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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第7章 スコルプ異形体討伐作戦
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第63話 空の来訪者

遅くなって申し訳ありませんでした。

全て私の怠惰が原因なので、ただひたすらに猛省するしかないです。

 翼折れた者は嘆く

 (そら)へは届かない、それが定めと


 それは諸人が知るお伽噺

 だからこそ皆、空を見上げる者を笑う


 それでも足掻く者がいた

 幾度刃折れようと、幾度翼裂けようと、

 羽ばたきを止めぬ者がいた


 それは誰も知らないお伽話

 知れば誰もが嗤う夢物語


 諸人よ、賢人よ

 笑わば笑え

 愚かと蔑むなら、それもまた真実(まこと)だろう


 しかし忘れるな

 誰がため、全てを捨てた者がいたことを

 身体を捨て、命を捨て、魂を捨て

 抗い続けた者がいたことを


 果てなき夢見は、やがて果てへと至る

 そう、翼はついに頂きを見たのだ


 それは私だけが知る昔話


 祝福しよう、そう祝福だ

 かの瞬間(とき)を知る人はいない

 だから神だけは微笑んだ


 未だ熟れずと嘆いた子が辿り着いた

 初めて産声を上げたと喜んだ


 それは人の物語


 ああ諸人よ

 かの日をゆめ忘るるなかれ


 ・


 (アレフ)の刃が(ライファ)の心臓を貫き、刹那の時が停まる。


 神は微笑み、しかし動かず。

 人は嘆き、だから動けず。

 かくして白い大地は、厳かな静寂に包まれ・・・


 突然失われた。


 爆発が辺りを消し飛ばし、轟音が一面に鳴り響いた。


 吹き荒ぶ爆風に、アレフが紙切れのように吹き飛ばされた。

 一方、ライファは地に倒れていた。その体は光輝くの障壁で覆われている。

 彼女は何者かにより守られていた。


 アレフがクルクルと空高く舞う、まるで木の葉の様に。

 そして左肩から大地へと叩きつけられた。

 グチャリ、と肉の潰れる音が響く。

 それきりアレフは動かなくなった。


 轟音が消え、静寂が雪原を包む。

 岩盤が露出した大地の上、アレフの右手がわずかに動いた。

「・・・まだ・・・ているのか」

 血と土に汚れた唇から、乾いた声が絞り出された。


 アレフは右手に握る漣を杖代わりに、よろよろと立ち上がろうとする。

 しかし精魂尽き果てた体は鉛の様重く、そして鈍い。


 その全身は至る所が傷だらけだった。

 落下時にぶつけた左肩は完全につぶれ、もう完全に動かない。

 相当な激痛があるはずで、意識を保てることすら奇跡に等しい。

 それなのに、彼はゆっくりと立ち上がる。


「ぐあっ・・・」

 鈍い声が漏れ出た。

 足を滑らせたアレフが、頭から地面に崩れ落ちた。

 額を岩盤に打ち付け、勢いよく血が溢れ始める。


 鮮血がまぶたへと伝い落ち、視界が紅く染まる。

 再び立ち上がろうとするが、もう脚が動かない。

 それならせめて、と空を見上げた。


 映るのは血に染まる世界

 見えるのは赤暗い雲空


 雲間から羽ばたく風切り音が鳴り響く。

『動かないで下さい!』

 まだ幼い少女の様な声が直接の頭に鳴り響いた。


『動けばまた撃ちます!』

 再び声が響く。否、正確には声ではなかった。

 それは念派、頭に直接語り掛ける精神派の類いだった。


 羽ばたくが空から響く。

 音は少しずつ大きくなり、雲間から巨大な翼を持つ何かがゆっくりと舞い降りた。


 ・


 それは黒く巨大な生物だった。


 大きさは岩巨人達や大型異形体よりも大きい、軽く二回りは凌ぐだろう。

 巨大な体と長い首、全身はは硬く尖ったウロコで覆われ、背中からは長大な羽が生えている。

 そして巨大な頭には、鋭い牙と角が備わっている。


 その姿は竜

 伝説として語られる存在だった。


 竜が翼を羽ばたかせ、光の中に倒れるライファを守る様に舞い降りた。

 ドスン、と巨大な質量が大地を震わせる。


 同時に

 クオォーーーーーン!

 と空を仰ぐ竜の咆哮が、天高く轟いた。


『勝負のお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした』

 再び幼い少女の声がアレフの頭に鳴り響いた。

『しかし、大切な主を守るためでした。恥じることとは言え、後悔はありません。さあ次は私が相手です、立って下さい!』


 しかし目の前の巨大な竜を前に、アレフは動かなかった。

「・・・眩しい」

 寂しそうに呟くと、さみしそうに眼を細めた。

「その光は強すぎる」

 血が滴る口元から、乾いた声を絞り出す。


 竜を見つめる瞳の焦点は虚ろ、それなのに・・・

 眩しそうな瞳のは、どこか禍々しく、そして歪つだった。


 ・


 雪雲より漏れ出していた陽光が途絶え、大地は薄暗く、そして冷たく染まる。

 凍え始める大地に寒風が寒風が吹き抜けた。


 アレフが身体をよろめかせ、ゆっくりと立ち上がる。

 その姿は酷い有り様だった。

 満足な箇所などない。衣服はぼろぼろに千切れ、体中に火傷と傷を負っている。

 割れた額からの出血は止まらず、左目と頬とを赤く染めていた。

 戦闘の連続で疲労も限界に達していた。両脚は痙攣し、落下で潰れた左肩はろくに動かない。

 比較的まともななのは右手だけだが、漣を握る手は痙攣している。

 戦うどころか、瀕死に近い状態だった。


 アレフが震える足で立ち上がろうとする。

 あまりに隙だらけだが、竜は何もせず静かに見届けていた。


 ようやく立ち上がれたアレフが大きく息を吐き出した。

「待たせたな」

『いえいえ。どうやら宜しい様ですね』

 アレフが静かに告げ、竜が嬉しそうに返し、ようやく二つの視線が交差した。


『まずはお詫びを。主を守るためとはいえ、大変卑怯な真似をしてしまいました。』

 僅かな沈黙を経て、先に言葉を発したのは竜からだった。

『申し訳ありませんでした』

 そう告げると、竜はもう一度恭しくゆっくりと頭を下げた。

『信じて貰えないかもしれませんが、あの様な卑怯な事は二度としません。正々堂々と戦います」

 竜は語り終えると同時に首を上げると、青空へと猛々しい咆哮が鳴り響かせた。


 竜から発せられた咆哮が、アレフの傷ついた体に響き、痛みを増幅させる。

 しかし彼は静かに頭をこらえると、口の端を吊り上げ笑った。

「大した嫌味だ」

 そう言うと、彼は竜を鋭く睨みつけた。

 瞳に映る竜の巨大な脚は明らかに震えていた。


『嫌味とは、どういう意味でしょうか?』

 無邪気な瞳の竜が不思議そうに首を傾げた。

「不意打ちを食らった間抜けに正々堂々とは、なかなかに効く。構わん、好きに笑え」

 そう言うと、彼は歪な笑みを浮かべた。

 巨大な竜を前に剣は構えない。

 剣先を下げたまま構えようともせず、ただ歪に笑うだけ。


『えっと・・・それは失礼しました』

 竜はキョトンと不思議そうに首を傾げ、同時に辺りの張り詰めた空気が一変した。

『先ほどのお詫びは嫌味ではありませんし、貴方を間抜けだなんて思ってませんよ?』

 そう言って首を何度も傾げる竜には、先ほどまでの緊張感は欠片も感じられない。


「・・・そう・・・か」

 それが竜の本音と感じたアレフは、怪訝そうに眉を寄せた。

「ただの皮肉だ。遠回しに、好きに戦えと言ったに過ぎない」

 言い終えたアレフは頭を乱暴に掻いた。


『あのあの!』

 竜が当然をドスドス、と勢いよく歩み寄ってきた。

 当然身構えるアレフを前に、竜はは深々と頭を下げた。

『ありがとうございます!!』

「・・・・・・・・は?」

 突然の感謝の言葉に、アレフはぽかんと口を開け、唖然と立ち尽くした。


『私へのお心遣いですよね?感謝します』

「え、いや・・・違う」

 キラキラと瞳を輝かす竜を前に、アレフは困惑の表情を浮かべた。

『ご謙遜なさらずに。全部分かっていますから』

「何も分かってない、全部違う」

『あっ、成る程ですね」

「何がだ?」

 怪訝そうに眉を寄せるアレフに、笑顔の竜が更に詰め寄ってきた。


『つまり、黙っているのが美徳、というやつですね』

「は?」

 アレフが表情は困惑から憮然へと変わっていた。


『ありがとうございます。おかげで救われました』

「・・・救われた?」

「はいっ!」

 右手を握りしめた竜が無邪気に笑った、


『私は卑怯な事をしてしまったと落ち込んでいました。ですが、貴方は私を許してくれたのです。それで私の心は救われました』

「許すも何も、不意打ちなど喰らう方が悪いだけの話だ」

『そう言って下さるだけで充分です』

 竜は嬉しそうに告げると、ゆっくりと頭を下げた。


 冷たい風が吹き荒ぶ中、アレフが沈痛そうな面持ちで頭を抑えた。

「これは殺し合いだ。心遣いだの、救われただの、見当違いなことをぬかすのはやめろ」

 アレフは押し殺した声を絞り出すと、竜を鋭く睨み付けた。


『・・・えっと、本当に私の勘違いでしたか』

 竜は不思議そうな目つきで、キョトンと小首を傾げた。

『それは大変な失礼をしてしまいました。申し訳ありません』

「だから言った筈だ!頭を下げるな」

 苛立ちを隠せないアレフが、とうとう竜に怒声を浴びせた。

「敵だぞ、殺し合いだぞ!頭を下げるな!隙を見せてどうする!」

 苛立つ瞳に映る竜は、まるで無垢な子供の様だった。


 怒鳴られた竜は、驚きからかキョトンと目を丸くしていた。

『あっ、謝るのは駄目だったですね。あれあれ、また失敗してしまいました。御忠告ありがとうございます』

 竜は恥ずかしそうに言いながら、落ち着きなくバタバタと翼を羽ばかせた。


「礼も不要だ。舐めてるのか・・・いや違うか」

 俯いたアレフが地獄の様な低い声を絞り出した。


 目の前の竜には、先の破壊の女神がみせた死の気配と恐怖は満ちた微塵もない。

 戦い気配とは程遠く、その気配は完全に弛緩しきっていた。


「・・・これと殺し合えと」

 アレフは震える拳を渾身の力で握り締めた、


 ・


『もしかしてどこかお具合でも悪いのですか』

 不機嫌そうに押し黙るアレフを、竜が心配そうに覗き込んできた。


「当然だ。私を吹き飛ばしたことを忘れたのか?」

『あ・・・・あの、あのっ、お怪我は大丈夫でしょうか?」

「問題なさそうに・・・いや、問題ない」

 ため息混じりのアレフの返答に、竜はますます心配そうな様子を見せた。


「わざわざのお心遣い、痛み入る」

『いえいえ。そちらこそ、その様なご親切はおやめ下さい。照れてしまいます』

 あまりに純粋な竜は、アレフの皮肉に気が付かず、恥ずかしげに全身をくねらせている。

 その時のアレフは本気で頭を抱え始めていた。



『あの、もしよろしければ私に何かお助け出来ることはありませんか?』

「・・・・・・・・・・消えてくれ」

 何かを押し殺すうめき声が漏れ出た。

『はいっ?』

「だからだ!」

 キョトンとする竜に、怒りの形相のアレフが叫んだ。

「早く、ここから、消えろ。そう言っている!」

『えっとそれは、帰れ、ということですか?」

「そうだ!」

 竜は瞳を丸く見開かせ、首を可愛らしく傾げる。

 その様子を、アレフは眉間を震わせ睨んでいた。


『あの私は主を助けに来たのです。私が帰ってしまえば、主が殺されてしまいます』

「そうだ」

『ではお断りします。貴方の方が帰って下さい!』

「は?」

 再びアレフが唖然とした。


『そうしましょう!それなら誰も怪我をしません、貴方も主人も、おまけに私もです。是非ともそうしましょう!』

 竜は嬉しそうに両拳を握り締めると、巨大な顔をアレフの眼前に突きつけた。

「・・・もうやめてくれ」

 疲れ切った顔のアレフは、いつの間にか天を仰いでいた。


 ・


 冷たい風が吹き荒び、冷め切ったアレフの体を更に強張らせる。

 薄暗い空をぼんやりと見つめ、白い息を短く漏らす。

「教えて欲しい」

『はい、なんでしょうか?』

「君に戦いの経験がないのは明白だ。訓練すらしていない」

『あうっ!』

 鋭い視線を受けた竜が、後ろめたそうに視線を逸らした。


 アレフの言った事は事実だった。

 竜は戦いを知らない。これは彼でなくても、ある程度の実力があれば容易に気が付けただろう。

 それ程に竜は隙だらけだった。


『それはまあ、その通りです」

 竜は力なく長い首をうなだれた。

「弱いだけでなく臆病、脚を震わす竜など始めてだ」

『あう・・・」

 半ば呆れるアレフを前に、竜は首をますます深くうなだれた。


『戦うのは初めてで、すごく怖いです』

 冷たい瞳で見つめるアレフを前に、竜はうなだれていた首を上げ、小さな声で話し出した。

「怖いなら逃げろ、恥ではない」

『むっ、貴方も主と同じ事を仰るのですね。私だって戦いたいのに・・・』

 愚痴りながら竜は不満そうに頬を膨らませた。


「主の言う通りにしろ。それが君のためだ」

『お断りします。主を守る為なら、主の命令でも逆います。絶対に逃げません』

 竜はキリリと凛とした眼差しで、眉をひそめるアレフを見つめた。


『あなただって傷だらけではないですか。それではまともに戦えませんよ。降伏なり、逃げるなりして下さいよ」

「成る程、確かに傷だらけだ」

 アレフは自嘲気味に右肩を軽くすくめた。

「おまけに魔力も切れている。出せる力はせいぜい二割だ。それでも、君を殺すのは容易い」

『いいえ、やってみないと分かりません』

「そんな寝言を言ってる時点で分かりきっている。君の負けだ」

『だからやってみないと分かりません」

「相手の強さを諸々の所作から測る。それが出来て半人前、今の君はそれ以下だ」

『それは・・・』

「身の程をわきまえろ。不相応は時に侮辱になりえる。それが今だ」

『あっ・・・ごめんなさい』

「何度も言った、敵に頭を下げるなと。勝負以前の問題だ。君に戦う資格はない。だから失せろ」

 厳しい言葉に竜は瞳を潤ませると、長い首下ろし俯いた。

『・・・本当は勝てないって分かってます。貴方と戦う資格もない事もです。だけど逃げません。絶対に戦って、それで主を守ります」

 竜は決意を決めた瞳でアレフを睨み返した。


「失せろ」

 静かに竜を見つめるアレフの瞳には、深い焦燥が浮かんでいた。


 ・


『あの、あの!お願いです、聞いて下さい!』

 突然、竜が長い首を伸ばし、いかつい顔をアレフの眼前へと押し寄せた。

「顔が近い!それ以上近寄るな!」

『あう!これは失礼しました!』

 慌てて顔を遠ざける竜に、アレフは苦々しい顔でため息を漏らした。


『先程の戦いで貴方は言ってました。『命を賭けた思いを無碍にすることはこの上もない侮辱だ』と。そうですよね?』

「・・・そうだ」

 竜の曇りのない視線をアレフに向ける。しかしその視線を、アレフは嫌がる様にうつむき避けた。


『私だって命を賭けてます!命を賭けて主を守りたいのです!』

 そこに竜が顔詰め寄り、顔を押し出す。

『確かに私の様な未熟者が戦うのは、貴方への侮辱です。その償いはこの命でします。だからお願いです!私と戦って下さい!私を無碍にしないで下さい!』

 顔前へと詰め寄った竜が、涙声でアレフへと訴えた。

 しかしアレフは視線を合わず、無視する様に背を向けた。


 その背中は細かく震えていた。


 ・


 とあるおせっかいの言葉が蘇った。


 ー泣き虫の王様、もう泣くのはお止めなさい。あなたは笑うべきなのです。

「全部私のせいだ。あの奇襲は、私が判断を誤ったせいだ。そのせいで彼等は死んだ、私を庇って」


 ー知っています。ですが、今は笑いなさい。笑って死んだ彼等にお礼を告げるのです。謝るのではなく、讃えなさい。それが何よりの手向けなのですから。

「笑えない。私は王失格だ。彼等を讃える資格がない」


 ー彼等はあなたを王とし、命を賭けて守り抜いたのです。その思いを受け止めなさい。彼等の思いを無碍にするのですか?それは彼等へのこの上もない侮辱ですよ。

「私は・・・私は」


 ー立ちなさい王よ、あなたはたくさんの人々の思いを背負っているのです。


 ー行きなさい王よ、あなたが作った道を歩み、遥か未来へ。


 本当におせっかいな侍女だった・・・ありがとう


 ・


 僅かな邂逅の中に閉じた瞳を、アレフはゆっくりと開いた。

 背中の震えは止まっていた。


「命を懸ける、か。簡単に人を酔わせて殺す、陳腐で残忍な言葉だ」

 深い、本当に深いため息が漏れ出た。

 彼は静かに天を仰ぎ、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「そんな陳腐な言葉に誰もが酔う、私自身も、そして君も・・・君を見て女神ライファの心境が分かった」

 己の言葉を否定され激昂しようとする竜を、アレフが片手を上げて制した。


「彼女は本当に私と戦いたくなかった。私を殺したくないと思っていた。何が彼女を変えたのから知らない。だご、本当なら彼女はもっと慈悲深い神だったはずだ」

 アレフは寂しそうにそう言うと、漣の柄に力を込める。


「私と戦ってくれたのは、私の気持ちに応えたいと思った彼女の優しさだろう。私は、そんな優しさをくれた女神ライファに恩返しをしたい」

 アレフは白い息をゆっくりと吐き出すと、切っ先を竜へと向けた。


「戦おう。殺し合いになるが、構わないか?」

『はっ、はい!ありがとうござ、あっ、お礼は駄目なんですよね』

「そうだが、今はもう構わんよ」

 煌めく白刃を握り告げるアレフ、その瞳に哀しげな光が宿るが、竜は気付かない。

「敵に謝るなと言った身の上だが、敢えて謝罪させて欲しい。君と戦いに価値がないと言ったことについてだ。あれは、君と君の想いをの想いへの侮辱だった」

『いえ、そんな事は』

「すまなかった」

 戸惑う竜の前で、アレフは深々と頭を下げた。


 冷たい風か両者の間を吹き抜け、重苦しい沈黙が辺りを支配する。


『あ、あの!頭を下げないで下さい!』

「謝罪を受け取ってもらえるだろうか?」

『えっと、もちろんです。そもそも私、全然気にしてなかったですから。だからもう頭を上げて下さい』

 漂う重い空気に耐えきれなかったのか、竜が困惑した様子で、両手をパタパタと左右に振り始めた。

『でも良かったです!これで主のために戦えます。足手まといだった私が、ようやくお役に立てます。ああ本当に嬉しい』

「ありがとう」

 頭を上げたアレフは、静かに微笑んだ。



「始めようか」

 突然、空気が変わった。

 アレフの全身から殺気が満ち溢れ、険しいが眼差しが巨大な竜を鋭く射抜く。

 現実の温度は変わらない。

 しかし確実に空気は冷たく、そして重く張り詰め、無防備な竜の全身を圧する。


 殺気に当てられ竜は、ガクガクと両脚を震わせる。

 それでもなけなしの勇気を振り絞っているのだろう、竜は必死に立っていた。


「分かっているはずだ。君は死ぬ、どう足掻こうとだ」

 殺気を放ち続けるアレフが眩しそうに目を細めた。

『分かってます。でも!簡単には死にはしません!』

 竜は両拳を握り締めると、その巨大な顔面をアレフの顔前へと突き出した。

『出来るのはせいぜい主が目を覚ますまでの時間稼ぎ。それで主が助かるのでなら本望です』

 ため息を吐いたアレフが瞳を閉じ、ゆっくりと首を振った。


「全く同じ事を言った奴等がいる。皆死んだよ」

 アレフが遠い瞳で曇り空を見上げた。

「あいつらは私の盾となって死んだ。私に生き残れと全部押し付けて、私を置いて勝手に死んだ」

 冷たい風が髪を揺らす。アレフはわずかに身を震わすが、それは寒さのせいではないだろう。

「死に顔は安らかだった。満足に死ねたのだろう、そう信じている」

『・・・良い人達だったのですね』

「そうだな。だが、残された者は悲惨だ。辛くて、哀しくて、惨めで、寂しい。幾ら後悔しても足りない。今でもだ」

 アレフが沈黙した。

 右手が苦しそうに胸をかきむしり、指が食い込む胸から指が血が滲み始めていた。


 全身が細かく震え、そして深い呼吸の後に止まる。

 アレフの吐息が、冷めた大気を薄白く染める。


「君が死ねば・・・」

 もう一度、アレフは首を振った。

「君が死ねば女神ライファは悲しまれるだろう・・・だから君には・・・すまない、今の話は忘れてくれ」

 それは泣き出しそうな震え声だった。

『え?あっ、はい』

 困惑する竜にアレフが静かに頭を下げた。

 静かな深呼吸の音、それからアレフはゆっくりと頭を上げた。

 そこには先程までの全身の震えはない。

 彼はただ無味に、平坦に、無表情なままでそこに居た。


「頃合いだな」

 静かな語り、そして空気が冷たく張り詰める。


 重く、厳かな空気が、そこに立つ者を圧する。

 響くのは風の音だけ、空間は静寂に満たされる。

 どこか疲れた顔から深い吐息が漏れ、空気が冷たく、そして冷たく滴り落ちる。


「君は大切なモノを守るため、私は君の大切なモノを殺すために」

『はい」

 冷たい視線が再び竜を冷たく圧っすが、その身体には震えがない。


「最終勧告、いやこれは私の勝手なお願いだ。どうか自立ち去って欲しい」

 それはとても優しい声なのに、まるで泣き出しそうな悲鳴の様にも聞こえた。


 竜は少しだけ呆然として、それからまた微笑んだ。

『お気持ちだけ受け取っておきます。やはり貴方は優しいのですね』

「とんだ誤解だ」

 静かに頭を下げる竜に、アレフは力無く首を振った。


「準備は出来ている。好きに始めてくれ」

『宜しくお願いします』

 表情を消したアレフは、片手で構えた切っ先を竜へと向ける。

 哀しそうな竜は震える両腕を上げ、鋭い爪をアレフへ構える。


 戦いの熱は消えて久しい。

 ここは冷えきった大地、それなのに、冷め切ったままの戦いが始まる。


 この戦いをアレフは生涯を通じて後悔することになる。その未来を彼は分かっていた・・・

次回は6月26日更新予定です。

よろしくお願いします。

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