6 シャーマン・ラミはクエストを終える
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森の外で一夜を明かし、ラミとミツルギは再び森の中へ入っていた。
今回は別行動ではない。ミツルギが巣の場所をほぼ特定したというので、二人で仕掛けることにした。
昨日仕留めた大鬼族の周りに、足跡がいくつかあった。帰ってこない仲間が気になったのか、夜のうちに別の大鬼族が現れたようだ。
仲間がやられたということで、大鬼族たちは警戒しているだろう。巣へ忍び込むのは、苦労しそうだった。
どう戦うか考えていると、ミツルギが立ち止まり、木の後ろへと隠れた。ラミも、自然と同じように隠れる。
「……あそこ」
小さな声と共に、ミツルギが前方を指さす。
見ると、大きめの洞穴があった。風の精霊に頼むと、大鬼族特有の泥の匂いがした。
大鬼族の巣で間違いないようだ。
「どうしようか?」
作戦を立てようとすると、ミツルギは、
「……オレが中の様子を見てくる」
「それなら、アタシもいくよ」
「……ダメ、様子を見るだけ。オレに考えがある」
そう言うと、ミツルギは洞穴へと音もなく走っていった。
止める暇もない。ラミは、ミツルギの考えとやらに、従うことにした。
ミツルギは、一人の方が動きやすそうだ。様子を見るだけ、というなら、任せた方がいいのかもしれない。
五分過ぎたくらいだろうか。無事に、ミツルギは戻って来た。
「……あの穴、あんまり大きくない。すぐそばに大鬼族がいた」
「数は?」
「……三匹」
「様子は?」
「……警戒してるみたい。起きてた」
となると、洞穴の中で戦わねばならないだろうか。
またラミが考えていると、ミツルギは背負っていた道具袋を漁り、
「……これ、使う」
そういって出したのは、拳大の球だった。
「これは?」
「……煙幕、みたいなもの」
「煙?」
「……いぶりだす。魔物が嫌がる臭いも出る。火を点けてから、投げ込む」
「それで穴から追い出してから仕留めるのね。了解」
――便利なものがあるのね。
ミツルギの提案をすぐに飲み込み、ラミは煙玉を貰った。
「私に任せて。火を点けたら、風の精霊の力で、風を送るわ」
「……うん」
ラミたちは洞穴に近づくと、火の精霊を呼びだし、火を点けた。
それを勢いよく穴に投げ込むと、さらに風の精霊の風で洞穴内に風を送る。
外にいても、鼻を突き刺すような臭いがした。ミツルギは魔物が嫌がる、と言っていたが、これは人間相手にも効果がありそうだ。
風を送り込んでいると、すぐさま穴の中から反応があった。
雄たけびなのか悲鳴なのか分からないが、外にまで響く大声がした。
地面を鳴らしながら、大鬼族の巨体が飛び出してくる。
一匹、二匹。三匹目が出てくるまでに、それほど時間はかからなかった。
「ミツルギ!」
「……うん!」
臭いに苦しんでいる大鬼族を背中から襲う。
「風の精霊! 力を貸して!」
風の刃で、頭上から両断する。絶命の声もなく、まず一匹仕留めた。
「……ふっ!」
ミツルギの方も一匹倒していた。残る一匹に、
「風の精霊!」
「……はあっ!」
二人で、とどめを刺す。
ミツルギが剣を心臓に。ラミはダメ押しとばかりに、大鬼族の首を飛ばした。
最後の一匹の巨体が崩れ落ちる。三匹、確実に倒したことを確認し、二人は緊張を解いた。
「ふう、終わったかな」
「……うん」
洞穴の中から、何かが出てくる気配はない。
それにしても、
「凄い臭いね、これ」
「……特製」
一応、洞穴の中も確認したかったのだが、まだ煙が残っていた。
今度は風の精霊の力で、風を外へ向ける。煙りを追い出しつつ、ミツルギが大鬼族の耳を削ぎ落すのを見て、
「中の確認が終わったら、村に戻ろ」
「……じゃあ、オレが見てくる」
「えっ、ちょっと!?」
まだ煙を出し切れていないというのに、ミツルギはすぐさま洞穴の中へ入ってしまった。
またも、止める暇がなかった。即断即決の、ある意味で潔さのある行動力だ。
仕方が無いので、ラミも洞穴の中へ。風の精霊に風の鎧を頼み、なるべく煙と臭いを遮断する。
――気にならないのかしら?
鎧があっても、まだ臭いが鼻を突く。
火の精霊の火を明りにして、少しずつ進んでいく。
最奥にたどり着くまでに、それほど時間はかからなかった。ミツルギの言う通りだった。
ミツルギは既に当たりの探索を終えていたようだった。
「……何もない」
最奥には、獣の骨が山積みになっていた。人間のものらしき骨も。
昨日倒した分も含めると、かなりの大所帯だ。村自体に被害が出るまで、そうかからなかったかもしれない。
――運が良かったみたいね。
村にしても、ラミたちにしても。もう少し群れが多くなっていたら、一流冒険者の仕事になっていただろう。
「……子供もいなかった。もう、大丈夫だと思う」
確かに、もう辺りで動くものはない。気配もないので、これにて討伐完了だ。
一息吐こうとしたかった。が、この中で深呼吸するのはいやだ。
ラミたちは外に出てから、緑いっぱいの空気を吸い込んだ。
「お疲れ様、ミツルギ」
「……うん、ラミも」
互いに労いつつ、森を抜ける。村への報告が完了すれば、後は『都市エステカ』に戻るだけだ。
村への帰り道は静かなものだった。ミツルギは、あまり話し上手ではないようで、静かに歩いていた。
ラミも、わざわざ話しかけることはしなかった。おそらく、そちらの方が、気を遣わせなくてすむだろうから。
ラミたちが村に着いたのは昼を少し過ぎてからだった。
「アタシは村長さんに報告してくるけど、ミツルギはどうする? 先に帰る?」
昨日の様子から、ミツルギはあまりクエストに時間をかけたくないのだとは察している。
なので聞いてみたが、ミツルギは特に返事をすることもなく、ラミに付いて来た。
「えっ、本当にもう終わったんですか!?」
報告すると、村長はとても驚いた。ラミたちの力を低く見積もっていたらしい。
討伐した証拠に、削ぎ取って来た大鬼族の耳を見せると、また村長は驚き、
「こ、こりゃあ、ありがとうございました!」
「じゃあ、アタシたちはもう帰るから」
「い、いやいや、そう言わず。あまり大したもてなしはできませんが、食事など召し上がってください」
「えっ、それは嬉しいけど……」
ちらりと、ミツルギを見る。早く帰りたいと言っていたのでいやがるかと思ったのだが、
「……食べる」
「ミツルギ?」
「……腹、減ってるから」
むしろ、食事の話を聞いて目を輝かせていた。態度はほとんど変わっていないように見えたが、どことなく嬉しそうである。
じゃあ、とラミとミツルギは村長のもてなしを、ありがたく受けることにした。
家を飛び出す村長を見送りながら、
「ミツルギ、そんなにお腹減ってるの……?」
「……うぐっ! ……うん」
指摘されて、明らかに動揺していた。確かに今朝は水を飲んだだけだったようだが。
やがて飛び込むように戻って来た村長に案内され、二人は想像以上に豪勢なもてなしを受けた。
野菜のみならず、肉までてんこ盛りだった。
「……おお! おお!」
ミツルギの目が、さらに輝く。
「ささ、遠慮なくどうぞ」
言われるよりも先に、ミツルギは食事に手を付けていた。よっぽど腹が減っていたようで、目の前にあるものに手当たり次第食いついていた。
その様子に苦笑しつつ、ラミも食事をいただく。味付けは質素ながら、充分に美味い。
「いやあ、これで安心して森に行けます。本当にありがとうございました」
「二人だったから、早めにね。ソロだったらもう少し時間がかかってたかも」
「えっ? 精霊使い様は、普段ソロでやってらっしゃるんですか?」
「パーティは組んでるんだけど、クエストはソロよ」
「はあ。組んでらっしゃるなら、なんでまた?」
「ちょっと、事情があって、ね」
組んでいるのが勇者パーティだから、とはさすがに言えない。
「では、剣士様もソロで?」
「そうみたい。今回は、特別ね」
「こんなに腕がいいなら、お二人でパーティを組んではいかがです? きっと、もっとクエストをやれるのでは?」
「あっちはソロが好きみたいだから。このパーティは今日で解散なの」
村長は納得しかねているようだった。ラミも、村長の考えは理解できる。
自分はともかく、ミツルギの腕は一流だ。誰かと組めば、より一層活躍できそうなものだが。
――まあ、それを言うのも野暮ってものよね。
それに、ミツルギは話したがらないだろう。ラミも、それくらいは承知している。
二人は腹いっぱいに食事を貰うと、さらに土産まで渡されて村を後にした。
村長は名残惜しそうにしていたが、ラミも、そしてミツルギもゆっくり滞在しているわけにはいかない。
帰れば、また勇者パーティの任務が待っているかもしれない。任務が入れば、そちら優先で取り掛からねば。
ミツルギも、次のクエストを早く受けたがっている。食事の満足感で、今は気が緩んでいるようだったが。
「ミツルギ」
「……うん?」
「『都市エステカ』に戻ったら、すぐにギルドに行きましょ。報酬を分け合ったら解散ね」
「……うん。割合は……」
「半々。最初に言った通りよ」
「……分かった」
帰りの道中、話したのはこれくらい。
それ以外は静かに、二人は『都市エステカ』まで戻っていった。
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