氷壁のラスト・アシスト(合法的システムハック)
「各班、ターゲットは国際線コンコースを抜けて、国内線の乗り継ぎロビーへ向かっている。神楽坂の残党どもが武器を抜く前に、速やかに包囲せよ」
私の耳の奥のインカムから、名東署や臨空署の警察無線を傍受するハゲのユタカ(ゆたカ)さんの、かつてないほど緊張した声が飛び込んできた。
二十一時二十分。
セントレアの構内は、海外マフィアの暗殺者たちと警察の私服警官たちが一般客の波に紛れ、互いに引き金に指をかけながら怪物の影を追う、最悪の戦地と化そうとしていた。
もしこの広い旅客ターミナルで一発でも銃声が響けば、その瞬間に何千人もの人々を巻き込んだ、あのゲートタワーの爆破事件を超える大惨事が引き起こされてしまう。強くないおじさん(左神豊)なら、また自分が泥水を被って警察の前に飛び出し、囮となって捕まるシナリオを選んでいたかもしれない。
だが、二代目の私の後ろには、警察組織のルールを誰よりも知り尽くした、最高にシブくて格好いい『お姉さん』が控えていた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!! その瞬間、セントレアの全構内に、鼓膜を激しく引き裂くような非常災害警報ブザーの大音響がけたたましく鳴り響いた。
天井の防火シャッターが重い金属音を立てて閉まり始め、旅客ゲートの自動改札機が一斉に安全のために緊急開放される。
『警報、警報。ただいま国際線手荷物検査場付近にて、不審物、および有害な化学物質の付着が検知されました。利用客の皆様は、誘導員の指示に従い、直ちに北口ロータリー及び旅客ホーム側へ避難してください!』 各言語で繰り返される無機質な自動アナウンスが響き渡り、平和に搭乗を待っていた何千人もの群衆が、一瞬にしてパニックの濁流となって駅の出口やロータリー側へと殺到し始めた。
「な、何だ、バイオテロか!?」
「避難しろ! 人を押し戻せ!」
ドッと押し寄せる群衆の圧倒的な肉の壁が、国際線コンコースへ突入しようとしていた名東署の警察官や、神楽坂の海外マフィアたちの進路を強引に塞ぎ、彼らを木の葉のように揉み流していく。
これこそが、本庁への栄転を目前に控えた稲沢署の刑事課長――桐生冴子お姉さんが、自らの全キャリアを賭けて仕掛けた、人生最後の【合法的システムハック(避難誘導)】だった。
彼女は『セントレア内にて不審物の可能性を感知』という、事実に基いた正当な防災マニュアルの緊急指示を本署の通信指令室の端末から起動させただけだ。警報が鳴れば、ルール通りに改札は全開放され、一般客の安全確保のためにすべての警察官は避難誘導に回らなければならない。冴子お姉さんは法を何一つ破らず、ただルールの死角を百パーセント完璧に突いて、すべての目を旅客ホーム側へと偏らせ、私たちに『国際線コンコースの死角』を完璧な空白地帯(舞台)として開放してくれたのだ。
「……さすがは冴子お姉さん。人生最後のルールの使い方も、最高にエグいわ」
私はおじさんのコートの襟をバッと立て、インカムに向かって叫んだ。
「千影さん、メイリン、今のうちにコンコースの奥へ走るよ! 冴子お姉さんが作ってくれた三分間の空白、一秒だって無駄にしない!」
「了解アル、二代目! 殺しはしないけど、あそこの黒スーツの男たち、全員まとめてセントレアの備品にしてあげるネーッ!!」
メイリンがお団子頭を激しく揺らし、千影さんと共に、非常灯の真っ赤な残光が渦巻く密閉されたコンコースの暗闇へと、弾丸のような速度で滑り込んでいった。
朝七時に更新されるシーズン1(おじさん編)で、おじさんが玲那を世界の果てへと逃がすために一人で血を流した、あの孤独なチェス盤。それが、夕方更新のこのシーズン2で、私の能動的な正義を支えるための最高に頼もしい『お姉さんの正義のバトン(マニュアル)』となって、セントレアの夜を完璧に支配しようとしていた。




