16 マックスは怒られる
侍女章は、これにて終わりです。
「このやろっ、このやろっ」
「痛いですよ、勇者さま」
「うっせ!」
自分たちの天幕に入るやいなや、私は勇者さまにポコポコと殴られた。
「見殺しにするのかと思ったぞ!」
「さすがにそれは、考えましたけどやりませんて」
「考えただけでもドス黒いわっ!」
「はっはっは、何を今さら」
沈黙の結界内だからいいけれども、勇者さまは半ば涙声になりながら、私に殴りかかっている。
「今回は絶対許してやんないからなっ!」
「それは困りますねえ。どうしたら許してくれます?」
「だから許さないって言っただろっ!」
はいはい、と私は貧弱な勇者さまを抱きかかえ、ひざの上に乗せた。
はなせー、とわめく勇者さまを抱きしめつつ、次第に静かになっていくのを感じつつ、私は謝る。
「すみませんでした、勇者さま。ちょっと考えたことがありまして」
「……ふんっ」
相当頭に来ているようだ。いつもならば、ひざに乗せただけでも喜ぶのだが。
私は懐から干しブドウを取り出して、勇者さまの唇に運ぶ。
「むぐっ」
「まあ、アリッサのことですが、彼女は懐柔派から送られたにしてはなんとも正直すぎまして」
「……もぐ」
不機嫌そうに、干しブドウと私の指をかじってくる。その痛みをこらえつつ、私は先を続ける。
「どうにも、彼女は自分が懐柔派の手駒だということを知らないようなんです。なので、先に手を打とうかと思いまして」
手法としては、そう複雑なものではない。アリッサが危険に陥ったら助ける。たったそれだけのことだった。
勇者さまの方に敵が行くのは嬉しくなかったが、これも手の一つ。アリッサの窮地を作るために、私はなんとも言い難いストレスに耐えた。
そのかいあって、今回の手法は上手くいった。アリッサ自身が勇者さまを守ろうとしたのは意外なところがあったけれど、結果としては心構えを知れたのでいいだろう。
この先、アリッサはさらに仕事を頑張ってくれるに違いない。それこそ、誰かしらが手を回してもはねのけるくらいに。
もしもアリッサに直接的に危害を加える輩が出たら、それも排除する。そうすればさらに、アリッサは勇者さまのために働いてくれるようになるだろう。
――まあ、勇者さまからすると、嫌な方法でしたけどね。
勇者さまが寝ている間に思いついたのは幸運だった。もし勇者さまがダメだと断じたら、私も強行はできない。
なんだかんだで、私は勇者さまに甘い。この少女がイヤだと言うことは、なるべくしたくない。
そのため、何も言わずにこっそりと考えていた。勇者さまからすれば、騙されたと思うようなものだが。
「これも勇者さまを守るため、なんて思ってくれませんか?」
「がじがじ」
「痛い痛い」
指に歯を立てられたので、私は干しブドウを追加した。
「懐柔派なんて下らないものに、あまり勇者さまに気を遣わせたくはありませんので」
「がじ……。ふんっ、わたしがそんなものを気にすると思ったのか?」
「思ったので、手を打ったんですよ。強がりな勇者さま」
「……ふんっ」
頭を撫でると、勇者さまは、私にもたれかかってきた。少しは機嫌を直してくれたようだ。
勇者さまも、私の気苦労を察してくれたのだろう。なんだかんだで、勇者さまは私に甘い。
「次からはちゃんと言えよ」
「もうこんな方法は使いませんよ」
「嘘つけっ。マックスはドス黒いこと、何でもするからな」
「そこまで酷くはないと思うのですが」
「酷すぎるわっ」
鼻を鳴らして、勇者さまは私の服を掴んだ。私の心音を聞くように耳を寄せて、
「あんまり、苦労すんなよ。わたしは大丈夫だって」
小さく呟く声に、力はない。
「マックスは、わたしのこと気にしすぎなんだ。いっつも子供扱いするし!」
「そう言われても、まだまだお子様ですからねえ」
「うっせ! マジうっせ!」
声を荒げても、勇者さまはすぐにしぼむ。
――今回はやりすぎたでしょうか?
しかし、私は勇者さまのためならば、どんな手でも使う。敵になりそうなものには、一切容赦しない。
今までに消してきた人間は両手では足りない。滅ぼしてきた敵は、数千か、数万か。
それらには、何の感慨もない。邪魔だから消し去ったのみ。誇るものはないし、悼むものもない。
ただ、勇者さまは、それらを気にする。私が敵を滅ぼすたびに、私の身を案じてくる。
――それこそ私も漆黒龍ですし、気遣い無用なんですが。
最初のころは、何度もそう説明した。それでもこの少女は、私を心配し、心を痛める。
――優しい子ですからねえ。
頭を撫でてあやしていると、勇者さまが私の手にかじりついた。
「痛い痛い」
「むぐ……。マックス、腹減った、もっとブドウくれ」
「はいはい」
この話は、もう終わりということだ。
干しブドウを袋ごと渡し、好物で顔を緩ませる勇者さまを見る。
――こうしてのんびりしていられれば、充分なんですけどねえ。
問題を一つ片づけても、どうせまた新しい問題は起きよう。
今はそれをなるべく考えないようにする。今後何が起きたとしても、私はひたすらにこの少女を守るだけなのだから。
「マックス、ブドウ無くなった」
「はいはい。今日は特別ですよ」
「やたっ!」
もう一袋だけ用意しておいた分を渡す。一つ一つ大事そうに食べる勇者さまを抱きかかえながら、私はつかの間の平和を過ごしていった。
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