エレナと逆さま博士 ◆ 16 ◆
◇ ◇ ◇
真っ暗な中、俺はおそらく馬に乗っていた。たぶん駄馬だ。タッタタ、と下手くそなリズムに揺られて最悪の乗り心地。たてがみがやわらかく鼻をくすぐってきて、毛並みは悪くないが。
「びぃむ、て、なん、だよ……だせぇ」
うわごとをこぼしたのをきっかけにミヒャエルの目が重たく開く。
「あ、起きた?」
馬から聞き覚えのある声がして、ミヒャエルは何気なく聞こえたほうに顔を向ける。
「は!?」
ミヒャエルは完全に意識を取り戻した。エレナが彼を背負って走っているのだ。悪夢の正体はこれかと合点がいくのと、自分の醜態を自覚するのは同時だった。女の子に、しかもあのFラン女におんぶされている……!
「な、なな、何やってんだお前ェ!! おろせ!!」
「怪我人はじっとしてて! あと2分で遅刻だよ!」
「試験の話か!? つーかモンスターは!? あれは夢じゃねぇよな!?」
「えと、あれは、その、だっ大丈夫になった……」
「まじ?」
言いあうふたりの目に、寿司アカデミーの門扉が見えてきた。隣に立つ厳めしい守衛が腕時計を一瞥して、門扉に手をかけた。
「!」
エレナの足が速くなる。ミヒャエルもしがみつく腕を思わず強めた。カラカラ、と閉まっていく門扉。エレナの首からぶら下げたクーラーボックスに膝があたって音を立てる。大丈夫、この距離なら間に合う。あと20歩……10歩……5歩……。ダッと踏み出したエレナの足がぐねっと地面をとらえそこねた。
「あ」
一瞬にして重力を失うふたり。
「ド、ジ」とミヒャエルの口の形。投げ出される体、地面につく手、門扉のレールの音。すべてがスローモーション。
ガシャン。
ズザーッと転がったミヒャエルは、バッと起き上がる。彼の体はアカデミーの敷地内にあった。
「やった」
息混じりに呟くと、「ぅう……」とうめく声がミヒャエルの耳に入る。視線を走らせると、エレナが這いつくばっていた。閉まった門の向こうで。
守衛は何事もなかったかのように門の前に立って身じろぎひとつせず、感情のない目で通りの方にまっすぐ視線を向けている。
「おい、間に合ってただろ!」
ミヒャエルはガクガクと立ち上がりながら、守衛に叫んだ。しかし、男は人形のように動かず背を向けたまま。無駄だと知りつつもミヒャエルは声を荒げた。
「融通利かないヤツだな! 理事会に訴え……」
遮るように何かが降ってきて、ミヒャエルはほとんど反射でそれをキャッチする。クーラーボックスだ。起き上がったエレナが門の外から投げてよこしたのだ。
「……ごめんねミヒャエル」




