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あのスタバの死神の姪が、おじさんのヨレヨレのコートを羽織って二代目探偵になる  作者: ルツ


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8/12

氷壁の微笑と、ココアの熱

ジリジリと遠くから迫っていた無数のサイレンの音が、一気に名鉄尾西線・山崎駅の静まり返った田園地帯を赤く染め上げていった。 

豪雨の夜霧を乱暴に切り裂き、稲沢署のパトカーが十数台、織物廃工場のロータリーへと雪崩れ込んでいく。

赤色灯の禍々しい光が、雨に濡れる遮断機や古い織機の残骸を不気味に浮かび上がらせていた。

「おい、人質は無事だ!」

「犯人グループは全員、謎の制圧を受けて気絶している!……待て、この男の懐にある封筒はなんだ!?」 

突入した捜査員たちの驚愕の怒号が、遠くから雨音に混ざって聞こえてくる。 

それは、凛の描いた裏のチェス盤が完全に嵌まった瞬間だった。 

桐生冴子が単独でアジトを割り出し、被害者の女子高生を無傷で保護。

さらに、当時の上層部が保身のために隠蔽し続けていた『本物の重大事件の捜査資料』を犯人の懐から現行犯で押収した――。 

形式的には、彼女はただマニュアル通りに現場へ突入し、目の前にある証拠を正当に押さえただけ。だが、その事実が明日、新聞や世論にリークされれば、身内の隠蔽工作を白日の下に晒されたキャリア組のライバルたちは一瞬にして出世街道から引きずり下ろされる。

代わりに、組織の不祥事を正した桐生冴子を、上層部は世間の怒りを鎮めるために刑事課長の椅子を用意して迎え入れるしかなくなるのだ。 

誰も法を犯していない。ルールの死角を突いた、完璧な合法の大手柄。 

おじさんの遺した割に合わないお節介のケツを、二代目の私が最高の恩返しで拭いきった証明だった。 

二十四時十五分。 

激しい雨がトタン屋根を叩く、名鉄尾西線の山崎駅の寂れた無人ホーム。 

私は、おじさんの大きすぎるトレンチコートに身を包み、冷え切った身体を震わせながらベンチにぽつんと座っていた。

隣には、フラペチーノの空コップを片手に持ったメイリンが、満足そうにお団子頭シニヨンを揺らしている。 

全身泥まみれで、後ろ回し蹴りを放った右足の太ももがズキズキと熱く痛んだ。 

カツン、カツン、と。 

夜霧の遮断機の向こうから、一糸乱れぬ規律正しい、だけどどこか焦ったような足音が近づいてきた。 

見上げると、そこにはパトカーの喧騒を背にして、ベージュのトレンチコートを濡らした桐生冴子が立っていた。

彼女のシャープな美貌はいつも通り「稲沢の氷壁」のままだったが、その手には、自販機で買ってきたばかりの、湯気を立てる一本のアルミ缶が握られていた。 

ピトッ。

「……うにゃっ!?」 

冴子さんは無言のまま、その温かい缶ココアを私の冷え切った頬へと、容赦なくピタリと押し当ててきた。

あまりの熱さに変な声が出た私を見て、彼女の口元が、ほんのわずかだけ、悪戯が成功した子供のように優しく緩んだ。

「……余計なお節介よ、二代目」 

冴子さんは私の隣に腰掛け、缶ココアを私の手の中に握らせると、静かに雨の線路を見つめた。

「あんたが仕込んだあの犯人の懐の茶封筒……。あれのせいで、明日の本署の朝礼は文字通りの地獄絵図よ。上層部のキャリア組の連中、顔を真っ青にして私の課長復帰の手続きを始めて着手してるわ。……全く、ゆタカよりは、ずっと上等で、ずっとタチの悪いハメ手を使うじゃない」

「フン、おじさんは冴子さんのことを冷たい女だって誤解したまま逝っちゃったからね」 

私が温かいココアを一口啜り、おじさんのコートの襟をぎゅっと握り締めながら呟くと、冴子さんはふいに、遠い目をして寂しそうに首を振った。

「……いいえ。あいつは、全部知ってたわよ」

「え?」「あの夜、私が豊に手錠をかけた時……あいつ、私に『ワンモアの二杯目のコーヒーは、もうすっかり冷めちまったよ』って言い残したの。私はその時、あいつが私を恨んで言ったんだと思ってた。でもね、今なら分かるわ。あいつは私が裏で自分を逃がそうとしてたことも、そのせいで私が全部の泥水を被って降格されることも、最初からすべて見抜いていたのよ」 

冴子さんは、慈しむような目で、私が羽織っている大きすぎるトレンチコートを見つめた。

「『二杯目のコーヒーは冷めた』んじゃない。あいつはね、『自分の分のコーヒー(人生)はもう終わりだから、お前が代わりに、残された凛に温かい二杯目を渡してやってくれ』って、私に最後の特大のお節介パスを置いていったのよ。……あいつは死ぬまで、最高にへそ曲がりで、最高に私のことを分かってくれていた優等生だったわ」 

冴子さんの言葉に、私の胸の奥が、缶ココアの熱さとは違う、痛烈な温かさで満たされていくのが分かった。 おじさんは誤解なんてしていなかった。すべてを知った上で、自分の「深愛」のために上海へ渡り、同時に、残される私のために、冴子さんという最高のお姉さんを「二杯目の温もり」として繋いでいってくれたのだ。

「生意気言うようになったわね、凛」 

冴子さんは愛おしそうに手を伸ばすと、私の少し濡れた髪を、本当の妹の頭を撫でるように優しく、何度も何度も撫でてくれた。

「いいわ。そこまで言うなら、これからこの稲沢で無茶をする時は、私のマニュアル(目の届く範囲)の中でやりなさい。あんたの焼く割に合わないお節介のケツは、今度は刑事課長の私が、合法的かつ完璧に守ってあげるから」

「……うん。よろしくね、冴子お姉さん」 

凛が席を立ち、メイリンと共に「じゃあね!」と手を振って、ユタカさんの待つタクシーへと走っていく。 

一人ホームに残された桐生冴子は、去りゆく二代目の小さくて、だけど確かにおじさんの面影を宿した背中を見つめながら、夜霧の空へ向かって、誰にも聞こえないほどの優しい声でポツリと呟いた。

「……豊。あんたの遺していった二杯目のココア、すっごく温かいわよ。……だから、そっちのサードプレイスで、安心して見てなさい」 


おじさんのコートを羽織った強い女の子が、温かいココアを手に街の日常を守る物語が、今、確かに走り出したのだ。

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