4 魔王ユーディトは楽しみにしている
「外に出たはいいけれど、勇者とかそーさらーとかいうのは、どこにいるのでしょう?」
魔王の城を飛び出したユーディトは、朝を迎える頃になって、ふと思いだした。
――そういえば、わたくしは人族の国がどこにあるのかも知りませんでしたわね。
今まで、戦争に関すること、人間に関するものは、全てフェルナンド老に任せていた。最近のユーディトは、外に出るのも稀だ。
眼下に広がる、黒い森。その中に適当な大木を見つけて、太めの枝へと降り立つ。
軋まず、揺らがず、ユーディトは音もなく枝の上に腰掛けた。
――気分だけで出かけてしまいましたわ。フェルナンドに方向くらいは聞いておくべきだったかしら。
とは思っても、今から城に帰るのも面倒だった。プラプラと足を揺らしながら、どうしたものかと考える。
魔王領は人族の国の北にある。それくらいはユーディトも知っていた。
――なら、南に飛べば、どこかには着くかもしれませんわね。
ざっくりとしたものだが、間違ってはいない。人族の国にさえ着けば、後は適当な人間に勇者たちの居場所を聞けばいいだろう。
そのついでに村だの街だのを壊滅させれば、フェルナンド老の小言が少しは減るだろうか。
――……いえ、そんなことをしたら、無駄に喜ばせるだけね。戦争なんて下らない。わたくしにはどうでもいいことですもの。
先代の魔王、父はなぜだか戦争に積極的だった。理由は聞いたことがない。聞く前に、死んでしまった。
妖精族であった母も、父に続くように亡くなった。もう百年以上も前の話だ。それでも、ユーディトの胸に、小さな悲しみが浮かび上がる。
父からは戦と魔法を学び、母からは淑女の振る舞いを教えられた。まだ小さかった頃のユーディトは、素直に二人の教えを受け入れた。
それでも、教えの中で戦争についてだけは、楽しさを見いだせなかった。
ちりあくたに等しい人間をどうこうしたとて、面白くもなんともない。父のような感性を、ユーディトは持ち合わせていなかった。
母と一緒に、料理をしていた方がずっと楽しかった。出来栄えは酷いものだったが、母は喜んで食べてくれた。
――壊すよりも、作る方が面白かったですわね。
そう思ったので、たくさんの魔法を編み出した。天を裂き、地を割る魔法をいくつも作っては、実験した。
その結果、有り余る力を認められて魔王になってしまったのだ。
――……あれがマズかったですわね。
思いかえせば、無邪気に魔法を操っていた時、フェルナンド老は乾いた骨の上に冷や汗をかいていたような気もする。
知らず知らず、魔王としての力を付けてしまったのだろう。考えなしだった自分を、少し反省する。
――まあ、魔王を辞められはしないでしょうし、いまさらですけれど。
魔王としての天職を得てしまったら、死ぬまで捨てられない。そしてユーディトには、死ぬつもりは全くない。
面倒なことは多々あれど、自分の命まで捨てるほど悲観はしていなかった。
そういえば、と思いだすのは、魔王と勇者の関係について。
魔王は、人族の中でも勇者にしか倒すことができないらしい。ただ逆に、勇者を倒せるのは魔王に限ることでもないという。
――どこかで転んで死んでくれないかしら。
そうすれば、戦争も勝手に終わってくれるかもしれない。フェルナンド老の小言はなくなり、玉座でヒマを潰す必要も消える。
――まあ、そんな間抜けでしたら、こんなに戦争が続いたりもしないでしょうね。
それに、魔王とは違い、勇者は死んでも、すぐに代わりが生まれるらしい。今の勇者が死んだとしても、次の日には新しい勇者が出てくるだろう。
魔族側にとっては、なんとも不利な話だ。これでは、勇者が転んで死ぬ前に、魔王城まで攻めてくる可能性の方が高そうだ。
どんな勇者が来ようとも、ユーディトには負ける不安などない。すぐさま蹴散らしてやるだけの自信がある。かといって、羽虫のようにうじゃうじゃと湧かれても困る。
――だから、簡単に滅ぼせるものでもありませんし、放っておくのが一番なのですけど。
たまに、寝室に一匹忍び込んだ羽虫を叩き潰すくらいならば、まあ我慢できる。羽虫全てを根絶するのは難しい。そのつど追い払う方が、手間もかからない。
今のところ、魔王城までたどり着いた勇者はいないらしい。ユーディトからすれば、寝室が平和なら、あとはどうでもよかった。
勇者や魔法使いを見に行くのは、ただの興味でしかない。もしかしたら、羽虫の中にも蝶のように美しく羽ばたく者がいるのではないかと、ただそれだけだ。
もし、ユーディトが気に入るようならば、城に持って帰ってもいい。フェルナンド老が何を言おうと無視だ。どうせ、自分に敵う魔族はいない。
――無駄足にならないと嬉しいですわね。せっかく久しぶりに城を出たんですもの。それなりに楽しいものを見たいわ。
朝焼けの空を見ながら、ユーディトは口の端をつり上げた。
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