3 メイド長・エイプリルは嘆く
更新頻度が遅れてすみません。
アリッサの部屋を出たエイプリルは、廊下に誰もいないことを確認すると、深いため息を吐いた。
持ってきたものは、アリッサの荷物と、主人からの言伝。それに間違いはない。が、
――ご主人様のご意向をそのまま伝えることはできませんでした……。
エイプリルは、先ほど自分が伝えた言葉の意味を分かっている。
主人は、最近になってできた派閥だという、勇者懐柔派の一人だった。その中でも、精力的に働く幹部らしい。
国王に働きかけ、たったの数日でアリッサを勇者パーティへと送り込んだ。メイドのしての仕事ぶりと、武術の心得を売り込んで。
勇者支持派と勇者懐柔派は、あまり溝がない。一部では、結託する動きもあるという。そのため、支持派は懐柔派の動きを積極的に止めることができない。
――アリッサに、どれだけのことができるかしら。
メイドとしての働きは、エイプリルも保証できる。しかし、武術の方は、認めかねる。
いつだったか、アリッサが魔物を撃退したと主人の屋敷で噂になったことがあった。その時はエイプリルもアリッサの行動に驚いたものだが、実は、ただの獣を追い払ったとそれだけだった。
おそらく、本当の魔物に出会えば、アリッサは手も足も出ずにやられてしまうだろう。それは、想像に難しくない。
勇者パーティは、任務で常に危険な場所に赴くという。身の回りの世話くらいはできても、アリッサが実際、勇者の役に立てるかは怪しいところだ。
勇者の盾として死ぬことができれば、良いほうか。主人の代理などと言いながら、アリッサは、単に懐柔派の手ごまの一つでしかない。
命をかけて、勇者の信頼を得る。その上で、勇者を自分たちのコマとして手に入れる。それが、懐柔派の狙いだ。
エイプリルは、これらのことを、直接主人から聞いたわけではない。だが、聞かずとも、情勢と主人の人となりを理解していれば思いつくのは簡単だった。
自分に力があったならば、主人を止めたかった。アリッサは優秀なメイドというだけではなく、エイプリルにとっては子供のように可愛い存在。無残に命を散らして欲しくはない。
アリッサは、真面目で素直な性格をしている。主人の言葉の裏に隠れているものを伝えるわけにはいかない。伝えれば、本当にアリッサは自分から死にに行く。
言伝は、表向きのきれいごとだけ。
――アリッサは、まるでいけにえのようね。
主人からすれば、ちっぽけな命だ。それで、勇者から感謝されれば安いもの、といったところ。
できれば、そんな役目からは逃がしてやりたい。しかし、
――一度、役目を負ったなら、あの子は絶対に成し遂げようとするもの。
今さら、エイプリルが何を言ったところで、アリッサは自分の役目から逃げない。それゆえに、悲しむことしかできない。
ついさっき見せてくれた決意の表情。それが、自分にはなんとも痛ましい。
エイプリルは二度目のため息をついてから、無表情を作った。王城で、ただのメイドが暗い顔をしてはいられない。
そう、自分でも役割を捨てられないのだ。だから、アリッサも。
アリッサは、主人の領地にある村の出身である。とりたてて褒めるべきところも、けなすところもない、小さな村だ。
そんなところから、小さい頃に屋敷に連れてこられ、仕事と心構えを叩き込まれた。
読み書き、家事、礼儀作法。どれも、アリッサはよく覚えた。メイドたちの中では、頭一つ抜きんでていた。
それが、今回の件を招いた。若く、優秀で、役に立ちそうなメイド。エイプリルは、役目を負わされたのが自分だったら、と空しい考えすら抱く。
今のエイプリルにできるのは、アリッサの無事を天に祈ることだけだった。神でも、悪魔でもいい。あの少女を守ってくれるならば、どんな存在でも構わない。
廊下で、何人かとすれ違った。その中には、兵もいた、貴族もいた、そして、メイドもいた。
誰に対しても、礼儀を払う。自然に、義務として。しかし、表には出さぬその胸中は、ただただ沈んでいた。
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