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2 メイド・アリッサは張り切る

なるべく早めの更新を心がけていきます。

 アリッサは、元々、とある貴族に仕えていた。

 仕事ぶりと、幼少時より取り組んでいた武術の腕前が認められ、勇者パーティへと推薦された。

 最初は戸惑い、断ったのだが、あまりにも熱心な推薦と、告げられた勇者の人となりが気になって、悩みぬいた末に承諾した。


 決まれば、後は簡単だった。全ての手配は元々の主人によって行われ、アリッサはただ勇者の下へ行くだけで済んだ。


 ――頑張って、勇者様を支えていかないと!


 アリッサから見た勇者は、まだまだ子供といえる幼さだった。実家に残してきた、妹や弟を思い出させる。

 従者であるという黒い魔法使い(ソーサラー)こそ、しっかりしているようだったが、先ほどの様子からして、あまり戦うには向かない性格だろうと推測する。


 いくら聖剣と聖鎧が使えるとはいっても、あの様子、幼い態度からは、まだ勇者の威厳が感じられない。

 まだ、勇者としての資質が目覚めていないと見える。ならば、それが目覚めるまでは、守ってやらねばならない。


 勇者パーティの他の面々、魔法使い(ソーサラー)精霊使い( シャーマン)、剣士は戦いに優れていると聞いた。ならば、それ以外のところで役に立つのが、アリッサの使命であると感じている。

 とりあえずは、勇者が王城で使っている部屋の掃除だ。

 いないと分かりつつも、部屋の扉を叩く。


「失礼します」


 用意してきた掃除用具と共に入ってみると、勇者の部屋はさっぱりとしたものだった。

 ベッドが少し使われている程度で、他には生活感がない。よく見れば、ベッド以外の部分にはうっすらとホコリが積もっている。


 おそらく、魔法使い(ソーサラー)、マクシミリアンの部屋に入り浸っているのだろう。寝る時以外は、ずっとあちらにいるのかもしれない。

 それであっても、勇者の私室。アリッサは掃除に手を抜くつもりはない。

 ベッドを整え、積もったホコリを拭って落とす。一時間もしないうちに、掃除はあっさりと終わった。


 幸か不幸か、ほとんど使われていない部屋の掃除は簡単だった。メイドとして長年働いてきたアリッサには朝飯前である。


「えっと、次は……」


 今までなら、掃除の後には洗濯、食事の支度などがあったのだが、勇者パーティの一員となった今では仕事らしい仕事がない。

 なんとなく、手持ち無沙汰になってしまう。そんな仕事熱心な自分に苦笑しつつ、


 ――次は、マクシミリアン様のお部屋かしら? それとも、パーティの他の方のお部屋?


 だが、勇者パーティの残り二人、精霊使い( シャーマン)と剣士は、今はクエストに出ているという。許可もなしに、勝手に入るのは新参者である自分には恐れ多い。

 かといって、勇者・リリアと魔法使い(ソーサラー)・マクシミリアンの憩いの時間を邪魔するのも無粋だろう。


「失礼いたしました」


 誰もいない部屋に会釈してから、廊下に出る。掃除用具を片付けたら、自分にあてがわれた部屋に戻ろうかと考えた。

 今まで、メイドであるアリッサに個室があてがわれたことはない。いつも、同僚との相部屋だった。


 そこに興味と、いささかの寂しさを感じながら、アリッサは自室へ向かう。

 その途中だった。特徴的な二人に出会ったのは。


「ミツルギ、あまり突っ込まないで。フォローできなくなるから」

「……分かった」

「前衛をしてくれるのはありがたいけど、アタシだって戦えるんだからね?」

「……うん」


 長い金髪の精霊使い( シャーマン)と、黒髪の剣士。確か、勇者パーティの二人だ。

 通り過ぎようとする二人にお辞儀をしつつ、挨拶しようか考える。


 ――いけないいけない。私はただのメイド。同じパーティに配属されたからといって、気軽に声をかけていい方々ではないわ。


 機会を見て、リリアから紹介してもらおう。


「あ、こんにちは」

「……」

「ミツルギ、挨拶くらいしなさいよ」

「……こんにちは」


 そう思っていた所で、意外にも二人の方から声をかけられた。


「クエスト、お疲れ様でした」


 内心の驚きを隠しつつ、丁寧に返す。

 挨拶はそれくらいに、二人はまた話し合いながら立ち去った。

 それをさりげなく見守りつつ、


 ――勇者パーティにはお若い方が多いのね。


 そう思うアリッサも含め、勇者パーティには、いかにも歴戦の勇士、といった雰囲気をまとう者がいない。

 パーティへの配属が決まった際には、どんなメンバーがいるのかと思ったものだが、


 ――勇者様のご意向かしら?


 なにせ、勇者であるリリア自身がまだまだ子供っぽさの抜けない少女だ。下手に男衆を入れるよりも、任務がやりやすいのかもしれない。

 と、思うと、一人だけいる例外、男性であるマクシミリアンのことが気になった。


 ――勇者様とは、かなり親しそうだったけれど。


 どういう関係か、少し知りたくなった。

 これから先、どのような任務が待ち受けているのかも分からない。その時に私情が絡み、問題になると困る。


 それとなく聞いておいた方がいいだろうか。

 仕事が一段落し、考えに余裕が出ると、色々と思うものだ。以前は無心で家事をこなすばかりだったのだが。


 思ったことを忘れぬようにしながら、アリッサは自室へと向かった。

 教えられた部屋の前で、ついノックをしようとして、また苦笑。自分だけの部屋など持ったことがないので、ノックはクセになっている。


「うわあ……!」


 入ってみると、予想以上の部屋に驚かされた。

 リリアの部屋ほどではないが、広い。ベッド、タンス、机といった家具も一通りそろっている。

 別天地に来たようだった。本当にこの部屋を使っていいのか、気が引けるほどだ。

 ベッドに腰かけてみる。


「柔らかい……」


 今まで使ってきたベッドの感触が、逆に恋しくなりそうなくらいだった。

 ますます気後れしてしまう。罪悪感すら湧いてきた。

 思わずベッドに倒れ込みそうになろうとした時、ノックの音が聞こえた。


「はい、開いております。どうぞ」


 慌てて服を整え、来客を迎え入れる。

 入って来たのは、初老に差し掛かった女性だった。顔に見覚えがあったのは、以前同じ場所で働いていたからで、


「え、メイド長!?」

「久しぶり、という程でもないわね、アリッサ」


 先日、自分を見送ってくれた、メイド長・エイプリルだった。


「どうしてこちらに……?」

「あなたの荷物を持ってきました」

「は、はい、ありがとうございます!」


 戸惑うアリッサに、エイプリルは微笑みかけてくれる。長年世話になってきたので、予想外の再会に思わず嬉しくなる。


「荷物もですが、今日はあなたに大切な言伝を預かってきました」

「えっ、ご主人様からですか?」

「ええ。あなたには、もう元ご主人様というところでしょうけど」

「そんなことは……」


 冗談めかして言われると、反論も小さくなってしまう。エイプリルは、時にこうやってアリッサの緊張をほぐしてくれる。


「それで、その、言伝をうかがってもよろしいですか?」

「ええ、こちらの方が大事なお話ですし。よいですか?」


 うなずき、息を飲む。元々の主人からは、勇者をしっかりと支えるよう言われている。それに加えて、何を言われるのだろうか。


「ご主人様は、あなたが勇者様のお役に立つよう、そして、全身全霊をかけて、勇者様の信頼を得るようにと仰っていました」 


 言われて、アリッサは身が引き締まる思いがした。さっきまで感じていたベッドの柔らかさを忘れるほどに。

 直立不動で、言伝を聞く。


「アリッサ、あなたは言わば、ご主人様の代理です」

「ご、ご主人様の、ですか?」

「ええ。それだけの責任と覚悟を持って、仕事に励んでください。メイドとしての本分を忘れず、さらにパーティメンバーとしての活躍を強く望むと仰っていました」

「は、はいっ!」


 貴族である元主人の代理とは。単に、勇者の身の回りの世話をして、任務に臨めばいいというわけではないらしい。

 大きな責任を持たされ、アリッサに不安が浮かぶ。しかし、


「いつものあなたならば、大丈夫ですよ。頑張ってくださいね、アリッサ」

「かしこまりました!」


 微笑むエイプリルの顔を見て、少しだけ不安が薄らいだ。いつも、エイプリルはこの優しい笑みで、アリッサを励ましてくれた。


「では、私はこれで戻ります。あなたの活躍が聞けるよう、楽しみにしていますね」


 言い終わると、エイプリルは一礼して、退室した。

 思わぬ再会と、与えられた使命の大きさにアリッサは深呼吸をして、


 ――これから、一生懸命に頑張らないと!


 覚悟し、改めて思いを強くした。

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