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ディーネ、籠絡される

 第一印象は、疲弊しているということだった。

 ネコネ族の集落には、木々に囲まれた獣道じみた入口がある。

 そこから入ると、左手に小規模の牧場がある。

 そこには牛のような家畜のカシウがいる。

 中央広場周辺には家屋が十数。

 間に畑がある程度で簡素な造りだ。

 中央から左前方には広い空間があり、俺達は奥側に座っている。

 たった数日の移動で、全員が見るからに消耗していた。

 窮地を乗り越え、九死に一生を得たわけだが、だからといって喜んでいる人間はいない。

 これからどうなるのか。不安しかないのだろう。

 とりあえずは、結城さんがネコネ族達の厚意で置いて貰えると話してくれたらしい。

 反応は薄かったらしいが。

 誰もが俯いて、地面に視線を落としている。

 子供は親に抱きつき、眠りについている。

 親も疲れた顔で子を撫でる。

 大人達は断続的に溜息を漏らして、時折、見回しては安堵して、また俯く。

 この状態に何か言うつもりはないが、大丈夫かと思わなくはない。

 俺が呆れつつみんなを見ていると、隣に結城さんが並んだ。


「あの、これからどうするの?」

「一先ずはここで暮らすしかないな。野ざらしだけど、外よりはいい。

 雨が降ったら困るし、そこらへんはネコネ族の人に相談だな。

 簡易的な屋根でも造らないといけない。

 それと一日休んだら、それぞれ仕事を割り振る感じになると思う。

 ここに住まわせて貰うんだからな」

「うん、それは……でも、大丈夫なのかな」


 結城さんの心配は当然だ。

 誰もが覇気がない。気力がない。生気が残っていない。

 一日休んだだけで、よしやろう、という気になれるかどうか。

 彼等にとっては、過酷な一日だっただろう。

 だが、甘える相手はもういない。

 ネコネ族達が彼等の世話をする義理は一切ないのだ。

 働かなければ生きていけない。

 それくらいはわかっていると思うが。


「今、心配してもしょうがない。やるしかないんだからな」

「そう、だね」


 結城さんは伏し目がちになったがすぐに顔を上げた。


「それで、他に何か話した?」

「……いや、特には」

「そっか、何かあるんじゃないかなと思ったんだけど。

 ちょっとイヤな予感がしてたから、何もなくてよかったよ」


 結城さんは苦笑している。

 君の予感は当たっている。

 ただ、気にしなくていい。俺が何とかするからな。

 莉依ちゃんが俺を見上げていたが、俺は何も言わない。

 彼女は何も言えないし、結城さんに伝えるつもりもないらしい。

 この世界の莉依ちゃんは、あまり行動しない。

 感情も薄いし、何を考えているのかわからない。

 だからといって、莉依ちゃんへ悪感情を抱くわけではないけど。

 近くでミーティアが座っていた。

 俺と目が合うと、慌てて視線を逸らした。

 どうやら嫌われたみたいだな。

 目の前で、あれだけのことをすれば、怖くなってもおかしくはないだろう。

 俺は嘆息して村内を見回す。

 俺が知っている集落とは違う。

 構造は同じ。だが雰囲気が重い。

 剣呑としているし、ネコネ族の人達の表情も硬い。

 盗賊の襲来を危惧しているのだろう。

 慌ただしく行ったり来たりしている人も少なくない。

 警備のために入口付近に立っている人。

 武器の手入れをしている人。

 何かを話している人。

 子猫たちもいる。確か、成長したらネコネ族のように人型になるんだよな。

 うろちょろと走り回っている虎柄のネコネ族が目に入った。

 彼女は、ニースに耳打ちしていた少女だ。

 どこかで見たことがあるような気がしないでもないんだけど、思い出せない。

 あっちに行ったり、こっちに行ったり、伝令のような役をしているのか。

 忙しないな。

 誰もが時間がないとばかりに、何かしらの準備をしている。

 だけど、俺達もこのまま放置されては困るな。

 ニースは長代理でかなり忙しいだろうし、誰に話せばいいのか。

 また虎柄の少女が目の前を通り過ぎた。

 なぜかうずうずしてしまい、思わず少女の首根っこを掴んでしまった。


「にゃっ!!!?」


 宙ぶらりんになる少女。

 軽いな、こいつ。

 小柄だし、年齢的には十ニ、三ってところか。

 なぜか満足してしまう俺。

 両手両足をだらりと下げている姿勢の少女は何が起こったのかわかっていない様子だった。


「敵襲なのですかにゃ!? ヤ、ヤバいですにゃ!

 逃げるにゃ! 危ないですのにゃ!」


 うぎゃうぎゃと叫びつつ、少女はじたばたと暴れる。

 俺は更に胸の奥から浮かんだ衝動のままに手を動かした。

 少女の顎の下に、すっと指先を添えたのだ。

 そして。

 掻いた。


「ふにゃあああ! にゃあ! にゃんですかにゃあ、これはぁっ!

 籠絡されるぅ、ウチが籠絡されちゃうんですにゃぁ……!

 い、いかんですにゃ! ふにゃ、にゃあぁ、これはぁ、しゅごいぃですのにゃ……」


 掻いた。掻いた。絶妙な力加減で掻いた。

 ふふふ、どうだ。

 ネコネ族の集落で世話になっていた時、どれほどの猫達と戯れたか。

 その経験が、活かされたのだ。

 少女は恍惚の表情を浮かべる。

 情景的には色々とまずいが、もう止められない。


「にゃ、にゃふぅ、い、いやぁ、にゃ……あ、だ、だめにゃ……!

 はっ!? ちょ、ちょっとやめるのですにゃ!」


 少女がようやく俺の存在に気づいた。

 慌てふためきながら、手足を激しく動かし、俺の手から逃れた。

 もう少し、この感触を楽しみたかったがしょうがないな。


「おにょれ! お兄さんは人間の、えーと、黒い人!」

「日下部虎次だ。よろしくな」

「そうですか! これはご丁寧にどうもありがとうございますですにゃ!

 ウチはディーネといいますにゃ! へい、人間! さっきのはなんですかにゃ!」


 毛を逆立てて、警戒態勢のディーネ。


「ごめん。なんか、衝動的にやってしまった」

「え? あ、ああ、そうですかにゃ。

 そんな素直に謝られたら、許さないわけにはいかないですにゃ」


 こんなにすぐに許されるとは思わなかった。

 すっきりした性格の子みたいだな。

 それはそれとして。

 この娘、ものすごく、にゃって言うんだよな。

 ニースとは違って、言葉遣いを治せないんだろうか。

 ニースも思わず出てたけど。

 あ、思い出した。

 この娘、俺に懐いてた子猫だ!

 虎柄の子猫がいたはず。妙に人懐っこかったような気が。

 見るに面影もある。

 他のネコネ族は俺達、人に対して拒絶するような所作が多い。

 表情も、明らかに嫌悪している感じだが、ディーネは愛嬌がある。

 人を好いているというわけではないと思うけど。

 多分、彼女の性格なのだろう。

 何となく、話しやすいし、接しやすい、そんな感じだ。


「それで、そろそろ行ってもいいですかにゃ? こう見えても忙しいんですのにゃ」

「あ、いや、すまん。食事とか毛布とか、どうすればいいのか、と思って。

 貸してもらえるってニースから聞いてるんだけど」

「ああ、それにゃら、あとで持ってきますのにゃ。今、必要ですにゃ?」

「いや、まだいいけど、確認したかっただけだ」

「うんうん、報告、連絡、相談は大事ですからにゃ!

 いい心がけですにゃ! ま、このディーネちゃんがちゃんとしてあげますにゃ。

 安心するといいですにゃ!」


 グッと親指を立てたディーネはドヤ顔だった。

 ちょっとイラッとしたが、それ以上に撫でたくなってくる。

 くっ! 耐えろ俺。今のキャラ的に耐えろ!

 暴れそうになる右手を抑えると、中二病を発症した人みたいになった。


「で、用事はそれだけですかにゃ??」

「あ、ああ、それだけだ。忙しいところ、悪かったな」

「ふふん、いいですにゃ。あなたの助力には感謝しないといけないですからにゃ。

 まっ、みんなは、あなたのことをあんまり歓迎してませんけどにゃ」

「……そうだろうな」


 ババ様の言葉とは言え、納得できないだろう。

 盗賊達は人間で、俺達も同種族だ。

 ネコネ族からすれば、関わりたくないだろうし、むしろ敵視しているはずだ。

 ディーネは鼻をくんくんと動かしている。

 むぅ、と顔を顰めて、何か言おうとした様子だったが、結局は何も言わなかった。

 俺が首をかしげると、ディーネは慌てて口を開いた。


「と、とにかく、何もないなら行きますにゃ。それじゃ!

 あ、何かあったらウチに言うといいですにゃ」

「ああ、ありがとう。またな」


 言うや否や、ディーネはすぐに姿を消した。

 足、はっや。

 俺は呆気にとられた、ディーネの背中を見送った。

 とりあえずは何とかなりそう、か。

 問題は今日の盗賊討伐。

 それと。

 俺は向き直って全員を確認した。

 助けて貰った立場なのに、ただ蹲っている連中だ。

 今は、まだ理解してもらえるだろうが、明日からは頼むぞ。

 というか、自分の立場を理解して行動しないと、どうなるかくらいはわかっていると信じたい。

 そうでなければ、もうどうしようもない状況なのだと。

 一から十まで教える義理はないし、それでは成長はない。

 今のところは大丈夫だと思うしかない、か。

 俺は胸中に広がる不安に蓋をして、大きく嘆息した。

 俺も休まないと。数日寝ていないし、戦い続けていた。

 生き返ったことで体力は回復したが、全快というわけではないらしい。

 夜まで休むか。

 そう思い、広場の端っこに移動し、座ると目を閉じた。

 そして数分も待たず、俺は眠りに落ちた。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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