6 勇者リリアは言えぬ
新年度もよろしくお願いいたします。
村に戻ってから三日。リリアたちは、借りた空き家に滞在していた。
村長には、マクシミリアンから事情を説明してある。
「近々、山で少し騒ぎが起こると思います。ただ、村には影響はないでしょう。山にだけ近づかないようお願いします」
そう説明された村長は、マクシミリアンの言葉を素直に受け入れてくれた。さらに、
「彼らのことが気になりますので、まだ少しあの家を借りていてもいいですか?」
と、お願いすると快く返事をしてくれた。
村からしてみれば、万が一の保険、といったところかもしれない。勇者とそのパーティがいてくれれば、村を守ってもらえるのだと。
リリアは、マクシミリアンが何をしたいのかおおよそ察している。屍龍族が暴れ出したら、マクシミリアンも手を貸そうというのだろう。
龍族と屍龍族、争いとなれば、比喩ではなく、山一つが吹き飛ぶ。首を突っ込んだ以上、静観するつもりはないらしい。
今は、村から食料を分けてもらう返礼しとして、マクシミリアンは仕事に出ている。リリアは、ラミと留守番、家の掃除の最中だ。
『エルテル城塞』での一件以来、リリアはラミとまともに言葉を交わしていなかった。気遣いではない。リリアには何も言うことができず、また、何も言う資格すらないからだった。
聖職者はリリアの命を狙い、その結果、魔族に殺された。誰が殺したのかは問題ではなく、何が原因として聖職者が凶行におよんだのか。そちらの方が重要だった。
聖職者は、リリアとマクシミリアンを憎んでいた。リリアにとってはどうしようもないことで、マクシミリアンとの契約について話してもいない。
――それでも、わたしのせいだからな。
事情を話したくらいでは、ラミも完全には納得していないと、リリアは思っている。
ラミにとって、聖職者は大切な人物だった。そこには、他人の事情など介在しようもない。
――マックスは、どう思っているんだろうな。
考え、すぐに答えは思いつく。
きっと、あの漆黒龍も思い悩んでいるに違いない。素は荒っぽい性格だが、他人に全く気を遣わないわけでもない。
根っからの冷血漢というわけではないのだ。もしそうなら、リリアのことなど気にかけてくれるはずがない。
――たぶん、本人は気づいてないだろうけど。
長く生きていながら、自分のことを理解していない。リリアと会うまではずっと独りだったらしいので、気にしたこともなかったのだろう。
床を磨き終えると、リリアは軽く吐息した。普段は無気力だが、家事は嫌いではない。小さいころから、家の手伝いでやってきた。
もう昼に近い。マクシミリアンも、一度戻ってくる頃合いだ。
昼食を何にしようかとぼんやり考えていると、あちらも掃除を終えたらしいラミが、遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、勇者様」
「うん?」
ラミは、ほうきを握りしめて、立っていた。対するリリアは磨いたばかりの床に腰を下ろし、
「なんだ?」
先ほどまでの感傷を一旦打ち切る。
「勇者様は、龍族のことを、どう思われていますか?」
「龍族? この前のか?」
「はい」
――どうって言われてもな。
自分たちだけで決着を付けようとしているあの二体に、リリアは同情できない。
それは、無関心だからではなく、リリア自身が大切な者を失ったことがないからだ。
――そんなわたしが何を言っても、意味ないんだけどな。
どう言葉を重ねたとしても、それはうわべだけの軽々しい発言にしかならないと思う。
しかし、ラミは、
「大切な人を、自分の手で殺さなきゃならないって、アタシには、よくわからなくて。納得できる理由を、知りたくて……」
どうしても答えが出せないのだろう。
それは、リリアにも答えを出せない問いかけだ。なので、素直に答えるしかない。
「わたしにも、分かんね。龍族なりの流儀とか、意地とかなのかもしんないけど、辛そうってこと以外、思いつかない」
「そう、ですよね……」
半ば放り投げるような答えだったというのに、ラミはうつむき、小さく呟くだけだった。
そして、
「アタシはルシアナのこと、全然知りませんでした。だから、ルシアナのやりたかったことが、よく、分かっていません」
「……そうか」
「アタシがもっとルシアナのことを気にしていれば、止められたのかもって思うんです。でも、どうやったら、止められたんでしょう?」
「それは……」
「もし、事情を知っていたらって、ずっと思ってるんです。あんなことになる前に、ルシアナを説得出来ていたらって」
無念を抱えたまま死んだ人間について、答えを求める方法をリリアは知らない。もし、という前提で死者を悼めない。
――どうしたって、聞きようがないもんな。
だが、
――もし、マックスが誰かに殺されたら、わたしはどうするんだろう?
あり得ない話かもしれない。しかし、もし、もしものことが起きたら、リリアには何ができるのだろう。
「……やっぱり、分かんね」
「……はい」
「もし、マックスに何かあったとしても、わたしは弱っちいから何もできないと思う。憎むとか、復讐を考えるとか、お決まりみたいなもんしか、思い浮かばない」
ラミは無言で受け止めている。
「こうしておけば、とか、もっとなんとかしておけばって、思うのかもな。でも、わたしには、何も言えね。お前みたいな経験してないから」
無責任だとも取れるだろう話なのに、ラミはただ悲しそうな顔をするだけ。
「それに、お前は止められたかもっていうけど、事情を知ってたら、聖職者みたいに、わたしとマックスを殺そうとしたかもしんないしな」
「そんなことは……」
「ない、って言いきれないだろ? もしも、って話をするならさ」
後悔に対する言い訳は、後からいくらでも思いつく。しかし、その後悔自体を塗り替えることはできない。
「わたしはマックスに守られてばっかりだけど、わたしだって、マックスを守りたいって思ってる。いま、断言できるのはこれだけだ。こんなことくらいしか、お前に言ってやれない」
ラミの目を見て、そう言い切ると、
「はい。ありがとう、ございました」
未だ迷いを見せながらも、ラミはうなずいた。
自室に戻っていく背中を目で見送りながら、リリアは深いため息を吐く。
――偉そうに何を言っているんだか、わたしも。
しかし、リリアには他に言ってやれることはなかった。今の自分に言えるのは、未来への決意だけだった。
リリアが過去に思うのは、理不尽な天職を与えた運命への愚痴のみ。もっとも、これはマクシミリアンに散々言いまくった。
ラミに、納得できるような答えを与えられるのは誰だろうか。
――あの龍族たちくらいなもんかな……。
リリアは、何もない壁を見つめながら、マクシミリアンが帰ってくるまで動かなかった。




