弱肉強食!フィッシュ・マーケット ◆ 4 ◆
◇ ◇ ◇
ゴーン。振り下ろされたハンマー。すり鉢状に階段席の並ぶスペシャルブースは、キャップを身に着けた買い手がひしめいていた。値を記した小さな黒板があちこちの頭上で掲げられ、セリが進行している。
エレナは黒板を膝で抱え、ニヤリと黒い笑みを浮かべた。目利きの腕がなくても、値が吊り上がったアジにかぶせて競り落とせばいいのだ。ケケケ、と声を押し殺して笑うエレナを、ファウストは白けた表情で見る。
そこへタイミングよく、50、60、65……と、中心のスペースから値を読みあげる司会の声が響く。
「お! あのケースは買いね!」
エレナはどーん、と頭上に黒板を掲げた。
「80! 80、80!」
読みあげられ、ふふん、と得意げになっているエレナ。が、すぐに声が飛んでくる。
「85!」
「げっ」
だっ、誰だ、あたしのアジを横取りしようとする輩は! ぐるりとブースを見渡すと、意外にもエレナの真隣、2、3人とばした席から男が黒板を掲げていた。
エレナの方を見向きもせず涼しい顔をしている男。おじさんめ……! ムッと睨んだ彼女はカカッと黒板を書き直す。
「90!」
どうよ、と横目で見るエレナ。
「100!」
相変わらず涼しい顔をして値を上げたおじに、目を見開くエレナ。握るチョークにヒビが入る。
「120!」
エレナは黒板をあげる腕をピンと伸ばした。ついにおじはエレナに視線を向けた。ぐぬぬ、と口の端を震わせ、おじはエレナから目を離さずにチョークを走らせた。
「125!」
「130!」
「135! 135、135!」
数を書いているだけなのに、お互いゼェハァと息が上がっていくエレナとおじ。
「……エレナ君、あんまり無茶するとお小遣いナシにしますよ」
「140!」
「145!」
「150!」
ざわめきだすブース。
「180!」
掲げた数字をコールされたおじは、やりきった顔でエレナに視線を送る。唇をかむエレナ。
「180、180……」
司会はハンマーを振り上げた。エレナが膝の上で抱えている黒板が震える。ここまで来て引き下がるの……? えいっとエレナは黒板をあげた。どよめきが広がる。ハンマーを振り下ろす手がピタリと止まる。
「200!」
「……エレナ君、そのうちお家賃払えなくなっても知りませんよ」
やれやれ、と呆れた声を出すファウスト。これで決まったかというムードが広がる。
「まぁ、今回は見逃してあげ……」
「250!」
遮るようなコールに、ファウストは言葉を切った。見れば、おじが苦しげに黒板を掲げている。
「255!」
ビクッとファウストがエレナを見ると、間髪入れず彼女も黒板を書きかえていた。
「260!」
「265!」
「エ、エレナ君」
珍しく焦った声を漏らすファウスト。
「270!」
「275!」
「……貴女、ギャンブルには手を出さないでくださいね」
「280!」
「290!」
「300!」
「310!」
「……聞いちゃいねぇ」
ファウストのモノクルにチョークの白い粉が飛ぶ。
「315!」
「320!」
「325!」
おじのかぶせがコールされる。このままじゃ埒が明かない、とエレナは泣きそうな顔でおじを横目に見る。否、意を決したように目をつぶり大きく息を吸った。カッと目を開き、手汗で滑るチョークを黒板に走らせる。
「……400!」
エレナが高く掲げた黒板。おじは「くっ」と息を漏らし、がっくりと俯いた。彼の指からチョークが滑り落ち、コロコロ……と転がっていく。少しの沈黙の後、パチパチとまばらな拍手が広がった。




