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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第7章 スコルプ異形体討伐作戦
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第64話 其れは祈り、其れは願い

 登り始めた朝日は、しかし瞬く間に暗雲に遮られた。

 空は暗く、雲間より冷たい大気が降り注ぎ、大地の熱を容赦なく奪う。

 冷たい戦いの始まりだった。


「い、いきます!」

 冷たい大地に熱い声が響いた。まだ若い竜の裏返った声だった。


 竜が巨大な右腕を振りかぶり、それからアレフの頭へと振り下ろした、


 竜の見た目は鈍重そうだった。しかし振り降ろされる一撃は、予想よりも遥かに速い。

 巨体のため当然威力もあり、まともに食らえば原型のない肉塊となるだろう。


 しかしそれは当たればの話、外れてしまえば意味はない。

 声を上げてからの、大きすぎる予備動作からのお粗末な攻撃など、どれ程速くても当たるものではない。

 多少の腕があれば、簡単に見切れる代物だった。


 当然アレフも容易く躱せる。それなのに彼は動かない。

 攻撃が当たる直前、僅かに胸を反らしただけだった。


 結果、完全には攻撃を避けられなかった。

 鋭い爪が胸を掠め、皮膚と肉とをえぐり取っていた。


 えぐられた傷口から、鮮血が激しく弾け飛ぶ。

 その光景を、アレフは冷ややかな目で眺めていた、

「命の対価だ」

 呟かれた声は、ゾッとするほどに冷たかった。


 アレフが受けた傷は深かった。常人なら激痛と出血で昏倒してもおかしくない。

 しかし彼は眉一つ動かさず平然と立っている。


 ・


『やった!』

 竜が歓声を上げた。

 まさか攻撃を当てられると思っていなかったのか、予想外に成果に無邪気に喜んでいた。

『当たった!当たった!これなら勝てるかも!』

 竜がはしゃぎながら、アレフへと振り変える。


 その瞬間、竜の右手首がパックリと割れた。

 鮮やかな切断面が露わとなり、鮮血が噴水の様に溢れ出た。


『・・・・え?』

 何が起きたか理解できない竜はぷらぷらと揺れる手首を呆然と見つめる。

 視線をアレフに移すと、彼の手に握る刃の表面に、こびり付く血と肉片とが見えた。


 竜は自分が斬られたと理解した。


『キャアアアアーーー!!!』

 寒々しさ虚空に、竜の絶叫が響き渡った。

『痛い!痛い!!!ああああああ、助けて!お母様!』

 竜は血を吹き出す手首を抑え、悶え苦しみ始めた。


 ・

 響き渡る竜の絶叫を、アレフは沈痛な面持ちで聞いていた。

「そうか・・ライファが母か」

 事情を察し食いしばる口元からは、血が滲み落ちていた。


「これは殺し合いだ。泣きわめくなら消えてくれ」

 アレフは感情のこもらない冷たい声で告げた。


『泣いてなんか・・・ない。諦めない・・です』

 竜はただ涙を堪え、精一杯の気力で睨み返した。


「では次だ」

 アレフは鮮血に染まる刃を再び構え直した。汚れた刃に既に光らない。

「次は足だ。その次は胴、それから羽、首だ。直ぐには殺さない。少しずつ痛めつける」

 凄まじい殺気を放ちながら、アレフは死を宣告した、


『そんな脅し、怖くないです!死んでも逃げません、絶対!』

「では抗ってみせろ」

 痛みに震えながらも精一杯で睨む竜を、微動だにしないアレフが余裕そうに睨み返した。


 譲れない者同士の視線が再び交差した。


 ・


 アレフの表情は苦痛に満ちていた。

 彼は深傷を負っても顔色一つ変えなかった。それなのに、今は頬を歪めて震えていた。


『お母・・・主さえ守れればそれで良いから!』

 泣き叫ぶ竜が、ゆっくりと左腕を振り上げる。

『うああぁぁぁぁ!!!』

 あらん限りの絶叫を上げて殴り掛かった。


 しかし攻撃は届かない。

 届くはずもない。それ程に、人と竜との力の差は歴然過ぎた


「止めろと言った!」

 難なく躱したアレフが叫び、白い一閃がほとばしる。

 同時に、竜の左脚が鮮やかに斬り裂かれた。


 キィャャャァァーーー!!!


 暗雲に苦痛の絶叫が響き渡る。

 同時に竜が崩れ落ち、血に濡れた大地に地響きが鳴り渡った。


 横倒しになった竜の左脚から、鮮血が滝のように漏れ出す。

 竜が地面をのたうちまり、全身を血と泥に浅黒く染めていく。

『お母様!お母様!』

 全身を痛みに強張らせながらも、竜は長い首を何度も振り続け、どこかに倒れる母を追い求める。

『ああお母様・・・早く逃げて』

 ようやく見つけた母のまだ生きている姿に安堵し、大きな瞳に大粒の涙を浮かべる。

『私が盾になります。早く、早く逃げて下さい』

 竜が届かぬ左手を母へと伸ばし、哀しい叫びを虚空へと響かせた。


 ・


 戦いは続く。しかしその詳細を語らない。

 それはあまりに悲惨すぎる。だから詳細は語りたくない。

 同じ事が、痛みと悲鳴が繰り返されたとだけ伝えたい。


 母のために竜は何度も挑み、その度に斬ら倒れた。


 左腕が裂かれ、左ツノが断たれ、翼が裂かれ、靭帯が絶たれた。

 何度も竜は倒れ、しかし立ち上がり、また斬られ倒れた。


 アレフは降伏勧告をするが、竜は頑なにそれを拒否し。挑み、そしてまた倒れた。


 そんな悲惨な光景が、10を超え繰り返された。


 人が竜を倒す。

 何も知らなければ、輝かしい英雄譚だろう。

 しかしこれは違う、そんなものでは決してない。

 ただのなぶり殺し、母を守りたいと願う子をねじ伏せる、一方的な殺戮に過ぎない。


 如何な理由があろうと、救いも慰めもない。


 だから弑逆者も苦しんでいた。

 苦痛に歪む瞳が、すすり泣く竜の姿を映す

『逃げて・・お母様逃げて」

 耳朶に響くその声は、あまりに小さかった。


 ・


 アレフが静かに白い吐息を漏らした。

 空は暗雲に包まれ、細雪が深々と舞い降りる。

 そこは静かだった。

 とても静かで、あまりに冷たい世界だった。


「強いな・・・本当に」

 ぼつり呟いた。

 吐き出された吐息が、視界を薄白く染める。


 アレフは力尽きかけていた。

 疲労は限界を超え、魔力も枯渇した。

 身体は傷だらけで、胸には致命傷すら負っている。

 流れた血も多く、足元に小さな血だまりができている。

 あまりに蒼白な顔面は既に死相に等しい。


 しかし竜はもっと酷い有様だった。

 竜は倒れていた。

 斬られたと断面からは肉と骨とが覗き、流れ出た大量が血がまるで池の様になっている。

 そんな血溜まりの中、倒れた竜は母を求めて泣いていた。


 そんな痛ましい竜の姿を、アレフは憂えた瞳で見つめる。

「すぐに逃げ出すと思っていた・・・そうして欲しかった」

 吐き出した吐息の温もりを僅かに感じ、髪を濡らす冷たい細雪を仰ぎ見る。

「本当は分かっていた、君は逃げないと」

 見上げる先に光はなく、ただ暗雲だけが瞳を曇らせる。

 アレフは静かに瞳を閉じ、力なく首を振った。

「次で終わらせる、全力でだ。それが最大の敬意だ」

 彼は震える声で告げると、震える腕で白刃の切っ先を竜へと向けた。


『私は・・・』

 ゆっくりと、震える体を最後の力で鞭打ち、竜がゆっくりと立ち上がる。

『お母・・・主を守れるなら本望・・・死んでもいい。だからまだ戦える』

 もう竜の脚は動かせるような状態とは程遠かった。

 肉は咲かれ、骨が半ば除き、筋は断たれていた。

 それでも、竜は両脚を震わせ、ゆっくりと立ち上がった。


「無礼を承知で言う、頼む、降伏してくれ。子が先に死ぬのは親不孝が過ぎる」

 それは悲痛な訴えだった。

『嫌です』

 しかし竜は涙目ではっきりと拒絶した。

『許されなくても、親不孝でも・・・いい・・・です』

 息も絶え絶えの竜の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。

「生きてくれ。親より永く生きる事は子の義務だ」

『うるさい!』

 震える絶叫が響いた。

『いけないんですか!大切な母のため、命を賭けてはいけないんですか!貴方だって仲間のために命を賭けた・・・私・・・母のため・・・命を懸けたい・・・貴方にそんな・・・酷いこと言われたく・・・ない』

 強かった叫びは、しかし最後まで続かず、途切れ途切れとなった。

 力は尽きかけ、終わりが近い。

 それでも竜は最後の力を込め、戸惑うアレフを睨みつけた。


「・・・君は正しい」

 アレフが瞳を閉じ、まぶたを震わせる。

「君を殺したく・・・いや、いや、いや・・・次で終わりにしよう」

 アレフの瞳が開かれ、死にかけの竜へと注がれる。


 空気が変わる、張り詰める。

 静かく、冷たく、そして重いものへと変わる。

 そこには殺気はなく、あるのはただの空虚だけ。


『ああああああああああああああ!!!!!!』

 絶叫する竜がゆっくりと左腕を振り上げた。

 全身から血を吹き出しながら、震える脚でゆっくりと突進する。

『主神よ!どうか母をお護り下さい!』

「祈りは届かない。祈るべき主神(モノ)は死に絶えた」

 竜の震える祈りを、しかし冷たい願いが拒絶する。 

 それでも、竜は勇ましく踏み出す。


『お母様ぁぁぁぁ!!!!』

 竜が喉を張り裂かんばかりに絶叫し、鮮血が滴る左腕を振り降ろす。

 竜は残された全てを込めた。

 命を、魂を、己の全てを注いだ。

 それが全て、それ以上はもう何もない。


 ・・・それでも及ばない。

 相手は神さえも斬った存在、及ぶはずがない。

 結果など決まっていて、それは竜も分かっていた。

 それでも竜は全てを注いだ。


 その思いを無碍には出来ない。

 だからアレフは正面から受け止める。

「私は罪人だ」

 凍える声で狂刃を持ち上げた。


「いつか報いは受けよう。だから願う」

 振り降ろされる竜の左腕を、僅かに動いてするりと避ける。

「どうか私を許さないでくれ」

 すれ違い様に、白刃の一閃が竜の腹部を斬り裂いた。


 雪原に静寂が訪れた。

 寒々と風の音が吹く中、刃を納める音が響く。


 少しして・・・

 悲しい断末魔を上げる竜がゆっくりと崩れ落ちた。


 ・


 消えかける意識の中、少女は夢を見ていた。


 星が凍えてしまう・・・

 枯れる大地、消える命

 希望が見えない、絶望しかない・・・

 母は諦めず、だから間違いを犯した。

 なのに私は震えるだけだった


 ある日、母が私を優しく撫でた。


『震えるのはあなたが正しい証

 構いません、どうかそのままで』


 母が悲しそうな笑顔で抱擁した。


 ー証なんていらない

 私は一緒にいたいだけ・・÷


『震える心を大事にしなさい。

 この狂った世界に正しく在る証

 あなたが希望である証

 私は失望し、道を誤った。

 あなたは私の最後の希望

 だからどうかそのままでいて』


 ー行かないで、独りにしないで・・・


『私の可愛い光よ

 どうな私を照らし出して。

 闇に堕ちた私が、染まりきらないように。

 どうかお願い、愛しいティエリー

 私の愛しい娘」


 母が死のうとしていた。

 だから私は約束を破った。

 守りたい、あの優しかった母を救いたい。

 どうしても、どうしても


『どうか死なないで』


 ごめんなさい

 助けられなかった・・・


『どうかあの子を殺さないで』


 ごめんなさい

 ごめんな・・・


 ・


 崩れ落ちる竜の鮮血が、大地をより赤色に染め上げていく。

 倒れた竜の瞳に光はなく、命の灯火はまもなく消えようとしていた。


 空の日はなく、雪雲により完全に覆われていた。

 深々と舞う雪が、血だらけの世界を純白へと染めていく。


 全身を雪に包まれながら、アレフは弱々しく足取りで歩き出した。


『お母・・・さま・・・逃げ・・・て』

 死を間近に迎え、それでも竜はもがいていた。

 身体を揺らし、少しでも倒れるライファに近づこうとする。

 しかし途中で力尽き、竜は動かなくなった。


 突然、竜が輝き出した。

 全身が白い光に包まれ、少しずつ光が収束していく。

 やがて光は人間程大きさまで収束し、そこで光が消えた。


 竜の姿はなくなっていた。

 代わりに幼い少女が倒れていた、全身を切り刻まれ、無残な血塗れの姿で。

 それが竜の本当の姿だった。


 アレフは歩みを止め、無言で立ち尽くしていた。

 その双眸から涙がゆっくりと伝い落ちていた。

次は7月3日更新予定です。

最近第一話から書き直しています。

今読むと恥ずかしい限りです・・・なんとかしないと

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