表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第8章 母と娘の子守歌
75/76

第68話 眩しさに目を細め 前編

 薄暗い天幕の中、ディーファは両腕を挙げると、大あくびをした。

 大きく全身を仰け反らせて背伸びをすると、凝り固まった体が少しほぐれた。


 古い空気を大きく吐き出すと、新しい空気を吸い込み、疲弊した気分を一新させる。

 こうして少し気分が晴らしたディーファは、改めて仕事に取り掛かる。


 ・・・つもりだったが、山積みの書類に再開した瞬間、心が折れる音を聞いてしまった。


「うへぇ」

 ディーファは情けない声と共に机に突っ伏した。


 彼女は積み上げる書類の山々に負けた。

 救援はない。マグは自隊の撤収準備で帰り、クリスの復帰は明日の昼からだ。

 敵はまだ沢山いる・・・


「のああああああ!どうしてこんな事にぃー!!!」

 ディーファは頭を抱え、15回目の奇声を上げた。


 この事態はディーファの自業自得だった。


 彼女は戦闘関係だと比類ない才能を発揮する。

 しかし裏方の事務関係は完全に無能だった。

 その無能ぶりたるや、滅多に上官に逆らわないシェイドから「頼むから何もするな」と怒鳴られた程だ。


 以降、ディーファはこの手の仕事はシェイド達に一任し、自身はほぼ何もしていない。つまり成長の機会を自ら放棄した。


 撤収作業に必要な諸々の作業は、救援に駆けつけたマグのおかげで、どうにか目処がついた。

 しかしそれ以外にも、作戦結果報告書、今後の部隊運用案の作成など仕事は残っている。頼みのマグはもういない。


 書類仕事は苦手だが、もう逃げられない。

 当初はやる気もあったが、それでどうにかなるなら苦労はしない。

 そもそもガサツな性格な彼女には、書類仕事はあまりに繊細すぎた。


 目の前にあるのは、所々が歯抜けの未完成書類、順番が未整理の一連書類、間違いだらけの訂正書類等々・・・

 試しに一つ書類を取り出すと、書類の山が壊れ連鎖的にドサドサと床に崩れ落ちる。


「のああああああ!のああああぁぉぁ!」

 再び机に突っ伏したディーファは、16回目の奇声を上げた。


 ・


「いかん、このままでは駄目だ!」

 ディーファはガバッと頭を上げた。

 意を決した様に再び書類と向かい合う。

「どうすれば良い?考えろ、考えるんだ・・・あいつならどうするの?ん、あいつ?」

 何故か思い浮かぶアルフの顔に、ディーファは不思議そうに首を傾げた。


「そういえば、アレフの奴、何回か事務仕事を手伝ってもらったが意外に使えたな」

 ディーファは思い出しながら、うんうんとうなずいた、

 彼はそれなりに優秀だった。一長一短はあるが、総合的にはシェイド達と大差ないだろう。

 シェイド達は無理だが、彼なら参考に・・・

「駄目だ、全く参考にならん」

 ディーファは光の速さで諦めた。


 アレフとの付き合いは短いが、その為人(ひととなり)は理解している。

 高い戦闘能力だけでなく、事務処理や交渉など様々な分野にも秀でてる。

 そしてその能力は天性の才能ではなく、努力と研鑽によって獲得したものだろう。


 やるべき事があれば、ただ地道に黙々と丁寧に、無駄なく効率的にこなす。

 どこまでも当たり前のことを当たり前に行うだけ。

 そうしてひたすらに研鑽を積み、さまざまな能力を得て、そしてさらに磨いてきたのだろう。


 彼の努力、研鑽を怠らない姿勢は手本とするべきだ。

 しかしこの切羽詰まった状況では、役に立ちそうにない。

「あはは・・・あははは」

 もう笑うしかなかった。


 再び机に突っ伏し、未だ目覚めぬアレフの事を考えた。

 完全な現実逃避だ、もちろん自覚はあった。


 ・


 アレフは意識不明だ。

 戦闘で負った傷は塞ぎ、輸血もした。

 本当にギリギリだったが、峠は越えた。

 間違いなく生き残る。


 彼には助けられた。

 だからゆっくり休んでもらおう。

 それが恩返しだから。


 たとえあんな騒動を起こしたとしても…


 あの騒動・・・


「あんの馬鹿野郎が!」

 唐突にディーファは叫んだ。

 当時の状況を思い出し、完全にブチ切れていた。


 ・


 あの騒動とは、瀕死のアレフが治療を拒否したことだった。


 ライファとの戦いで意識を失ったディーファは、マグ指揮下の車両内で目覚め、そこでマグから一連の状況の説明を受けた。


 指定場所に集結し待機していたマグの前に、突然ディーファと獣人達が転送された事

 シェイド達を連れたイリスと合流後、マグが独断で全部隊を撤退させた事

 アレフが今も戦闘中でその詳細は不明な事等々


 報告を元に今後の事を考えていた最中、今度は隕石の落下による大爆発が起きたが、マグが見事な指揮で被害を防げた。


 ようやく落ち着いたと思った時、今度はフィロかは通信が入った

『アレフを助けて下さい!彼が死んでしまう!お願いです!』

 彼女は悲壮な声で泣きながら叫び続けていた。


 イリス率いる救出隊がすぐに編成され、瀕死のアレフが救出され、ディーファ達が待つ本隊へと搬送された。


 指揮権を戻し指示を始めた時、救出されたアレフが帰ってきた。

 その姿を見たい時、ディーファは顔色は一瞬で青ざめた。


 全身血だらけ、胸には致命的な傷跡、絶え絶えな虫の息、もはや生きている事が奇跡だった。


「イリス、治療だ。そこの机を使え」

 この時は、ディーファの決断は早かった。軍隊に身を置く以上、この手の扱いには慣れていた。

「手の空いてる者は輸血の用意だ。急げ!」

 ディーファは即座に方針を決め、治療部隊に命じた。

 これを受けたイリス達治癒部隊が治療を始めようとしたが、しかしここで問題が生じた。

「やめてくれ、後でいい」

 とアレフが治療を拒絶した。


 ディーファは全身から血の気が引くのを感じた。


 魔力強化体は人間の命令に逆らえない、これは絶対だ。

 アレフが治療を拒否すれば治療ができない。

 当然らイリス達治療部隊は何も出来ず、ただ困惑するしかなかった。


 イリスからの助け求める視線に、ディーファは小さくうなずいた。

 彼女は肩を怒らせ、どしどしとアレフに詰め寄った。

「死にたいか?さっさと治療を受けろ!」

「後でいい」

 アレフは消え入りそうな声で答えた。

「馬鹿が!」

 ディーファは反射的にアレフの頬を引っ叩いた。


 イリス達が軽い悲鳴を上げる中、ディーファはアレフの胸倉を掴み上げた。

「誰が先だと?言ってみろ!」

「シェイドが危ない・・・彼を先に」

「ああそうだな、実にお前らしい答えだ。この馬鹿が!」

 ディーファの右手が再び頬を叩いた。


 付き合いは短いが、彼の性格を理解している。

 彼はどうしようもなく頑固だ。一度決めた事は絶対に覆さない。

 ディーファは説得を諦めた。元より選択肢にない。


「これが最後だ、選べ」

 彼女はアレフの胸ぐらを両手で掴みなおすと、そのまま全身を吊り上げた。

「大人しく治療を受けるか、それとも力ずくでされるか。好きな方を選べ!」

 ディーファは声を張り上げた。

 いつの間にか瞳に涙が浮かんでいたが、彼女は気が付いていない、


「必要ない」

「よし分かった!悪いが死ぬなよ!」

 怒鳴るディーファは、吊り上げていたアレフを机へと放り投げた。


 呆然と見守るイリス達の前を、アレフが放物線を描いて飛んで行き、そのまま机へと落下した。

 間髪入れずにディーファが馬乗りとなり、アレフの両肩を押さえつけた。


「この馬鹿は錯乱状態だ。よって発言には何の権限もない!私が責任も取る!この馬鹿を治療しろ!殺す気でやれ」

「・・構うな」

「知るか!」

 アレフが弱々しい声で答え上半身を起こそうとするが、馬乗りのディーファが全力で両肩を押さえ抵抗する。

「イリス急げ!誰か手伝え!」

「シェイドを・・・先に」

「あいつは大丈夫だ!馬鹿暴れるな!」

 ディーファの指がアレフの肩に食い込んだためか、傷口が開きそこから血が溢れ出していく。

「頼む!動くな!」

 叫ぶディーファの頬を涙が伝い落ちた。


 そんな間にも、アレフの顔色は青白から土気色へと変わっていく。

「先に止血だ!誰か足を押さえろ!折れても構わん、むしろ折れ!」

「じ、獣人達を」

「ふざけるな!恩人達を放っておくかよ!皆無事だ、一番先に最優治療させた!文句あるか!」

 嗚咽まじりにディーファが叫んだ。

「・・聞こえない。もう少し大きな・・・」

「縄だ、鎖でもいい!この馬鹿を縛れ!」

 ディーファを叫ぶと、治療部隊に指示するため後ろへと振り返ろうした。

 その時、ディーファはアレフを抑える力を僅かに緩めてしまった。


 その瞬間をアレフを見逃さなかった。

 彼は肩を抑える手から抜け出すと、立ち上がろうとした。

 慌ててディーファが押さえようとした結果、体勢を崩した両者は机から転げ落ちた。


「なっ?」

 一瞬惚けたディーファだが、直ぐに状況を把握した。

 体勢は逆転し、今はディーファが下で、アレフに馬なりにされていた。


 ディーファは咄嗟にアレフの左手を掴むが、今度は彼が左手を掴み返してきた。

「は、離せ!」

 ディーファは起き上がろうと必死に抵抗する。しかしアレフは力を巧みに受け流して許さない。とても瀕死とは思えなかった。


「止めろアレフ!おい分かってるのか!」

「私は・・・大丈夫だ」

 アレフの胸元から鮮血が垂れ落ち、ディーファの頬を赤く染めた。

「お、おい?」

 驚きに目を見開くディーファに、アレフの虚な瞳が写った。

「離してくれ。頼む、お前を助けたいんだ」

「断わ…る」

「頼む!」

 ゆっくりと首を振るアレフに、ディーファは半ば絶望した。


 誰もが諦めかける瞬間、誰かがアレフへと飛び掛かる。獣人のキテラだった。


 彼女は必死に待っていた。

 アレフが隙を見せる瞬間を狙うため、歯を食いしばり耐えていた。

 瀕死なのに彼には隙がなかった。獣人特有の鋭敏な勘が、襲えば返り討ちと知らせていた。

 そしてようやく隙を見せて瞬間、彼女は躊躇なく飛び込んだ。


 彼女は一瞬でアレフの後ろに回り込むと、首筋に両腕を巻きつけ頸動脈を締め上げる。

 一瞬で脳への血流を絶たれたアレフは意識を失い、その場で崩れ落ちた。


「ごめんなさい」

 キテラは崩れ落ちるアレフを胸で抱き返え、ぽろぽろと泣き崩れた。

「もう大切な人に死ぬのは嫌・・・」

「治療します。そのままで」

 アレフを抱きかかえるキテラの脇で、イリスが治癒魔法術式の詠唱を行う。

 他の隊員達も直ぐに気を取り直し、輸血など準備を始めた。

 天幕は、治療という戦いに怒声と怒号が飛び交っていた。


 そんな様子をディーファは呆然と眺めていた。


 ・


「とんだ醜態だ、まさか何も出来なかったとは」

 ディーファは背もたれに背中を授けると、天井を見上げて嘆息した。


 アレフは助かった。は全て部下達の活躍のおかげだ。

 しかし責任者のディーファは何も出来ずにいた。あまりに惨めだった。


「しかも泣いてた・・・か。えっと・・・・うん」

 後でイリスに指摘された知ったが、泣きながら怒鳴っていたらしい。まるで気が付かなかった。

 その時の自分を想像すると、今度は羞恥心で頬が熱くなってきた。


「馬鹿の目の前で、しかもあの馬鹿相手に・・・いや何でだ」

 不思議だった。部下が瀕死を負う事は珍しくもない。似たような騒動は何度も経験している。

 初めこそ動揺はしていたが、慣れてしまえば的確な指示を下し、的確な処理を行えてきた。

 部下の死にも慣れてしまい、涙など流さなかった。少なくとも部下の前ではだが。


「分からん、どうして私があの馬鹿のために泣いた?」

 理由があるとすればアレフと部下達との違いなのだろうが、分からない。

 傷付いた彼を思い出すと、何故か胸に痛みが走るが、それも理解できない。


 ディーファは両腕を組んで考え込んだ。

「・・・怒り?・・・ああ成る程、あの馬鹿にブチ切れ出たからなあ。怒りの涙?というやつか、聞いた事ないが」

 都合の良い言葉を作り出したディーファは、満足そうにうんうんとうなずいた。


「よし殴る!それで解決だ」

 脳筋な結論に至ったディーファだが、あの騒動の最中にも、アレフを引っ叩いたり、机の上に投げ付けたりしたのだが、きれいさっぱりと忘れていた。


 拳を向けられたアレフが困惑する様子を思い浮かべ、ディーファは不気味な笑いを浮かべた。

 すると胸の痛みは驚くほどあっさりと引いていた。


 明るい?未来に、想ディーファの枯渇していた仕事意欲が蘇って来た。

「そうと決まればまずは目の前の仕事だ!」

 気分一新したディーファは、再び仕事を書類の山へと対面した。


 ・・・少しして

 ディーファは再び机に突っ伏した。

「のああああああ!どゔじよゔ!!!」

 天幕中に本日17回目の奇声が鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ