第69話 眩しさに目を細め 中編
遅くなりました。
まだ私達の声が聴こえないのですね。
本当に困った方です・・・
さてお寝坊さん、そろそろ起きなさいな、
沢山の方々が待っておられますよ。
ふふ、いつまでもお慕いしておりますよ
王よ、永遠にお側に
・
瞼を開くと、見知らぬ天井が広がっていた。
「・・・の声・・いや夢か」
アレフは寂しげに呟くと、乾きかけの涙を拭った。
意識がはっきりとするにつれ、徐々に記憶が戻ってきた。
ライファとの戦いで深傷を負い、本隊へと連れ来られた。
ディーファと一悶着し、問答の末に意識を失った。
記憶が残っているのはそこまでだった。
どれぐらい眠っていたか?
窓から見える空は暗い、今は深夜だった。
どうやら丸一日寝ていたようだ。
直ぐに傷付いた身体確認を始める。骨の髄まで染み付いた戦士としての習慣だ。
胸の傷と全身の火傷は完全に治っている。
手足も正確に動く、思考も神経も異常はない。
治療したのはイリスに違いない。ここまでの腕があるのはまだ彼女だけだ。
これならもう教える事はない。
安心し、それから寂しさも覚える。
彼女にはもう教える事がない。それは決別を意味する。
未練はない、そう思いたい。
寂しそうに笑い、再び体の確認を始める。
大量に血を流したのに意識は明瞭だ。どうやら輸血を受けた様だ。で
確認する限り、身体はほぼ正常だった。
ただ一点、嗅覚が僅かに鈍い事を除けばだ。
あの力を使ってしまった。
短時間だったが、魂の消耗は免れなかった。
限界は近いのだろう、その先は・・・
「それで望みが叶うなら悪くない、か」
少し嬉しくなり、だから笑った。
しかし今は約束を果たしたい。
地球に帰り、友と再会する。
それが全て
・
「ここは何処だ?」
そう呟くとアレフは立ち上がり、辺りを見回した。
理解は早かった。
あるのは複数設置された寝台や医療機器の数々
それでここが臨時に設営された野戦病院と知った。
他の寝台を見ると、何故か縄で縛られて眠るシェイドがいた。傷はまだ残っているが、容態も安定している。
「無事だったか」
アレフは安堵の息を漏らした。
シェイドもイリスが治療した。彼女のお陰で助かったのは間違いない。
「あとはクリスと獣人達か」
まだ不安は残っている。他の負傷者達の安否だった。
クリスや獣人達も傷を負い、ディーファも魔力の欠乏で消耗していた。
命の危険がある程ではないはずだが、確認するまで安心できない。
そんな折、誰かの寝息に気が付いた。
寝息の先へと振り向くと、寝台の近くの地面でキテラが眠っていた。
彼女の顔は薄汚れていた。顔だけでなく服もだ。
全身いたるところが、泥や返り血で薄汚れている。
彼女は着替える間もなく負傷者の介護に追われ、一息ついたところで眠ってしまったのだろう。
「キテラ、君にも感謝している。ありがとう」
アレフは心からの感謝を述べた。
今回の作戦で一番尽力したのは、彼女かも知れない。
作戦が急遽決まった時、出発する獣人達を集めてくれたのは彼女だった。
その後もアレフに付き従い、伝達や雑用もこなした上に、仲間達が魔力強化体と衝突しないよう目付け役にもなっくれた。
彼女がいなければ獣人達の参戦はなかった。
そうなるとディーファが獣人達に助けられることはなく、作戦が失敗していた可能性もある。
その上、彼女自身も敵の魔力強化体を討ち取る戦果を挙げた。
「やはり一番の功労者は君だな。ありがとう」
アレフはもう一度感謝の言葉を述べた。
・
キテラ自身の負傷をないのか、とアレフは彼女を様子を眺めていた。
そんな中、彼女の頬に残る涙の跡に気がついた。
その瞬間、アレフの鼓動が跳ねた。
「フィロ、応答しろ。負傷者についての報告を求む」
眠るキテラへの配慮のため、通信機へ呼び掛ける声は小さい。
『おや、生きてました。全くしぶといですねえ。怪我の具合はどうですか?』
冗談交じりでどこか間延びしたフィロの返事に、アレフは眉間にシワを寄せた。
「怪我は完治だ。状況の報告を頼む、死傷者についてを最優先だ」
アレフは絞り出すような声で応えた。
『はいはい、了解しました。しかし相変わらず化け物じみた回復力ですね。神にかけられた呪いの副産物とやらですか?本当にしぶといですねえ』
「悪いが、茶化すのは後にしろ」
それはとても静かで、そして暗い声だった。
『わかってますよ。しかし心配して損しましたよ。でもまあ、本当に不死なのかはまだ疑わしいですね』
「黙れ!」
『ひっ!』
アレフの静かな怒号に、フィロは思わず息を呑んでいた。
空気が重苦しく変化した。あまりに張り詰めた緊張のためだ。
苛立つアレフの歯軋りの音が不気味に響いた。
「無駄口はやめろと言った。なぜ無視をするか」
静かな怒りの声が不気味な静寂を崩した。
『・・・申し訳ありません。浮かれてました』
硬直していたフィロの返事は遅かった。
「何を浮かれていた?言え」
『あ・・・あの・・・あなたが無事だったのが嬉しくて・・・つい』
今にも泣き出したそうなフィロの返答に、アレフはしばらく押し黙った。
『あ、あの』
「心配をかけてすまなかった。それと怒鳴った事もだ。報告を頼む、負傷者についてを最優先で」
『し、失礼…し、しました』
どうにか取り繕うアレフだが、それでもフィロの声は気の毒な程に震えていた。
アレフはキテラを起こさぬよう、静かに腰を下ろした。
『せ、せ、戦死者はなし、です。じ、重傷者は、シェイドさん一人です。もも、もちろん命に別状ありません』
「そうか良かった・・頼む、あまり怖がってくれる」
気の毒なほどに怯えるフィロの様子に、アレフは気まずそうに頭を掻いた。
『ああ、あっ、はい、だ、だ、だ、大丈夫です』
「・・・シェイドの治療経過について説明を。併せ後遺症の有無についてもだ」
『ち、治療を行ったのはイリスさんで、後遺症の可能性は低い、いえ無いと断言します。ただ・・』
「ただ?」
『うっ…』
鋭い声での疑問符のせいか、通信機からは再びフィロの息を呑む音が響いた。
『た、体力の消耗が激しかったので…治療は最低限の止血と内臓修復に留めてます。残りの傷の治療は体力回復を待つ予定です』
「治療方針を提案したのはお前案か?」
『え?えっと…はい。イリスさんが困っていたので提案しました。駄目だったでしょうか?』
「いや最善の処置だ。無理に治療を進めれば、シェイドは死んでいた。お前のおかげだ、感謝する」
アレフは感謝の言葉を述べると、腕を組んで何かを考え始めた。
「イリスにはもう教える事はないと思っていたが、まだまだ足りないようだな」
そう言うと、アレフは少しだけ嬉しそうに笑った。
『えっと、他の負傷者ですが、クリスさんの傷は完治しましたが、大事をとって一日休みを取りました。今日から復帰します』
落ち着きを取り戻したフィロの報告に、アレフは無言で頷いた。
『獣人の皆さんもほぼ回復してますが、クリスさん同様に一日療養し、本日復帰です」
「ディーファは?重度の魔力欠乏症だったはずだ」
『心配ありません。魔力充填剤と自然回復でほぼ完全に回復してます。怪我もありません』
「了解した。取り敢えずは今は問題なしか。後は帰ったら後の話だな」
『帰った後ですか?」
不安がるフィロの問い掛けに、アレフが何も答えず不満そうな顔で頬づえをついた。
『もしかして私に何か落ち度があったのですか?』
「いや、お前に落ち度はない。あるとすれば、ディーファにだ」
『えっと?』
疑問符を浮かべるフィロをよそに、アレフは小さくため息を吐いた。
「私がいた星のとある国でな、防衛しか出来ない軍隊があった。何故だか知らんが、その軍隊は一部の政治家から目の敵にされていて、ほんの些細な失敗でもやり玉に挙げられ、いつも虐められていた。やれ怪我人が出た、やれ領土侵犯した国に警告しただのな」
『それは、その一部の政治家とやらが敵国に寝返っていただけでは?』
「さて、な。問題は何処にでも、些細な事でも我が物顔で責任を叫ぶ阿呆どもがいるという事だ。つまり今回の作戦での負傷者について、ディーファが責められる可能性があると心配してるわけだ」
『???そんな馬鹿がいるのですか?は作戦は成功、死者はなし、負傷者も早々に復帰可能です。戦果として申し分なしです』
「まあ実際その手の輩を見てきたからな」
呆れ声フィロの問い掛けに、アレフは苦笑で返した。
『軍隊では多少の被害は必然です。あなたの例は、文民統制の弊害ですか?現場を知らない頭の良い馬鹿が、思い付きだけで現場を乱した事例なら、幾つか知っています』
「さて、な。政治の事はよく分からんよ」
そう言うと、元王様は疲れた様子でため息を吐いた。
「この作戦の最高指導者はマリニアだ。彼女の責任追及はないと断言できる。あとは彼女の政敵がどう出るかだ」
『マリニアさんはサイカ国の5本指に入る権力者、その実績、実力、人気も非の打ち所がないでふの上、作戦成上、世論の流れをマリニアさんに傾くでしょうから、政敵側も無理に争わないのでは?」
「そう願いたいものだ。いずれにせよ、今はどうしようもない」
アレフにも思い当たる節があるのか、物憂げに頷いた
『えっと言いにくいのですが、ボルガン司令官が責任を追求することもあり得ますね。何せあなたに殴られた恨みがありますからね』
「そんなのもいたな。私自身への復讐なら幾らでも相手にしてやるが、ディーファ相手だと色々面倒だ。その時は潰すか」
『程々にお願いします。しかしディーファさんが処罰された場合、どの程度になりますかね?』
「最悪の場合は更迭だ。大隊長が他の誰かに挿げ替えられる。部隊運用に支障を来す問題だ。まあマリニアが手を回すから、せいぜい叱責程度だとは思う」
『取り敢えず今は何も出来ません。その辺の同行は私が探っておきます。しかし人間とは困ったものです。不確定要素が多過ぎて、私がどんなに計算して予想しても、簡単に外してくれやがります。特に誰かさんは」
「…さて、な。よく分からないなあ」
苦笑したアレフは、誤魔化すようにあさっての方を向いた。
「いずれはせよ、ボルガン程度ならどうとでもなる。おかしな動向があった場合だけ教えてくれ」
『分かりましたが、マリニアさんと情報共有をされてはどうですか?』
「やめておこう。お前の監視能力は驚異だ。マリニアが知れば無用な疑心暗鬼を産む。私も見られてるのではないか?人間とは存外弱い生き物なのだよ」
『弱いってどのどの口が・・・失礼、知らせない件は了解しました』
これはフィロの理解した上での皮肉なのだが、アレフはその意を理解した上で頷いた。
「いずれにせよ様子見だ。杞憂に終わるとしても、対策は立てておきたい」
『苦労人ですねえ』
「私は無能で間抜けなのでな、やる事をやっておかないといつ墓穴を掘るは分からん」
『無能はともかく、間抜けは自覚があるようで何よりです。
「こればかりは魔法術式でも治治らん。困ったものだ」
アレフは柔らかく威厳を感じる声で呟いた。
その様子はどこか寂しげで、疲れているようにも見える、
遠い深い闇夜に、雲間からの銀の月が姿をのぞかせる。
降り注ぐ淡い銀光が、窓辺とを仄かに照らし出す。
その眩しさに、アレフは思わず瞳を細めた。
長くなりすぎたので途中でぶった切りました。
出来るだけ早く更新したいです。




