七宝焼(ガラス)の嵐と、不殺のメイリン
警察の網が「合法的」に南の蟹江方面へと引き剥がされた瞬間、あま市七宝町の暗い旧街道沿いに佇む木造倉庫は、雨音だけが支配する無機質な処刑場へと反転した。
木造の引き戸を音もなく滑り開け、私とメイリンは埃っぽい倉庫の内部へと滑り込んだ。
天井の梁から吊るされた裸電球が、中央に停められた大型の密輸コンテナトラックの白い車体を不気味に照らし出している。
その周囲には、木箱に詰められた高価な古美術品や、盗み出されたはずの明治時代の『幻の七宝工芸絵皿』を収めた特製のジュラルミンケースが、出荷を待つ墓標のように静かに並んでいた。
「誰だッ!? サツの回し者か!」
トラックの陰から、上着の内懐に手を忍ばせた男たちが、鋭い足取りで姿を現した。
その数、五人。彼らは海外のマフィアとも繋がる、国際的美術品窃盗グループのプロの戦闘員たちだった。
男たちは変装のフードを被る私の姿を見るなり、迷いなく特殊ナイフの冷たい刃を引き抜き、容赦のない殺意をこちらへと向けてきた。
「凛、下がってるネ! あま市の泥棒ども、パパの組織の切り込み隊長と同じで、全然伝統工芸の価値が分かってない目をしてるアル!」
お団子頭を激しく揺らしながら、メイリンがアウターの袖をたくし上げて前に躍り出た。
彼女はチャイニーズ・マフィアの長の娘でありながら、「絶対に殺しと破壊はしない」という誇り高い不殺の信条を胸に抱いている。
だからこそ、彼女が目をつけたのは、倉庫の隅に置かれていた、伝統工芸の釉薬やガラスの原料を練り上げるための、鋳鉄製の巨大な『粘土混練機(ローラー付きの超重量攪拌機)』の重厚なシャフトだった。 通常の人間なら動かすことすら不可能な、数百キロは優に超える鉄と鋳物の塊。
それを、メイリンは不殺の怪力でガッシリと鷲掴みにすると、まるでベーゴマを回すかのように、コンクリートの床の上で強烈にブン回してみせた。
「野郎ども! 豊のおじさんが守った職人さんの意地を、これ以上汚すんじゃねえネーッ!!」
ブンゥゥゥゥンッ!!!
という、木造倉庫の頑丈な梁全体を激しく震わせるような、破天荒な鉄の轟音。
メイリンが素手で独楽のように回転させた巨大な攪拌機の鉄の質量が、突っ込んでこようとした戦闘員三人のナイフを正面から強烈に薙ぎ払った。
「ぎゃあっ!?」「腕が、腕の骨がぁ!」
大人三人の身体が、まるで紙屑のように横の木箱の山へと弾き飛ばされ、激しい衝撃と共に一撃で戦闘不能に陥る。
この一瞬の、大乱闘が巻き起こした視界の空白。
残されたリーダー格の男が、驚愕に目を見開きながらも、形振りの構えでナイフの刃を私の喉元へ向けて突き出そうとした。
「千影さん……っ!」
「――我が家の番犬を、舐めるなと言ったはずだ」
闇の向こうから、黒い防水コートの裾を激しく翻した千影さんが、獲物を狙う豹のような速さで割って入った。
彼は右手一本の特殊警棒を、剃刀のような神速の軌道で一閃させた。キィィン! という高い金属音が雨音を切り裂き、男の持つナイフを鮮やかに宙へと弾き飛ばすと同時に、男の肘の関節を冷徹な打突で木っ端微塵に叩き折る。一切の無駄のない、完璧な守護だった。




