復唱!」
「え? も、問題起こすな?」
「き、きちんと並べ?」
なぜかみんなが、同じ言葉を吐き始めた。
変なリズムが生まれて、問題起こすな! きちんと並べ! はい、復唱! という掛け声が続く。
しばらくするとミーティアが同じ言葉を吐きながら戻ってきた。
「リーダー! これでいい!?」
「……うん、もうそれでいい」
俺は乾いた笑いを浮かべつつ、ミーティアの頭を撫でた。
嬉しそうに笑っていたので、何も言えない。
隣で莉依ちゃんが羨ましそうにしていたので、思わず彼女の頭も撫でた。
「あっ」
「嫌だったか?」
「い、いえ、う、嬉しいです……えへへっ」
その反応が嬉しくて、撫でる手にも力が入る。
力と言っても、腕力ではなく、気合いみたいな感じだ。
二人をなでなでしていると、周囲からの視線が突き刺さってきた。
うるさくしてしまったし、かなり目立ったせいか、周囲の人間は苛立っているらしい。
確かにちょっと悪いことをした。
「周りの迷惑になるから、静かにしようか」
撫でるのをやめて、二人に言った。
双方とも残念そうにしていたので、なんだかまた撫でたくなったが、我慢した。
歯止めが効かなくなるからな。
そうして二、三時間程度、待ち続けた。
並びつつ、食事をしたりして、ようやく俺達の番になった。
城門は固く閉ざされており、横にある通行用の扉も開いてさえいない。
通す気がない、ということなのか。
門横にいる兵士が横柄な態度で、俺に話しかける。
「どこから来た」
「数十人はエシュト皇国、リーンガム地方辺りから。
他にもケセルやオーガスから来た人もいる」
兵士は俺の背後に視線を移した。
そして俺に視線を戻す。
「珍しい団体だ。途中で合流した口か?」
「竜族に襲われていたから、助けて、同行させた」
「……助けた? 戦えるような人間はあまりいないようだが?
その御大層な剣を振っている、とでも?」
「下級の小型竜族なら数百。下級大型竜も討伐経験がある。
それと以前、竜騎士を撃退した。後方にも戦える人もいるし、能力もある」
「竜騎士を? がはははっ! 竜騎士を撃退しただって?
おいおい、聞いたか?」
兵士は近くにいた別の兵士に言う。
馬鹿にしたように。
「冗談も休み休み言え。戦争で誰も気が立ってる。
もう少しマシな嘘を言うんだな」
別に何も感じない。これくらいの嫌味は慣れている。
経験しているからか、簡単に動じないようになってしまったな。
まあ、今はその経験が活かされることが多いから、助かるけど。
俺が怒れば他の人間に影響が及ぶ。
冷静さを保つことが肝要だ。
「嘘じゃない。嘘を吐く必要があるのか?」
「……なんだ知らないのか。それともとぼけているのか」
「どういうことだ?」
兵士は俺の顔をじっと見た後、身体を見下ろした。
その後、俺の横を通り、じっくりと全員を観察していった。
どういうつもりだ。まるで品定めしているかのようだった。
そうして兵士は俺の正面に戻ってくると言った。
「ここまで来たということは、それなりに腕は立つ連中らしい。
それは間違いない、ようだな。いいだろう。通れ」
よく意味がわからなかったが、通ってもいいらしい。
周りがざわついているが、どういうことなのか。
俺は戸惑いつつも、早く移動しないと、兵士の気が変わるかもしれないと思い、歩を進めた。
後方のみんなも俺に続こうとしたが、兵士に止められた。
「止まれ。そっちの人間は入るな。そこのネコネ族、貴様は入っていい」
誰もが狼狽しながらも、言われるままに移動することしかできない。
そうして俺達は分断された。
俺、結城さん、ニース、ディーネ、後は戦える人が十数人。
それ以外の、人達は全員外へ残るように言われた。
莉依ちゃんも、ミーティアもだ。
これはどういう意味なのか。
俺はすぐに理解した。
戦えるか、戦えないかだ。
「おまえ達は中へ入れ。他の連中は外だ」
「待ってくれ。他の連中は外に放り出すのか!?」
「ああ、そうだ。戦えない連中は外だ。無能な連中を招き入れる余裕はない」
「そんな……馬鹿な……!」
俺は城壁近くに座り込んでいる人達を見た。
やはりそうだったのだ。
彼等は入場を許されなかった人達だったのだ。
戦えないから。
他にも役に立つ場面もあるだろうが、それを許せないほどに物資が足りないのだろうか。
「まあ、おまえが武勲を上げれば、無能な連中を中に入れることもできるだろうけどな。
竜騎士を倒すほどの人間なら、余裕だろう?」
見下したような物言いに、煮えたぎる。
戦える者は中へ入れる。
しかしそれは戦わないといけないということ。
そして目の前に広がる戦場を見ればわかる。
兵士は死ぬ。竜族に殺される。
本来なら、兵士だけを増やしても意味がない。
しかし戦える人間だけを招き入れている。
それはつまり、兵士はすぐに死ぬということ。
そしてそれ以外の労働力はすでに確保できており、必要ないということ。
そして労働力を得るために必要な物資の余裕もないということ。
それが、トッテルミシュアの、中央都市の現実であるということ。
俺は莉依ちゃんとミーティア、そして残された人達を見た。
四百人以上。
彼等は外に追いやられ、戦争が起きれば危険に晒される。
だがそれは兵士も同じ。いや兵士の方が死ぬ確率は著しく高い。
俺も、彼等も立場は違えど状況は同じ。
結局、安全な場所などない。
その絶望からか、誰もが何も言わなかった。
近くに広がる戦場の凄惨さを知ってか、不満も言わなかった。
「日下部さん、私達は大丈夫ですから」
「そだよ、リーダー。わたし達はわたし達で何とかするからさ!
ほら、ここなら、まだ安全だし」
二人が必死で笑顔を見せる。
しかし頬はひきつり、明らかに動揺している様子だった。
それは他の人達も同じだ。
ここまで来たのは、安全な場所があると信じていたから。
なのに、そんな場所はなかった。
彼等の希望は崩れてしまったのだ。
そして中に入れば安全だなんて幻想も打ち砕かれた。
もう疲れてしまったのだろう。
莉依ちゃんとミーティア以外の人達は視線を落とし、近くの空間に移動していった。
瞬間。
首筋がひきつる。
歪な刺激が身体に走った。
これは。
俺は顔を上げる。
と。
空気が震えた。
同時に、ガンガンという金属音が辺りに響き始める。
「竜族だ! 全員配置に着け!」
防壁場で複数の兵士が警鐘を鳴らしながら言う。
城門前にいた兵士は慌てた様子で、叫ぶ。
「貴様ら、早速、初陣だ! 竜族を殺せ! 殺した分だけ褒賞を貰える!
功績には対価が得られる! 死ぬ気で殺せ!」
ニースやディーネ、結城さん、他の連中が戸惑いの視線を俺に送る。
俺は兵士に向けて言った。
「功績を上げれば、本当にみんなを中へ入れてくれるんだな!」
「あれだけの人数なら、かなりの武勲を上げないと無理だぞ!
それこそ、大隊長クラスを仕留めるくらいじゃないとな!
まあ、無理に決まってるがよ!」
大隊長。つまり今回、襲撃してきた隊のトップを殺せということらしい。
そうすれば、みんなを都市内へ入れてくれる。
「いいだろう。やってやる」
「ああ!? 馬鹿め。そんなの無理に決まってるだろう」
俺は大剣を背中から抜き、構えた。
遥か遠くには竜族達の姿が見えた。
数キロに及ぶ、防柵の先、そこから敵が迫っている。
「みんな、竜族を撃退するぞ! 離れるな。必ず味方と行動を共にしろ!
いいな、いつも言ってるけど、絶対に死ぬなよ!
怪我をしたら莉依ちゃんのところへ戻れ。おい、おっさん!」
門衛をしていた男に俺は声をかける。
おっさんと言われて、やや憤慨していたが、俺は構わず言った。
「彼女は怪我を癒す力がある。怪我人が出たら連れていけ」
「け、怪我を癒すだって? そんな力があるわけ」
「見ればわかる!」
正門が開く。そこから無数の兵士が現れた。
鎧を剣を槍を弓を杖を攻城兵器を、敵を殺す道具を携えた、人族や亜人が戦場へ足を踏み入れる。
彼等の眼光は鋭く、恐れはない。
卓越した兵士としての力量が一瞬で窺い知れる。
トッテルミシュア合国の兵士達。
最後の門番。
彼らが竜族を殺さなければ、この国は、都市は滅ぶのだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッーーー!!」
気勢と共に、兵士達は走り出した。
戦場、防柵の先へ。
俺も彼等に続く。
「俺達も行くぞ!」
状況に迫られ戦うことになった。
しかしそれがこの世界の常だ。
ここで戦わなければ、みんなを見捨てることになる。
戦え。倒せ。殺せ。
そして力を示す。
これは好機だ。
俺は奥歯を噛みしめ、大剣の柄を強く握りしめた。




