1 魔王ユーディトはうんざりする
更新が遅れてすみません。
パラジニア大陸最北端。魔王の城は、そこにあった。
城とはいっても、人族のそれとは違う。整然とした雰囲気はなく、造りは乱雑。後から後からとつぎ足された尖塔、城壁が混沌とした様子を見せている。
中も、似たようなものだった。通路はあれど、どこにつながっているかは誰も把握していない。唯一、魔王の側近の一人が道順を知っている程度。
魔族は、人族のように素直に通路を歩いたりはしない。面倒ならば城外を飛び、城壁を這って移動する者もいる。
城の趣味は、当時の魔王によって異なった。故に、つぎ足され、気に食わない場所は造り替えられと落ち着きがない。
例外的に、現在の魔王、魔族の長たるユーディトは、そんな城をいじくりまわしたりはしなかった。
理由は単純で、ただ面倒だったからだ。自分の寝所さえあれば、城の造りなどどうでもいい。カオスとなった魔王の城に、愛着などどこにもなかった。
魔王、とはいっても、普段は大した仕事はない。たまに好戦的な魔族が兵の派遣を求めてくるのみ。平時の魔王は、ただ謁見の間にある豪華な玉座で、退屈をかみしめているだけだった。
血のように紅い髪を足元まで伸ばし、赤く塗られた口紅の端に、鋭い牙がのぞいている。まとうのも、全てに合わせたかのような赤。唯一ユーディトがこだわったドレスであった。
胸元を大きく開き、腰にあるスリットは大胆に。装飾は金と銀の糸を使った刺繍。城にこそ興味を持たなかったが、ユーディトは自分の身なりにとことんこだわった。
全て、自分が望むままに。ただ一つ思い通りにならなかったのは、自分自身の体くらいか。
胸は平らで起伏がなく、手も足も細い。肉付きのない体躯は、人族でいう五歳か六歳くらい。一応、ユーディトは二百八十年を生きているが体の成長はここで止まっている。
今後に期待できるかは、かなり怪しい。ユーディトの父は絶大な力を誇る吸血族だったが、母は妖精族。母は妖精族らしく小柄だった。
ユーディトには、そんな母の影響が大きく現れていた。父から受け継いだ力がなければ、魔王に祭り上げられたりはしなかっただろう。
これならいっそ、女性体ではなく、男性体として生まれたかった。だが、いくら魔王といえど、自分の生まれまでは操れない。
幻影魔法を使えば外見だけは操作できる。とはいっても、虚勢じみた手法は、ユーディトの好みではない。
日々、自分の体を成長させる魔法を考えている。今日も今日とて、どんな魔法を作ればいいのか考えている。
そんな、魔法を考えることでヒマを潰していたユーディトに、今日は珍しく使いが来た。大きさだけはある扉の向こうから、大きな声が届いた。
「魔王様! ユーディト様!」
焦りを帯びた声。しゃがれた声には、聞き覚えがある。
自分の世話役として働く、骸骨族のフェルナンド老だ。ユーディトの十倍は生きている魔王城の管理者で、何かとあれば小言を投げつけてくる、ユーディトには少し煙たい存在である。
ただ、ユーディトが生まれてからこのかた、ずっと自分の手足となって働いてくれる功労者でもあった。
フェルナンド老は、骨ばかりの体のどこにそんな力があるのか、扉を乱暴に開き、駆け込んできた。
「なんですの、フェルナンド?」
退屈で眠りたいのをこらえつつ、息を荒げたフェルナンド老の様子を見る。
――肺も心臓もないのに、器用ですこと。
などとつまらないことを考えつつ、フェルナンド老が落ち着くのを待つ。
「た、大変でございます!」
「何がですの? つまらない報告でしたら、また骨を折りますわよ?」
「そ、それはご勘弁を……。ではなくて、大変なのでございます!」
フェルナンド老は、カラカラとアゴ骨を鳴らしながら、
「シュルケが、人間に敗れました!」
シュルケ、と言われてもユーディトはしばらく何も思い浮かばなかった。
――なんだったかしら?
魔王としての仕事に熱心ではないユーディトは、部下の名前も覚えていない。
思いだすよりも先に、フェルナンド老が説明をよこす。
「三か月前に、魔王様が兵を与えた魔族でございます! 死四天の一柱ですぞ!」
死四天と言われて、ユーディトはやっと思いだした。
ご大層な呼び名だが、ユーディトが決めたものではない。魔族の中でも特に優れている四人を、フェルナンド老が勝手に選び抜いた精鋭だったか。
ああ、と納得するようにうなずいて、
「それが、どうかしましたの?」
「どう、というものではありません! 最上級魔族が、人間に敗れたのですぞ! これは一大事です!」
「はあ……?」
興味など湧かない。最上級魔族というのも、フェルナンド老が区分したもの。
「魔王様、もっと仕事を覚えてくだされ!」
「イヤですわ。人間との小競り合いなんて、面倒なだけですもの。やりたい者が、勝手にやっているだけでしょう?」
「魔王様!」
声帯があるかも怪しいフェルナンド老が声を張り上げる。ユーディトは半ばうんざりとしながら、続く言葉を求めた。
「それで?」
「は、はい! シュルケをやぶったのは、人間の魔法使いです。それが、たった一人で……」
「あら、人間にも腕の立つ者がいるのね」
「そんな簡単に流さないでくだされ! 脆弱な人間の中に、我ら魔族に匹敵する者がいるのです! これは一大事です!」
そう言われても、ユーディトには危機感の欠片も感じられなかった。
人間は人間。多少の力はあるようだが、ユーディトの敵になるとは思えなかった。
ユーディトは、自分の容姿以外には絶対の自信がある。例え勇者が今すぐ乗り込んできても、恐れることはない。
勇者は、唯一魔王を倒せる存在らしい。そんな者がいたとしても、ユーディトは自分が負けるイメージなどない。
「そのそーさらーというのは、勇者かしら?」
「なぜ棒読みなのですか! 魔法使いは魔法使いです! 我らのように魔法が使えはしますが、それも児戯に等しく、最上級魔族ならば指先一つで倒せる雑兵なのです!」
「でも、しゅるけ? とかいうのは倒されたのでしょう?」
「そ、そうです。ですが、魔法使いは勇者ではありませぬ!」
「ややこしいのね。まあ、わたくしには関係のない話ですわ」
「大有りです! もしもそんな者が他にもいたら……。そして、攻め込んで来たら……」
「攻め込んできましたの?」
「い、いえ、まだですが……」
「なら、どうでもいいでしょう? 万が一攻め込んで来たら、適当な魔族に相手させなさい。わたくしは忙しいですの」
「……どのような魔法を使っても、魔王様の体は成長しな……」
余計なことを言ったので、人差し指から火炎をお見舞いしてやる。フェルナンド老の首が取れた。
「ほあっ!? ほあーっ!? やめてくだされ魔王様!」
「なら、今後、わたくしの体について言うのはやめなさい。今度は粉々にしますわよ?」
「は、はいーっ!」
パチンと指を鳴らすと、炎は消え、焦げたフェルナンド老はがっくりと膝をついた。
「これだけのお力をお持ちだというのに、どうして戦争に消極的なのですか……」
「人族を殺しても、別に嬉しくもなんともないからですわ。わたくしからすれば、戦争自体が無意味です。やりたいのならば、勝手にやりなさい。でも、わたくしを撒き込んだら、容赦しませんわよ」
フェルナンド老が大きなため息を吐いた。
「先代様は、あれほど積極的だったというのに……」
「お父様のことなんて知りません」
「はあ……」
父が魔王としてあがめられていたのは知っている。だが、それを理由に魔王にされてしまったユーディトからすると、迷惑な話だった。
――わたくしは、別に戦争など望んでおりませんもの。
父は人族を血祭りにあげるのを楽しんでいた。その様子を目の前で見たこともある。
血を抜かれ、干からびて死んでいく人族の軍勢。父は嬉しそうだったが、ユーディトには一かけらの喜びもなく、感慨も抱かなかった。
もし自分が同じことをしても、やはり嬉しくともなんともないだろう。人族など、ちり同然。ちりにいちいち感情を持っていては、疲れるだけだ。
――あと何百年、こんなことを言われ続けなければならないのかしら。
魔族には、寿命らしい寿命はない。怪我や病気はあるが、健康なまま過ごせれば、ユーディトはあと千年単位で生きていられるだろう。
実例は目の前で焦げている。最近は骨粗しょう症で悩んでいるらしいが。
「話はそれだけかしら?」
「はい……」
フェルナンド老も諦めたのか、肩を落としたまま小さく返事をした。
――仕方ありませんわね。
「もし気になるなら、また兵を出せばいいでしょう? 適当にやってしまいなさい」
「では、選抜などは私が行いますので……」
「好きになさい」
うなだれたまま、フェルナンド老は玉座の間を出ていった。ちらりちらりと恨めし気な視線を送られたが、全部無視した。
「全くもう……」
魔王というのも楽ではない。
――人族の王も、わたくしと同じようなものなのかしら。勇者とかいう者も。
最上級魔族を倒したという魔法使いは、勇者とは別の存在であるらしい。
自分を唯一倒せるという勇者、おそらくはその従者。髪の毛一本ほどの興味が湧いた。
――どうせ大したものではないでしょうけれど。
持て余しているヒマを、少しは潰せるだろうか。
飽きてきた玉座の感触から離れ、ユーディトは長い髪を炎のように揺らしながら、立ち上がる。
――見に行くくらいなら、別にいいでしょう。
フェルナンド老が、あれほど慌てることなのだ。魔王としてどうこうするつもりはない。ユーディト個人の興味として、一目見て、少し遊ぶくらいならいいだろう。
誰にはばかるでもなく、ユーディトは玉座の間を出て、暗い廊下を歩く。
――それにしても、本当にこの城は道が分かりづらいですわね。
早々に歩くことに飽きたユーディトは、手近な窓から飛び出した。翼を開き、飛翔する。
――今日も、いい天気ですわね。
などと気楽なことを思いながら、夜の星空に紛れるようにはばたいた。
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