弱肉強食!フィッシュ・マーケット ◆ 3 ◆
◇ ◇ ◇
小鳥のさえずりが早朝のほの明るい空に響く。その下、フィッシュ・マーケットではすでに活気のある声が飛び交っていた。
ワイワイと賑わうマーケットを見渡すエレナは、その熱気にごくりと唾を飲んだ。
「最高のお魚を手に入れようね、ドクター」
よし、とこぶしを握ったエレナを、横でぶら下がるファウストはしれっと見やる。
「レツゴー!」
魚たちが放つ鈍い光の中に、ダッとエレナは踏み出した。
◇ ◇ ◇
「一見さんとは取引しないんだウチは」
白髪まじりの気難しそうな問屋の男は、エレナに見向きもせず吐き捨てた。
◇ ◇ ◇
丸太のような腕を組んだ別の問屋が、店先のケースにエレナを近付けまいと立ちふさがる。
「ガキは帰んな」
◇ ◇ ◇
「お嬢ちゃん、これなんてどうだい? オススメだよ」
欠けた歯の並ぶ口を歪めた男がエレナにケースを差し出す。ほっと手を出すエレナだがすぐに、げろ……と表情を曇らせた。中身はエレナでも流石にわかるほどの雑魚が並んでいる。
◇ ◇ ◇
「カニ掴み取りだぃ! 持ってけぃ!」
威勢のいい声に、うぉぉおおおお、と沸くフロア。ごった返す群衆の中から、かろうじて顔を出すエレナ。右からも左からも押され、次第に人波に飲まれていくが、かろうじて前に伸ばした手がもがく。エレナの前でゆれてぶつかる老若男女の肩の間からカニが垣間見える。
「ふんぬぅ……!」
肉壁に突っ込んだ手がついに――宙を掴み、力なく沈んでいった。
◇ ◇ ◇
ばいん、と人混みからはじき出されたエレナ。
「あぅ……」
へたり込む彼女の髪の先を小さいカニが挟んでいる。そこへぶらりと影がさす。
「目利きが苦手、というよりそれ以前の問題ですねぇ」
一部始終を見ているだけだったファウストが、手持ちぶさたにモノクルを調整する。エレナは床の上でこぶしを震わせた。
「くっ……あたしの苦労が少しはわかった?」
体を起こしたエレナは、逆さ吊りの彼に向かってプンスコと指をさす。
「てゆーかドクター、ぜんぜん手伝ってくれないじゃん!」
跳ねる髪の反動で弾かれたちびガニがササッと逃げていく。
「上から行けばフリーでしょ!」
と、言い切ったところでエレナの耳に、通りかかったマダムの一団の声が届く。
「さっきからなぁに、このお兄ちゃん。どこから吊られてるの?」
ハッとするエレナ。ついうっかりしていたが、魔界じゃあるまいし逆さ吊り男が常在していたら目を引くに決まっている。そういえばマーケットにくる途中も視線を感じたような。な、なんて言い訳しよう……。
汗ダラダラと迷っているエレナの前で、ファウストは飄々と会釈して語りだす。
「通りすがりのストリートパフォーマーです。トリックは企業秘密ですが、日常的にこうして芸を磨いているのですよ」
「へー、大したもんね」
「若いのに立派ね、アメあげる」
「ありがとう、美しいお嬢さんたち」
「やっだぁ! 『お嬢さん』だなんて、アハハ」
「よく見るとハンサムだわアンタ。俳優でもやっていけるわよ!」
マダムたちのキャッキャとした雰囲気に、エレナはファウストを指さす手をワナワナ震わせた。
「ドクターばっかり受け入れられてずるい!」
そういうことじゃないだろ、とツッコむ者はこの場にいなかった。代わりに、エレナの背後で「急げ!」「あっちだ!」などと移動していく人の流れが出来あがっていた。なんだろう、と振り返るエレナ。
〈緊急大量入荷! 旬のアジ! 旬のアジの競売がこの後すぐ!! スペシャルブースへ急げ!〉
場内放送が流れ、ひと際大きなどよめきが広がる。エレナはゆらりと立ち上がった。
「ドクター……」
静かに名前を呼ばれて、ファウストが目を向けると、エレナは背中から熱気のオーラを放っていた。
「……セリならお金の前にチャンスは平等よね。パトロンの出番よ」
どこから出したのか、買い手であることを示すキャップをキリッとかぶったエレナは、前方を指さし叫んだ。
「レツゴー!」
「ブースはあっちです、エレナ君」
ポーズを決めたエレナを置いて、ファウストはとっとと歩き出した。




