二人のユタカの包謀網、完全再起動
桐生冴子の姿が夜霧の深淵へと掻き消えた直後、私は耳の奥のインカムの周波数を、外周に待機するハゲのユタカ(ゆたカ)さんのチャンネルへと切り替えた。
「ユタカさん、お姉さんのチェックインが入った。二倍目のコーヒーの準備(ハメ手)、完全に再起動して!」「ククク……! 待たせやがって、二代目! 豊の名前のダブルミーニング・トリック、あの女刑事、今度は本庁のキャリア組を地獄の底へ叩き落とすために、また仕掛けやがったな!」
インカムから漏れ聞こえるユタカさんの声が、激しいアイドリング音に混ざって、最高にシブく吼えた。
そう。冴子お姉さんが仕掛けたのは、かつておじさんを世界の果て(上海)へ逃がすために、自らのキャリアをすべて泥水に投げ捨てた、あのあの日と全く同じ【合法の仮面を被った裏工作】だった。
冴子さんは懐の警察無線機を力任せに掴み、張り詰めた、一糸乱れぬ冷徹な声を通信指令室へ響かせる。
『こちら桐生。愛知機関区の敷地内、十一時方向にて、関係車両である容疑者「ユタカ」の不審なセダンを確認。直ちに全班、東側の本線周辺の敷地を完全包囲し、網を縮小せよ』
それは警察の捜査マニュアルに百パーセント従った、非の打ち所がない正当な職務報告だった。
だが、その『ユタカ』という曖昧な主語を聞いた瞬間、冴子さんを再び査問委員会へ引きずり下ろそうと画策していた、上層部(キャリア組)の息がかかった内偵の私服警官たちは、最悪の誤認を起こす。
彼らは、あの日上海の炎の中で死んだはずの「左神 豊」の幽霊か、あるいはその重大な関係車両がついに東側の本線側に現れたのだと勘違いし、色めき立ってすべてのリソースを東側へと殺到させるのだ。
さらに、そのタイミングを見計らったように、外周の暗がりにいたハゲのユタカさんが、ダッシュボードの特製高出力高周波発信機のスイッチを深く押し下げた。
バチバチバチッ!
という無機質な電子音と共に、強力なミリ波が愛知機関区の周囲の警察のGPSデータを合法的かつ完璧にジャミング(電波妨害)する。
大須のジャンク屋から譲り受けたこのデバイスは、電波法マニュアルの『非常時の通信テスト規定』を逆手に取った、完全なるルールの死角だった。
「おい、GPSのログが狂ったぞ!」
「ユタカの車両は東だ、東へ急げ!」
内偵の私服警官たちのセダンが、激しい急ブレーキの音を響かせ、冴子さんの狙い通りに「東側の本線側」へと合法的かつ綺麗に誤誘導され、引き剥がされていく。 組織の上層部が勝手にマニュアルを読み違え、勝手にパニックに陥り、結果として、西側の広大なコンテナ積込場の周辺から、警察の目が「合法的」にすべて消え失せる。冴子お姉さんは法を何一つ犯さず、自分の職権とルールの隙間だけを完璧に突いて、私に『最強の舞台』をプレゼントしてくれたのだ。
「おい、凛ちゃん。これでお膳立ては揃ったぜ」
ユタカさんが煙草の煙を雨の夜空へ吐き出しながら、低く笑った。
「豊の奴はな、冴子のことを最後まで『手柄のために俺を追う冷たい女だ』って誤解したまま逝っちまったが、あの女の本当の恐ろしさはルールを誰よりも愛してるからこそ、ルールの使い方が一番エグいところだ。……さあ、あの人をもう一度光の頂へ押し上げるための、特大のカウンター・オーダーを始めようじゃねえか」
「うん……!」
私は大きく頷き、おじさんの大きなトレンチコートの裾を夜霧に激しく翻しながら、千影さん、そしてメイリンと共に、西側の静まり返ったコンテナ積込場へと、音もなく滑り込んでいった。
朝七時に更新されるシーズン1(おじさん編)で「おじさんが冴子の無線トリックで逮捕された哀しい過去」のパズルピースが、夕方更新のこのシーズン2で、私の能動的な正義によって、上層部を完膚なきまでに黙らせるための最強の『合法的ハメ手』として完璧にシンクロし、激しくその秒針を動かそうとしていた。




