11 勇者リリアは眠い
GWも終盤。
相変わらず文章を書いてます。
「ふわぁ」
任務を言い渡された翌日、リリアは衛兵たちの準備を見ながらあくびしていた。
急に言われたので、睡眠不足気味。昨日は部屋に戻るのが面倒になり、マクシミリアンのベッドで寝てしまった。
これが、自分のベッドだったら一睡もできなかったかもしれない。
――やっぱり、まだダメかあ。
朝、起きた時、リリアはマクシミリアンに抱きしめられていた。いや、抱き着いていた。
頬には乾いた涙のあと。覚えてはいないが、また昔の夢でも見ていたのだろう。
思いだしたくなくても、思いださぬようにと心がけていても、過去に抱いた恐怖は忘れられない。それを唯一忘れられるのは、漆黒龍の腕の中だけ。
それをマクシミリアンは子供扱いするが、それはまた表面上のこと。実際はリリアを心配し、ただそばにいてくれる。
嬉しいけれど、恥ずかしい。いつか、自分の心と正面から向き合う日が来るのだろうが、今はあの温もりに抱かれていたい。
眠い目をこすりながら、リリアは出立の準備に取り掛かる。聖剣を持ち、聖鎧を着て、ほろの付いた馬車に乗り込む。
まだ荷物などの運び込みは終わっていない。そこで、見ればアリッサが衛兵たちと何やら話していた。
遠目に見えるのは、特に目立つこともない話し合い。おそらくは、荷物と人員の確認というところか。
馬車には、すでにマクシミリアンが乗り込んでいた。ラミとミツルギは、それぞれに馬を用意されている。
「ねっむい」
周りに誰もいないことを確認して、マクシミリアンに愚痴をこぼす。
「眠いー、眠いー。もっと寝ていたいー」
周囲に聞かれれば、勇者らしからぬ発言と態度に呆れられそうなものの、今はマクシミリアンが張った沈黙の結界内。何を言っても、外に漏れだすことはない。
マクシミリアンはまた面白くなさそうな本を読んでいた。そこから目を離さずに、
「今日の任務は遠出になります。寝ていても大丈夫ですよ」
「ホントか!?」
「えぇ」
珍しく、マクシミリアンが優しい。いつもならば、任務の道中では勇者らしく振舞いつつヒマを潰せというのだが。
――……昨日、よっぽど酷い泣き方をしたのかな。
淡々としている表情とは裏腹に、マクシミリアンもリリアを気遣ってくれているのかもしれない。
また恥ずかしくなりながらも、リリアはマクシミリアンの隣に座った。
「ひざの上じゃなくていいんですか?」
「今日は、いい」
頼りがいのある肩に、体を預ける。少し寄りかかるだけでも、リリアの心は穏やかに晴れていく。
できれば、一生こうしていたい。そんな考えをぼんやりと思い抱いていると、馬車の外から呼びかけられた。
「勇者様、マックス様、準備が整いました」
「ん? 早いですね、アリッサ」
声をかけてきたのは、メイドのアリッサだった。
いつもならば、まだ一時間はかかるだろう準備がもう終わったとは。
「衛兵の皆さんとお話して、少しお手伝いさせていただきました。お待たせして、申し訳ありません」
それほど待っていない。できれば、もう少し時間がかかっても構わないとリリアは思うのだが、仕事熱心なメイドは、ささっと準備を終えてくれたようだ。
報告を終えると、アリッサはすっと馬車に乗り込んできた。いつもならばマクシミリアンと二人きりなのだが、今日はアリッサも一緒らしい。
――寝られないじゃん。
アリッサは、こちらを気にする様子を見せずに、静かに座っていた。リリアはマクシミリアンの肩から名残惜しくも離れつつ、居住まいを正す。
――せっかく、マックスが優しいのに。
内心で大きなため息を吐く。身の回りの世話を、といつも言っているアリッサだ。主人のそばに控えるのは、当然のことなのかもしれない。
なんとなく、居心地が悪くなる。マクシミリアンとの二人きりのところを邪魔されて、気分が悪い。
しかし、そこで正直に悪態をつくほど、リリアは幼くなかった。ただ、マクシミリアンの隣から動く気はない。
仕方がないので、聖剣を磨くことにする。磨く必要など、どこにもないが。
やがて、馬車が動き出した。ラミ、ミツルギ、そして供として行く兵士たちが付いてくる。
目的の場所まで、約二日。何事もなければ、それくらいで着くだろう。
――その間、ずっとそばにいるつもりなのかあ?
少しばかり距離をおいてもらいたい。
リリアは、マクシミリアンのように暇つぶしの道具を持ち合わせていない。いつもは聖剣や聖鎧を磨くふりをしながら、マクシミリアンとのんびりおしゃべりをしている。
――うあー、二日もこの調子かよー。
数少ない楽しみを奪われた気分だ。かといって、リリアには、出ていけとも言えなかった。
ちらりとマクシミリアンの様子をうかがうと、視線は手元の本に向けられたまま。だが、ページをめくる気配がない。
――ヤベ、マックス機嫌悪くなってね?
心なしか、威圧感を感じる。漆黒龍の友達も、今の状況が好ましくないらしい。
――マズイマズイ。こんなところでキレるなよー?
先ほどまでのゆううつな気持ちが、焦りへと変わってくる。いつもはからかう沸点の低さも、実際にキレられると冗談ではなくなってしまう。
なんとかせねば。魔獣ではなく、勇者パーティが壊滅させられる恐れもある。
何かないかと、リリアは考えた。だが、急に思いつく話題もなく、懐を探っても起死回生のアイテムは出てこない。
唯一持っていたのは、干しブドウの入った袋だけ。気晴らしのおやつに、と持ち込んでいたものだ。
――これしかないかー!?
とにかく今は行動するのみ。リリアは袋から一粒つまんで、
「お、おーい、マックスー」
「なんですか? 勇者さ……」
振り向く顔に、ブドウを押し付けた。
「……いきなりですね」
ちょうど唇に当たったらしく、マクシミリアンがブドウを食べる。
「またどこかから調達してきたんですか? 勇者さまのおやつは、私がきちんと持ってきているのに」
「だ、だって、マックスがくれるの、少しだけなんだもん」
「食べ過ぎはいけませんからね」
マクシミリアンが、軽く息を吐く。威圧感が、いくらか和らいだ。
「……まあ、今日は見逃してあげましょう。朝食も食べている余裕がありませんでしたし」
「そ、そうか?」
乾いた笑いを作りながら、リリアも胸中でほっと一息。
――ヤベーヤベー。助かったー……。
最悪の事態は回避できたようだ。ただ、そこへ向かいに座っていたメイドが思いだしたように、
「簡単ではございますが、朝食を準備しておきました。よろしければ、召し上がってください」
と、カゴを差し出してきた。
かかっていた布を取ると、中には野菜や肉を挟んだパンがぎっしりと入っていた。
「ラミ様、ミツルギ様にもお渡ししております。お口に合うといいのですが」
「お、おう」
アリッサも食事を出すタイミングをはかりかねていたのかもしれない。
渡されたパンをかじる。野菜と一緒に挟まれたドレッシングが、良い塩梅で口の中に広がり、肉も柔らかい。
――……美味い。
アリッサの出す食事は、美味いものばかり。たまにリリアが嫌いな野菜を入れてくるのはマクシミリアンの差し金だが、基本的には何を作らせても美味く仕上げてくる。
「マックスも食うか?」
「では、一つ貰いましょう」
マクシミリアンは、本を広げたまま、パンにかぶりついた。すると、さっきまでの雰囲気がほどけ、感じる空気が柔らかくなる。
「ふむ、美味しいですね」
美味いものは、漆黒龍の機嫌すら治してくれるらしい。
そんな友達に同意しつつ、リリアはパンをいくつか食べきった。干した果物を食べるよりも腹が満たされ、気分も落ち着いてきた。
リリアのゆううつな気分もいくらか晴れた。
――少しは、マシになったか?
まだ道のりは遠く、始まったばかり。だが、美味い食事に少しばかりの安心感を覚えて、リリアは肩から力を抜いていった。
ブックマーク、評価、ご感想、爆発四散しながらお待ちしております。




