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あのスタバの死神の姪が、おじさんのヨレヨレのコートを羽織って二代目探偵になる  作者: ルツ


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4/14

稲沢の氷壁と、不器用な襟足

 雨に濡れる名鉄尾西線の山崎駅周辺は、街灯の数もまばらで、鬱蒼とした夜霧がどこまでも平坦な田園地帯を白く包み込んでいた。 

ユタカさんのタクシーを途中で降り、犯人グループが潜伏しているとされる古い織物廃工場の下見をしていた私は、背後から近づく静かな、しかし規律に満ちた規則正しい足音に、本能的に息を止めて振り返った。

 バラストの砂利をしっかりと踏みしめて立っていたのは、一足の磨き上げられた黒い革靴。 

そしてその上に佇んでいたのは、警察の制服ではなく、地味なベージュのトレンチコートを着た女性――桐生冴子だった。  

薄暗い街灯の光に照らされた彼女の容姿は、刑事課長から降格された今でも、ハッとするほど鋭く、美しかった。

だが、そのシャープな目元から放たれる眼光は、署内で「稲沢の氷壁」と恐れられている通りの、一切の妥協を許さない冷徹さに満ちていた。

「……サイズが合ってないわよ、二代目」 

冴子さんは俺が羽織るおじさんの大きすぎるトレンチコートを一瞥すると、フッと冷たく鼻で笑った。

「左神豊が世界の果てで死んで、今度はその姪が探偵ごっこ? 命がいくつあっても足りないわ。ここはあんたのような素人が首を突っ込んでいい現場じゃないの。……大人しく、そのハゲのタクシーに乗って名古屋へ帰りなさい」 

突き放すような、氷のように冷たい言葉。

 だが、おじさんの手帳の文字を真に受けていた昨日までの私なら、その言葉に腹を立てて引き下がっていたかもしれない。けれど、今の私は違う。

 冷酷に私を追い返そうとする冴子さんの指先。そのトレンチコートの袖口は、被害者の女子高生を救うために、警察の誰もがまだ目を向けていないこの西の最果ての泥濘を、一人で何時間も歩き回っていたかのように、激しく泥で汚れていた。

 組織の理不尽な降格人事によって窓際に追いやられ、部下も動かせない一平卒の身に落とされながらも、彼女は腐るどころか、マニュアルの奴隷になるどころか、目の前の小さな命を救うために、誰よりも泥臭く、真っ直ぐに現場を這い回っていたのだ。(……この人は、おじさんと同じだ)

 私の胸の奥で、カチリと小さく、熱い火花が散るような音がした。 

冷たい正論の仮面を被って、規則やマニュアルを盾にしながらも、その本質にあるのは、誰よりも泥臭く、誰よりも真っ直ぐに誰かを守ろうとする、不器用なほどの人情。  

この街の警察には、こういう人が上に立っていなきゃダメなんだ。

出世や保身のために都合の悪い真実を隠蔽するような奴らじゃなく、この冴子さんのような真っ直ぐな人が、組織のトップにいなきゃいけないんだ――。 

おじさんの恩返しという受動的な理由じゃない。 

この街の日常サードプレイスを守るために、私が私の意思で、このお姉さん刑事をもう一度あるべき場所へと押し上げる。私の胸の中に、探偵としての、初めての能動的な信念がはっきりと点火した瞬間だった。

「嫌だよ、冴子さん。わたしは帰らない」

 私は一歩前に踏み込み、おじさんのコートのポケットに両手を突っ込んだまま、彼女の氷の瞳を正面から見据えた。

「おじさんの手帳にはね、冴子さんは絶対に一度交わした約束を曲げない人だって書いてあった! 私はおじさんの残したその絆を信じる。だから、わたしもこの事件を絶対に諦めない!」

「……相変わらず、左神の血筋はどいつもこいつも、割に合わないお節介ばかり焼くのね」 

冴子さんは呆れたように深くため息を吐くと、一歩近づき、私の胸元へと無造作に手を伸ばした。 

身構える私を無視して、彼女の細い指先が、おじさんの大きすぎるコートの、だらしなく折れ曲がっていた襟足を、まるでお姉さんが妹の服を正してやるように、優しく、そして丁寧に真っ直ぐに直してくれた。

「……三分だけよ」 

冴子さんは私の耳元に顔を寄せ、周囲の夜霧に溶けるような、極小の低い声で囁いた。

「三分だけ、この西の無線を合法的につぶしてあげる。……もし怪我をして帰ってきたら、私がそのヨレヨレのコートをハサミで切り刻んで、ゴミ箱に捨ててあげるからね、凛」

 お姉さんのような不器用な優しさと、冷たい警告。 すれ違いざまにそう言い残すと、桐生冴子は再びトレンチコートの裾を翻し、夜霧の立ち込める尾西線の暗闇の中へと、静かに姿を消していった。

 おじさんの遺した「哀しいすれ違い」を、私が「最高の恩返しと、正義のバトン」で塗り替える。

年の離れたお姉さん刑事との、新しいバディとしての確かな秒針が、稲沢の雨の中で激しく動き出そうとしていた。

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