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22 ヒラヒラと舞い落ちて

 町中では、体中に傷を負い、血を流してうつ伏せに倒れている來華が力を振り絞って顔を上げ、町の様子を見て呆然としていた。

 來華の視界いっぱいに、闘いによって破壊された建物と、黒焦げになった住民たちの姿が広がっており、雨に濡れた凄惨な町の姿は、陽の光を浴びてキラキラと輝きを放っていた。

 來華は大粒の涙をポロポロと流した。

「町が……、町の人たちが……。こんなにたくさんの命が、幸せな日常が、人生が突然奪われるなんて……。こんな時に何もできない自分の力のなさが……悔しくて……、悔しくてたまらないんじゃ……」

 來華は地面に顔を伏せて嗚咽を漏らした。來華の体は、とてつもなく大きな悲しみと悔しさで打ち震え続けていた。


「來華……」

 來華の隣に立つまふゆの魂は、胸が張り裂けるような悲しみを感じながら來華を見つめており、その後ろではボロボロになったコアちゃんも悲痛な表情で來華を見つめていた。


『來華……』

 誰かが來華の名前を呼び、來華は涙が止まらない目を大きく見開いた。小さな男の子のようなその声は、とても優しい響きに満ちていた。

『來華……』

「だ、誰じゃ? 生き残った人がいるのか?」

 來華は慌てて顔を上げた。


「え? どうしたの、來華? 何も聞こえないけど?」

 まふゆの魂は不思議そうに來華の行動を見つめた。


『來華……。こっちだよ』

 來華はハッとして上を見上げ、目を見開いた。

 まふゆとコアちゃんも來華の視線を追って空を見上げ、目に映ったものを見て驚愕した。


 來華の頭上二十メートルの位置に、直径三十メートルの太陽のような朱色の光の塊が浮かんでいた。

 來華は光の塊を見た瞬間にそれが何かを理解し、信じられない思いで光の塊に訊いた。

「お、お前……、し、しろっぴー……なのか……?」

 しろっぴーは來華の頭の中に語りかけて答えた。

『そうだよ。ぼくは來華の頭の中に語りかけているんだよ。ぼくはね、魔物や人間の幸せな気持ちから放射される霊力を食べている魔物なんだ。だから、魔物や人間と一緒にいないと生きていけないんだよ。それに、一緒にいる魔物や人間が幸せでないと、生きていけないんだ。だから、一緒にいる魔物や人間がいつも幸せでいられるように、たくさんの霊力を集めて、魔力を使って願いを叶えていくんだ』

 まふゆの魂は、呆然としてしろっぴーを見つめた。

「こ、これがケサランパサランのしろっぴーなの……?」


『ぼくは魔界で誕生して、ふわふわ空を漂っている時に、ヴァンパイアの服にくっついちゃって、一緒にここに来ちゃったんだ。來華と出会って、ぼくと一緒にいることを決めてくれて、とっても嬉しかったよ。だって、初めて見た時の來華は、幸せと優しさの波動で包まれていて、笑顔がキラキラと輝いて見えたよ』


『來華がぼくを大切に思ってくれて、とても嬉しかった』

 宙に浮くトラックを前にして、学校の敷地を逃げる來華が、ポケットから落ちたしろっぴーが入ったケースを振り返った時の記憶をしろっぴーが回想し、それは來華の脳裏にも伝わった。


『來華と心が触れ合えた時、とても嬉しかった』

 來華がしろっぴーの入ったケースをじっと見つめながら、『いや、何かわしの思いが、しろっぴーに伝わったような気がしたんじゃ。言葉じゃ上手く説明できないんじゃが、しろっぴーと心が触れ合ったように感じたんじゃ』と言っている記憶が、しろっぴーから來華に伝わった。


『來華がぼくに幸せをくれて、僕は本当に幸せだった』

 來華が右掌の上のしろっぴーを太陽にかざし、『お前は今からしろっぴーじゃ! お前はわしとさくらの大切な友達じゃ! ずっと仲良くしような、しろっぴー』と語りかけた時の來華の輝くような笑顔の記憶が、しろっぴーから來華に伝わった。


『ぼくに幸せをくれた來華に、ぼくが大好きな來華に、今度はぼくが幸せをあげる』

 しろっぴーは來華にそう伝えると、ゆっくりと上昇を始め、その輝きがどんどん増していった。

「な、何をするつもりなんじゃ、しろっぴー?」

 來華は高く上昇していくしろっぴーを目で追おうとして、傷だらけの体で必死に起き上がろうとした。


 その時、しろっぴーからキラキラ輝く光の欠片が、來華に向かって雪のように降り注ぎ、光の欠片で全身を覆われた來華の体が眩しい白い光で包まれた。

「しろっぴー!」

 来華は勢いよく立ち上がって唖然とした。來華の全身の傷は全て消えており、隣に立っていたまふゆの魂とコアちゃんも、來華の姿を見て驚愕していた。

「き、傷が治っている……。しろっぴー! お前か? お前が治してくれたんじゃな?」

 來華は、だんだん地上から離れていくしろっぴーに訊いた。

『そうだよ。そして、ぼくが蓄えた魔力で來華の願いを叶えてあげる』

「わしの願い?」


 しろっぴーの記憶の回想が來華に伝わった。

 記憶の中の來華は、町中でヴァンパイアになった町の住民に囲まれ、『わしは、みんなを元に戻したいんじゃ……。この町の人たちも、この町も、この町で過ごす日常も、何もかも……、一昨日までの平和で幸せだった状態に戻したいんじゃああああああああああああああああっ!』と泣き叫んでいた。


 來華は目を見開いた。

「みんなを……、町を元に……戻せるのか……?」

 しろっぴーは優しい声で答えた。

『きっとできるよ。でも、來華の願いが大き過ぎて、それを叶えるために、ぼくの限界よりもずっとずっとたくさんの魔力を集めたんだ。本当はね、ぼくはさっきからずっと、体が大爆発しそうになっているのを必死に抑えているんだよ』

 來華の目がさらに大きく見開いた。

「だ、大爆発……? ダメじゃ! しろっぴー、今しようとしていることをすぐにやめるんじゃ!」

『やめないよ。ぼくは來華の願いを叶えるって決めたんだから。

 ぼくが集めた魔力の量が大き過ぎるから、大爆発を抑えるのに必死で、魔力を解放することができなくなったんだ。來華の体を治したり、瞬間移動したりするための少しだけの魔力なら放出できるけど、來華の願いを叶えるために大量の魔力を一気に解放しようと思ったら、大爆発を抑えることができなくなっちゃう。

 だから、ぼくは、魔力を一気に解放して大爆発を始めた一瞬の間に、その魔力を使って來華の願いを叶えることにしたんだ』

 地上三百メートルからさらに上昇し、來華から見る見る遠ざかっていくしろっぴーの声はどこまでも優しかった。來華の目から大粒の涙が溢れた。

「やめるんじゃ……。しろっぴー、そんなことやめるんじゃ……」

『最後に來華とお話ができて、とっても嬉しかったよ。ぼくは來華と出会えて本当に幸せだったよ。來華……、さよなら……』

「しろっぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」

 涙を散らして絶叫する來華の見つめる先で、しろっぴーは白い輝きを放つと大爆発を起こした。

「しろっぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」


 しろっぴーが爆発して広がった白い光は、町の上空を覆い尽くすと、キラキラ輝く光の破片に変わり、雪のように町に降り注いでいった。

 來華は頭上から降る光の破片を見上げて、力の限り叫んだ。

「しろっぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」


 キラキラ輝く光の破片は町に降り積もり、町の表面を覆い尽くした。やがて、町全体が眩しい白い光で包まれ、空の彼方から無数の白い光の粒が雪のように町に舞い降り、町を包む白い光の中に消えていった。


 町を包む白い光が消えた時、町を埋め尽くしてた焼死体は、生きた町の住民の姿に変わり、次々と起き上がり始めた。

「俺、どうしてこんなとこで寝てたんだ?」

「あたし、今までどうしてたのかしら?」

 住民たちは不思議そうな表情を浮かべながら、自分が置かれている状況を確認しようとして周囲を見回していた。

 住民たちの背後に建つ破壊された建物も、元通りの状態に戻っていた。


 シティホテルの宴会場では、天井に空いた穴から降り注いだキラキラ輝く光の破片がホテルを元通りの状態に回復させていた。

 石になっていたもみじも、天井に空いた穴から降り注いだキラキラ輝く光の破片に覆われ、眩しい光に包まれた後、元の姿に戻った。

「おねーちゃん!」

 さくらが歓喜の涙を流してもみじに抱きつき、もみじは状況が把握できずに困惑していた。

「さくら? あれ?」

 もみじの口からは二本の牙が消えており、もみじはその感触に気づいた。

「人間の体に戻ってる……? 一体、何があったんだ?」


 町では、道路に立つ來華が体を震わせて咽び泣いていた。

『來華……』

 來華の記憶の中で、しろっぴーの優しい声が聞こえた。

 その時、來華の目の前に、キラキラ輝く光の欠片がひとつ、ヒラヒラと舞い落ちてきた。

 來華が右手を差し出すと、光の欠片は來華の掌にふわりと乗り、白く輝く光になって消え去った。

 その様子を悲しみの顔で見つめていた來華の泣き濡れた目から、大粒の涙が零れ落ち、來華は右手を握り締めて肩を震わせた。

「しろっぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」

 來華が空に向かって力の限り叫んだ声は、澄み渡った青空に沁みていくように消えていった。


 大勢の町の住民が道路で目を覚まして騒いでいる道路では、倒れていたナツが上体を起こして俯いており、その目には悲痛な思いが溢れていた。

『俺は(のろ)いの淚尽(ナツ)が何をしたかを知っている……。俺には生きる資格がない。死んで償うべきだ。あいつを道連れにして……、人生を……終わりにしよう……』

 ナツの目の奥で涙が輝き、頬を伝って流れた。

「泣いてるの?」

 ナツの前には、生き返ったまふゆと、元通りの姿に戻った戦闘モードのコアちゃんが立っていた。まふゆは悲しそうな目でナツを見つめていた。

 ナツは、真っ直ぐ自分を見つめるまふゆの視線に耐えられず、目を逸らした。

「まふゆ……。生き返ったんだな……。あいつが……お前を傷つけ、命を奪ったこと……、本当にすまなかった」

「ナツ、まさか死のうなんて、考えてないよね?」

 ナツは心の中をまふゆに見透かされて、目を見開いた。

「お、俺は……、あいつがしたことへの罪悪感に、もう耐えることができない」

「だからって逃げるの?」

 まふゆはナツを真っ直ぐ見つめたまま言った。

「あいつはまだ俺の中にいる……。あいつがまた出てきた時、今度は何をするかわからない……。それに、俺は……、もう町の住民に会わす顔がない……」

 まふゆは少しだけ優しい顔を見せた。

「みんな、今まで魔物に支配されていたから、何が起こったかわかっていないんだよ」

 ナツは顔を上げて、まふゆに向かって叫んだ。

「だからって何なんだ? 俺はあいつが何をしたか見ていた! 体の支配を奪われ、何もできずに、あいつがした残虐な行為をただ見ていたんだ! そんな俺が、どんな顔をして町の住民に会えるっていうんだ? ……会えるって……いうんだよ……」

 ナツは俯き、肩を震わせて嗚咽を漏らした。


 まふゆは優しい笑顔でナツを見つめた。

「來華ね、あの雷神や風神みたいな姿になって、体中傷だらけになって、血だらけになって、それでも諦めずに闘い続けた……。みんなを守るためにね。命が危ないくらいに傷だらけになって、あたしが闘うことを止めようとした時、來華はあたしに何て言ったと思う?」


『わしは、これからあいつの犠牲になるかもしれない全ての命を、全ての人生を、そしてナツのことだって、絶対に守ってみせるんじゃああああああああああっ!』


 涙を流し続けるナツの目が大きく見開いた。

 まふゆはしゃがみ込むと、ナツの顔を真正面から見つめた。

「來華はナツのことだって、命を懸けて守ろうとした。傷だらけなのに……、体中から流れる血が止まらないのに……。それを全て……無駄にするつもりなの?」

 ナツを力強く見つめるまふゆの目から涙が零れ落ち、ナツの大きく見開いた目に涙が溢れた。


 まふゆは真剣な眼差しをナツに向けた。

「それに、(のろ)いの淚尽(ナツ)はナツの体に縛られている。もしもナツが死んだら、(のろ)いの淚尽(ナツ)は縛りから解放されて、ナツの心からも自由になって、何百年もの間、悪霊になってたくさんの人を苦しませ続けると思う。ナツにはあいつを止める責任があるんだ。お願いだから、どんなことがあったとしても、その責任からは逃げないで。生きて、ずっと生きて、あいつと闘って、必ずあいつを倒して」

 ナツは俯いて泣き続け、まふゆは優しくナツを抱きしめた。

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