第67話 ひと時の眠り
スコルプ討伐戦結果報告書より一部抜粋
先述の通り、都市スコルプ内の異形体約20万体については全ての死滅を確認、これをもって本作戦の完遂を認めた。
9、傷病者について
傷病者については以下の通りである。
(1)人間1名
アレフ・バンデット
複数回の戦闘により、全身に重度火傷、左肩骨折及び腹部重度裂傷等の負傷、並びに大量の失血及び重度の魔力欠乏症を確認
現在は重篤状態のため治癒処置
(2)魔力強化体3名
A ディーファ
ライファとの戦闘の際、魔力吸収型の術式により一時的に魔力欠乏症を疾患
充填剤及び自然回復により回復、原隊復帰
B シェイド
複数体は敵性魔力強化体との戦闘の際、全身重度の裂傷及び火傷、これによる大量失血及び魔力欠乏症を疾患。
一時危篤に陥るも治療により安定状態に。
現在療養のため待機中
C クリス
敵性魔力強化体との戦闘の際、胸部に重度杙創の負傷及び魔力欠乏症を疾患。
いずれも治療により回復、現隊復帰
(3)獣人5名(スクライ他4名)
ライファとの戦闘の際、火傷並びに打撲及び骨折の負傷(個々の詳細については省略)
治療により回復、現隊復帰
以上、重傷者3名、軽傷者6名、死者なし
内、継続治療中2名、現隊復帰6名
また上記以外の隊員についても作戦の性質上、著しい体力及び魔力の消耗が認められる。
よって、帰還後の全隊員には充分な療養が必要であり、これについての配慮を検討を願いたい。
・
「こんなものか・・・」
慣れない報告書を書き終えたディーファは、座っている椅子の背もたれにもたれかかった。
「ぐへあー」
薄暗い車の中、思わず安堵の声が漏れていた。
クリスに聞かれれば一時間の説教だが、幸いにも彼女は休んでいてこの場にいない。
書類作業は大変だが、ある意味では非常にくつろいげていた。
異形体討伐作戦はほぼ成功した。
討幕目標だった都市スコルプに救う異形体20万体は、大規模火炎術式で殲滅している。
その際、負傷者は出たが、死者はない。軽微な損害で収まったと言える。
隊員の犠牲を嫌うディーファにとって、これは何よりの結果だった。
作戦前は、ある程度の死傷者を覚悟していた。
何せ予想敵勢力は、魔力強化体第一世代ライファ、存在が予想されたアメリア産の魔力強化体だった。
実際は、巨大竜型生命体1体を含む予想以上の戦力であり、全滅していた可能性もあった。
それが負傷者だけで済んだのだから、大成功と言っても過言ではない。
「そうなんだがなあ」
ぼやくディーファの表情は曇っていた。
最善を尽くし、ほぼ最良の結果も得られた。これ以上は望めないだろう。
それでも他にもっと良い手段があったのでは、と考えずにいられない。
「皆良くやってくれたのに、私だけが醜態を晒した。情けないな」
嘆いていたが長くは続かない。
報告書を終えた安堵で睡魔を覚えたディーファは、大欠伸をすると、机に突っ伏して深い眠りについた。
・
話は少し前に戻る。
全隊の指揮官を委譲された第三中隊長マグは、都市スコルプが一望できる小高い丘に全部隊を集合させた。
ここは作戦成功後の集合する場所として設定された場所だからだ。
ここで全隊の損耗状況を確認し、頃合いを見て都市内部の状況を確認する予定だった。
その際、指定時間内にディーファ達大隊員が戻らない場合、全部隊を撤収させる事になっていた。
大隊はライファとの戦闘の可能性が高く、全滅も想定されていた。
大隊以外の全部隊の集結は予定通りに完了した。
しかしその後のマグは散々だった。
それは各部隊の状況確認を終え、ひと息ついた時に起きた。
いきなり目の前が光り出すと、その中から気を失ったディーファと重傷の獣人達が現れたのだ。
何者かによる転送魔法術式だった。
当然騒ぎになるが、瞬時に事情を察したマグは、直ぐに治療部隊を手配し治療をさせた。
これもひと息つくと、今度は都市の方で大爆発が起こり、爆風が部隊を襲った。
これはアレフとの戦闘で、ライファが起こした隕石落下だった。
幸いにも事前に警戒部隊から落下の警報があり、何とか直前で全隊の防御術式が間に合った。
被害は軽微で済んだが、このままここにいては危険だと、早急に撤収準備を進めさせた。
めんどくさがりなマグとしては、この時点で一生分の労働をしたと、かなりぼやいていた。
どうにか撤収準備を終えたところで、今度は上司のディーファがようやく目を覚まし、ほぼ同時に救助されたシェイド達が合流したのだった。
さっさと指揮権を返したいマグは、目覚め立てのディーファに早口で状況説明を始めた。
よくやく楽になれると思ったらところで、今度はディーファの通信機に連絡が入った。
フィロからの、ライファの撤退と瀕死のアレフへの救助要請だった。
「そっか・・・急いで助けないとね」
マグは安息を諦めた。
アレフは国家機密扱いの重要人物だ。そんな彼が死に掛けているのに、まさか病み上がり上司に処置を委ねるわけにもいかない。
「・・・本人、自覚ないんだよなあ。大隊長も絶対忘れてる」
冗談抜きで彼の命運が、今後の部隊の進退に関わる。なのに、理解している者が少ないのが悩みどころだった
「あー、イリスちゃん、疲れてるとこ悪いけど、助けに行ってくれるかな。あとキテラちゃんも護衛をよろしくね」
色々と諦めたマグは精魂尽き果てた声で呟いた。
・
収容されたアレフの煬帝が落ち着くと、魔力強化体第二の大隊にようやく休みが訪れた。
作戦はほぼ完了し、残る作業は異形体の生き残りの確認と撤収だけで、周囲の安全も確認済み。
これで、真夜中の出隊以降、隊員達はようやく取れたまともな休憩だった。
しかしマグから指揮権を戻したディーファは例外で、諸々の作業で休む暇などなかった。
シェイドとクリスは負傷療養中、明日にはクリスが復帰するが、それまではディーファだけで帰隊までの段取り等を決めなければならない。
ディーファは戦闘指揮は得意だが、それ以外はとことん苦手で、今の事後処理に四苦八していた。
そんな時、いつもは助けを求めると雲隠れするマグが、めずらしく助力を買って出た。
サボり魔のマグですら、相当な非常事態と察したのだろう。
お陰で、執務はいつも以上の早さで執務をこなされ、予定よりかなり前倒しで進んでいた。
翌日、炎上していた都市スコルプがようやく鎮火した。
直ぐに都市の調査隊が派遣され、異形体の全滅が確認された。
ここに至りようやく作戦の成功が確定した。
しかしディーファが本当に休める日はまだまだ先だった。
・
隊員達が慌ただしく撤収準備を進める中、シェイドは寝台で強制的に寝かされていた。
彼は体は縄で厳重に縛られ、身動き一つ出来ない状態だった。
そうなった理由は、他ならぬ彼自身の自業自得だった。
潜入任務での連戦の際、シェイドは重傷を負った。
イリスの応急措置があと少し遅ければ、確実に命を落としていただろう。これは後にイリスが泣きながら報告したので間違いない。
重症部位の応急処置は済んだが、体力の消耗が激しく、完全には傷を治せなかった。
体力が回復次第、残りの傷を治す予定だが、それまでは絶対安静だった、
それなのに彼は無断で病室を抜け出すと、いつの間にか仕事を始めていた、ディーファの側で黙々と作業を始めたのだった。
包帯まみれのシェイドに気が付いた時、ディーファはポカンと口を開けた唖然とした。
直後、怒り心頭のクリスがやってきた。
彼女は一撃でシェイドを気絶させると、グッタリとしたシェイドをズルズルと寝室へと引きずっていった。
その後、シェイドは寝台にぞんざいに投げられ、そのまま荒縄でグルグル巻きにされた。
「次やったら殺す」
「・・・はい」
クリスからの怖い見舞いの言葉に、シェイドは消え入りそうな声で答えた。
その後、戻ってきたクリスから、ディーファはかなりの大説教を受けたそうな・・・
・
・・・話を戻そう。
「仕事してえ・・」
寝台に縛られたシェイドは、死んだ魚の目で天井を眺めていた。
彼は仕事が好きではない。かと言って仕事がなくなると、それはそれで落ち着かない。
彼は極度の仕事中毒だった。
「・・・隊長、大丈夫なのか?」
シェイドはそう呟くと、唯一動く首を傾げた。
彼は心配していた。ディーファだけで仕事は無理だと。
自分の立場は、名目上は上司の補佐だ。しかし実質は、上司の仕事をほぼこなしている。
自分がいなくても部隊活動は可能だろうが、運用能力は著しく落ちるのは間違いない。
ここは敵地、早急に撤退しないといけない。そのためには仕事に戻る必要があった。
だから病室を抜け出したが、クリスに見つかりこの有り様だった。
明日にはクリスが復帰するが、それまでは仕事はあまり進まないだろう。
「もう一度戻ってみるか?・・・いや今度こそクリスに殺される、無理だ」
シェイドはもう一度抜け出した時を想定するが、あまりの怖さに一瞬で諦めた。
「明日はクリスが復帰・・・迷惑をかけちまうな」
それがシェイドには苦痛だった。
自分程ではないが、彼女自身も重傷を負った。
治癒魔法術式で傷は塞がったが、まだ体力は回復してはいないはずだ。
「参ったな・・・」
もう一度ため息を吐いた。
シェイドには、クリスにいつも迷惑を掛けている自覚が、一応はある。
それだけにこれ以上の迷惑は、流石に気が重い。
「ますます頭が上がらなくなる・・・いや・・・それよりも」
思い悩むシェイドが、ふとある事を思い出してしまった。
それはクリスと共にスコルプに進入し時の事
追い詰められた時、シェイドはクリスに告白した。
「あ・・・ああああああ!!!!!!」
恥ずかしさに耐えきれず、シェイドは全身を身悶えした。
「好きだ」と告白した。言ってしまった、つい勢いで。
敵の魔力強化体達に追い詰められ、助からないと悟った。
だから最期に想いを打ち明けた。
だけどまさか生き残ろうとは・・・
そして告白した事実が残ってしまった。
「・・・どうする、どうする?これからどう顔を合わせれば良い?やべえ、やべえよ俺」
熱くなった頬を両手で覆いたいが、不幸にも縄で縛られ動かさない。
今思えば、どうして告白したのか覚えていない。
その場の雰囲気に流された感が強い。
えっと・・・告白の結果はどうだった?
具体的な返事はなかった。
でも拒絶はされなかった。つまり振られてない?
彼女を腕に抱いたが、嫌がらず受け入れてくれた。
もしかして・・・脈あり?
そう思った瞬間、腹部の激痛が再発した。先程、クリスにぶん殴られた所だった。
「いやいやいや、普通好きな相手をぶん殴るか?」
殴る時クリスは相当怒っていた。
同時に困っていた、まるで出来の悪い弟を気遣う姉の様にだ。
・・・好きな相手への態度とは程遠い。
「やっぱり振られた、か」
シェイドは敗戦を悟ると、全身の力を抜いた、既に諦めの境地にいた。
振られたのは残念、でもこれで良かった。
今の距離感が心地よい、だからこのままで
いつ死ぬか分からないが、
出来るだけ長くこのままで。
「あいつがいればそれで良いさ」
不思議な充足に身を任せ、シェイドは眠気に身を任せた。
胸に感じる温かさを感じながらのまどろみが、今は程よく心地良かった。




