3 勇者リリアは昼寝を邪魔される
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「……んあ?」
リリアが目を開けると、涙でにじんだ天井が見えた。
背中には、柔らかい感覚。目元を手で拭うと、確かにわずかに濡れていた。
「んー?」
ゆっくりと起き上がる。まとまらない思考のまま周囲を見ると、そこは自室ではなく、
――また寝ちまったか。
黒い魔法使い、マクシミリアンの部屋だ。ヒマを潰しに来て、ベッドで寝転んでいたのだが、そのまま眠ってしまったらしい。
最近、自分の部屋では寝た気がしない。そのせいで昼間も眠く、マクシミリアンの部屋に来ては目覚ましついでに無駄話などしていたのだが、
――あれ、マックスいないでやんの。
かけられていた毛布を膝と一緒に抱いて、リリアはベッドの上で丸まった。まだ眠い。
毛布からは、日向の匂いがした。マクシミリアンのものではない。最近パーティに加わったアリッサが、こまめに取り換えてくれているからだ。
仕事熱心なメイドは、頼まなくてもなんでもやってくれる。それは気の使い過ぎではないかと思うほどだったが、今のリリアにはありがたい。
――ねむ……。
自室では寝られなくても、マクシミリアンの部屋ならば安心して寝られた。ここにマクシミリアンがいたならば最高の状況なのだが、あいにくと今は黒衣の姿がない。
眠ってしまったリリアを気遣ったのだろうか。しかし、いつもならば、寝ているリリアから離れようとはしないのだが。
ぼんやりとしていた頭が、徐々に目を覚ます。マクシミリアンがいないと分かると、眠気が引いてきた。
起き上がり、立ち上がり、いつもマクシミリアンが書類仕事をする机に座ってみる。
最近になって、やっと仕事が終わったらしい。書類の山になっていた机の上は、もうきれいさっぱりと何もなくなっていた。
そこに突っ伏して、リリアはまた意識を手放そうとするが、やはり眠気はどこにいったのか、リリアの中から消え去ってしまった。
――眠い。けど眠れない。
相反する感覚に、少しばかりのいら立ちを感じる。
――早く帰って来いよバカァ。
八つ当たり気味に思いつつ、扉の方を見る。すると、丁度タイミングを合わせたかのように、ノブが回った。
入って来たのは目当ての人物。マクシミリアンだった。
「おや、勇者さま、もう起きてたんですか?」
などと言ってくるので、なお腹が立った。
椅子をけ飛ばすように立ち上がって、マクシミリアンに突撃する。腹を狙って、頭から飛びついた。
「むにゃ……」
バカヤローと言いたかったのだが、舌が回らなかった。マクシミリアンは痛みを感じた様子もなく、リリアの頭を撫でてくる。
「はいはい、甘えん坊ですね」
「むにゅ」
抱き着くと、どこかへ行ったはずの眠気が戻ってくる。マクシミリアンが抱きかかえてくれなければ、床に倒れていたかもしれない。
抱き上げられたので、マクシミリアンの首に腕を回した。ベッドに戻されそうになったので、力をいっぱいにこめた。
「大丈夫ですよ、勇者さま。そんなにしなくても、私はどこにも行きませんから」
離れたくなかったのだが、その言葉で気が楽になった。毛布を掛けられて、三度リリアは丸まった。
「話があったのですが、これでは後にした方が良さそうですね」
「はな、しぃ?」
「えぇ。まあ、あまり楽しくない話ですので、後回しの方がいいでしょう」
「んー……」
楽しくない話と、マクシミリアンが言うのならば、リリアにとっては不愉快な話なのだろう。
貴族だとか任務だとか、そんな話題に違いない。なので、リリアは耳をふさぐように毛布をかぶった。
やれやれ、と毛布越しに声が聞こえた。椅子を引く音、腰掛ける音。それらにマクシミリアンの気配を感じて、安心する。
話は後で聞けばいいだろう。今は安眠の方が大切だ。
そして今度こそ意識が落ちそうになった時に、せっかくの安らぎを破る音がした。
早めのノック。急ぎの用事だろうか、声も聞こえた。
「今、行きますよ」
扉を開ける音がする。次いで聞こえたのは、やっと聞き馴染んできた、メイド・アリッサの声だった。
「マックス様、勇者様はこちらにいらっしゃるでしょうか?」
声には緊張感が混じっていた。マクシミリアンも一瞬で悟ったらしく、
「いますよ。用事はなんです?」
「国王陛下が、勇者様をお呼びだそうです。すぐに来てくれないかと、兵士長様が……」
「急ぎでしょうか?」
「速やかに、とのことです」
「分かりました。起こしますので、兵士長さんには、少し待っているように伝えてください」
「かしこまりました」
いったん、扉が閉じられた。足音がベッドの横に来て、毛布の塊と同化していたリリアを揺り起こす。
「勇者さま、またなにかあったようです。国王が呼んでいるらしいですよ」
「やーだー。まーだー眠いー」
毛布を握りしめて抵抗してみるものの、マクシミリアンはあっさりと毛布をはぎ取った。
そしてまたリリアの頭を撫でて、ゆっくりと声をかける。
「面白くない話でしょうが、勇者さまの出番です。聞くだけ聞いてきてください」
「どうせ、また仕事だろー……?」
「でしょうね。さっき、嫌な噂を聞きましたし」
「うわさー?」
「また魔族が動き出したという話です。きっと、それ関連ですよ」
「魔族かよお……。めんどくさい……」
「気持ちは分かりますが、話をしてきてください。戻ったら、気晴らしのためにおやつを用意しておきますから」
うー、と唸ってみるも、マクシミリアンは急かしてはこない。それが逆に、居心地悪い。
仕方がないので、たっぷりと時間をかけてから起きる。マクシミリアンが乱れた髪を撫でつけ、整えてくれた。
「着替えるー……」
「では、私は外に出ています」
いつもマクシミリアンの部屋に入り浸るので、リリアの服など、いくつかはこちらにも用意していた。
着替えを出し、のそのそと着替える。完全ではないものの、ゆっくりと目も覚めてきた。
――任務とか、ホントめんどくさい。
常日頃から、こう思っている。表立って口にはしないが。
姿見を見ながら、適当に身だしなみを整えた。髪が少しはねている。机の引き出しからくしを出して、軽くすく。
国王に会いにいくだけならば、聖剣も聖鎧もいらないだろう。
「できたー」
呼びかけると、すぐに扉は開いた。
「では、行きましょうか、勇者さま」
「うーい」
気だるさをなるべく隠しつつ、リリアはマクシミリアンの後ろに付く。兵士長と顔を合わせるまでの数十秒で、すぐさま頭を営業モードへと切り替えた。
ここから先、国王とのやり取りは、常に営業モードでなければならない。リリアの知る限りの勇者っぽさを出して、応対しなければ。
「では、勇者さま、後ほど」
マクシミリアンの言葉にうなずいて、リリアは謁見の間へと向かった。
表情を引き締め、軽く咳払いして喉の調子を確かめる。
営業モードは勇者パーティの誰にも見せたくない。そのため、謁見はいつもリリア一人だけである。
――めんどくさいけど、王様も苦労してるしなあ。
リリアの数百倍は苦労している国王は、最近、特にくたびれて見えた。リリアが営業モードを使うのは、半ばこの国王への配慮かもしれない。
――同じ苦労人同士、少しでも気分を楽にさせてあげないとなー。
親戚の老人に会うような感慨を少しばかり抱いて、リリアは歩みを進めた。
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