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あのスタバの死神の姪が、おじさんのヨレヨレのコートを羽織って二代目探偵になる  作者: ルツ


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3/12

手帳に残された『生徒会長』の頁

 大須の半グレを回し蹴りでゴミ箱ごと粉砕した翌日の夕方、私は再び、ハゲのユタカ(ゆたカ)さんが運転する古い個人タクシーの後部座席に揺られていた。 

ワイパーが激しく往復するフロントガラスの向こう、夕闇に沈む江川線をひたすら北上し、車は世紀の境界線――愛知県稲沢市へと向かって、狂ったように水飛沫を上げて走り続けている。

 車内を満たすのは、ユタカさんが吸う安煙草の紫煙と、シートの隙間から漂う古い埃の匂い。

そして、私がマウンテンパーカーの上から羽織っている、おじさんのヨレヨレのトレンチコートの、重たくてどこか冷たい布地の感触だけだった。

「凛ちゃん。手帳はめくってみたかい。……豊の奴が、稲沢にどんな『お節介の種』を撒いていったのか」

 ハンドルを両手で強く握り締めながら、ユタカさんがバックミラー越しに私に目を向けた。そのハゲ上がった頭には、ダッシュボードの青いインジケーターの光が鈍く反射している。

「うん。……でも、これ、本当におじさんが書いたのかな」 私は膝の上で、おじさんが遺したボロボロのシステム手帳を開き、その『稲沢』のページを指先でなぞった。

『桐生冴子。中学の生徒会長。規則にうるさい冷たい女。俺を逮捕して手柄にする気だ。お節介の対価:特になし(いつも怒られる)』 

殴り書きされた、おじさんの歪んだ筆跡。そこには、数ヶ月前に地上二百メートルのゲートタワー最上階で、自分に冷たい手錠をかけた女性刑事への、剥き出しの誤解と恨み節が書き残されていた。

だが、そのページの最下部、厚紙の繊維が擦り切れるほどの筆圧で、小さく、一言だけ書き添えられた文字列が、私の目を捉えて離さなかった。

『――でも、あいつは絶対に、一度交わした約束だけは曲げない。』 

おじさんは、桐生冴子という女の真意を「冷酷なマニュアルの奴隷」だと誤解したまま、上海の炎の中に消えていった。

だが、私は知っている。彼女が、おじさんという脱獄囚を世界の果てへと逃がし、本当の『良心』を救わせるために、警察官としての自分のキャリアも、築き上げてきた誇りも、そのすべてを天秤にかけて、あの日、檻の鍵を合法的かつ意図的に緩めてくれたという真実を。

「豊の奴は、冴子のことを冷たい女だと思い込んで死んジまったがな、凛ちゃん」 

ユタカさんが煙草の灰を窓の外の雨の中に弾き、苦い声を絞り出した。

「あいつは豊を逃がしたあの日、捜査本部の全責任を一人で泥水ごと被らされてな。刑事課長から一平卒の『平刑事』にまで降格処分を食らって、今じゃ稲沢署の窓際に追いやられてるよ」 

ユタカさんの言葉を聴いた瞬間、私の胸の奥で、冷え切ったスタバのブラックコーヒーよりも苦い感情が、静かに、しかし激しく沸き上がってきた。 

おじさんのために、すべてを失ったお姉さん刑事。 

マニュアルを誰よりも愛していたはずの優等生が、おじさんの焼いた割に合わないお節介のケツを拭うために、いまも稲沢の冷たい窓際で泥水を啜っているのだ。 

――だったら、今度は二代目の私の番だ。 

私はポケットの奥で、今回もたらされた新しい依頼書の紙片を強く握り締めた。 

稲沢市内の資産家の娘である、現役女子高生の「誘拐身代金事件」。

犯人グループは警察の最新鋭のデジタル捜査網の死角を完璧に突き、尾西線沿いの古い織物廃工場へと人質を監禁している。

警察の主力は、犯人たちの仕掛けたダミーデータに踊らされ、未だに名駅周辺の捜査にリソースを割いていた。 おじさんの手帳の裏には、警察上層部が過去の重大事件で犯した致命的な「捜査隠蔽の内部データ」のありかを示す、スタバの古いレシートの裏の暗号が書き残されていた。

出世に目が眩んだ当時の上層部が保身のために握り潰し、そのせいで今回の誘拐犯のような半グレの野放しを許してしまった、絶対に表に出てはならない組織の歪み。

「ユタカさん。……今回の事件、すべての『手柄』を、冴子さんに譲る。私が影から一方的にチェス盤をひっくり返して、あの人を、もう一度あるべき場所へ押し上げてみせるよ」

「ククク……、言うようになったじゃねえか、二代目」 ハゲのユタカが、バックミラーの向こうで最高にシブい笑みを浮かべた。 

おじさんの遺した哀しいすれ違いの絆を、私が「最高の恩返し」で塗り替える。

車は激しい水飛沫を上げながら、西の最果て、名鉄尾西線の暗い鉄路の境界線へと突入していった。

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