15 メイド・アリッサは助けられる
そろそろまた一区切りつきます。
死んだと思った。ただ、勇者を守るために跳びださざるをえなかった。
初めて勇者パーティの戦いを目にして、想像以上の惨劇を目の前にして、アリッサは自分には何もできないとすぐに悟った。
もし、自分が役に立てるのは、せめてリリアをかばうことくらい。ただそれだけを思って、リリアと魔獣の間に入った。
即死だろうと思った。今まで自分を世話してくれた、メイド長・エイプリルの顔が、頭をよぎった。
魔獣の叫びが聞こえる。爪に貫かれる痛みはない。もうそれで自分は死んだものと感じた。
「……?」
だが、意識ははっきりとしている。怖くて目をつぶっていたので、自分に何が起きたのか分からない。
恐る恐る、目を開ける。すると、黒い背中が眼前にあった。
「はいはい、そこまで」
気が抜けるような声がした。
「ちょっと目を離しただけのつもりでしたが、やはりストレスが溜まりますねえ」
最近になって、やっと聞き馴染んできた声だった。
「まあ、消えとけ」
が、丁寧な口調が一変。いつもの穏やかな雰囲気がなくなり、剣呑な、冷たい声になり、
「失せろ、ザコども」
爆音が、耳をつんざく。爆風がアリッサの体を揺らす。
何がどうなったのかと把握するよりも、体が後ろに倒れていった。
「うおっと」
後ろから、誰かに抱き止められた。それは、自分が守ろうとした勇者リリアのものであり、
「大丈夫か?」
「は、はい……」
リリアの顔を見て、アリッサの体から完全に力が抜けた。膝は動かず、体はしびれており、辛うじて首を動かすことしかできない。
――生きて、る?
てっきり、自分は死ぬものだと思った。どんな痛みでも耐え、少しくらいは役に立とうと勇気を振り絞って飛び出した。
だが、生きている。黒い背中、黒衣の魔法使いが、アリッサを守ってくれた。
「マーックス! とっとと片付けろ!」
「あいよ」
マクシミリアンが一歩進むと、魔獣の群れが一歩引いた。二歩進むと、魔獣たちは背を向けて逃げ出した。
決着がついたのは、三歩目だった。先ほどよりも、ずっと大きな魔法陣が展開される。空中に複雑な文様が浮かび上がり、素人でも分かるくらいの強大な力があった。
「漆黒爆炎嵐」
視界が、黒い炎で染まる。しかし、一瞬でそれは消えて、辺りが一気に静かになった。
――何も、なくなった?
魔獣が一匹残らず消えていた。黒炎が薙ぎ払ったのだと分かるのに、数分が必要だった。
「さて、片付きましたね」
口調を戻したマクシミリアンが、こちらにやってきた。立ち上がろうと思うも、体は言うことを聞かず、身じろぎするくらいしかできない。
「ああ、大丈夫ですよ、アリッサ。しばらくそのままで」
いつもの書類仕事を終え、これからお茶にする。そんな時の雰囲気だった。
「……終わったのか?」
「ええ、おしまいです。ラミたちの方も、もう落ち着いているころでしょう」
「……そっか」
代わりに、リリアの声にはとげがある。マクシミリアンを責めるように。
無我夢中だったので、アリッサには二人のやり取りが分からない。今、何があったのだろう。
そんなアリッサを置き去りにするように、二人はしばらく何やら言い合っていた。
「あ、あの、マックス様……」
「はい? なんですか、アリッサ」
なんで自分をかばってくれたのか、聞きたかった。震えていることしかできない自分など、守っても意味がないだろうに。
アリッサの問いに、マクシミリアンは苦笑で返してきた。
「まあ、目の前で死なれると、あまり気分がよくありませんし」
「で、ですが、危険では……」
「大丈夫ですよ、大丈夫。私はそれなりに強いので」
軽い口調は、自信の表れなのだろう。
「ありがとう、ございました」
「いえいえ」
本当ならば、ひざまずいてでも礼を言いたかった。命の恩人相手ならばなおさらなのだが、腰が抜けて立ち上がれない。
「マックス。今は許す。アリッサを抱えていけ」
「待たなくてもいいんですか?」
「いいから早くしろっ!」
頬を膨らませたリリアにも苦笑して、マクシミリアンがひょいとアリッサの体を持ち上げた。
「ま、マックス様!? 私は大丈夫ですからっ」
「勇者さまが言うのだから、仕方ありません。大丈夫ですよ、落としたりしませんから」
「当たり前だっ、バカっ!」
リリアにすねを蹴られながらも、マクシミリアンは笑っていた。
「初めての戦いでしたから。あまり気にしなくていいですよ、アリッサ」
「ですが、私はなんのお役に立てず……」
「戦うばかりが仕事でもありませんし、人それぞれ、できることとできないことがありますよ」
「はい……」
「それに、今回は体を張って勇者さまを守ろうとしてくれたでしょう? それで充分ですよ」
「はい……」
なぐさめてもらって、いくらから気分が晴れた。自分の至らなさを痛感し、泣きそうになってくる。
なんとか涙をとどめつつ、うつむきながら、抱きかかえられていく。
やがて、野営地に着くと、アリッサはすぐに自分の天幕へと運ばれた。マクシミリアンとリリアに、早めの休みを言い渡された。
一人きりになると、またさっきのことを思いだす。
――戦いじゃ、私でお役に立てることはないのね。
武術の心得などと言いながら、戦う心構えすらできていなかった自分を恥じる。
でも、と思いだすのは、マクシミリアンの言葉。
――戦いでお役に立てないなら、いつものお仕事で、もっと頑張ろう。
戦うことはできなくても、補佐くらいならばできる。いつも戦い帰ってくる勇者パーティの皆の疲れを癒すくらいは。
――私は私のできることを頑張らないと!
新たな目標を胸に、アリッサは力いっぱい拳を握った。
ブックマーク、評価、ご感想、頂けますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。




