言葉
服を脱ぎ棄てて、井戸水で身体を洗う。
血の臭いは完全には流せないが、かなりマシになった。
汚れた大剣も水で洗った。
何枚か貰った手拭いで身体と大剣を拭き、新しい服に着替える。
こういう時、シャンプーとかボディーソープとか欲しくなる。
水洗いだと、しつこい汚れは中々落ちないし、数日はこの状態で自然に落ちるまで待たないといけない。
長い異世界生活で慣れていないことの一つでもあった。
「終わったぞ」
沐浴を終えると、木陰で待っていたニースと莉依ちゃんに声をかけた。
当たり前だが、彼女達は俺の姿が見えない位置で待機していた。
男の裸なんて見たくないだろうけど。
少しすると、二人の姿が視界に入った。
「……思ったより、若いな」
「なんだ? もっとおっさんかと思ったか?」
「纏う空気と、あの見た目だったからな。そう思っても不思議はないだろう?」
俺の所業を考えれば、そう思うのも無理はない、か。
それに大人達を率いるにはある程度、歳をとっている方が適任というのが一般的だ。
ニースの考えはわからなくもなかった。
「で? 戻るのか?」
「いや、ここで話がしたい。そこの娘は……」
「ああ、この子、莉依ちゃんって言うんだけど、色々あったみたいで話せない。
問題があるんなら、結城さん、さっきの子のところに戻って貰うけど」
「いや、構わないだろう。どうせ、全員に伝えるだろうからな」
ニースは樹木に体重を預けて、腕を組んでいる。
目を伏せ、複雑そうな顔をしている。
「おまえは相当に腕が立つみたいだ。一応聞くが、他の連中は戦えるのか?」
「戦えない。結城さんは多少戦えるけど、竜族一体を殺すのも厳しいくらいだろうな。
他の連中は、自衛もままならない程度だな」
ニースの眉間に皺が生まれる。
「そうか、やはりな。さっきの状況を見れば、多少は想定できたが。
おまえがリーダーだと聞き、余計に理解できた」
「何が言いたい?」
「別に。おまえの仲間のことだ。わたしには関係ない」
もやもやするような言動だったが、俺は言及しない。
何となく察していたからだ。
「話を戻そう。まずは、わたし達の状況を端的に話す。
わたし達、ネコネ族は独自の魔術が使える。
先ほどの、隠滅魔術やこの村を覆う結界のことだ。
その力で何とかこの地に隠れ住んでいる。
竜族侵攻後もそれは変わらなかったが、ある時、盗賊がこの集落を襲った」
「人の、か?」
「人の、だ。集落には結界が張られ、普通の人間にも竜族にも気づかれない。
だからわたし達はまだ生きている。だが、なぜか奴らには気づかれた。
理由はわからないが、何かの方法でわたし達の存在を認識できるらしい」
ニースは一拍置いて、再び言葉を紡いだ。
「一度の襲撃は防いだ。しかし一部の仲間は戦死し、傷を負った。
その時に、ババ様も傷を負ってな」
「それで、さっき腹を押さえていたのか」
「いや、あれは単に歳を考えずにはしゃいだせいだ。傷はほぼ完治している」
「……そっすか」
やっぱりババ様はババ様だな。
ほんと、何やってんのあの人。
「とにかく戦力が足らない。次に襲われれば耐えられないだろう。
そこでおまえ達が現れた。ババ様が占った結果、おまえ達を村に迎え入れ、手伝わせることで窮地を脱することができるらしい」
「的中率は六割らしいけどな」
「そう、六割だ。だがババ様曰く、おまえ達が現れる前に占っていたらしい。
実際、おまえ達が現れた。だから信憑性は高い、とババ様は考えているようだ」
「……あんたはどうなんだ?」
「今すぐ、おまえ達をこの場から追い出したいな」
ニースは即答し、俺を睨んだ。
盗賊の件があるから余計に人間嫌いになったんだろうか。
元々、嫌いだった可能性もあるけど。
とにかく、ババ様の占いのおかげで、俺達は助けられたということらしい。
一先ずは、助かったわけだが、俺は思案する。
盗賊の戦力がどうという問題ではない。
戦える人間が俺以外にいるだろうか。
結城さんは、はっきり言って戦えるとは思えない。
なぜなら相手は人間だからだ。
竜族であれば、多少の助力はできるだろう。
だが彼女が俺の知っている結城さんならば、間違いなく人を殺したくないと思うだろう。
それに加え、他の人間は戦うことさえできないだろう。
剣を与え、覚悟を教え、状況で理解させ、それでも無理だったのだ。
戦おう、抗おうという意思は彼等にはなかった。
俺が助けなければ、誰も戦わず、逃げることもせずに死んでいただろう。
もちろん、ただの人間が竜族に勝てるはずがない。
俺が言っているのは心持ちの話だ。
死にたくない。だから抗うという心の強さ。
それが彼等にはない。まだなのか、それとも微塵もないのか。
少なくとも、今の彼らにその覚悟はない。
期待はしていたんだが、無理な話でもあった。
仮初めの平和で生きていた人間が、数日で心を入れ替えることは困難だ。
ショック療法的に、実地体験をさせたつもりだったが。
結果は裏目に出たようだった。
まだ、結論を出すには早いかもしれないが。
「で、どうだ。この要求に従えないなら、すぐに出て行ってもらうが」
「もちろん受ける、けど」
「けどなんだ?」
他の人間は戦えない。だが助力しなければ俺達は追い出される。
ニースの提案は対等で真っ当だ。
断る理由はないが、彼女の期待に応えられるかは別問題だ。
ここを転機に、みんなに戦いを強いるか?
無理だ。無理だから、彼等はここにいるのだ。
戦う力がないと、ここ数日で気づいてしまった。
彼等はただの人。抗う力のない人。
戦争下でも民兵になれない人は多いし、戦えない人も少なくない。
彼等はそういう人種だった、それだけの話だろう。
リーンガムで、結城さんに調達係を任せていた状況とは違う。
危険を承知で協力することと、ほぼ間違いなく死ぬ状況へ赴くことは別なのだから。
「戦える人間は俺だけだ。それでもいいのなら」
「構わん。むしろ、おまえに頼んでいる。他の人間には期待していない」
「そうか。だったらこちらからも頼む」
俺は満足しながら頷いた。
光明が見えてきた。絶望の中でも、必ず希望はある。
諦めなければ、抗い続ければその可能性は生まれるのだから。
「おまえは、それでいいんだな?」
「どういう意味だ?」
思いもよらぬ問いに、俺は訝しがってしまう。
何が言いたいのか理解できず、ニースの顔を眺める。
何か、怒っているような気がする。
「おまえはそれで満足かと聞いている。理解出来ないな。あんな連中を助ける理由が。
家族でもいるのか? それとも、あの娘辺りが恋人なのか?
あるいは恩義があるのか? 誰かに世話を頼まれたのか?」
「……いいや、そのどれも違う。俺が、彼女達と会ったのはここ数日の話だ」
実際、結城さんと莉依ちゃんとは深い関わりがある。
だが、それは表異世界の話で、この裏異世界で彼女達と会ったのは数日前。
ニースは不思議そうにしている。
「ならば、余計にわからない
理解に苦しむな。おまえほど強ければ一人で生きていけるだろう。選択肢は幾つもある。
残存している主力部隊が、トッテルミシュア辺りに集結しているという噂がある。
そちらに行けば、竜族への対抗の主戦力となれるかもしれない。
それほどに、おまえには力がある。竜族を殺せる人間自体が希少だからな。
それがなぜ、こんな場所であんな奴らの世話をしている?
足を引っ張られ、助けても、あんな態度をとる奴らに」
「……見ていたのか?」
「当然だ。悪いが、お前が一人で戦っている間も、わたしは隠れ見ていた。
敵か味方かわからないし、仲間達を危険に巻き込みたくはないからな」
ニースは、一連の流れを見ていたということらしい。
なるほど、だから事情を察しているのか。
しかしなぜニースがそんな質問をするのかわからない。
俺はふとニースの顔を眺める。
ああ、そうか。だから怒っていたのか。
俺は思わず噴き出した。
「何がおかしい」
「いや悪い。ニースは優しいんだな、と思ってね」
俺は耐えきれず笑みを漏らした。
ニースは怪訝そうにしながら、言葉の意味を理解したらしく、顔を赤くして叫んだ。
「べ、別に、おまえのことなんかどうでもいい!
ただ、何となく気に入らなかっただけだ!」
その言い方、態度、反応が、やはりニースなのだと思わせてくれた。
普段の言葉遣いや、厳しい態度は違うが、それでも彼女はニースなのだ。
それが嬉しくて、笑ってしまった。
「わ、笑うにゃ! 笑うなって言ってるにゃ!」
あ、にゃって言った。
やっぱり無理していたんだ。
ニースは思わず、にゃって言ってしまう娘だったしな。
ネコネ族自体がそういう種族だけど。
「ん? にゃ?」
俺は思わずニヤニヤとしながら、ニースに聞き返した。
更に顔を赤くして、ニースは地団駄を踏む。
「う、ううう、うるさい! と、とにかく、盗賊達の住処はすでに調べがついてる!
出発は今日の夜! 疲れてるとか知らんからな! し、しっかり休め!
毛布とかは貸してやるからにゃ!」
恥ずかしさと怒りからか、ニースは言いたいことだけ言って立ち去ってしまった。
その後ろ姿が、見慣れた彼女の姿だとわかり、俺は喜色を顔に滲ませる。
過去、ニースの言動で、どれほど励まされたかわからない。
その一端を垣間見たおかげで、少しだけ元気が出た。
元気が、出た?
あれ? 俺、もしかして疲れてたのか?
思いの外、精神的に疲弊していたのだろうか。
だったとしたら、ニースに感謝だな。
そう思った時、視界の端にいた莉依ちゃんがスッと俺の傍に歩み寄る。
無言で俺を見上げる彼女の瞳は澄んでおり、吸い込まれそうだった。
互いに言葉はなく、見つめ合う。
なぜか途端に気まずくなって、俺は視線を逸らした。
「どうした?」
問うが、答えはない。
だが、莉依ちゃんは俺の後方を指差した。
「ん? 戻ろうってことか?」
莉依ちゃんはコクリと頷く。
ふむ。最初に比べると意思の疎通ができている気がするな。
言葉が出せないだけではなく、莉依ちゃんは感情の起伏があまりないように見える。
だが言葉は理解しているし、意思はある。
それでも、意思の疎通をあまり図らない様子だった。
今日は自分で行動し、何かを伝えようとしているように見えた。
莉依ちゃんの心にも何か変化があるのだろうか。
できれば、普通に話したりしたいけど。
とにかく、盗賊を討伐しなければならない。
結城さんや、みんなに話すか?
……いや、別にいいか。
無駄に心労をかける必要もないし、言ってどうなるものでもない。
結城さんは、気を遣うだろうし。
他の連中も、手伝うなんて言わないだろうし。
だったら言わなくてもいいだろう。
俺は大して考えずに、結論を出した。
そう言えば、なんで莉依ちゃんは俺と一緒にいたんだろうか。
その理由が思い浮かばず、二人で広場にいるみんなの下に戻った。




