4 シャーマン・ラミは迷う
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龍族は、気落ちしたかのように暗い声で話を続けた。
「我らは、北の土地で何事もなく暮らしていました。人間にも魔族にも関わらず、ひっそりと。ですが、ほんの少し前に、魔族が大軍で押し寄せました」
魔族、と聞いてラミの心に刺さった棘がうずいた。
「我ら自体が目的だったようです。使い道こそ話してはおりませんでしたが、力ある魔族が何匹と現れ、我らを襲ったのです」
「ふむ……」
マクシミリアンがあごに手を当てうなずく。
「戦いましたが、結果はご覧の通り。我は無事なれど、我が同胞はこのような姿に。なんとか逃げおおせましたが、同胞はもはや朽ちる寸前。我はこの同胞を看取るために、共にいるのです」
看取る、とはどういうことだろうか。
「遠からず、同胞は死ぬでしょう。ただ死ぬのならば、問題はありません。ですが我らは龍族。簡単に死ぬようなものでないことは、人間もご承知のはずですね?」
「ええ、知っていますよ」
「ゆえに、私は同胞が果てたのちにも穏やかに眠れるよう、これ以上、アンデットとして死に損なうことがないように、見守っているのです」
つまりは、
「正気を失い、暴れ出すようなら、あなたが……?」
「はい。我が同胞を殺します。完全に」
マクシミリアンの表情もまた曇った。この龍族たちは、死ぬために、そして殺すためにここまで来たというのだろう。
村の近くに下りたのは、意図したものではなく、同胞と呼ばれる屍龍族が限界を迎えつつあったため。それを青い龍族が察したのか。
――同胞を見守って、そして殺さないといけないのね……。
同胞という言葉で、ラミは部族の仲間たち、家族同然の存在を思い出す。
もし、家族がアンデットになり、無念を抱いたままさまようことになれば、ラミは辛くとも同じ決断をするかもしれない。
だが、それは、
「悲しくは、ないのですか?」
ラミは、思わずこぼしてしまった。言わねばいいことを。
青い龍族はラミを見て、しかし、
「悲しい、ですか。そうですね。ですが、同胞の苦しみを見捨てることはできません」
「そう、ですか」
「苦しみを抱いたまま現世にとどまることを、同胞は望みません」
それゆえに、ということなのだろう。ラミは、思わず震え、自分の肩を抱く。
悲しくても、やらなければならない。青い龍族は、決意を持って、ここにいるのだ。
「ですので、我らのことは、どうか静かに放っておいてください。人間に危害を加えようとは、思っていません」
青い龍族は、そう言い切った。
マクシミリアンは目を伏せたまま、またうなずき、
「分かりました。あなたたちは、あなたたちの思うようにしてください。私たちは、手を出しませんから」
「居場所を借りていることは謝罪します。ですが……」
「人間のことは、人間に任せてください」
「……感謝します」
それで話は終わった。
マクシミリアンは踵を返し、リリアも、ラミもそれに従う。
外に出ると、もう陽は落ちて暗かった。
「今日は、あの山小屋で一晩過ごしましょう」
「そうだな、今からだと、村に戻れても夜中になるしな」
マクシミリアンとリリアは調子を取り戻していたようだったが、ラミの胸の内は複雑だった。
――仲間が死ぬと分かっていて。そして、苦しむかもしれないと知っていて、看取るというのね。
龍族からすれば、ラミの感傷は余計なものかもしれない。しかし、ラミは自分に重ねてしまう。
思いだすのは、『エルテル城塞』での、あの一件。
ルシアナは裏切り者だった。そして、殺された。
――裏切り者でも、私にとって、ルシアナは大切な家族みたいな人だった。
ラミが直接、手を下したわけではない。それでも、抱いた喪失感は、変わらない。
あの龍族も、このように感じるのだろうか。喪われた者を思って、苦しむのだろうか。
人間と龍族は違う。しかし。
――アタシじゃ、どうしようもないよね……。
代わってやれるものではない。青い龍族は、覚悟を決めて、同胞と一緒にいるのだから。
「ラミ」
うつむきながら歩いていると、マクシミリアンが声をかけてきた。
「あなたが気に病む必要はありませんよ」
「……はい」
何気ない気遣いの言葉。だが、それはマクシミリアン自身に言い聞かせているようにも思えた。
「あの二体は、それぞれの思いを持って決めたのです。私たちにできるのは、あの二体を静かに見守ることだけです」
「……」
「そして、それはあなた自身に重ねるものでもありません」
思っていたことをそのままに言われて、ラミは顔を上げる。
「アタシ、は……」
何か言いたい。しかし、続きが出てこない。
「無理に言葉を作る必要はありませんよ。感じたものは、必ずしも言葉にできるものではありませんから」
確かに、今のラミには何も言えない。マクシミリアンは、それを悟り、理解して声をかけてくれたのだろう。
いつもならば、こちらを察する気遣いに嬉しく思う。だが、今のラミには胸の中のつかえが重く、気持ちも落ち込むままだった。
山小屋に戻るには、それほど時間はかからなかった。
持ってきた荷物から食料と水を出し、手早く食事を済ませる。和気あいあいとは言い難い空気の中、ラミは流し込むように食事を流し込んだ。
「見張りは私がやるので、二人はもう休んでください」
「うーい」
「……はい」
後は任せろと言われ、リリアとラミは山小屋に入った。
用意していた毛布にくるまり、ラミはまた自問自答を繰り返す。
――悲しくなると分かっていても、それでも大切なヒトを喪う覚悟って、どういうことなんだろう……。
答えは出ない。
やがて疲れが睡魔を連れてくるまで、ラミは一人で思い悩んでした。




