二人のユタカの偽装アート(合法的攪乱)
甚目寺観音の仁王門を飛び出し、私とメイリンは、裏道の暗がりにハザードを消して待機していたユタカさんの黒いセダンへと滑り込んだ。
バタン、とドアを閉めると同時に、ユタカさんは安煙草の灰を窓の外へ弾き、アクセルを深く踏み込んだ。
「凛ちゃん、冴子の奴、今度はどんなハメ手を置いていきやがった」
「……あま市七宝町、旧街道沿いの木造倉庫。19時55分に発車する、ナンバー【74-00】の密輸トラック。そこを狙えって」
「ククク……! あいつも本当に悪知恵が働くようになったじゃねえか。よし、豊の名前のダブルミーニング・トリック、あま市の夜でもう一回再起動してやるぜ!」
ユタカさんがダッシュボードの特製高出力高周波発信機のスイッチを深く押し下げた。
それと同時に、夜霧の向こう、稲沢署の指揮車に乗っているはずの桐生冴子お姉さんが、懐の警察無線機を力強く掴み、通信指令室へ毅然とした声を響かせる。
『こちら桐生。あま市南部の津島・蟹江境界付近にて、関係車両である容疑者「ユタカ」の不審なセダンを確認。周辺の各班は直ちに南側へ急行、包囲網を縮小せよ』 それは警察の捜査マニュアルに百パーセント従った、完璧に正当な職務報告だった。
大須や稲沢のデータベースに、おじさんの協力者として「ハゲのユタカ」の車両が登録されているのは紛れもない『事実』だからだ。
だが、その『ユタカの車を確認』という曖昧な主語を無線で聴いた瞬間、津島署や周辺の応援部隊は最悪の誤認を起こす。彼らは、あの上海の心中事件で死んだはずの「左神 豊」の幽霊か、あるいはその重大な関係車両がついに南の津島・蟹江方面へ現れたのだと勘違いし、血相を変えてすべてのパトカーを南側へと大挙して殺到させるのだ。
ユタカさんの放つ強力なミリ波ジャミングが、警察のGPSデータを合法的かつ完璧に撹乱する。
「おい、GPSのログが南に偏ってるぞ!」
「ユタカの車両は蟹江方面だ、南へ急げ!」
冴子お姉さんを監視しようとしていた本庁のキャリア組や、地元の津島署のパトカーが、激しい急ブレーキの音を響かせ、狙い通りに「南側」へと合法的かつ綺麗に引き剥がされていく。
組織の上層部が勝手にマニュアルを読み違え、勝手にパニックに陥り、結果として、北側にある七宝町の木造倉庫周辺から、警察の目が「合法的」にすべて消え失せる。冴子お姉さんは法を何一つ犯さず、自分の職権とルールの隙間だけを完璧に突いて、私に『最強の舞台』をプレゼントしてくれたのだ。
「おい、凛ちゃん。お膳立ては揃ったぜ」
ユタカさんがタクシーの速度を落とし、街灯の切れた古い街道沿いの、漆黒の木造倉庫の前へと車を滑り込ませた。
「豊の奴はな、冴子のことを最後まで『手柄のために俺を追う冷たい女だ』って誤解したまま逝っちまったが、あの女の本当の恐ろしさはルールの使い方が一番エグいところだ。……さあ、あの人を本庁の光の頂へ押し上げるための、三度目のカウンター・オーダーを始めようじゃねえか」「うん……!」
私は大きく頷き、おじさんの大きなトレンチコートの裾を夜霧に激しく翻しながら、メイリンと共に、静まり返った密輸倉庫の、錆びついた非常扉の前へと音もなく滑り込んでいった。




