5 マックスは悩む
私はぼんやりと夜空を見上げていた。
欠けた月、輝く星々。しかし、私が見ていたのはそんな綺麗なものではない。
屍龍族と、もう一体の龍族。あの二体の行く末が頭の中に引っかかっている。
元々、龍族は独りを好む。二体で動くことは稀だ。
おそらく、あの二体はつがいなのだろう。静かに住んでいたところに、魔族が襲撃してきたのだ。
魔族は、おそらくあの二体の龍族を狩って、鱗だの骨だのを求めていたの違いない。
二体を同時に狙ったのか、はたまた偶然二体いる時に襲い掛かったのか。どちらにしろ、あの龍族たちには災難でしかない。
――まったく、魔族は……。
そう思いかけて、私は考えを振り払った。
龍族の素材は魔族にも、人族にも重宝されている。誰が仕掛けたにせよ、あの二体にとっては変わらないか。
私の見立てでは、あの屍龍族は一週間もしない内に朽ち果てる。その後、理性を失って暴れ出すかは、
――残念ですが、あり得るでしょうね。
青い龍族は、暴れ出せば殺す、と言っていた。
――分かっているのでしょうね。同胞の最期が。
青い龍族はそれを確信して、共にいるのだろう。大切な相方を、せめて自分の手で眠らせてやれるように。
もし最期の時に立ち会えるならば、私も力を貸してやりたい。葬るための力ならば、いくらでも持っている。
――それに、私からしても、同胞なわけですし。
アンデットとして暴れ狂う同胞は見るに堪えない。楽にしてやれるなら、それに越したことはない。
だが、今は人間に化けている身。手伝うのは野暮というものかもしれない。
あの二体は、自分たちの力で決着をつけたいのだろう。となれば、今の私にできるのは、あの二体の邪魔にならぬよう人間側を説得することしかない。
『ファウ村』に戻ったら、説明せねばなるまい。詳細は曖昧にするとして、近日中に山で騒ぎがあると。
勇者さまに頼めば、多少、村に滞在しても問題はないだろう。
ラミは、と思いかけて、私は頭を掻いた。
――大切な者を喪うこと、ですね。ルシアナの件は、そう簡単には飲み込めませんよね。
正体はどうあれ、ルシアナはラミにとって特別な存在だった。それを喪ったラミは、また自分の気持ちに整理がついていない。
龍族たちもまた、大切な同胞を喪おうとしている。手段と境遇は違うが、ラミは自分に重ねずにはいられないのだろう。
――彼らの結末を見て、ラミも何かを感じ取れるのでしょうか。
何か、と漠然としたものしか思いつかない自分に苦笑。それもそうか、私は喪う者は見てきても、喪ったことはないのだから。
私にとって、大切な人は勇者さま以外にありえない。もし、勇者さまが誰かの手にかかろうものなら、
――国ごと焼き払ってもいいですが、そういうことでもないんですよねえ……。
それぞれに理由がある。誰しもが同じ答えを得るものではない。
できれば、ラミには前向きに乗り越えてもらいたいが、私が直接どうこうできる問題でもない。
――やれやれ、私もガラでもないことを考えるものです。
壊すこと、奪うことに長けた漆黒龍が、亡くす者を思うとは。勇者さまに会うまで、考えたこともなかった。
こういう感傷は、他の同僚に任せていたのだが。しかも、ほぼ押し付ける形で。
――世界と関わると、こういうことになるから困るんですよね。
考えながら、笑顔の苦みが濃くなると感じる。
六大属性龍は、世界と交わらず、中立を保つもの。人族、魔族、どちらに肩入れしても、世界の均衡が崩れる。
それを理解しつつ、何とか無理のない範疇で、私は勇者さまを、友達を守ろうとしている。守りたいと思っている。
――似合わないことばかりしてますねえ、私は。
だが、今さら俗世を離れられはしない。それこそ、大切な者を亡くさない限りは。
傲岸不遜、と自覚していた性格も、今では化けの皮の方に慣れてきている。自分には、穏やかさなど無縁だと思っていたものだが。
この生き方を、いつまで続けられるだろうか。勇者さま、と大切にしている少女が天寿を全うするまで、続くだろうか。
少女が逝けば、私もまた姿を消す。一回限りの約束だ。約束が果たされれば、今度こそ人とは関わるまい。
――勇者とは、なんとも面倒くさい天職です。ただの女の子に、なんであんな運命を背負わせるのか。
これもまた、泣き虫な少女を見てきたからこその、ひいき目だろう。あの日あの時出会ったのが、あの少女以外だったなら、私は人間の心情など気にもしなかったはずだ。
――これ以上は、私では答えを出せませんね。
定まっていなかった焦点を、月へと移す。
すぐそば、小屋の中には就寝中の少女が二人。夜明けには、まだ遠い。
私は、二人の気配に安心しながら、ゆっくりと目を閉じた。
夜が明ければ、また忙しくなる。そんな事実を、一時でも忘れようとするために。
忘れるなど、できぬと分かっているがゆえに。
どうやったら、拙作を多くの方々に読んでいただけるものか……。
難しいですね。




