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ドラゴンイーター

 夜半。

 簡単な食事を終え――それでも、今までの干し肉やらよりはまともだった――俺は中央広場に集まっていた。

 閑寂な雰囲気の中、ネコネ族の戦える人が集まっている。

 二十人くらいか。

 集落を警護する人以外は、すべて討伐隊に参加する形だ。

 人間側には伝えていない。

 余計に、気を揉ませるし、彼等は精神的に限界だ。

 寝静まっている。

 いや、それは人間だけだ。

 恐らく、ネコネ族の多くは討伐隊に参加している家族や友人を心配している。

 だが見送りはない。

 静かな夜、奇襲を仕掛けようというのに騒いでは意味がないからだ。

 ネコネ族は夜目が利くため、火を必要としない。

 俺はほとんど見えないが、月明りはある。

 月、というよりは月らしきもの、だけどな。

 地面は蒼く光っており、木々がない場所ならば視界は確保できている。

 見えなくとも、聴覚や気配である程度は対応可能だ。

 まあ、何とかなるだろう。

 入口を背に、ニースが立っており、俺やネコネ族は彼女と向き合っている。

 ディーネが耳打ちすると、ニースは大きく頷いた。


「出立する」


 ニースの短い言葉を皮切りに、討伐隊はネコネ族の集落を出た。

 討伐隊にいる人間は俺一人。

 心細いなんて思いはしないが、周囲からの重圧が強い。

 完全によそ者扱いだな。

 事実、そうだから別にいいけど。

 あからさまに不愉快な顔をされると複雑な心境になる。

 ディーネくらいだな、普通の態度なのは。

 ニースも、ババ様の指示通りだからか、最初よりは態度が軟化している。

 二人以外は俺を睨んでいたり、何こいつみたいな態度だ。

 これくらいは別に構わないが、温和で親切だったネコネ族を知っているからな。

 何というか、寂しいというか悲しいのかもしれない。

 感慨に耽っている場合じゃないな。

 移動は森の中をひたすらに進む。

 無言で歩を進めるわけだ。

 先頭のニースに続くだけで、特に何をするでもない。


 つまり暇だ。

 緊張してなくはないが、これくらいならばいつものこと。

 問題は、だ。

 俺の武器、大剣では森の中のように障害物が多い場所では戦いにくいということ。

 ネコネ族の人達の武器は長剣、短剣、弓で、森の中を想定している武器だ。

 使い方を間違えば、俺が足手まといになる可能性もあるということ。

 スキルを考慮しても、中々に厳しいだろう。

 ……あれ、結構ヤバいんじゃないか、これ。

 今更、別の武器に変えるわけにもいかない。

 しかし、状況に応じて、ぽんぽん武器を変えても練度が上がらない。

 できれば大剣で対応していきたいところだ。

 森の比較的、木々が少ない場所を選んで戦うという方法もある。

 それに狭い場所でも、剣の軌道を適宜変更すれば問題ないか。

 そう言えば、スキル確認をしていなかった。

 今の内に見ておくか。

 俺は手のひらを上に向け、集中した。



 ・生命力 :100/100

 ・体力  :100/100

 ・筋力  :11→13

 ・俊敏性 :15→16

 ・精神力 :35→36

 ・知力  :24→24

 ・カリスマ:10→7

 ・カルマ :99→103

・魂   :10→10


 ●スキルLV:1

 ●スキルポイント:1【6】



 生命力と体力は変わらないみたいだな。

 他のステータスは上がってたり、下がってたり。

 カリスマが下がってるのは、何となくわかるな、まあ、どうでもいいけど。

 カルマって結局何なんだろうな。

 妙に高いけど。意味は、確か『業』だっけ。

 悪事を働いたりすると上昇する、みたいな感じか?

 ……あまりいい意味ではなさそうだが、今のところは影響はない、か。

 重要なのは、スキルポイントだ。

 残念ながら1しか増えていない。

 何かに使えなくもないけど、これならまだ使わない方がいいだろう。

 他に、使えそうなものはない、か。

 やはりすでにあるもので戦うしかないか。

 そう思った時、視界に何かが見えた。

 なんだこれ。

 タブか?

 『装備』と書いてある。

 それ自体は珍しい項目でもないが、今までなかった表示なので少し驚いた。

 指先で操作すると、画面が開く。



 ●装備

  ▼武器

   ・ドラゴンイーター

    …ドラゴン鉱石をあつらえた、変形型の技巧武器。

     竜の魂を食らうために生まれた大剣。竜魂を元に改良を加えられる。

     加速装置が取り付けられているが、ブーストはクールタイムが一分。

     ▽タイプ:汎用型【攻撃力:D 防御力:D 速度:D 特殊:なし】

          …オールラウンダーの型。目立った欠点はないが、特徴もない。


 ●改良

  ▼竜魂

   ・小竜魂:85

   ・中竜魂:4

   ・大竜魂:0

   ・極大竜魂:0

   ・魔竜魂:0

   ・大魔竜魂:0

   ・???

  ▼改型

   ・特攻型【攻撃力:B 防御力:F 速度:C 特殊:疾風怒濤】

    …剣の形を鋭利にすることで、突きに特化する型。

     硬度よりも鋭さを優先しているため、防御には向いていない。

     また、直線の動きは得意だが、横方向の動きには弱い。瞬間的な速度は随一。

     ▽必要竜魂【小竜魂:60】

   ・感知型【攻撃力:C 防御力:C 速度:D 特殊:千里眼】

    …剣から音波を発生させ、周囲の状況を感知できる。

     広範囲の状況を把握できるが、それ以外の能力は並程度。

     隠密行動などをする時には、非常に有効。

     ▽必要竜魂【小竜魂:80 中竜魂:3】

   ・魔力型【攻撃力:C 防御力:C 速度:E 特殊:魔術習得】

    …剣に魔力を与え、魔術使用の媒体とする。そのため剣としての性能は下がる。

     汎用的な魔術が扱えるようになるが、再使用にはそれぞれ時間がかかる。

     ▽必要竜魂【小竜魂:80 魔竜魂:15 ???:5】

   ・物理型【攻撃力:B 防御力:B 速度:E 特殊:膂力大上昇】

    …剣の重量を増やし、威力を向上させる。硬度も高くなるのでまず壊れない。

     ただし非常に重いため扱いが難しく、速度は著しく下がる。

     また、他の型に比べて特殊な能力がない。ただ力は上がる。

     ▽必要竜魂【中竜魂:30】

   ・速度型【攻撃力:D 防御力:F 速度:S 特殊:幻影剣】

    …剣の重量を著しく減らし、速度を優先。硬度や攻撃力、防御力は大きく減少。

     ただし、速度は空手の時よりも早い。相手が軽装ならば絶大な威力を発揮する。

     幻影の力で無数の斬撃を生み出すが、ただの幻影である。

     ▽必要竜魂【小竜魂:200】



 これは……。

 なるほど。

 俺の能力ではなく、今度は武器に関わる部分ということか。

 アーガイルの技巧武器自体には特殊な力があった。

 だけど、改良は加えられなかった。

 しかし、この世界では武器の改良が可能らしい。


 ドラゴンイーター。


 竜を食らう剣、か。


 竜族が跋扈するこの世界ではおあつらえ向きだな。

 竜を殺し、その魂を使って強化する形みたいだ。

 ただ、改良型の内容を見る限りでは、まだ派生なりありそうだな。

 それはつまり、それだけの竜族の種類が存在するということでもあるけど。

 これはまた、ものすごい物を作ったな、アーガイルは。

 俺が手元で操作している姿を、隣の男が怪訝そうに見ている。

 やっぱり他人には見えないらしい。

 アナライズの時もそうだったし、予想通りだな。

 でなければ、隠密行動をとっている最中に操作なんてしないけど。

 光ってて、目立つし。俺にしか光は見えないわけだけど。

 さて、どうするか。

 現状、特攻型と感知型にだけ、改良が可能だ。

 しかし改良すればどうなるかまではわからない。

 不用意に改良すれば、元に戻すことも簡単ではないかもしれない。

 それに、変形だぞ?

 ものすごい音がしたりしそうじゃないか。

 今、するのは得策じゃないだろう。

 一先ず、特攻型に改良は可能だと覚えておこう。

 どちらにしても、結局は今、できることはなさそうだ。

 現状のまま戦うしかない。

 別に構いはしないが。

 俺は手を降ろすと、黙々と集団と共に先を進んだ。


 どれくらい経ったか。

 恐らくは数時間。

 と、途端に全員の足が止まる。

 先頭にいるニースが片手を上げていた。

 彼女は遠くを見ている。

 俺には何も見えないが、目的地が近いのだろうか。

 背中に言いようのない気持ち悪さを感じる。

 何かが潜んでいる。

 ニースがゆっくりと剣を抜いた。

 ネコネ族達がそれに倣う中、俺は空手のままだった。

 大剣は事前に抜くと邪魔になるからだ。

 合図をひたすらに待つ。

 状況がわからない中でも、焦れずにじっとした。

 数分。

 十数分。

 虫の声や、風で揺らいだ木々の漏らす音。

 その中で人の呼吸音が聞こえる。それだけの空間だった。

 そして。

 ニースが僅かに姿勢を低くした瞬間。

 右手を前方へ振った。

 集団が何かに押されるように跳ねるように走り出す。

 俺も遅れずに続いた。

 無音からの激しい物音。

 後ろに流れる景色が、すぐに変わった。

 視界が広がる。

 切り立った崖。

 麓には洞窟があり、入り口左右に松明が備えつけられている。

 見張りが二人。

 視界に入った瞬間、奴らの身体にはナイフや矢が刺さっている。

 見事な手際で、二人を屠ったのだ。

 俺は何もしていないけどな。

 無言のまま、死体の近くに移動し、隠滅魔術で死体や血痕を隠す。

 洞窟内には等間隔で松明が壁に取り付けられている。

 ここが盗賊の隠れ家らしい。


 しかし、見張りは二人だけ、か。

 ちょっと少ない気がする。

 いや、盗賊の数自体多くないかもしれないし、違和感はないか。

 ニースが洞窟内の様子を探る。

 俺に振り返ると、指先を地面に向けた。

 ここに残れ、ということらしい。

 俺が首肯を返すと、ニースも頷き、数人を残して中へと入って行った。

 残ったのは俺とディーネと、三人の男だけだ。

 俺は壁に背を向けて、周囲を警戒する。

 誰もが無言だが、男達は俺にも警戒心を向けている。

 信用できないだろうし、仕方がない。

 俺の武器は大剣だし狭い洞窟内には向かない。

 ニースはそこを考慮して外を任せたのかもな。

 しばし、変化のない時間が続く。

 中から時折、人の声や金属音が聞こえる。

 盗賊達と戦っているらしい。

 暇だ。

 予想していたよりも暇だった。

 作戦らしい作戦は聞いてなかったが、これなら理由はわかる。

 大して策を必要としていないからだ。

 ただの奇襲だからな。

 さて。

 俺は剣を抜いた。

 突然、俺が抜剣したことでネコネ族達は動揺して、武器を抜いた。

 敵対行動をとるのかと思ったのだろう。

 だが、俺の視線が森に向けられていることに気づくと、彼等も俺と同じ場所を見つめる。

 森の茂みから現れたのは。


「おーいおいおいおいぃ? これはどうなってんだぁ? ああ?

 なになに? どうなってんだってんだってんだってんだぁ?」


 盗賊達であることは間違いなかった。 

 二十人近くの盗賊が、ぞろぞろと森から現れたのだ。


「近くに現れた竜族をぶっ殺して帰ってきたら、今度はクソ猫共がいるとか。

 ああん? もしかして竜族とグルだったのか? いんや、違うよなぁ。

 竜族が猫と手を組むとは思えねぇ。それに、そこに人間がいるもんなぁ。

 んんん? ってぇことは、ただの奇襲? おいおい、なんてこったぁ。

 猫どもが奇襲かよぉ。きゃは、きゃははっ、奇襲奇襲、ふふっ」


 不気味な独り言を漏らす髭面の男を見て、俺はふと思い出した。

 あ、こいつ。

 見たことある。

 確か……えと、誰だっけ?

 なんか、ハイアス和国を襲ってきた盗賊がいたよな。

 山賊だっけ?

 まあ、どっちでもいいか。


「ん? あ? ああ? ええ? ううん? おお? へぇ……はあ!?

 ちょ、ちょい、ちょぉっとおまえ、おまえ! そこの! おまえ!」


 俺を指差して狼狽えている頭領らしき男。

 ぷるぷると肩を震わせている。


「お、おまえ、な、なんだ、なんなんだおまえ!? 何なの、おまえは!?」


 いきなりなんだ?

 俺は片眉を動かしながらも、他の盗賊の動向を見守った。

 動きはない。


「な、なんだよ、おまえ、ど、どんな修羅場潜ったらそんな風になんだ!?

 く、くせぇ、くせぇぞ、おまえはくせぇ! ぷんぷんだ、ぷんぷんだぜ!

 血と死のにおいが充満してやがる……」

「何を言ってるんだ、おまえは」


 場違いな会話は続いている。

 俺と頭領の話の最中も、ディーネやネコネ族達はどうするか逡巡している。

 何が起こっているのか、盗賊達もわかっていない様子だ。

 そう言えばこの男、表異世界でも変な奴だったような。

 しかし、血と死のにおいとは一体……?

 確かに百近くの竜族を殺したし、まだ血のにおいは残っているだろう。

 だが、奴との距離はかなり遠い。 

 それに、たったそれだけであれほどの反応をするか?

 よくわからないが、まともに取り合っても無駄な気もする。

 とりあえず。

 殺すか?


「あ、やっべ、やっべぇ、こいつマジでやっべぇ。

 けど、俺もやべぇよな! そうだな? うん? まあこっちの方が数が多いし?

 さっさと殺しちゃおうぜ! おい、おまえら! そいつ優先でぶっ殺せ!」

「へ、へい!」


 盗賊達が一斉に獲物を抜いた。

 一気に緊張感が高まる中、俺の頭は冷えて行く。 

 ニース達が中に入って十数分。

 それほどの奥行きがあるとは思えないし、後十分くらいで帰ってくるだろう。

 相手の戦力は二十。それほど手練れだとは思えない。 

 竜族よりは弱いはずだ。

 戦法的には数人で一体を倒す感じだっただろう。

 結城さんよりも強いとは思えないし。

 ただ、こちらの数は五人だ。

 数的有利はあちらにある。

 竜族よりも、人賊の方が狡猾さは上だ。

 単純な身体能力で強さを決めるべきではない。

 さて。

 それを考慮しても、だ。

 余裕だな。

 俺は一足先に盗賊に向かい疾走した。

 盗賊達の間に動揺が走る。

 それが消える前に俺の一撃は放たれ、呆気にとられていた盗賊三人を斬り捨てた。

 呻きながら倒れた三つの人影。

 瞬時に死体が三つ生まれる。

 音が止まった。

 俺が剣を振って血を払うと、再びすべてが動き始める。


「こ、殺しゃああああああああっ!」


 頭領が奇声を発すると、全員が俺に向かってきた。

 返す剣で、横方向の盗賊を一掃。

 剣の重量で流れた身体を、盗賊達が狙う。

 が、俺はそれも読んでいた。

 俺は剣を途中で離して、重みを身体に残したまま回転。

 大剣は地面に突き刺さる。

 そのまま水平蹴りで二人の盗賊を転倒させる。

 再び、大剣の柄を掴んで強引に身体を持ち上げる。

 そのまま回転を維持して剣を地面から抜く。

 反転し、剣を抜く初動のままに、盗賊に向けて斜めに振り降ろした。

 盗賊二人の胴体が真っ二つになったが、一人は逃した。

 勢いが足りない。膂力も技術もまだまだだ。


「し、死ね……ぎゃっ!?」


 後方から声が聞こえたが、最後まで聞こえる前に、俺の足が埋まっている。

 回し蹴りに吹き飛ばされた盗賊は樹木に背中をぶつけて失神した。

 剣術は拙いが、体術は得意だ。散々戦って来たからな。

 今、どれくらい倒したっけ?

 俺は油断なく剣を構える。

 確認すると、半数は死んでいた。


「あー、やっべ、やっぱやべぇよこいつぅ。化け物だ、化け物。

 こんなの勝てるわけねぇよ、だろぉ? なあ?」


 仲間達が殺されたばかりだと言うのに、頭領は軽口を叩く。

 盗賊達は戦々恐々として俺を見ていた。

 だが、頭領の言葉を受け、引きつった笑いを浮かべる。


「で、ですね」


 異常な関係性が一瞬だけ浮き彫りになる。

 後方、ネコネ族の男達とディーネは動いていない。

 いや、動けなかったのだろう。

 剣を片手に、呆然と俺を見ている。


「さぁて、どうするか。これは、どうするべきか。

 相手は化け物、こっちは普通の人間。幾らなんでも、無理だよな?」

「そ、そうですね」

「うん、うんうんうーん、うーーん?

 じゃあ、さ、どうするか決まってるよな? うんうん。

 そう、こういう時はな、にっげっるっ!」


 頭領は脈絡なくいきなり後方へ走り出した。

 余裕があった態度だったので、まだ何か手があるのかと勘ぐっていたのに。

 逃げるってなんだよ、おい。

 あまりの手際の良さに、その場にいた全員が反応出来なかった。

 いつの間にか、頭領は姿を消した。

 残された盗賊達は顔を見合わせる。


「へ、へへ、あ、あの、俺達は、ただ頭領の命令に従っていただけで……。

 み、見逃してくれませんかね、へ、へへ」


 卑屈な笑顔を見せた盗賊達を見て、苛立ちを覚えた。

 ネコネ族の集落を襲った奴が、いざ危険になればこんな態度をとる。

 予想はできたが、気に入らない。

 荒事に免疫がないか、平和ボケしている人間なら可哀想だから許せとか言うんだろうが。


「おい、ディーネ」

「は、はひゃい!?」


 俺は盗賊達を睨みながら、ディーネに話かけた。


「こいつらをどうすればいい?」


 盗賊達に直接の関わりがあるのはネコネ族達だ。

 ならば、処断を決めるのも彼女達だろう。

 俺はただの手伝いなのだから。

 ディーネからの返答はすぐだった。


「そ、そいつらは村の物資を奪い、仲間達を殺して、傷つけましたのにゃ。

 こ、殺さないと、仲間達に申し訳が立たないですにゃ!」

「そうか。わかった」


 返答を受け、俺は迷いなく、盗賊達を斬りつけた。


「ぎゃああ!」

「や、やめてくれ! 俺達が悪かった! も、もうしない!」

「た、助けてくれぇ!」


 懇願されても、俺は手を止めない。

 気分が悪かった。だが、当たり前だとも思った。

 人を殺せば、殺される。

 何かをすれば、必ず自分に返ってくる。

 奪えば奪われる。

 そんな当たり前のことをこいつらは忘れていたのだ。

 理由なんて相手には関係ない。どんなことでも結果が優先して考慮されるのだから。


「ば、ばけ、化け物……! ひ、ひぃぃっ!

 た、たしゅ、けて、こ、ころさ、ないで!」

「おまえ達の間違いは、竜族以外の存在を敵に回したことだ。

 殺しておいて奪っておいて、自分だけは安全なところにいようなんて都合が良いだろ?」


 俺は剣を肩に担いで、男に近づく。

 男は恐怖のあまりに、尻餅をついて後退る。

 涙を流し、失禁さえしている。

 あまりに憐れで情けないが、俺の感情には何も訴えかけない。

 俺は無慈悲に大剣をかざして。

 落とした。

 ぐじゅっと水音を漏らしつつ、男は死んだ。

 穴という穴から血を垂れ流して痙攣している。

 俺は剣を振り、血を少しでも払った。

 帰ったらまた手入れしないといけない。

 そう思いながら鞘に剣を納め、振り返った。


「終わったぞ」


 言い放つと、ディーネ達は我に返ったらしい。

 それまで剣を構えた姿勢のまま動かなかった。

 そして、すぐにニース達が洞窟内から出てきた。

 思ったよりも早く出てきたな。


「これは……何があった?」


 ニースがディーネに事情を聞いていた。

 その最中、外にいたネコネ族達は俺をちらちらと見ていた。


「……なんだ?」

「い、いや、何でもない」


 明らかに怯えつつ、視線を逸らした。

 同じか。彼等も。

 俺と竜族との戦いを見ていたと思っていたが、見ていたのはニースだけだったみたいだ。

 そう確信したのは、他のネコネ族達が盗賊の死体を眺め、その後、俺を見ている時に気づいた時だ。

 誰もが同じような顔をしている。

 まるで化け物を見るような目で俺を見ている。

 なんだよ。

 だったら、適度に手を抜いて、綺麗に殺せばよかったのか?

 なんだよそれ。

 殺すこと自体、汚いことなのに。

 おまえ達が望んだからこうして手伝ったのに。

 それで誰も傷つかず終わったのに。

 なんでそんな目をされないといけないんだ。

 苛立った。

 ここまで理不尽な、人を人とも思わないような視線と態度に。

 誰もがそんな顔をする。

 別に、おまえ達に何をしたわけでもない。

 何もしない。

 だけど。

 俺以外のみんなには、俺は人間に見えないのだろうか。


 化け物。


 誰もがそう言った。

 別にいい。感謝されたり、対価が欲しくてここにいるわけじゃない。

 ただ俺がしたいからこうしているだけだ。

 相手を助けても邪険にされることはある。

 こういう状況も、あり得ないとは思っていない。

 でも、それを受け入れられるどうかとは別だ。

 こんな状況で、何も思わないではいられない。

 これはあまりに気に入らない。

 わかっている。

 わかってはいるが、腹は立つ。

 落ち着け。

 憤っても意味はない。

 俺は深呼吸し、感情を抑制する。

 そんな時、俺の肩を誰かが叩いた。


「洞窟内の敵も掃討した。物資も取り戻した。

 頭領は逃がしたみたいだが、十分だ。おまえがいて助かった。

 もしここで倒せていなければ、わたし達は袋の鼠だったからな」


 ニースが淡々と事情を説明した。

 彼女の目だけには怯えがなかった。

 何の抵抗もなく俺と話していたのだ。

 そこに好意はなかったが、それでも普通の対応だった。

 それだけで、少しだけ救われた気がした。


「なんだ? どうかしたのか? まさか怪我でも負ったのか?」

「いや、なんでもない」


 ちょっとした気遣いでさえ嬉しく思うのだから、俺もかなり精神的にキテるな。

 村に戻ったら少し休もう。

 たった数日で俺も、みんなもかなり疲れている。

 さっき少し寝ただけで、それ以外ではまったく睡眠をとっていない。

 じっくり休めば、また気力も満ちるだろう。

 一先ずはそれでいい。

 今は、それ以上は考えなくていいだろう。

 そう思った。

 ネコネ族達が盗賊達の死体を片付けている間、誰も俺には近づかない。

 いや、ニースとディーネは別だった。

 特にディーネは、自分の仕事が終わったのか、俺に纏わりついた。


「いやぁ、びっくりしましたにゃ、あの剣技! 相当な手練れですにゃ?

 竜族との戦闘は見逃していたので半信半疑でしたが、ニース様の言った通り凄腕ですにゃ!」


 矢継ぎ早に話すので、うるさくなって、俺はディーネの顎を撫でた。

 よーしよしよし。


「にゃあああ……ふぇ、ふぇぇ、ふにゃあ……や、やめ……にゃいでぇ……」


 ふふ、なんとちょろい娘か。

 そうして時間を過ごし、片付けが終わると、全員でネコネ族の集落に戻った。

 その間も、俺に向かう視線は友好的ではなかった。


   ●□●□


 集落に帰還した時には朝になっていた。

 たった一夜だが、死と隣り合わせの時間を過ごしたネコネ族の人達も、顔に疲れが見えた。

 集落内には、討伐に向かった男達の家族が帰りを待っていた。

 誰もが、夫や父や兄や友人や恋人の無事を喜んだ。

 俺には誰もいないが。


「みんなよくやってくれた。特にクサカベ。おまえは人間なのに、我々を助けてくれた。

 感謝している。約束通り、他の人間の安全は保障しよう。

 みんなもご苦労だった。これで村にも平穏が訪れるだろう。

 それでは各自、今日は休んでよし。解散!」


 ぞろぞろと家へ入って行くネコネ族の人達。

 家族と談笑し、仲間と肩を叩き合う。

 談笑し、喜び、互いの絆を確かめる。

 そこに俺の隙間はなかった。


「あれですにゃ、クサカベっちはあれですにゃ」

「クサカベっちってなんだよ」


 言い返したが、無視された。

 ディーネはうーん、と唸りつつ言葉を繋げる。


「不器用ですにゃ。いや、器用すぎるのですかにゃ?

 んー、そういう問題でもないような気もするでもないですにゃ」

「何が言いたいんだよ」


 わけがわからないが、とりあえずディーネの言葉に相槌は打っておいた。


「はて、ウチもよくわかりませんにゃ。まっ、一つ言えることはですにゃ。

 ウチはクサカベっちのことを嫌いじゃないみたいですにゃ。嬉しい?」


 正直、嬉しくないこともない。


「別に」

「にゃふふ、そうですかにゃ。ほんじゃ、またですにゃ」


 ディーネは気軽に俺の背中をポンポンと叩くと、立ち去った。

 なんだろうな、あいつ。

 よくわからないが、いい娘だとは思うな。


「クサカベ」


 振り返ると、ニースが仏頂面で立っている。


「よくやってくれたな。予想ではかなり少し手こずると思っていた。

 やはりババ様の占いは当たっていたようだな。

 おまえのおかげで被害はなかった。助かった。礼を言おう」


 確かに俺がいなければ、ネコネ族に被害が及んでいただろう。

 これはババ様の占いの結果なんだろうか。

 ちょっと肩すかしな気もするけど。


「こちらも条件を提示してるからな。感謝はいらない。約束を守ってくれさえすればいい」

「わかっている。その代わりにおまえの条件を飲むつもりだ。ただ――」


 ニースは言い淀む。

 動揺している、のか?


「ただ、なんだ?」

「いや、すまない。忘れてくれ。とにかく、おまえも休め。

 かなり疲弊しているみたいだ。顔色が悪いぞ」


 俺は思わず自分の顔を触った。

 鏡を見る暇もなかったし、この世界では美麗な鏡はあまりない。

 ひと眠りすればまた、快調になるだろう。


「では、明日」


 言うと、ニースはババ様の家に入っていった。

 ん? そういえばニースの無駄に広い家が、この集落にはないな。

 ババ様と暮らしているんだろうか。

 表異世界では、子守りのようなこともしていたが。

 ここはあそことは違うのだ。

 いい加減、そこは理解しないといけない。

 みんな家に入ってしまった。

 がらんとしている。

 一気に静かになった。

 なんだか世界に一人、置き去りにされたような感覚になった。

 その時、気づいた。

 遠く、奥側の広場に誰かが立っている。

 奥の広場には、結城さん達が寝ているはずだが。

 誰か起きているのか?

 よくよく見ると、それは莉依ちゃんだった。

 無言で俺を見つめ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 俺は、彼女が近づくまで待つことしかできない。

 俺の目の前に移動した莉依ちゃんは、俺を見上げた。

 澄んだ瞳、一切の曇りのない双眸が俺に向けられている。

 なぜか、俺はその視線に動揺した。

 思わず視線を逸らしたが、不意に袖が引っ張られる。

 莉依ちゃんが俺が着ている服の袖を掴んでいた。

 彼女の顔を見ると、再び俺を見上げていた。


 口がほんの少し動いた。

 何か言おうとしている?

 だが、言葉にはならず、読唇もできない。

 結局、莉依ちゃんが何を伝えたいのかはわからなかった。

 だが、何かを伝えようとしたことはわかった。

 手から伝わる僅かな感覚があるからか、彼女の行動を悪い方向には考えなかった。

 思い込みかもしれない。勘違いかもしれない。 

 だが、人間で唯一、俺のことを気遣ってくれただろう莉依ちゃんの気持ちが嬉しかった。

 別にいいんだ。

 俺は、俺の勝手でここにいるんだから。

 莉依ちゃんが、俺に好印象を持っていないことはわかってる。

 だから、これくらいの勘違いは許してくれ。

 少しでいい。ほんの少し。

 誰かが、俺の行動を肯定してくれていると思いたかった。

 莉依ちゃんは結局、諦めてしまったようで視線を落とした。

 そのまま俺の袖を引き、奥の広場まで移動した。

 みんな寝ており、誰も起きていない。

 疲れがたまっていたのだろう。

 集団から少し離れて場所で莉依ちゃんは座った。

 俺も座ろうと思ったが、近くだと気を遣わせるかもしれないと、距離を取って座った。

 微妙な距離感。

 二人程度の間隔がある。

 俺は集団から外れた場所にいる。

 そこで大剣を置いて、横になる。


 疲れた。


 もう、休みたい。


 十分頑張っただろ。


 だから。

 休んでもいいよな。

 そう思うと、すぐに眠りについた。 

 

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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