12 メイド・アリッサは注意される
文章を書くって、本当に難しいものですね。
王都を出発してから、一日。アリッサは静かに仕事を待っていた。
「なー、マックス、喉がかわい……」
「勇者様、お水をどうぞ」
「お、おう」
と、たまにリリアの要望に応える程度。基本的には馬車の上で座っているだけだ。
マクシミリアンは本に夢中なのか、ほとんど何も言わない。リリアが話しかけても、少しばかりの相槌を打つだけ。
いつもの仕事と比べると、さらにやることがない。言ってしまえば、退屈でもある。
しかし、メイドたるもの、いついかなる時も気を抜かない。主人の供として居るならば、なおさらだ。
ただ、アリッサには気になることがあった。
昨晩のことである。野営の準備を終え、リリアの様子を見に行くと、リリアはマクシミリアンと同じ天幕にいた。
兵士に聞けば、それはいつものことらしい。ラミ、ミツルギは別の天幕におり、リリアは必ずマクシミリアンと二人きりになるという。
マクシミリアンは、いざという時の護衛として待機していると、兵士は言っていた。だが、アリッサには、二人きり、という所に疑問を覚えた。
思い返してみると、リリアはいつもマクシミリアンと一緒にいる。リリアもマクシミリアンも、それが当然だと言わんばかりに。
最初は、あまり気にしていなかった。マクシミリアンはリリアの保護者のような感じであり、リリアも仲の良い友人とのんびりしているような印象だった。
勇者の護衛として、魔法使いがそばにいる。そこには何の問題もないはずだが。
――そういえば、馬車に乗っている時、お二人は元気がなさそうだったけれど。
アリッサが朝食を出した時はいくらか空気が緩んでいたが、王都を出てからは、二人はほぼ無言だった。
もしかして、と思うのは、自分自身のこと。
――お邪魔、してしまったのかな。
アリッサは、新しくパーティに加わったばかり。つい、以前と同じようにメイドとして働いているが、二人の“いつもの”ペースを崩してしまったのかもしれない。
リリアとマクシミリアンは、付き合いが長いという。そこに、いきなりアリッサが入り込んだので、気まずくなってしまったのか。
となると、リリアのいる天幕に入るのもためらわれた。二人の関係を気にしてしまうが、メイドたるもの主人の懐深くには介入してはいけない。
幸いにして、昨晩は野営の手伝い、食事の準備などに追われて余計なことを考えずにいられたが、
――気になってしまう。でも、気にしすぎるのも失礼だし……。
マクシミリアンの隣に座るリリアは、ヒマを持て余しているように見えた。
聖剣も聖鎧も磨き終え、リリアは何もやることがないと言わんばかりに虚空を眺めている。
これが、同じメイド同士ならば他愛ない会話でもしているところだ。
――勇者様は、マックス様と二人きりがいいのね。
となると、アリッサはどうしたものだろうか。
今回の任務では、メイドはアリッサ一人きり。メイド用の馬車も馬も用意されていない。席を外せるのは、小休止の時だけである。
どうしたものか考えあぐねていると、リリアの様子が変わった。
ついに、ヒマが限界に達したのか、まぶたが重くなってきたようだ。あくびを噛み殺しつつ、なんとか起きていようと努力しているようだった。
「勇者さま」
「んあ? 大丈夫、だいじょーぶ……」
「大丈夫そうには見えませんよ」
「そんな……ことは……」
反論も小さく、リリアはマクシミリアンの肩にもたれかかった。
「やれやれ」
マクシミリアンは本を閉じると、リリアの頭を膝に乗せた。手近にあった毛布を眠ってしまったリリアにかける。
「あまり人前では寝ないんですけどね。今日は、少し調子が悪そうでしたから」
マクシミリアンの声には、優しさがあふれていた。小さく笑い、リリアの頭を撫でていた。
寝ているリリアは、いつも以上に幼く見える。そして、それを見守るマクシミリアンは、我が子を慈しむように、リリアの髪をすいていた。
聞きたくなる。リリアとマクシミリアンの仲を。
以前、二人は互いに友達だと言っていたが、今はそれ以上に深い仲に見えた。親と子のようであり、兄妹のようにも見えた。
疑問を持ちつつも口をつぐむアリッサをどう見たか、マクシミリアンは
「あまり、寝つきの良い子ではないんですよ。ただ、最近はゆっくり眠れていないので、疲れたのでしょうね」
言われても、アリッサにはリリアの様子に思い当たることはなかった。しかしマクシミリアンはリリアの様子をしっかりと理解していたようだ。
閉じた本を脇に置いて、ポンポンとリリアの頭を撫でる。
「一応、勇者としてのプレッシャーを感じていますからね。人前では、あまり気を抜かないんです」
「そう、なのですか?」
「えぇ」
そう言うと、マクシミリアンは指先で小さな魔法陣を描いた。
「ああ、ちょっと静かになるだけの魔法ですよ」
アリッサの疑問に答えるように言うと、魔法陣はすぐに宙に消えた。
「どこで誰が聞いているとも分かりませんからね。寝息一つでも漏らしたくはありません」
「え……?」
「勇者さまには敵が多いので」
マクシミリアンの声音が、少しだけ尖った。先ほどまでの笑みが消えている。
「勇者さまがあなたの前で眠ったのは、それなりにアリッサを信用したからでしょう」
「信用、していただけたのですか?」
「えぇ。でなければ、こんなに簡単には寝たりはしません」
長年の付き合い、というやつか。マクシミリアンは、誰よりもリリアのことを知っているのだろう。
驚いていると、少し棘のある視線が、アリッサに刺さった。
「アリッサも、城の中で、それなりに噂は聞いたでしょう? 派閥について」
マクシミリアンに派閥と言われ、アリッサはすぐに思いだす。
勇者擁護派、廃絶派、というものだ。
「最近はまた変な派閥もできたようですし、私も注意を払っています。アリッサ、あなたにもね」
「えっ、私ですか?」
マクシミリアンはうなずき、
「あなたが変な気を起こしたら、私は一切容赦しませんので」
低い声で言われ、背筋が寒くなる。視線がまるで、剣の切っ先のように感じられる。
「わ、私は決して、勇者様に何かしようなどとは……!」
思わず叫びそうになったが、すぐに口を閉じた。
リリアの寝顔が、少し曇る。アリッサはさらに口に手をあて、声と気を静めるよう努力した。
ふと、先日の刺客騒動を思いだす。きっと、アリッサがリリアを害しようとすれば、あの刺客のように容赦なく叩き伏せられる。
だが、アリッサにはその気どころか、リリアを守るためならばどんなことでもしようと思っている。
マクシミリアンも、それは理解してくれているようだ。視線から次第に緊張感が抜けてくる。
「あなたが勇者さまを失望させないよう、期待しますよ。私としても、そうそう仲間を失いたくはないので」
そう言われても、アリッサの気分は落ち込んだ。
――お仕事だけではないのね、必要なのは。
舞い上がっていたわけではない、過剰に自分を評価していたわけでもない。それでも、はっきりと告げられた言葉は、アリッサの胸を抉る。
何かを言うこともできずに、口をつぐむ。
リリアが寝ている間、アリッサは出発した時とは全く異なる気持ちで、黙り込んだ。
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